27 / 32
第2章 絹の十字路
嵐、来る
しおりを挟む
王宮の一室のベッドの上に見を横たえるロシャナク。
それを心配そうに見つめるシェラン。そして腕を組むファルシード――
「トゥルタン部か......」
ファルシードは何度もその名前をくりかえす。
体中に傷を負いながらも、一騎ラクダにまたがり帰還をロシャナクは果たした。
『国王陛下に......ファルシードに......!』
刃のこぼれた剣を支えにしながら、謁見するロシャナク。
『トゥルタン部の軍勢が王都の西に集結。その数、数千。ガジミエシュなるものが『ハン』位を名乗り、その頭目にあり。至急対応を――』
そこまで言うと、ロシャナクは倒れ込む。すぐに医者が駆けつけ、手当にあたる。
シェランがはらはらしながら、ロシャナクの手を握る。反応はない。かなりの大怪我のようであった。
一方ファルシードは家臣の前でただ、考え込んでいた。
「トゥルタン部では先年、内部抗争があったようです」
大臣の一人がそう申し出る。
タルフィン王国は交易で成り立つ国である。交易路周辺の情報は商人たちによって、ふんだんにもたらされるものであった。
しかし、遊牧民族トゥルタン部の情報は少ない。
「われわれが支配するのが『絹の道』。それに対して彼らは『草原の道』を支配しております。遥か離れた地域ゆえ、情報も少なく」
『草原の道』。それは大鳳皇国とオウリパをつなぐもう一つの道である。どこまでも低い草原が続き、遊牧民族が住んでいる。タルフィンのようなオアシス都市は存在せず、だだっ広い草原が地平線まで延々と続く。
「当然、商業も行われておりません。彼らはその広い草原を移動しながら遊牧生活を送る民。歴史上一度たりとも、この『絹の道』にその軍勢を送ったという記録は――」
「しかし、彼らはやってきた」
大臣の言葉を区切るファルシード。大臣は言葉に詰まる。そう、目の前のロシャナクがその証拠である。彼らは明らかに敵意を持って、この王国に侵攻しているのだ。
「まずは、使節をもうけるべきでありましょう。その上で、交渉を――」
「無駄なことだ」
小さく震えるベッドの上のロシャナクを見つめながら、家臣の策にファルシードはそう答える。
「彼らに話し合う気持ちはない。親衛隊長の部隊は全滅させられた。遊牧民族というのはそういうものだ。財産はつくるものではない、うばうものなのだから」
ファルシードの言葉に家臣一同が凍りつく。
シェランも思わずつばを飲む。
幼いとはいえ、さすがの国王である。これで方針は決した。
「戦の準備を。私自ら軍を編成する。王都の門を閉める。以降、一切外部との交渉を禁ずる。至急手配せよ!」
ファルシードの号令に家臣一同はっ、と承る。
王の間に将軍たちが呼ばれる。意識のないロシャナクの側で軍事会議が開催される。
タルフィンの動員できる兵は千にも満たない。
その少ない兵力をどのように配置し、トゥルタン部の騎馬軍勢を迎え撃つか。
がやがやとした喧騒があたりを包み込む。
そんな中、シェランのほうを振り向くファルシード。
「王妃――」
シェランはじっとファルシードを見つめる。
「このような状態だ。王宮の女官たちをお願いする。くれぐれも動揺のないように――」
静かにうなずくシェラン。
このタルフィンに嫁入りして、初めての試練が訪れようとしているようだった。
それを心配そうに見つめるシェラン。そして腕を組むファルシード――
「トゥルタン部か......」
ファルシードは何度もその名前をくりかえす。
体中に傷を負いながらも、一騎ラクダにまたがり帰還をロシャナクは果たした。
『国王陛下に......ファルシードに......!』
刃のこぼれた剣を支えにしながら、謁見するロシャナク。
『トゥルタン部の軍勢が王都の西に集結。その数、数千。ガジミエシュなるものが『ハン』位を名乗り、その頭目にあり。至急対応を――』
そこまで言うと、ロシャナクは倒れ込む。すぐに医者が駆けつけ、手当にあたる。
シェランがはらはらしながら、ロシャナクの手を握る。反応はない。かなりの大怪我のようであった。
一方ファルシードは家臣の前でただ、考え込んでいた。
「トゥルタン部では先年、内部抗争があったようです」
大臣の一人がそう申し出る。
タルフィン王国は交易で成り立つ国である。交易路周辺の情報は商人たちによって、ふんだんにもたらされるものであった。
しかし、遊牧民族トゥルタン部の情報は少ない。
「われわれが支配するのが『絹の道』。それに対して彼らは『草原の道』を支配しております。遥か離れた地域ゆえ、情報も少なく」
『草原の道』。それは大鳳皇国とオウリパをつなぐもう一つの道である。どこまでも低い草原が続き、遊牧民族が住んでいる。タルフィンのようなオアシス都市は存在せず、だだっ広い草原が地平線まで延々と続く。
「当然、商業も行われておりません。彼らはその広い草原を移動しながら遊牧生活を送る民。歴史上一度たりとも、この『絹の道』にその軍勢を送ったという記録は――」
「しかし、彼らはやってきた」
大臣の言葉を区切るファルシード。大臣は言葉に詰まる。そう、目の前のロシャナクがその証拠である。彼らは明らかに敵意を持って、この王国に侵攻しているのだ。
「まずは、使節をもうけるべきでありましょう。その上で、交渉を――」
「無駄なことだ」
小さく震えるベッドの上のロシャナクを見つめながら、家臣の策にファルシードはそう答える。
「彼らに話し合う気持ちはない。親衛隊長の部隊は全滅させられた。遊牧民族というのはそういうものだ。財産はつくるものではない、うばうものなのだから」
ファルシードの言葉に家臣一同が凍りつく。
シェランも思わずつばを飲む。
幼いとはいえ、さすがの国王である。これで方針は決した。
「戦の準備を。私自ら軍を編成する。王都の門を閉める。以降、一切外部との交渉を禁ずる。至急手配せよ!」
ファルシードの号令に家臣一同はっ、と承る。
王の間に将軍たちが呼ばれる。意識のないロシャナクの側で軍事会議が開催される。
タルフィンの動員できる兵は千にも満たない。
その少ない兵力をどのように配置し、トゥルタン部の騎馬軍勢を迎え撃つか。
がやがやとした喧騒があたりを包み込む。
そんな中、シェランのほうを振り向くファルシード。
「王妃――」
シェランはじっとファルシードを見つめる。
「このような状態だ。王宮の女官たちをお願いする。くれぐれも動揺のないように――」
静かにうなずくシェラン。
このタルフィンに嫁入りして、初めての試練が訪れようとしているようだった。
0
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる