26 / 32
第2章 絹の十字路
オアシスの狼
しおりを挟む
数日後の朝。王宮より使節が出発する。
こざっぱりとした旅用の官服にそでを通し、ラクダにまたがるカルロ。
オウリパ風のその出で立ちは、まるで将軍のように堂々たるものであった。
それを見送るロシャナクとシェラン。国王の代理として二人が見送る事となったのだ。
「......」
あたりを見回すシェラン。ルドヴィカの姿はない。
『まあ、気になるけどな。未練がましいのもあれだし』
ぎゅっと指に力を入れるシェラン。
数名からなる使節は王宮用の通路を通り、街の外へと消えていく。
その先には道がひらけ、そしてそれはオウリパへと至る。
一年以上の長い旅路となろう。
砂漠を越え、山脈を越えそして大河を越えて――
日常が始まる。
ルドヴィカは王宮に果物や香辛料を収めに毎日やってくる。王宮の女官たちにも評判が良い。なにしろ、ルドヴィカはこの国にはないような珍しい化粧品を試しに置いていくのだ。
「商売上手だねぇ......」
そういいながら、タルフィン語で書をしたためるシェラン。練習の成果もあり、かなりうまくなってきた。
正直、踊りや化粧などの練習をするよりははるかに気が楽である。
王宮の者たちともかなりなじんできたし、居場所がだんだんとできてくる気がした。
国王ファルシードとの関係以外は。
「夫婦だから仲良くしなきゃいけないんだけど」
どうも、ファルシードの反応が良くない。
はあ、とため息をつくシェラン。
自分に魅力がないのはしょうがないけど、などと愚痴をもらしつつ。
そんな平和な王宮を揺るがす事件が起こる。
ロシャナクが満身創痍の手負いとなって担ぎ込まれたのだった――
数日前。カルロが旅立った一週間後、ロシャナクは兵を連れて、都の郊外に出ていた。
偵察である。
国、とはいってもタルフィン王国は都市国家。
都市の外はタルフィンの力が及ばない真空地域と言っても過言ではない。
野盗がでる。
行き倒れがでる。
獣が暴れる。
いろいろなアクシデントが待ち構えていた。
定期的な哨戒をすることにより、交易国家タルフィン王国の大動脈である街道を維持することができたのである。
この時、ロシャナクは手練れの十騎ほどのラクダの兵士を伴っていた。
女性とはいえ、ロシャナクは武芸には覚えがある。通常の相手であれば、決して遅れを取ることはあり得なかった。
しかし――それは突然のことであった。
砂煙が舞い、視界を覆う。
隊列を止めるロシャナク。砂が目に入らないように、手で覆う。
油断はしていなかった。
しかし、次の瞬間に衝撃が走る。
兵士の悲鳴。
「......!」
とっさに剣をなぎはらい、手応えを覚える。
また兵士の悲鳴。そして剣の交わる音。
乗っていたラクダが跳ねる。どうやら矢を食らったらしい。
地面に降りて、剣を構えるロシャナク。
ようやく砂煙が消え始めた時、眼の前に見えるのは自分たちを取り囲む騎馬の軍団であった。
数十機はいようか。みな、武装し手には見たことのない弓を構えている。
一方味方は半分ほどやられたらしい。
ロシャナクを守るように、兵士は剣を構える。
「名のある、兵であろう。名乗れ」
重々しい声。敵の頭目らしい。
「タルフィン王国近衛隊長にして国王が一族。ロシャナク=クテシファンである」
剣を目先に構えながらそう名乗る。
馬の上でうなずく青年。どうやら彼がリーダーらしい。
「われはトゥルタン部が部族長にして、先日遊牧民族の王である『ハン』の位に即位したものである。名はガジミエシュ=トゥルタン=ハン。汝の国を――貰いに来た」
ロシャナクはただ、馬上の男をにらみつける。軽装の鎧ではあるが、手の込んだものである。若くはあるが、なんとなく気品を感じる。それは狼のような鋭い、そして激しい感情をうちに秘めて。
蘇る記憶。
かつてシェランたちを襲った騎馬はトゥルタン部の兵士であった。
とはいえ、まさか王自ら軍を率いてこのタルフィンの地に攻め込むなどとは予想もしていなかったロシャナクである。
(甘かったな......)
自らを悔いるロシャナク。せめて、このことをファルシードに伝えなければ――
最後の力を込めて剣を構えるロシャナク。まだ走れるラクダを横目に見ながら。
「戦う気があるのであれば、かかってくるが良い。オアシスの民の腕のほど、拝見しようではないか」
トゥルタン部の若き王はそういいながら、弓矢を構える。
長い髪が風に揺れる。そしてその弓はその髪にしたがうように長く、しなり、そして――
こざっぱりとした旅用の官服にそでを通し、ラクダにまたがるカルロ。
オウリパ風のその出で立ちは、まるで将軍のように堂々たるものであった。
それを見送るロシャナクとシェラン。国王の代理として二人が見送る事となったのだ。
「......」
あたりを見回すシェラン。ルドヴィカの姿はない。
『まあ、気になるけどな。未練がましいのもあれだし』
ぎゅっと指に力を入れるシェラン。
数名からなる使節は王宮用の通路を通り、街の外へと消えていく。
その先には道がひらけ、そしてそれはオウリパへと至る。
一年以上の長い旅路となろう。
砂漠を越え、山脈を越えそして大河を越えて――
日常が始まる。
ルドヴィカは王宮に果物や香辛料を収めに毎日やってくる。王宮の女官たちにも評判が良い。なにしろ、ルドヴィカはこの国にはないような珍しい化粧品を試しに置いていくのだ。
「商売上手だねぇ......」
そういいながら、タルフィン語で書をしたためるシェラン。練習の成果もあり、かなりうまくなってきた。
正直、踊りや化粧などの練習をするよりははるかに気が楽である。
王宮の者たちともかなりなじんできたし、居場所がだんだんとできてくる気がした。
国王ファルシードとの関係以外は。
「夫婦だから仲良くしなきゃいけないんだけど」
どうも、ファルシードの反応が良くない。
はあ、とため息をつくシェラン。
自分に魅力がないのはしょうがないけど、などと愚痴をもらしつつ。
そんな平和な王宮を揺るがす事件が起こる。
ロシャナクが満身創痍の手負いとなって担ぎ込まれたのだった――
数日前。カルロが旅立った一週間後、ロシャナクは兵を連れて、都の郊外に出ていた。
偵察である。
国、とはいってもタルフィン王国は都市国家。
都市の外はタルフィンの力が及ばない真空地域と言っても過言ではない。
野盗がでる。
行き倒れがでる。
獣が暴れる。
いろいろなアクシデントが待ち構えていた。
定期的な哨戒をすることにより、交易国家タルフィン王国の大動脈である街道を維持することができたのである。
この時、ロシャナクは手練れの十騎ほどのラクダの兵士を伴っていた。
女性とはいえ、ロシャナクは武芸には覚えがある。通常の相手であれば、決して遅れを取ることはあり得なかった。
しかし――それは突然のことであった。
砂煙が舞い、視界を覆う。
隊列を止めるロシャナク。砂が目に入らないように、手で覆う。
油断はしていなかった。
しかし、次の瞬間に衝撃が走る。
兵士の悲鳴。
「......!」
とっさに剣をなぎはらい、手応えを覚える。
また兵士の悲鳴。そして剣の交わる音。
乗っていたラクダが跳ねる。どうやら矢を食らったらしい。
地面に降りて、剣を構えるロシャナク。
ようやく砂煙が消え始めた時、眼の前に見えるのは自分たちを取り囲む騎馬の軍団であった。
数十機はいようか。みな、武装し手には見たことのない弓を構えている。
一方味方は半分ほどやられたらしい。
ロシャナクを守るように、兵士は剣を構える。
「名のある、兵であろう。名乗れ」
重々しい声。敵の頭目らしい。
「タルフィン王国近衛隊長にして国王が一族。ロシャナク=クテシファンである」
剣を目先に構えながらそう名乗る。
馬の上でうなずく青年。どうやら彼がリーダーらしい。
「われはトゥルタン部が部族長にして、先日遊牧民族の王である『ハン』の位に即位したものである。名はガジミエシュ=トゥルタン=ハン。汝の国を――貰いに来た」
ロシャナクはただ、馬上の男をにらみつける。軽装の鎧ではあるが、手の込んだものである。若くはあるが、なんとなく気品を感じる。それは狼のような鋭い、そして激しい感情をうちに秘めて。
蘇る記憶。
かつてシェランたちを襲った騎馬はトゥルタン部の兵士であった。
とはいえ、まさか王自ら軍を率いてこのタルフィンの地に攻め込むなどとは予想もしていなかったロシャナクである。
(甘かったな......)
自らを悔いるロシャナク。せめて、このことをファルシードに伝えなければ――
最後の力を込めて剣を構えるロシャナク。まだ走れるラクダを横目に見ながら。
「戦う気があるのであれば、かかってくるが良い。オアシスの民の腕のほど、拝見しようではないか」
トゥルタン部の若き王はそういいながら、弓矢を構える。
長い髪が風に揺れる。そしてその弓はその髪にしたがうように長く、しなり、そして――
0
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる