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第1章 荘園の再興にむけて
巡察使の到着
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ごつごつとした丸太の城門がゆっくりと開く。空いた扉から、数名の鎧を着た騎士が入場する。先頭には軽装の貴族らしき人物。眼鏡をかけた、中年の痩せた男性である。しげしげと周りを見ながら馬を進める。
「さすがは辺境柏領というだけのことはある。埃っぽい」
吐き捨てるようにそうつぶやく男性。
城の庭には数名の兵が出迎えていた。正面には同じく鎧をまとったカレルの姿。
「これは巡察使どの。到着は明日と聞き及んでおりましたが」
「旅程のはかが良くてな。早く来られては、何か不都合でもありますかな」
馬上からそう頭ごなしに、答える男性。カレルは無表情のまま、男性の馬を誘導する。
巡察使――オストリーバ帝国内にあって、各荘園をめぐりその状況を調べる権限を持つ役職。かつて、皇帝権力の強い時代には『王の目、王の耳』とも呼ばれていた。皇帝は巡察使からの報告により、不正をした領主を罰し、世の政治を正したのである。
しかし、帝国が多くの領邦に分裂した今、その役職は別な意味を持っていた。それは――堂々と敵対する荘園をスパイすることのできる役職という――
リーグニッツ城の大広間。大きなテーブルの上に白いテーブルクロスがかけられている。その上には巡察使をもてなす料理が並べられていた。
「ゼーバルト辺境伯殿には、お元気であられるようで何より」
巡察使がワインのグラスを傾けながらそうつぶやく。ゼーバルト辺境伯、つまりハルトウィンは静かに礼をする。巡察使――ユストゥス=ケーグルはハルトウィンより格下の子爵の位の領土を持たない宮廷貴族であるが、何せよ『巡察』を行われる身の上である。儀礼上の形式というものであった。
「こう、帝都に長くおりますと辺境の空気や食べ物もなかなか、珍しく......ゼ―バルト伯もそろそろ帝都にお戻りになられてはどうかな?」
巡察使、ユストゥスがテーブルの上にグラスを置きながら、そう問いかける。
すっと、封蝋された羊皮紙をハルトウィンに差し出す。
「皇帝陛下からのお慈悲です。ゼーバルト伯には領地を経営する手腕にかけている。無辜の領民を苦しめ、帝国の公益を私とすることはなはだしい......領地は没収となりますが、伯には帝都オスト=ペシュトに邸宅と扶持をつかわすとの、ありがたいお言葉です。なぁに女一人、召使が数人暮らすにはもったいないくらいの......」
「捨扶持というわけだな」
ぺらぺらとまくし立てるユストゥスにさすがにたまりかね、ハルトウィンは言葉を挟む。
「皇帝陛下のご命令なら服するのは当然だが、そうではあるまい」
その言葉に、ユストゥスは今までにない表情を浮かべる。封蝋を外し、羊皮紙を広げるハルトウィン。
「『ゼーバルト辺境伯領は監察が終了するまで、隣国クリューガー公国にその統治を任せるものとする』。これか、巡察使どのの真の目的は」
テーブルの上の燭台の炎が揺れる。
「巡察使どの、いやユストゥス=ケーグル子爵とお呼びしたほうがよろしいか。お住いも最近は首都ではなく、クリューガー公爵領の方がお好きなようで」
羊皮紙を片手の上に乗せ、詠唱する。水魔法術が発動し、まるでレンズのように羊皮紙の前に水球が生じる。
「こちらの封蝋、よくできてはいますが......微妙に違います。わが家にも帝国皇帝の封蝋はいくつか保管しておりますので」
そっと古い封蝋を空中に泳がすハルトウィン。風魔法術の応用である。
二つの封蝋が並び拡大される。微妙に違う刻印。それを示したのちに、ハルトウィンは火魔法術を発動する。一瞬にして炎の中に消滅する羊皮紙。
ユストゥスがその光にのけぞる。
「クリューガー公爵にそそのかされたか――いやケーグル子爵自身のたくらみなのか――巡察使の権限を悪用し、わが領土を取り上げようとしたたくらみはもう明らかです。帝国裁判所にて司直の裁きを受けなさい!」
今までにない、ハルトウィンの強い語気。女性の声とは言え、低く、まるで裁判官のような重さがあった。
しかし、ユストゥスはそれに動じようとはしない。薄ら笑いを浮かべて、ハルトウィンに反論する。
「こんな辺境の痩せた土地、いずれは蛮族に侵略されるにきまっとる。そうすりゃ、あんたも領民も皆殺しだ。それを案じたからこそ、クリューガー公爵閣下と手を焼いてあげたのに......犯罪者扱いとは......」
後ろのドアが大きな音を立て、開く。その中から現れるユストゥスの従者たち。鎧をつけ、抜刀しユストゥスを護衛しようと陣列を組む。
「貧乏貴族が。大した軍事力もないくせに。まあ、こんな荘園ではしょうがないだろうが。この程度の数でも対抗する力はあるまい。クリューガー公爵家の近衛騎士団兵が相手では!」
大きな金属音を上げて、護衛の騎士団兵がゆっくりと前に進む。
「辺境伯はそれなりに魔法術を使えるようだが――」
ひらひらと、なにか古めかしい皮に包まれた羊皮紙を、ユストゥスは目の前に掲げる。
「人間に対するあらゆる近接攻撃魔法術を無効にする、魔法護符状だ。これもクリューガー家に伝わる一品。お前ごときの魔法など――」
その時大きな音が鳴り響く。そして地面を揺るがす振動。
一人の騎士が、鎧のまま床に倒れていた。頭の兜から、血が噴き出る。その血がユストゥスの服にも浴びせかけられる。
「な......な.....!」
ハルトウィンは手を剣の柄にかけている。魔法術を発動した様子もない。たとえ攻撃が魔法術の結果によるものだとしても、ユストゥスの持っている護符により、半径五ノーハくらいは無効化されるはずであった。
そっとハルトウィンは右手を上げる。壁に掛けられた質素なカーテンから人影が現れる。
手には長い鉄の棒のようなものを持ったカレルの姿。
その長い棒こそが、ハルトウィンによる『軍政改革』の結晶であった――
「さすがは辺境柏領というだけのことはある。埃っぽい」
吐き捨てるようにそうつぶやく男性。
城の庭には数名の兵が出迎えていた。正面には同じく鎧をまとったカレルの姿。
「これは巡察使どの。到着は明日と聞き及んでおりましたが」
「旅程のはかが良くてな。早く来られては、何か不都合でもありますかな」
馬上からそう頭ごなしに、答える男性。カレルは無表情のまま、男性の馬を誘導する。
巡察使――オストリーバ帝国内にあって、各荘園をめぐりその状況を調べる権限を持つ役職。かつて、皇帝権力の強い時代には『王の目、王の耳』とも呼ばれていた。皇帝は巡察使からの報告により、不正をした領主を罰し、世の政治を正したのである。
しかし、帝国が多くの領邦に分裂した今、その役職は別な意味を持っていた。それは――堂々と敵対する荘園をスパイすることのできる役職という――
リーグニッツ城の大広間。大きなテーブルの上に白いテーブルクロスがかけられている。その上には巡察使をもてなす料理が並べられていた。
「ゼーバルト辺境伯殿には、お元気であられるようで何より」
巡察使がワインのグラスを傾けながらそうつぶやく。ゼーバルト辺境伯、つまりハルトウィンは静かに礼をする。巡察使――ユストゥス=ケーグルはハルトウィンより格下の子爵の位の領土を持たない宮廷貴族であるが、何せよ『巡察』を行われる身の上である。儀礼上の形式というものであった。
「こう、帝都に長くおりますと辺境の空気や食べ物もなかなか、珍しく......ゼ―バルト伯もそろそろ帝都にお戻りになられてはどうかな?」
巡察使、ユストゥスがテーブルの上にグラスを置きながら、そう問いかける。
すっと、封蝋された羊皮紙をハルトウィンに差し出す。
「皇帝陛下からのお慈悲です。ゼーバルト伯には領地を経営する手腕にかけている。無辜の領民を苦しめ、帝国の公益を私とすることはなはだしい......領地は没収となりますが、伯には帝都オスト=ペシュトに邸宅と扶持をつかわすとの、ありがたいお言葉です。なぁに女一人、召使が数人暮らすにはもったいないくらいの......」
「捨扶持というわけだな」
ぺらぺらとまくし立てるユストゥスにさすがにたまりかね、ハルトウィンは言葉を挟む。
「皇帝陛下のご命令なら服するのは当然だが、そうではあるまい」
その言葉に、ユストゥスは今までにない表情を浮かべる。封蝋を外し、羊皮紙を広げるハルトウィン。
「『ゼーバルト辺境伯領は監察が終了するまで、隣国クリューガー公国にその統治を任せるものとする』。これか、巡察使どのの真の目的は」
テーブルの上の燭台の炎が揺れる。
「巡察使どの、いやユストゥス=ケーグル子爵とお呼びしたほうがよろしいか。お住いも最近は首都ではなく、クリューガー公爵領の方がお好きなようで」
羊皮紙を片手の上に乗せ、詠唱する。水魔法術が発動し、まるでレンズのように羊皮紙の前に水球が生じる。
「こちらの封蝋、よくできてはいますが......微妙に違います。わが家にも帝国皇帝の封蝋はいくつか保管しておりますので」
そっと古い封蝋を空中に泳がすハルトウィン。風魔法術の応用である。
二つの封蝋が並び拡大される。微妙に違う刻印。それを示したのちに、ハルトウィンは火魔法術を発動する。一瞬にして炎の中に消滅する羊皮紙。
ユストゥスがその光にのけぞる。
「クリューガー公爵にそそのかされたか――いやケーグル子爵自身のたくらみなのか――巡察使の権限を悪用し、わが領土を取り上げようとしたたくらみはもう明らかです。帝国裁判所にて司直の裁きを受けなさい!」
今までにない、ハルトウィンの強い語気。女性の声とは言え、低く、まるで裁判官のような重さがあった。
しかし、ユストゥスはそれに動じようとはしない。薄ら笑いを浮かべて、ハルトウィンに反論する。
「こんな辺境の痩せた土地、いずれは蛮族に侵略されるにきまっとる。そうすりゃ、あんたも領民も皆殺しだ。それを案じたからこそ、クリューガー公爵閣下と手を焼いてあげたのに......犯罪者扱いとは......」
後ろのドアが大きな音を立て、開く。その中から現れるユストゥスの従者たち。鎧をつけ、抜刀しユストゥスを護衛しようと陣列を組む。
「貧乏貴族が。大した軍事力もないくせに。まあ、こんな荘園ではしょうがないだろうが。この程度の数でも対抗する力はあるまい。クリューガー公爵家の近衛騎士団兵が相手では!」
大きな金属音を上げて、護衛の騎士団兵がゆっくりと前に進む。
「辺境伯はそれなりに魔法術を使えるようだが――」
ひらひらと、なにか古めかしい皮に包まれた羊皮紙を、ユストゥスは目の前に掲げる。
「人間に対するあらゆる近接攻撃魔法術を無効にする、魔法護符状だ。これもクリューガー家に伝わる一品。お前ごときの魔法など――」
その時大きな音が鳴り響く。そして地面を揺るがす振動。
一人の騎士が、鎧のまま床に倒れていた。頭の兜から、血が噴き出る。その血がユストゥスの服にも浴びせかけられる。
「な......な.....!」
ハルトウィンは手を剣の柄にかけている。魔法術を発動した様子もない。たとえ攻撃が魔法術の結果によるものだとしても、ユストゥスの持っている護符により、半径五ノーハくらいは無効化されるはずであった。
そっとハルトウィンは右手を上げる。壁に掛けられた質素なカーテンから人影が現れる。
手には長い鉄の棒のようなものを持ったカレルの姿。
その長い棒こそが、ハルトウィンによる『軍政改革』の結晶であった――
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