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第2章 クリューガー公国との戦い

公太子の涙

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「公太子殿はどうされているか?」
 カレルにハルトウィンがそう問う。
「丁重に。あちらの天幕にてお休みになられております」
 なにか素っ気無い感じのカレル。それには構わずに、イェルドにハルトウィンは意見を求める。
「城の方は、全く動きがないようですな。のろしも、また早馬も出た気配はなさそうですし。公太子がいなくなってから、まだ数時間。なんとも状況を掴みかねていると言ったところでしょうか」
 ううん、とうなるハルトウィン。
 正直気になっていたのは、公太子を守るはずの護衛の騎士が、なぜ公太子に剣を向けたのか、それが疑問でならなかった。
「それは多分、こういうことではないでしょうかね」
 こともなげに、イェルドは答える。右手に夕食の予定の干し肉をつかみながら。
「クリューガー公爵の命令でしょう。もし、敵に攻撃され公太子を守り切れなさそうなことがあれば、公太子を殺すべし、と」
「なぜそのような......」
 すっとハルトウィンを、干し肉を持ったまま指差すイェルド。
「他のものに誘拐されたり人質にされると、厄介ですからね。公爵にとっては、愛情のない息子は単なる将棋のコマのようなものなのでしょうな」
 ハルトウィンは辛辣なイェルドの言葉から、視線を外す。
 そして目を閉じて、少し考えをめぐらした後にカレルにこう伝える。
「少し公太子と話がしたい。こちらは任せるぞ」
 そう言いながら天幕を出ていくハルトゥイン。
「家宰殿――よろしいのか、お一人で向かわせて」
「そのように辺境伯様がお決めなされたのであれば、命令に従うまでであります」
「家宰殿、もなかなか素直でないことだ」
「何が?ですか?」
「いやいや。しかし、これは結構いい方向に向かっているかもしれませんぞ。公太子の『使い方』がもしかしたら、かなり変わってくる可能性が......」
 イェルドの頭の中に、そろばんが立ち上がる。彼女にとって、全てが謀略の対象なのだろう。無理もない。この世界に転生前は謀略と作戦術で高名な帝国参謀総長ヴィンフリート=モルゲンシュテルンの生まれ変わりなのだから。
 そんなことはつゆ知らず、カレルは相変わらず不機嫌そうな顔で直立していた。

「失礼。公太子殿。辺境伯だ。少し話がしたいのだが」
 そっと、天幕を引き上げその中に入るハルトウィン。そこには椅子に身を預けた公太子ラディムの姿があった。
 ちょこんと椅子に座り、地面を見つめるラディム。拳はきつく結ばれていた。
「私は――捕虜というわけか」
 年相応の幼い声。変声期にまだ、達していないような感じもある。
「クリューガー公爵とは戦争状態にありません」
「ならば、なぜ私を捕まえた!」
「行きがかり――でしょうか。残念なことに、公太子殿の部下があなたに手をかけようとしていたので、やむにやまれず」
 がくっと、うなだれる公太子。その頬を一筋の涙が沿う。
「わかってはいた。わかってはいたのだ......」
 そう言い終わらないうちに、号泣するラディム。突然のことにハルトウィンは最初、見守っていたが、なにか心の琴線に触れるものを感じる。
 そっと右手でラディムの頭を抱き寄せる。
 膝にかかるラディムの涙。
 そのまま、時間はゆっくりと過ぎていった――

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