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第2章 クリューガー公国との戦い
城塞都市ドレスタンへの入城
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ゆっくりと城門が開く。ハルトウィンの馬を先頭に、物々しいゼーバルト家の軍隊が城塞都市ドレスタンに入城する。城塞都市などと大層な名前はついているが、実際にはほとんど砦のようなものだった。商家や住民の家は少なく、住民もほとんどは兵士たちであった。
ハルトウィンの横にくっつくように馬を並べるのは、ラディム=フォン=クリューガー公太子の姿である。
「公太子殿下のお帰りである。われはゼーバルト辺境伯ハルトウィン。ゆえあって、公太子殿下をお守りさせていただいているものである。道を開けよ!」
ハルトウィンの一声に道行く兵士たちは、恐れ多くひかえる。何しろ公太子の存在がある。
捕虜に取られた、という風でもない。無抵抗のまま、一行は城の入口近くまで馬を進めた。
「公太子殿下!」
ラディムを呼ぶ大きな声。見ると小柄な官服を来た中年男性がそこに立っていた。
「エーゴンか。色々仔細があってな。こちらのゼーバルト辺境伯殿にお世話になった。お礼がしたい。入場させよ」
さすがは公太子だけあり、少年とはいえ言うことにそつがない。
「......では、下馬を。騎士身分以外の方はこちらでお待ち下さい」
じろりとエーゴンはハルトウィンの部隊を舐め回すように見て、そう告げる。
無言でうなづくハルトウィン。それはまあ、当然のお願いであることは確かだった。得体のしれない兵を城に入れる道理はない。
馬を降りて、カレルだけを伴い公太子とともに場内に入ろうとする。
そのとき、イェルドがそっとハルトウィンの側に近づく。後ろ手にハルトウィンはイェルドにあるものを渡す――ゼーバルト家の印章。これを持つもののみが、軍事の大権、指揮権を振るうことのできる印である。
うん、とイェルドはうなずく。
ハルトウィンは覚悟を決めていた。イェルド=ルーマンにこれからの状況を委ねることを。
こつこつと、エーゴンを先頭に廊下を歩いていく一行。
何故か自分の城だと言うのに、ラディムの様子がおかしい。無理もない。自分の部下に殺されかけたのだ。同様の命令を受けている連中がどのくらいいるのか――ハルトウィンはため息をつく。
そっと、手を差し出すハルトウィン。ラディムはそっとそれに自分の手を重ねる。
震えている手。
どうやらここは伏魔殿らしい。はやくことを、済ませなければ――とハルトウィンは足をすすめる。
大広間。それに似合った大きな扉が開門される。
ずらりと並ぶ兵士たち。
その奥にひときわ立派な格好の貴族が立っていた。
「これは、公太子殿下。お姿が見えないので心配しておりました。どうぞこちらに」
中背の鎧をまとった貴族。そのあつらえから、どうやら公太子につぐ立場のものらしい。
ラディムはすっと、ハルトウィンの影に隠れて出てこない。
「ゼーバルト辺境伯ですな。お初にお目にかかる。当城の城代をつとめておる、ヨーナス=フンメル準男爵と申す。公太子殿下をこちらに」
フンメル準男爵が手招きする。ハルトウィンはすっと右手をラディムの前に掲げる。
「公太子殿下をお渡しする前に、一つお聞きしたいことがあるのだが」
ハルトウィンが音程は高いが、重々しい口調でそう問いかける。
「なんでしょうか」
「公太子殿下のお命を狙っているのは、奈辺に目的があるかをお聞かせいただきたい」
その言葉に大広間がざわめく。それまで普通を装っていたフンメル準男爵の顔色が変わる。その風体から、まるで爬虫類の肌の色の変化のようにも感じられた。
「なんのことやら――」
カレルが腰に下げていた剣を、床に投げ出す。大きな金属音が響き渡る。
「これは、先日公太子殿下を暗殺しようとしていた騎士が帯びていたもの。銘から見るに、準男爵の下賜されたものとおみうけするが、如何に」
「そのようなものだけで......謀反の疑いをかけられるのは......本意ではありませんな......」
「主君は公太子殿下ではないでしょう。あなたにとって」
静まる大広間。どんどん準男爵の顔色が変わっていく。汗すらじっとりと、額に浮かんでいた。
「あなたにとって、心の主君はアロイジウス=フォン=クリューガー公爵でしょう。公太子殿下は単なる監視の対象でしかないはず。機会があれば、抹殺するようにとでも命を密かに受けていたのでしょうが......」
「うるさい!」
ついにフンメル準男爵の怒りが爆発する。ほくそ笑むハルトウィン。その怒りこそが、フンメル準男爵の疑惑を周りに明らかにするものであったからである。
大広間がざわめく。
決して、すべての兵士がフンメル準男爵の子飼いというわけでもなさそうだった。純粋に公爵家に忠誠を誓い、その嗣子であるラディムを奉じている者も少なくはなさそうだった。
(ならば、これがチャンスか......)
ハルトウィンは目でラディムにサインを送る。こくんとうなずく、ラディム。
すっとハルトウィンの前に出て、声を上げる。
「準男爵。私を襲ったのは、父上のもとから直接使わされた家臣。そしてそなたも。うすうすとは気づいていた......父上の私に対する感情も、そしてそなたが父上に――命令されていたことも。私を機会があれば亡き者にせよ、という......!」
悲痛なラディムの訴えに、大広間の一同が悲嘆の声を上げる。
状況不利と見たのか、フンメル準男爵は踵を返し、扉の外へと逃げ出そうとする。
カレルの詠唱。それはショートカットバージョンの『魔弾』の詠唱で、それが終わるやいなや、腰の小銃の弾倉に流れるように『魔弾』をチャージする。
そして一撃。
『魔弾』はフンメル準男爵の足の甲を貫通し、大きな音とともに地面に転がる。
周りの兵士がそれを見て、フンメル準男爵を抑えにかかる。
「殺すな!聞きたいこともある」
ハルトウィンの命令。本来ならばそのような権利はこの城内でないはずなのだが、すっかりイニシアティブを獲得していた。
数名の兵士がこの混乱に紛れて逃亡を図る。
「追いますか?」
カレルが小銃を構ながらそう問う。
「それには及ぶまい」
大広間のテラスを指差すハルトウィン。城の入口から大きな爆発音と、煙が上がる。
「イェルドだな。どうやら城外の敵を片付けてくれたらしい」
ハルトウィンはラディムの手を取り、大広間の奥にある玉座に彼をいざなう。
「公太子殿下。お座りください」
促されて、玉座に座るラディム。
それまで騒然としていた大広間の兵士たちが、膝を付きラディムに臣下の礼を取る。
数分の戦闘で、ハルトウィンはクリューガー公国内に橋頭堡とも言える城を手に入れる。
また、クリューガー公爵嫡男という、何者にも代えがたい『切り札』も。
これからの戦いの行方を、ゆっくりとハルトウィンは模索するのであった――
ハルトウィンの横にくっつくように馬を並べるのは、ラディム=フォン=クリューガー公太子の姿である。
「公太子殿下のお帰りである。われはゼーバルト辺境伯ハルトウィン。ゆえあって、公太子殿下をお守りさせていただいているものである。道を開けよ!」
ハルトウィンの一声に道行く兵士たちは、恐れ多くひかえる。何しろ公太子の存在がある。
捕虜に取られた、という風でもない。無抵抗のまま、一行は城の入口近くまで馬を進めた。
「公太子殿下!」
ラディムを呼ぶ大きな声。見ると小柄な官服を来た中年男性がそこに立っていた。
「エーゴンか。色々仔細があってな。こちらのゼーバルト辺境伯殿にお世話になった。お礼がしたい。入場させよ」
さすがは公太子だけあり、少年とはいえ言うことにそつがない。
「......では、下馬を。騎士身分以外の方はこちらでお待ち下さい」
じろりとエーゴンはハルトウィンの部隊を舐め回すように見て、そう告げる。
無言でうなづくハルトウィン。それはまあ、当然のお願いであることは確かだった。得体のしれない兵を城に入れる道理はない。
馬を降りて、カレルだけを伴い公太子とともに場内に入ろうとする。
そのとき、イェルドがそっとハルトウィンの側に近づく。後ろ手にハルトウィンはイェルドにあるものを渡す――ゼーバルト家の印章。これを持つもののみが、軍事の大権、指揮権を振るうことのできる印である。
うん、とイェルドはうなずく。
ハルトウィンは覚悟を決めていた。イェルド=ルーマンにこれからの状況を委ねることを。
こつこつと、エーゴンを先頭に廊下を歩いていく一行。
何故か自分の城だと言うのに、ラディムの様子がおかしい。無理もない。自分の部下に殺されかけたのだ。同様の命令を受けている連中がどのくらいいるのか――ハルトウィンはため息をつく。
そっと、手を差し出すハルトウィン。ラディムはそっとそれに自分の手を重ねる。
震えている手。
どうやらここは伏魔殿らしい。はやくことを、済ませなければ――とハルトウィンは足をすすめる。
大広間。それに似合った大きな扉が開門される。
ずらりと並ぶ兵士たち。
その奥にひときわ立派な格好の貴族が立っていた。
「これは、公太子殿下。お姿が見えないので心配しておりました。どうぞこちらに」
中背の鎧をまとった貴族。そのあつらえから、どうやら公太子につぐ立場のものらしい。
ラディムはすっと、ハルトウィンの影に隠れて出てこない。
「ゼーバルト辺境伯ですな。お初にお目にかかる。当城の城代をつとめておる、ヨーナス=フンメル準男爵と申す。公太子殿下をこちらに」
フンメル準男爵が手招きする。ハルトウィンはすっと右手をラディムの前に掲げる。
「公太子殿下をお渡しする前に、一つお聞きしたいことがあるのだが」
ハルトウィンが音程は高いが、重々しい口調でそう問いかける。
「なんでしょうか」
「公太子殿下のお命を狙っているのは、奈辺に目的があるかをお聞かせいただきたい」
その言葉に大広間がざわめく。それまで普通を装っていたフンメル準男爵の顔色が変わる。その風体から、まるで爬虫類の肌の色の変化のようにも感じられた。
「なんのことやら――」
カレルが腰に下げていた剣を、床に投げ出す。大きな金属音が響き渡る。
「これは、先日公太子殿下を暗殺しようとしていた騎士が帯びていたもの。銘から見るに、準男爵の下賜されたものとおみうけするが、如何に」
「そのようなものだけで......謀反の疑いをかけられるのは......本意ではありませんな......」
「主君は公太子殿下ではないでしょう。あなたにとって」
静まる大広間。どんどん準男爵の顔色が変わっていく。汗すらじっとりと、額に浮かんでいた。
「あなたにとって、心の主君はアロイジウス=フォン=クリューガー公爵でしょう。公太子殿下は単なる監視の対象でしかないはず。機会があれば、抹殺するようにとでも命を密かに受けていたのでしょうが......」
「うるさい!」
ついにフンメル準男爵の怒りが爆発する。ほくそ笑むハルトウィン。その怒りこそが、フンメル準男爵の疑惑を周りに明らかにするものであったからである。
大広間がざわめく。
決して、すべての兵士がフンメル準男爵の子飼いというわけでもなさそうだった。純粋に公爵家に忠誠を誓い、その嗣子であるラディムを奉じている者も少なくはなさそうだった。
(ならば、これがチャンスか......)
ハルトウィンは目でラディムにサインを送る。こくんとうなずく、ラディム。
すっとハルトウィンの前に出て、声を上げる。
「準男爵。私を襲ったのは、父上のもとから直接使わされた家臣。そしてそなたも。うすうすとは気づいていた......父上の私に対する感情も、そしてそなたが父上に――命令されていたことも。私を機会があれば亡き者にせよ、という......!」
悲痛なラディムの訴えに、大広間の一同が悲嘆の声を上げる。
状況不利と見たのか、フンメル準男爵は踵を返し、扉の外へと逃げ出そうとする。
カレルの詠唱。それはショートカットバージョンの『魔弾』の詠唱で、それが終わるやいなや、腰の小銃の弾倉に流れるように『魔弾』をチャージする。
そして一撃。
『魔弾』はフンメル準男爵の足の甲を貫通し、大きな音とともに地面に転がる。
周りの兵士がそれを見て、フンメル準男爵を抑えにかかる。
「殺すな!聞きたいこともある」
ハルトウィンの命令。本来ならばそのような権利はこの城内でないはずなのだが、すっかりイニシアティブを獲得していた。
数名の兵士がこの混乱に紛れて逃亡を図る。
「追いますか?」
カレルが小銃を構ながらそう問う。
「それには及ぶまい」
大広間のテラスを指差すハルトウィン。城の入口から大きな爆発音と、煙が上がる。
「イェルドだな。どうやら城外の敵を片付けてくれたらしい」
ハルトウィンはラディムの手を取り、大広間の奥にある玉座に彼をいざなう。
「公太子殿下。お座りください」
促されて、玉座に座るラディム。
それまで騒然としていた大広間の兵士たちが、膝を付きラディムに臣下の礼を取る。
数分の戦闘で、ハルトウィンはクリューガー公国内に橋頭堡とも言える城を手に入れる。
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