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第2章 クリューガー公国との戦い
いざ戦いへ、戦場はワルグシュタット
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クリューガー公領首都ミュットフルトはここ数年にないくらいの混乱をきたしていた。
突然、公城になだれ込む使節団。それは城塞都市ドレスタンに派遣されていたフンメル準男爵の一行である。
『公太子反逆せり』
驚きべき言葉が彼の口からもたらされる。アロイジウス公爵は苦々しく、顔をしかめさせる。慌てふためく、宮廷の家臣たち。そんな家臣を一喝するわけでもなく、年老いたアロイジウス公爵は状況をただ眺めていた。
この話は噂となり、あっという間に城下にも広がった。帝国でも指折りの大都市であるミュットフルトが公太子により、攻撃されるかもしれない——逃げる場所があるわけでもない。差し当たっては食料の買い占めにより諸物価が高騰する。町には得体の知れない輩が日を追って増えていく。様々なギルドも自衛のために、自ら自警団を結成し武装する始末である。
「よろしくないな、この状況は」
そのような街の様子を見て馬上の騎士はつぶやく。
「公爵閣下から何も命令はないのですか」
もう一人の騎士が尋ねる。それに対して若い男性の騎士は首を振る。
「最近はすっかり——な。決断力自体がどこかに行ってしまったらしい。そもそも、こうなる可能性があればラディム公太子を廃嫡なり、暗殺なりしておけばよかったのだ。中途半端に辺地へ飛ばしたりするからこんなことになる」
若い騎士の名前は、ローベルト=スヴェラーク少将。クリューガー公爵の軍団で騎兵参与を務めている人物である。
「公太子の軍はハレンスブルクをすでに占領したと?」
「はい、かの都市より逃げてきた者たちの話によると、商業参事会の裏切りもあり、完全に都政を掌握したらしいと。守備隊長であったヒューブナー少佐も自害されたとか」
「ヒューブナーか——まじめな軍人であったな」
能力が突出しているタイプではなかったが、軍人として一隊を預けるに十分すぎる信頼を置ける人物であった。
「現状では中央街道を公太子の軍勢が首都を目指して進軍途中であるとか——それで少し気になる情報が」
馬の足を止める、ローベルト。
「いえ、兵士たちが噂していたのですが。クリューガー軍旗に混ざって『四足の鷲』の旗があったとか」
ローベルトは馬上で目を閉じる。『四足の鷲』、その旗印は——
「ゼーバルト辺境伯か——げせないな。なぜ——」
ローベルトが手にしていた情報は断片的で、また完全なものではない。ゼーバルトの意図なども当然、知る由もなかった。
「いずれにせよ、公爵閣下には目を覚ましていただくことが必要だな。同じ公爵家の家臣同士戦いたくはないが、公太子が反逆の意思があるというならやむをえまい。そうなったときは我々、クリューガー騎兵の腕の見せ所となろう——」
そういいながら、馬をかけるローベルト。その後を部下が追う。
目指すはミュットフルト城。アロイジウス公爵に対応を進言するために。
敵味方ともに、決戦への準備がどんどん進むこととなる——
中央街道をゆく、公太子連合軍。中途の沿道には人々が連なり、歓声を上げる。
それに戸惑うのは総大将たるラディムであった。
「複雑な気分です」
隣を馬で行くハルトウィンにそうつぶやくラディム。ハルトウィンは素性がわからぬように深く、兜をかぶり、フードもかぶっていた。公太子たっての願いで、行軍しながらの相談を認めたものの、公太子のそばに辺境伯がいることによって、あらぬ疑いをかけられぬようにとの用心である。もっともその疑いこそが真実であるのだが。
「堂々と胸を張ってお行きなさい。すべて殿下をお慕いする領民の声ですよ」
ハルトウィンの言葉に、ラディムは眉をひそめる。
「殿下、は堅苦しい。せめてラディムとお呼びください」
「では、臣下に聞こえない場ではそうお呼びします。ラディム殿、何が不服で」
「私自身にそんなにカリスマがないことは理解しております。取り上げて何か目立ったことをした記憶はないですから。つまり、この歓喜の声は裏返すと父上に対する怨嗟の声――と考えるといたたまれなくもあり――」
ラディムの意を得た考察。ハルトウィンはラディムを見直す。若く子供だと思っていた公太子がそれなりの分別を持っていたことに、何か安堵感が広がるのを感じた。
「民衆はなかなか気まぐれなものです。クリューガー公はさして暴君といううわけではないでしょうが、民衆から見たら税金を絞るいやな奴ということになりましょう。その程度のこととお考え下さい」
「......」
納得いかなそうなラディムをしり目に、ハルトウィンは今の状況を再確認する。
首都までの途上、街道沿いにある中小都市には全く手を出さずに、素通りしてきた。戦おうという意思のある都市は全く皆無であった。それもそのはず。多分クリューガー公は首都の前で決戦を挑むべく各都市に必要最小限の兵のみを置いて、首都に兵力を集中させたのだろう。しかし、それも見ようによっては、支配下の都市を見捨てたとみられてもしょうがない行為である。そのような都市の商業参事会やギルドからは、内応を約する密使が派遣されたりもしていた。
そのあたりのことはハレンスブルクの商業参事会傭兵――女隊長のドラホスラフに一任していた。どのような条件で公太子の下に仕えるのか、などの交渉を。
正直傭兵に、決戦の戦場を任せるのは危ないとハルトウィンは考えていた。それならば後方にあって遊撃可能な状態においていたほうが良い、というイェルドの進言によりこのような運用方法となったのである。意外なことに女隊長のドラホスラフも武辺一等の人物ではなく、なかなかに政治力もあり、なにより近辺の都市にその職業上顔が効くという長所があった。
公太子連合軍はその歩みを進める。
両勢力が決戦の場と目する――ワルグシュタットの平原へと――
突然、公城になだれ込む使節団。それは城塞都市ドレスタンに派遣されていたフンメル準男爵の一行である。
『公太子反逆せり』
驚きべき言葉が彼の口からもたらされる。アロイジウス公爵は苦々しく、顔をしかめさせる。慌てふためく、宮廷の家臣たち。そんな家臣を一喝するわけでもなく、年老いたアロイジウス公爵は状況をただ眺めていた。
この話は噂となり、あっという間に城下にも広がった。帝国でも指折りの大都市であるミュットフルトが公太子により、攻撃されるかもしれない——逃げる場所があるわけでもない。差し当たっては食料の買い占めにより諸物価が高騰する。町には得体の知れない輩が日を追って増えていく。様々なギルドも自衛のために、自ら自警団を結成し武装する始末である。
「よろしくないな、この状況は」
そのような街の様子を見て馬上の騎士はつぶやく。
「公爵閣下から何も命令はないのですか」
もう一人の騎士が尋ねる。それに対して若い男性の騎士は首を振る。
「最近はすっかり——な。決断力自体がどこかに行ってしまったらしい。そもそも、こうなる可能性があればラディム公太子を廃嫡なり、暗殺なりしておけばよかったのだ。中途半端に辺地へ飛ばしたりするからこんなことになる」
若い騎士の名前は、ローベルト=スヴェラーク少将。クリューガー公爵の軍団で騎兵参与を務めている人物である。
「公太子の軍はハレンスブルクをすでに占領したと?」
「はい、かの都市より逃げてきた者たちの話によると、商業参事会の裏切りもあり、完全に都政を掌握したらしいと。守備隊長であったヒューブナー少佐も自害されたとか」
「ヒューブナーか——まじめな軍人であったな」
能力が突出しているタイプではなかったが、軍人として一隊を預けるに十分すぎる信頼を置ける人物であった。
「現状では中央街道を公太子の軍勢が首都を目指して進軍途中であるとか——それで少し気になる情報が」
馬の足を止める、ローベルト。
「いえ、兵士たちが噂していたのですが。クリューガー軍旗に混ざって『四足の鷲』の旗があったとか」
ローベルトは馬上で目を閉じる。『四足の鷲』、その旗印は——
「ゼーバルト辺境伯か——げせないな。なぜ——」
ローベルトが手にしていた情報は断片的で、また完全なものではない。ゼーバルトの意図なども当然、知る由もなかった。
「いずれにせよ、公爵閣下には目を覚ましていただくことが必要だな。同じ公爵家の家臣同士戦いたくはないが、公太子が反逆の意思があるというならやむをえまい。そうなったときは我々、クリューガー騎兵の腕の見せ所となろう——」
そういいながら、馬をかけるローベルト。その後を部下が追う。
目指すはミュットフルト城。アロイジウス公爵に対応を進言するために。
敵味方ともに、決戦への準備がどんどん進むこととなる——
中央街道をゆく、公太子連合軍。中途の沿道には人々が連なり、歓声を上げる。
それに戸惑うのは総大将たるラディムであった。
「複雑な気分です」
隣を馬で行くハルトウィンにそうつぶやくラディム。ハルトウィンは素性がわからぬように深く、兜をかぶり、フードもかぶっていた。公太子たっての願いで、行軍しながらの相談を認めたものの、公太子のそばに辺境伯がいることによって、あらぬ疑いをかけられぬようにとの用心である。もっともその疑いこそが真実であるのだが。
「堂々と胸を張ってお行きなさい。すべて殿下をお慕いする領民の声ですよ」
ハルトウィンの言葉に、ラディムは眉をひそめる。
「殿下、は堅苦しい。せめてラディムとお呼びください」
「では、臣下に聞こえない場ではそうお呼びします。ラディム殿、何が不服で」
「私自身にそんなにカリスマがないことは理解しております。取り上げて何か目立ったことをした記憶はないですから。つまり、この歓喜の声は裏返すと父上に対する怨嗟の声――と考えるといたたまれなくもあり――」
ラディムの意を得た考察。ハルトウィンはラディムを見直す。若く子供だと思っていた公太子がそれなりの分別を持っていたことに、何か安堵感が広がるのを感じた。
「民衆はなかなか気まぐれなものです。クリューガー公はさして暴君といううわけではないでしょうが、民衆から見たら税金を絞るいやな奴ということになりましょう。その程度のこととお考え下さい」
「......」
納得いかなそうなラディムをしり目に、ハルトウィンは今の状況を再確認する。
首都までの途上、街道沿いにある中小都市には全く手を出さずに、素通りしてきた。戦おうという意思のある都市は全く皆無であった。それもそのはず。多分クリューガー公は首都の前で決戦を挑むべく各都市に必要最小限の兵のみを置いて、首都に兵力を集中させたのだろう。しかし、それも見ようによっては、支配下の都市を見捨てたとみられてもしょうがない行為である。そのような都市の商業参事会やギルドからは、内応を約する密使が派遣されたりもしていた。
そのあたりのことはハレンスブルクの商業参事会傭兵――女隊長のドラホスラフに一任していた。どのような条件で公太子の下に仕えるのか、などの交渉を。
正直傭兵に、決戦の戦場を任せるのは危ないとハルトウィンは考えていた。それならば後方にあって遊撃可能な状態においていたほうが良い、というイェルドの進言によりこのような運用方法となったのである。意外なことに女隊長のドラホスラフも武辺一等の人物ではなく、なかなかに政治力もあり、なにより近辺の都市にその職業上顔が効くという長所があった。
公太子連合軍はその歩みを進める。
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