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第1章 蘭癖高家、闊歩す
南光坊天海と一色家
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平左は無言でただ統秀の話に耳を傾ける。同心として何度も修羅場を経験した平左でも、ここまで規模が大きな話となると流石に畏まってしまう。あわせてその内容。御公儀の秘密、そんなものを自分が聞いて良いのかという疑義と、それを自分に語る統秀の意図をすり合わせながら理解に努めようとしていた。
「神君家康公は大阪夏の陣のあと、覚悟を決められた。もう自分のすることはないと。幕府の基礎は定まり、あとは後進の仕事であると。さて、そうした時に外国との積極的な貿易などは多分、必要なくなるであろうと家康公は考えた。実際に、二代秀忠公は三浦按針を重用するところか、お会いにもならず三代目家光公に至っては島原の乱のあと、国をより閉ざす方向に向かっていく。そのような中、三浦家はいつの間にか断絶し、その西洋の文物や知識も散逸するはずであった――」
統秀はそこで言葉を区切る。目を閉じ、静かに酒坏を口に運んだ。
「そこは神君家康公である。これから続くであろう幕府にある一粒の種をまくことにした。名もなき家臣が一人。出自もはっきりとせぬ。一説には明智の遺臣ともいわれておる。そのものを呼び出し神君家康公は言った。『三浦按針に会い、この症状を手渡せ』そして『彼が持つ紅毛の知識すべてをこの者に伝えよ』と」
はじめて聞く話の内容の重さに、ただ不動でその意味を受け入れる平左。さらに話は続く。
「彼は命の通りにそれを実行した。十数年後、再び彼は江戸城に赴きそのことを報告しようとしたが、すでに神君家康公は亡く、世は三代家光公の時代となっていた。家光公は彼のものを顧みなかったが、ある方が直々にお会いしてくれた。それは大僧正――南光坊天海どのである。二人きりで面会した天海どのはそっと一封の書状を差し出した。いわく、『東照大権現様よりお預かりしたものである』と。これが我が家に伝わる『東照大権現のお墨付き』である。続けて天海殿はもうされた。『東照大権現様の意思に従い、その紅毛の知識を保存してくのには身分もいよう。昔の有識故実を伝えるは高家の務め。ちょうど一色家の家門が空いておる。家門をそなたが復興させ、高家を創設せよ』と。わが高家一色家の誕生だ。そしてその『東照大権現のお墨付き』も当然わが手に――」
一息で説明しきる秀統。平左はただ固まっていた。自分のような一同心が聞いてよい話ではない。それが意味するところとは当然――
「同心の身分を捨てろとは言わん。しかし、今幕府にとって東照大権現様の備えが必要になろうとしている。そのためにはお前が必要だ。いかがか。私にその身を託してはくれんものだろうか。古の作法に倣い、主従の関係を結びたいのだが」
平左はただひれ伏す。その眼にはなぜか涙が浮かんでいた。士は己を知る者の為に死すという。『にわたずみ同心』と呼ばれ蔑まれていた自分をそこまで認めてくれるとは――
その夜二人は主従の関係を結ぶこととなった。
「神君家康公は大阪夏の陣のあと、覚悟を決められた。もう自分のすることはないと。幕府の基礎は定まり、あとは後進の仕事であると。さて、そうした時に外国との積極的な貿易などは多分、必要なくなるであろうと家康公は考えた。実際に、二代秀忠公は三浦按針を重用するところか、お会いにもならず三代目家光公に至っては島原の乱のあと、国をより閉ざす方向に向かっていく。そのような中、三浦家はいつの間にか断絶し、その西洋の文物や知識も散逸するはずであった――」
統秀はそこで言葉を区切る。目を閉じ、静かに酒坏を口に運んだ。
「そこは神君家康公である。これから続くであろう幕府にある一粒の種をまくことにした。名もなき家臣が一人。出自もはっきりとせぬ。一説には明智の遺臣ともいわれておる。そのものを呼び出し神君家康公は言った。『三浦按針に会い、この症状を手渡せ』そして『彼が持つ紅毛の知識すべてをこの者に伝えよ』と」
はじめて聞く話の内容の重さに、ただ不動でその意味を受け入れる平左。さらに話は続く。
「彼は命の通りにそれを実行した。十数年後、再び彼は江戸城に赴きそのことを報告しようとしたが、すでに神君家康公は亡く、世は三代家光公の時代となっていた。家光公は彼のものを顧みなかったが、ある方が直々にお会いしてくれた。それは大僧正――南光坊天海どのである。二人きりで面会した天海どのはそっと一封の書状を差し出した。いわく、『東照大権現様よりお預かりしたものである』と。これが我が家に伝わる『東照大権現のお墨付き』である。続けて天海殿はもうされた。『東照大権現様の意思に従い、その紅毛の知識を保存してくのには身分もいよう。昔の有識故実を伝えるは高家の務め。ちょうど一色家の家門が空いておる。家門をそなたが復興させ、高家を創設せよ』と。わが高家一色家の誕生だ。そしてその『東照大権現のお墨付き』も当然わが手に――」
一息で説明しきる秀統。平左はただ固まっていた。自分のような一同心が聞いてよい話ではない。それが意味するところとは当然――
「同心の身分を捨てろとは言わん。しかし、今幕府にとって東照大権現様の備えが必要になろうとしている。そのためにはお前が必要だ。いかがか。私にその身を託してはくれんものだろうか。古の作法に倣い、主従の関係を結びたいのだが」
平左はただひれ伏す。その眼にはなぜか涙が浮かんでいた。士は己を知る者の為に死すという。『にわたずみ同心』と呼ばれ蔑まれていた自分をそこまで認めてくれるとは――
その夜二人は主従の関係を結ぶこととなった。
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