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『アシナガサマ』
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「……なんだか『あしながおじさん』みたいな名前」
話を聞き終えた未那は率直な感想を零した。
あしながおじさん。アメリカ人女流作家ジーン・ウェブスターによる文学作品である。孤児院で暮らす少女ジュディが持つ文才があしながおじさんなる紳士の目に留まり、彼の資金援助を受けて大学に通えるようになる。あしながおじさんと手紙のやり取りを続けながら大学に通うジュディは順風満帆な学生生活を送り、やがて友人の親戚と恋に落ちる。実はその恋人こそあしながおじさんであった。互いに身分を明かした二人は晴れて結ばれる……といった内容だ。あしながおじさんとは、ジュディが孤児院で目にしたシルエットの手足がヘッドライトに照らされ、蜘蛛のように長く伸びて見えたことに由来する。
この話が世界的に評価され、奨学金支援に『あしながおじさん』の名が使われるようになった。また、見返りを求めずに孤児に奉仕した例として、漫画『タイガーマスク』の主人公を名乗り児童養護施設にランドセルを寄贈した事例もあった。これも現代のあしながおじさん譚と呼べるだろう。
「名前は似てるよな。でも、そんな良いものじゃないと思うんだ。いや、あしながおじさん自体も評価は別れるところだけどさ……」
「手長、足長という妖怪がいる」
言い淀む琢磨の語尾に被せるように、徒野が口を開く。
「大抵は手長と足長の二人一組で描かれ、夫婦とも兄弟とも言われる。東北の秋田や山形、福島、そして福井県に手長足長の伝承が残っており、手足が長い巨人の姿とされる。共通点としては山に棲み、その巨体をもって人に危害を加える。また手長と足長は神としての側面も持ち、長野県の手長神社足長神社においては手名椎、足名椎が祭神として祀られている。この二柱は素戔嗚の配偶神、櫛名田比売の両親とされる」
すらすらと淀みなく語られた徒野の講釈を受け、未那は唸った。
「手足が長い巨人……あしながおじさんはあくまでシルエットだし、ビジュアル的にはそっちの方が近いですね」
「友人の伝手で相談した矢薙先生も手長と足長に近しいものじゃないかと言ってました。その時、徒野さんならもしかして知ってるんじゃないかって。お願いします、アシナガサマの正体が何なのか、調べていただけませんか」
民俗学の権威、准教授である矢薙も聞き覚えがないとなると、アシナガサマ信仰はかなり限られた地域――それも琢磨の母方の田舎のみに根づいたものではないか。考える未那の横で、徒野は身を乗り出した。
「その村はどこにある?」
「母方の実家――芦乍村っていうんですけど、地図だとこの辺りです。結構な山の中ですね」
琢磨は自身のスマートフォンの地図アプリを起動して某県を表示させ、更に指でアップにすると一点を指さした。そこは一面の緑が広がっている山の中。山奥の秘境に住む人々を取材するテレビ番組で取り上げられていそうな立地だな、と未那は益体もないことを考えた。山中にひっそりと隠れるように佇む村は、他の集落から隔離されているようにも見える。
「交通の便は?」
「村に直接行くバスや電車はないです。なので行く時は専ら自家用車でした。あとは、近くのバス停――って言っても五キロは離れてますけど――から歩けば」
「まさかとは思いますが先輩、現地に行くつもりなんですか!?」
目を瞠り驚愕の声をあげた未那を、徒野は不服げにじろりと睨めつける。
「何を驚くことがある? フィールドワークは民俗学に限らず学問の基本だろうが」
「いや、徒野先輩が言っても説得力がないというか……」
尻窄みになりながらごにょごにょと口籠る。そもそも彼が出不精だからこそ、未那を助手として採用したのではなかったか。
そんな事情など知る由もない琢磨は素直に頭を下げた。
「ありがとうございます、村の人に逗留できないか確認してみます。メンバーは俺と徒野さんと……」
「勿論私も行きますよ。あとは、矢薙先生も誘ってみますか?」
矢薙の性格であれば秘境の知られざる信仰に興味を抱くだろうと踏んだのだ。徒野のお目付け役としても是非誘いたいところである。しかし、当の徒野が首を横に振った。
「いや、アイツは別に誘わなくていい。気楽な学生と違って忙しいだろうからな」
「どうせ私は暇ですよー。っていうか、いつも寝こけてる先輩には言われたくないです」
「よし、決まりだな。最低でも二日ほどの纏った休みが取れそうな日程があればそれぞれ申し出ろ。それを元にスケジュールを組む」
自らへ向けられた不平を華麗にスルーし、徒野は二人の後輩を取り仕切る。全くもう、と呆れながらも、未那は自身のスケジュールを頭に思い浮かべていた。
話を聞き終えた未那は率直な感想を零した。
あしながおじさん。アメリカ人女流作家ジーン・ウェブスターによる文学作品である。孤児院で暮らす少女ジュディが持つ文才があしながおじさんなる紳士の目に留まり、彼の資金援助を受けて大学に通えるようになる。あしながおじさんと手紙のやり取りを続けながら大学に通うジュディは順風満帆な学生生活を送り、やがて友人の親戚と恋に落ちる。実はその恋人こそあしながおじさんであった。互いに身分を明かした二人は晴れて結ばれる……といった内容だ。あしながおじさんとは、ジュディが孤児院で目にしたシルエットの手足がヘッドライトに照らされ、蜘蛛のように長く伸びて見えたことに由来する。
この話が世界的に評価され、奨学金支援に『あしながおじさん』の名が使われるようになった。また、見返りを求めずに孤児に奉仕した例として、漫画『タイガーマスク』の主人公を名乗り児童養護施設にランドセルを寄贈した事例もあった。これも現代のあしながおじさん譚と呼べるだろう。
「名前は似てるよな。でも、そんな良いものじゃないと思うんだ。いや、あしながおじさん自体も評価は別れるところだけどさ……」
「手長、足長という妖怪がいる」
言い淀む琢磨の語尾に被せるように、徒野が口を開く。
「大抵は手長と足長の二人一組で描かれ、夫婦とも兄弟とも言われる。東北の秋田や山形、福島、そして福井県に手長足長の伝承が残っており、手足が長い巨人の姿とされる。共通点としては山に棲み、その巨体をもって人に危害を加える。また手長と足長は神としての側面も持ち、長野県の手長神社足長神社においては手名椎、足名椎が祭神として祀られている。この二柱は素戔嗚の配偶神、櫛名田比売の両親とされる」
すらすらと淀みなく語られた徒野の講釈を受け、未那は唸った。
「手足が長い巨人……あしながおじさんはあくまでシルエットだし、ビジュアル的にはそっちの方が近いですね」
「友人の伝手で相談した矢薙先生も手長と足長に近しいものじゃないかと言ってました。その時、徒野さんならもしかして知ってるんじゃないかって。お願いします、アシナガサマの正体が何なのか、調べていただけませんか」
民俗学の権威、准教授である矢薙も聞き覚えがないとなると、アシナガサマ信仰はかなり限られた地域――それも琢磨の母方の田舎のみに根づいたものではないか。考える未那の横で、徒野は身を乗り出した。
「その村はどこにある?」
「母方の実家――芦乍村っていうんですけど、地図だとこの辺りです。結構な山の中ですね」
琢磨は自身のスマートフォンの地図アプリを起動して某県を表示させ、更に指でアップにすると一点を指さした。そこは一面の緑が広がっている山の中。山奥の秘境に住む人々を取材するテレビ番組で取り上げられていそうな立地だな、と未那は益体もないことを考えた。山中にひっそりと隠れるように佇む村は、他の集落から隔離されているようにも見える。
「交通の便は?」
「村に直接行くバスや電車はないです。なので行く時は専ら自家用車でした。あとは、近くのバス停――って言っても五キロは離れてますけど――から歩けば」
「まさかとは思いますが先輩、現地に行くつもりなんですか!?」
目を瞠り驚愕の声をあげた未那を、徒野は不服げにじろりと睨めつける。
「何を驚くことがある? フィールドワークは民俗学に限らず学問の基本だろうが」
「いや、徒野先輩が言っても説得力がないというか……」
尻窄みになりながらごにょごにょと口籠る。そもそも彼が出不精だからこそ、未那を助手として採用したのではなかったか。
そんな事情など知る由もない琢磨は素直に頭を下げた。
「ありがとうございます、村の人に逗留できないか確認してみます。メンバーは俺と徒野さんと……」
「勿論私も行きますよ。あとは、矢薙先生も誘ってみますか?」
矢薙の性格であれば秘境の知られざる信仰に興味を抱くだろうと踏んだのだ。徒野のお目付け役としても是非誘いたいところである。しかし、当の徒野が首を横に振った。
「いや、アイツは別に誘わなくていい。気楽な学生と違って忙しいだろうからな」
「どうせ私は暇ですよー。っていうか、いつも寝こけてる先輩には言われたくないです」
「よし、決まりだな。最低でも二日ほどの纏った休みが取れそうな日程があればそれぞれ申し出ろ。それを元にスケジュールを組む」
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