徒野先輩の怪異語り

佐倉みづき

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『アシナガサマ』

1.同級生の頼み事

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如月キサラギ、ちょっといいか?」
 次の教室に移動しようと席を立った如月未那ミナに声をかけてきたのは、未那と同じ外国語学科二年の長尾ナガオ琢磨タクマだった。
 琢磨はチェック柄のシャツに白のチノパン、更には眼鏡をかけた、いかにもなインテリ青年といった風貌だが、本人は外見だけで知力を判断されることを嫌っている。眼鏡に関しては単に視力が悪く、つい人相が悪くなってしまうからかけているだけだと零していた。
 琢磨は周囲を気にしつつ、囁く声音で訊ねてきた。
「怪談蒐集家の手伝いしてるって話、本当?」
「あー、うん。まあ色々あって」
 未那は曖昧にぼかしながら頷く。怪談蒐集家こと院生の徒野アダシノ荒野アラヤ。旧研究棟にある民俗学予備研究室を我が物顔で陣取り、あらゆる怪談や怪奇現象の類いを蒐めている変わり者。女子学生が殆ど使われていない旧棟に出入りして変人と関わっていれば学生の間で噂にもなるだろう。噂の内容はあまり聞きたくないが。
「実はさ、その人に相談……っていうか、確認したいことがあって。よければ取り次いでくんねえ?」
 琢磨は掌を合わせて頼み込んできた。同級生にここまでされて断る理由もないため、未那は二つ返事で頷いた。

 × × ×

 昼時を見計らって、未那と琢磨は旧研究棟の予備研究室を訪ねた。琢磨はこちらに足を運ぶのは初めてのようで、落ち着きなく辺りを見回していた。
「徒野先輩、いますかー?」
 最上階の研究室に辿り着き、声をかけながら戸を開けると、室内は電気が消された上にカーテンが閉め切られ、薄闇に覆われていた。溜息を落とした未那は慣れた手つきで灯りを点ける。
 徒野は応接用ソファに仰向けに寝転び、本をアイマスク代わりにして寝こけていた。未那は遠慮なくカーテンを開け放つと、彼の顔を覆っていた本を取っ払う。
「もー、また昼間っから寝て! お客さん来たので起きてください。ていうか、ソファで寝てたら体痛くなりますよ」
「お前、口煩くなったな……」
「先輩がだらしないのがいけないんですよ」
 二人のやり取りを、琢磨は部屋の入り口で呆然と立ち尽くしながら眺めていた。
「ごめん長尾くんお待たせ、入っていいよ」
「如月お前……なんていうか、凄いな」
「何が?」
 意図が解らず首を傾げる。琢磨は「いや、何でも」とはぐらかし、未那に勧められるままソファに腰かけた。
「用件は?」
 ソファから身を起こした徒野の鋭い眼差しに射竦められた琢磨は緊張した面持ちで居住まいを正し、話を切り出した。
「えっと、如月と同じ文学部外国語学科二年の長尾琢磨です。実は、俺の母方の実家がある田舎で、聞いたことない神様を祀ってるんです。子供の頃はそういうもんだって気にしてなかったんですけど、村の外では聞かないのでもしかして普通じゃないのかなって」
「聞いたことない神様?」
 おうむ返しに未那が問うと、琢磨は頷いてからその詳細を告げた。
「ばあちゃんは『アシナガサマ』って呼んでた。詳しいことは聞けないままばあちゃんは鬼籍に入ってしまったんですが、なんでも悪い人を懲らしめてくれる神様みたいで。御神体は名前の通り手足が異常に長い猿みたいで不気味に笑ってて、子供の目から見てかなり怖かったのを覚えてます」
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