28 / 60
『アシナガサマ』
1.同級生の頼み事
しおりを挟む
「如月、ちょっといいか?」
次の教室に移動しようと席を立った如月未那に声をかけてきたのは、未那と同じ外国語学科二年の長尾琢磨だった。
琢磨はチェック柄のシャツに白のチノパン、更には眼鏡をかけた、いかにもなインテリ青年といった風貌だが、本人は外見だけで知力を判断されることを嫌っている。眼鏡に関しては単に視力が悪く、つい人相が悪くなってしまうからかけているだけだと零していた。
琢磨は周囲を気にしつつ、囁く声音で訊ねてきた。
「怪談蒐集家の手伝いしてるって話、本当?」
「あー、うん。まあ色々あって」
未那は曖昧にぼかしながら頷く。怪談蒐集家こと院生の徒野荒野。旧研究棟にある民俗学予備研究室を我が物顔で陣取り、あらゆる怪談や怪奇現象の類いを蒐めている変わり者。女子学生が殆ど使われていない旧棟に出入りして変人と関わっていれば学生の間で噂にもなるだろう。噂の内容はあまり聞きたくないが。
「実はさ、その人に相談……っていうか、確認したいことがあって。よければ取り次いでくんねえ?」
琢磨は掌を合わせて頼み込んできた。同級生にここまでされて断る理由もないため、未那は二つ返事で頷いた。
× × ×
昼時を見計らって、未那と琢磨は旧研究棟の予備研究室を訪ねた。琢磨はこちらに足を運ぶのは初めてのようで、落ち着きなく辺りを見回していた。
「徒野先輩、いますかー?」
最上階の研究室に辿り着き、声をかけながら戸を開けると、室内は電気が消された上にカーテンが閉め切られ、薄闇に覆われていた。溜息を落とした未那は慣れた手つきで灯りを点ける。
徒野は応接用ソファに仰向けに寝転び、本をアイマスク代わりにして寝こけていた。未那は遠慮なくカーテンを開け放つと、彼の顔を覆っていた本を取っ払う。
「もー、また昼間っから寝て! お客さん来たので起きてください。ていうか、ソファで寝てたら体痛くなりますよ」
「お前、口煩くなったな……」
「先輩がだらしないのがいけないんですよ」
二人のやり取りを、琢磨は部屋の入り口で呆然と立ち尽くしながら眺めていた。
「ごめん長尾くんお待たせ、入っていいよ」
「如月お前……なんていうか、凄いな」
「何が?」
意図が解らず首を傾げる。琢磨は「いや、何でも」とはぐらかし、未那に勧められるままソファに腰かけた。
「用件は?」
ソファから身を起こした徒野の鋭い眼差しに射竦められた琢磨は緊張した面持ちで居住まいを正し、話を切り出した。
「えっと、如月と同じ文学部外国語学科二年の長尾琢磨です。実は、俺の母方の実家がある田舎で、聞いたことない神様を祀ってるんです。子供の頃はそういうもんだって気にしてなかったんですけど、村の外では聞かないのでもしかして普通じゃないのかなって」
「聞いたことない神様?」
おうむ返しに未那が問うと、琢磨は頷いてからその詳細を告げた。
「ばあちゃんは『アシナガサマ』って呼んでた。詳しいことは聞けないままばあちゃんは鬼籍に入ってしまったんですが、なんでも悪い人を懲らしめてくれる神様みたいで。御神体は名前の通り手足が異常に長い猿みたいで不気味に笑ってて、子供の目から見てかなり怖かったのを覚えてます」
次の教室に移動しようと席を立った如月未那に声をかけてきたのは、未那と同じ外国語学科二年の長尾琢磨だった。
琢磨はチェック柄のシャツに白のチノパン、更には眼鏡をかけた、いかにもなインテリ青年といった風貌だが、本人は外見だけで知力を判断されることを嫌っている。眼鏡に関しては単に視力が悪く、つい人相が悪くなってしまうからかけているだけだと零していた。
琢磨は周囲を気にしつつ、囁く声音で訊ねてきた。
「怪談蒐集家の手伝いしてるって話、本当?」
「あー、うん。まあ色々あって」
未那は曖昧にぼかしながら頷く。怪談蒐集家こと院生の徒野荒野。旧研究棟にある民俗学予備研究室を我が物顔で陣取り、あらゆる怪談や怪奇現象の類いを蒐めている変わり者。女子学生が殆ど使われていない旧棟に出入りして変人と関わっていれば学生の間で噂にもなるだろう。噂の内容はあまり聞きたくないが。
「実はさ、その人に相談……っていうか、確認したいことがあって。よければ取り次いでくんねえ?」
琢磨は掌を合わせて頼み込んできた。同級生にここまでされて断る理由もないため、未那は二つ返事で頷いた。
× × ×
昼時を見計らって、未那と琢磨は旧研究棟の予備研究室を訪ねた。琢磨はこちらに足を運ぶのは初めてのようで、落ち着きなく辺りを見回していた。
「徒野先輩、いますかー?」
最上階の研究室に辿り着き、声をかけながら戸を開けると、室内は電気が消された上にカーテンが閉め切られ、薄闇に覆われていた。溜息を落とした未那は慣れた手つきで灯りを点ける。
徒野は応接用ソファに仰向けに寝転び、本をアイマスク代わりにして寝こけていた。未那は遠慮なくカーテンを開け放つと、彼の顔を覆っていた本を取っ払う。
「もー、また昼間っから寝て! お客さん来たので起きてください。ていうか、ソファで寝てたら体痛くなりますよ」
「お前、口煩くなったな……」
「先輩がだらしないのがいけないんですよ」
二人のやり取りを、琢磨は部屋の入り口で呆然と立ち尽くしながら眺めていた。
「ごめん長尾くんお待たせ、入っていいよ」
「如月お前……なんていうか、凄いな」
「何が?」
意図が解らず首を傾げる。琢磨は「いや、何でも」とはぐらかし、未那に勧められるままソファに腰かけた。
「用件は?」
ソファから身を起こした徒野の鋭い眼差しに射竦められた琢磨は緊張した面持ちで居住まいを正し、話を切り出した。
「えっと、如月と同じ文学部外国語学科二年の長尾琢磨です。実は、俺の母方の実家がある田舎で、聞いたことない神様を祀ってるんです。子供の頃はそういうもんだって気にしてなかったんですけど、村の外では聞かないのでもしかして普通じゃないのかなって」
「聞いたことない神様?」
おうむ返しに未那が問うと、琢磨は頷いてからその詳細を告げた。
「ばあちゃんは『アシナガサマ』って呼んでた。詳しいことは聞けないままばあちゃんは鬼籍に入ってしまったんですが、なんでも悪い人を懲らしめてくれる神様みたいで。御神体は名前の通り手足が異常に長い猿みたいで不気味に笑ってて、子供の目から見てかなり怖かったのを覚えてます」
0
あなたにおすすめの小説
異能物怪録
佐倉みづき
キャラ文芸
時は大正。西洋化が著しく進んだ時代。夜の暗がりはなくなり、整備された道には人工の灯が灯り人々の営みを照らす。
明治以前の旧文化を疎ましく思う政府は軍による取り締まりを強化。それは闇に紛れてきた人ならざるモノ――物怪も対象であった。陰陽師からなる特殊部隊〈八咫烏〉を編成、物怪の討伐にあたり人々を恐怖に陥らせた。
そんな中、昼日中から惰眠を貪る稲生徹平の元を訪ねる者がいた。その名も山本五郎左衛門。かつて徹平の先祖である稲生平太郎の勇気に感銘を受け、小槌を授けた魔王である。
ある事情から徹平は山本に逆らえず従僕とされ、物怪に纏わる相談事を請け負うことになる。
表紙:かんたん表紙メーカー様にて作成
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる