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幼少期 - 霧の国の二人の家 -
アリエル
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本格的な冬になった。
陽が昇るのが遅く、朝霧が中々晴れない。
「アリエル様、お外見よう」
「うん、見よう」
アッシュの定番の遊びに誘ってもらえた。
「今日も霧が濃いね」
「ねー」
「んん。アリエル様、あれなあに?」
アッシュが指し示す方向を見た。
霧の中に、大きな影がある。
宙に浮かんでいるのか、それは二階であるこの部屋と同じ高さにある。
だんだん近づいて大きくなった。
「は……わ……」
連なる窓を覆いつくす巨大な光る鱗の体。
二人の身長ほどもあろうかという目が、ギョロリと二人の姿をとらえた。
「わあ、聖魚様だ」
「ひゃうぅ……」
部屋に浸透してくる聖魚の魔力。
アッシュはアリエルの腕にしがみついて震えている。
ぞわぞわと鳥肌さえ立てている。
「ま、まもの……」
「違うよ。聖獣様だよ。歴史や神学の授業では……、習っていないっけ?」
アリエルはすごく昔に家庭教師に教えられたが、昔すぎてアッシュには教えていないかも。
「この街を護ってくれる神様なんだよ。僕、そうかなっていう影しか見たことなかったから、会ったの初めて!」
聖魚は横顔を見せながら、大きな目でじーっと二人を見つめている。
「きっと可愛い子がいるから覗きにきたんだね」
アリエルはでれっと頬を緩めた。
アッシュの可愛さは聖魚様も虜にしたに違いない。
「――!」
アッシュが声にならない声をあげて涙目になる。
「わあっ、ごめん!」
怯えているアッシュに向かって、アッシュが目当てだなんて言ってしまった。
だがアッシュはアリエルの前に飛び出した。
キッと聖魚を睨んで、その目に水色を映す。
「アリエル様に近づくなあッ!!」
「え?」
アリエルを背にかばって、アッシュは聖魚と対峙する。
(なんで……あ)
『可愛い子がいるから覗きにきたんだね』
(もしかして、可愛い子って僕のことだと思って……?)
きゅんっと愛しさが爆発する。
「可愛いのはアッシュだよぉ!」
「うわあ!」
アリエルはアッシュに抱きついて、思う存分に頬擦りした。
気がついたら聖魚はいなくなっていた。
満足した後はちゃんと、聖魚、そして聖獣について教える。
はるか昔。
人間は魔物から逃げ隠れして生活していた。
そんな危険な世界において、魔物が避けて通る存在。
それが聖獣だった。
聖獣の棲み処の周りには、人が集まり村を造った。
それはやがて都市になり国家となった。
「だから古い街には聖獣様がいるんだよ」
とはいえ、アリエルは王都から離れたことはない。
他の街のことは聞いただけの話だ。
「魔物は魔素から生まれる。攻撃的でなければ魔物ではなく精霊と呼ばれる。これは習ったよね」
「うん」
「精霊の中でも大きな力を持つのが聖獣様。だから聖獣様は攻撃してこないよ」
「でも、でも魔物には攻撃するんじゃないの?」
「ううん。魔物にも滅多に攻撃しないみたいだよ。聖魚様、この街で段違いに濃い種類の魔素を纏っていたから、魔物も睨まれたくなくて避けるているんじゃないかな。聖魚様はいるだけで周りを安全にしてくれるんだよ」
アッシュの眉間はまだ険しかったが、渋々納得してくれた。
(アッシュって結構怖がりだな)
アリエル一押しの絵本『霧の精の物語』を読むのはまだ早いかもしれない。
寒い冬は備え付けの暖炉の中に発熱の魔法道具を置いて、その近くでぬくぬくと過ごす。
今日の遊びはお絵描きだ。
「アリエル様、見て」
「わあっ、可愛い」
アッシュが紙を立てて絵を見せてくれる。
書かれていたのは、茶色い肌の子。髪は灰色を、目は紫色を薄く塗っている。
アッシュ自身の姿だろう。
この家に来て初めて触ったという色固筆を、見事に使いこなしている。
「あるところに、アッシュという男の子がいました」
アッシュが語りだした。
(紙芝居! アッシュが主人公の)
アリエルはわくわくと続きを待つ。
「そこへ天使アリエル様が現れましたっ!」
「!?」
二枚目には、背に羽を生やした焦げ茶色の髪の子が描かれていた。
周りにはきらきらと色とりどりの星や花が散っている。
一枚目より格段に豪華だ。
(天使……? 僕こんなにきらきらしていないけど……)
戸惑っているうちに、また紙がめくられて三枚目へ。
「アッシュとアリエル様は仲良くなって、ずっと一緒に暮らしました」
「!」
描かれていたのは、手を繋いだ笑顔の二人だった。
話を終えたアッシュは、ほんのり得意げな顔をしている。
「すごーい! 面白ーい!」
アリエルは満面の笑みで拍手した。
こんなにも心震わせる物語を描けるなんて、アッシュは希代の芸術家になるかもしれない。
(アッシュ、僕と仲良くなって、ずっと一緒に暮らしたいんだあ)
緩んだ頬がぽかぽかする。
「仲良しだね」
「うん」
絵に描かれた二人を眺めながら、アッシュとぴったり寄り添った。
「魔法……できない」
夜、風呂を終えて髪を拭いていると、アッシュが拗ねたように言った。
「魔力生成や魔力操作は上手だよ!」
「それ分かんない」
「……そっか」
魔法使いは珍しいから、比べる相手といえばアリエルとセーネしかいない。
自分の力が分からなくても仕方ない。
街を歩いていれば魔力持ちは見掛ける。
けれど魔法を使っている時といない時では、魔力の扱い方や量が変わってくるので、比べられないのだろう。
(何か達成感がほしいよね。魔法の授業も楽しく過ごせたらいいな)
どうにかできないだろうか。
(魔法なしで魔力を利用する方法……)
魔法道具は魔法が使えなくとも魔力を流すことができれば使える。
だが魔力量が少なくてすむものしか家にはないので、アッシュの魔力量の恩恵にはあずかれない。
「とっても魔力を使う魔法道具でも買いにいこうかな。そういえばアッシュの魔力量の限界ってどのくらいなんだろう」
それによってどの魔法道具を選ぶかが変わってくる。
「さあ……」
「測ってみようか」
二人はソファに乗りあげて、向かい合って座る。
「魔法使おうとしてみて」
「うん」
アッシュが集中すると、吹き出た魔力が部屋を覆い尽くす。
「アッシュは体の外側でも魔力を作れて珍しいね」
「珍しい?」
「うん。僕もセーネさんもおじい様も体の内側……魔力回路ってところでしか作れないけど、アッシュは魔法を使うとき、内側の他に外側でも魔力を作っているよ」
「何が違うの?」
「すごいパワーを使えそうなの。魔力回路の許容量よりいっぱいの魔力を使えるから」
「パワー!」
「そう!」
「むむむむ」
「あ、そんなに力入れちゃだめ。急に魔力が増えると、僕が止められなくなるから危ないよ」
「むうぅ……」
「そう。いい感じ」
アリエルの指示にうまく従っている。
(すごい。お話ししていても魔力回路の流れが安定している)
魔法習得前に、これだけの魔力操作ができるなんて天才だ。
部屋の魔力がじわじわと濃くなっていく。
(そろそろ限界にならないのかな。僕ならとっくになんだけど)
本来これほどの魔力を生成すれば、体内の魔力回路がヒートして体が重くなったり不調をきたす。
だがアッシュはこれだけ魔力生成しても表情に辛さはない。ぽやんとした顔が可愛い。
しかし……。
「アッシュ、ごめん。一旦止めて」
アッシュは魔力生成を止めた。
「これ以上周りの魔力を濃くしたら、何が起こるか分からないから」
アリエルの想定外のことが起こって、アッシュに怪我させては困る。
辺りにはまだ魔力が漂っている。
だがそのうち魔素へと還り安定するだろう。
「アッシュがすごいってことは分かったけど、限界は分からなかったよ……」
「分かったっ」
「?」
アッシュの機嫌が良くなっている。
ちゃんと限界を測れなかったのに。
「アリエル様と手、繋ぐの好き。アリエル様と一緒ならもっと修行する」
「!」
そうか。
セーネの授業では能力に合わせて別の修行をしている。
今はアリエルがずっとアッシュのことを見ていたから。
「じゃあ他にも色々試してみる?」
「うん!」
後日行った魔法道具屋にはいいものがなかった。
その代わり、家でのアッシュとの魔法研究は続くこととなった。
春がきて、公園に花々が咲きはじめた。
原っぱの一画、シロツメクサの群生地で花環を作る。
「どうぞ、アッシュ」
白銀の髪に、白い花の冠をのせる。
「似合うよ」
可愛らしくてぽーっと見惚れていると、
「僕も作った」
「わあぁ」
アッシュは指輪を作ってくれた。
「えっと、冠は時間が掛かって……」
アリエルに渡しながら、もじもじと言い添える。
「アッシュ、丁寧に作っていたもんね。すごく上手っ」
「……ありがと」
「見てー」
さっそく指に嵌めてみる。
「――……」
アッシュがアリエルの顔と指を交互に見て、しばらくじっと動かなくなった。
肌色が濃いから分かりにくいけど、耳がちょっと赤くなっている気がする。
褒められて嬉しかったのかな。
「ありがとう、アッシュ」
「……うん」
はにかんだ微笑みが可愛らしくて、アリエルの頬も火照った。
春の盛り。
アッシュと過ごす初めての誕生日がきた。
使用人のメグは帰ってしまったが、イチゴタルトを買ってきてくれていた。
夕食の後、ソファに座って食べる。
「アリエル様、誕生日おめでとう」
「ありがとう。アッシュもおめでとう」
「えへへ」
今日で二人とも六歳になる。
アッシュが誕生日を覚えていないというので、アリエルと同じ日にしたのだ。
去年はメグが結婚で忙しくなった頃だった。
夜はくまのぬいぐるみのメイプルと一人と一匹。
明日公園で何をしようか。
今度買う本はどんなものがいいか。
いっぱい話した。
今日はアッシュと肩を並べてのお祝いだ。
「美味しいね。アリエル様」
「ん……」
甘酸っぱくて美味しい。なんだか胸がいっぱいで、飲み込むのが辛い。
「……アリエル様?」
いつも笑顔のアリエルは、とても悲しそうな顔をしていた。
「どうしたの? 悲しいの?」
アッシュが心配そうに覗き込んでくる。
近い距離。まっすぐ見る瞳……。
「んーん……。嬉しいのに、……なんか……」
休み休みタルトを食べた。
どうしたのだろう。
嬉しい日なのに。
「アッシュが温かくてね……安心するの……」
「うん」
「そしたらなんかね。胸がいっぱいなの……」
公園ですれ違う家族連れや友人達。
笑顔を交わすのが羨ましくて、にこにこ顔の真似をしてみた。
アリエルには相手がいないけれど、真似をしてみた。
そしたら誰かが気づいて、笑顔を分けてくれた。
分けられる分を、少しだけ。
いい子でいれば、少しだけ分けてもらえる。
……いい子じゃなくなったら、もらえる笑顔は、また途絶えるのだろうか……。
「じゃあゆっくり食べよう。遅くなっても、ずっと隣にいるからね」
「……――っ」
アッシュがアリエルを抱き寄せる。アッシュの胸に頭を抱き込まれて、とても温かい。
「今日のアリエル様、あまえんぼ」
声も温かい。
アッシュはそれ以上何も訊かずに、たまに歌なんて歌って、ずっと体温を分け与えてくれていた。
ずっとずっと、全身をくっつけて。
ベッドに入り、眠る直前にお願いした。
「アッシュ……」
「なあに?」
「……ずっと一緒にいてね」
「うん!」
抱きしめる手にぎゅっと力が込められて嬉しかった。
アッシュの声が、体温が……、ずっと僕のものであればいい。
(霧の精になりたいな)
霧の迷宮の主に。
そうしたら……。
「アッシュ……」
いつもよりさらにくっついて、二人は眠りに落ちた。
「アリエル様、これ着てっ」
夏も近いのでクローゼットの整理だ。
去年の服を手に、アッシュはアリエルに迫る。
「ちょっと小さいんじゃないかな」
「着てーっ」
「わ、分かった」
きついけどどうにか着られた。
「可愛い!」
「もうっ。次はアッシュの番だよ!」
半年前はアリエルの笑い声だけが響いていた家。
だがもう、それは二人分の声になった。
陽が昇るのが遅く、朝霧が中々晴れない。
「アリエル様、お外見よう」
「うん、見よう」
アッシュの定番の遊びに誘ってもらえた。
「今日も霧が濃いね」
「ねー」
「んん。アリエル様、あれなあに?」
アッシュが指し示す方向を見た。
霧の中に、大きな影がある。
宙に浮かんでいるのか、それは二階であるこの部屋と同じ高さにある。
だんだん近づいて大きくなった。
「は……わ……」
連なる窓を覆いつくす巨大な光る鱗の体。
二人の身長ほどもあろうかという目が、ギョロリと二人の姿をとらえた。
「わあ、聖魚様だ」
「ひゃうぅ……」
部屋に浸透してくる聖魚の魔力。
アッシュはアリエルの腕にしがみついて震えている。
ぞわぞわと鳥肌さえ立てている。
「ま、まもの……」
「違うよ。聖獣様だよ。歴史や神学の授業では……、習っていないっけ?」
アリエルはすごく昔に家庭教師に教えられたが、昔すぎてアッシュには教えていないかも。
「この街を護ってくれる神様なんだよ。僕、そうかなっていう影しか見たことなかったから、会ったの初めて!」
聖魚は横顔を見せながら、大きな目でじーっと二人を見つめている。
「きっと可愛い子がいるから覗きにきたんだね」
アリエルはでれっと頬を緩めた。
アッシュの可愛さは聖魚様も虜にしたに違いない。
「――!」
アッシュが声にならない声をあげて涙目になる。
「わあっ、ごめん!」
怯えているアッシュに向かって、アッシュが目当てだなんて言ってしまった。
だがアッシュはアリエルの前に飛び出した。
キッと聖魚を睨んで、その目に水色を映す。
「アリエル様に近づくなあッ!!」
「え?」
アリエルを背にかばって、アッシュは聖魚と対峙する。
(なんで……あ)
『可愛い子がいるから覗きにきたんだね』
(もしかして、可愛い子って僕のことだと思って……?)
きゅんっと愛しさが爆発する。
「可愛いのはアッシュだよぉ!」
「うわあ!」
アリエルはアッシュに抱きついて、思う存分に頬擦りした。
気がついたら聖魚はいなくなっていた。
満足した後はちゃんと、聖魚、そして聖獣について教える。
はるか昔。
人間は魔物から逃げ隠れして生活していた。
そんな危険な世界において、魔物が避けて通る存在。
それが聖獣だった。
聖獣の棲み処の周りには、人が集まり村を造った。
それはやがて都市になり国家となった。
「だから古い街には聖獣様がいるんだよ」
とはいえ、アリエルは王都から離れたことはない。
他の街のことは聞いただけの話だ。
「魔物は魔素から生まれる。攻撃的でなければ魔物ではなく精霊と呼ばれる。これは習ったよね」
「うん」
「精霊の中でも大きな力を持つのが聖獣様。だから聖獣様は攻撃してこないよ」
「でも、でも魔物には攻撃するんじゃないの?」
「ううん。魔物にも滅多に攻撃しないみたいだよ。聖魚様、この街で段違いに濃い種類の魔素を纏っていたから、魔物も睨まれたくなくて避けるているんじゃないかな。聖魚様はいるだけで周りを安全にしてくれるんだよ」
アッシュの眉間はまだ険しかったが、渋々納得してくれた。
(アッシュって結構怖がりだな)
アリエル一押しの絵本『霧の精の物語』を読むのはまだ早いかもしれない。
寒い冬は備え付けの暖炉の中に発熱の魔法道具を置いて、その近くでぬくぬくと過ごす。
今日の遊びはお絵描きだ。
「アリエル様、見て」
「わあっ、可愛い」
アッシュが紙を立てて絵を見せてくれる。
書かれていたのは、茶色い肌の子。髪は灰色を、目は紫色を薄く塗っている。
アッシュ自身の姿だろう。
この家に来て初めて触ったという色固筆を、見事に使いこなしている。
「あるところに、アッシュという男の子がいました」
アッシュが語りだした。
(紙芝居! アッシュが主人公の)
アリエルはわくわくと続きを待つ。
「そこへ天使アリエル様が現れましたっ!」
「!?」
二枚目には、背に羽を生やした焦げ茶色の髪の子が描かれていた。
周りにはきらきらと色とりどりの星や花が散っている。
一枚目より格段に豪華だ。
(天使……? 僕こんなにきらきらしていないけど……)
戸惑っているうちに、また紙がめくられて三枚目へ。
「アッシュとアリエル様は仲良くなって、ずっと一緒に暮らしました」
「!」
描かれていたのは、手を繋いだ笑顔の二人だった。
話を終えたアッシュは、ほんのり得意げな顔をしている。
「すごーい! 面白ーい!」
アリエルは満面の笑みで拍手した。
こんなにも心震わせる物語を描けるなんて、アッシュは希代の芸術家になるかもしれない。
(アッシュ、僕と仲良くなって、ずっと一緒に暮らしたいんだあ)
緩んだ頬がぽかぽかする。
「仲良しだね」
「うん」
絵に描かれた二人を眺めながら、アッシュとぴったり寄り添った。
「魔法……できない」
夜、風呂を終えて髪を拭いていると、アッシュが拗ねたように言った。
「魔力生成や魔力操作は上手だよ!」
「それ分かんない」
「……そっか」
魔法使いは珍しいから、比べる相手といえばアリエルとセーネしかいない。
自分の力が分からなくても仕方ない。
街を歩いていれば魔力持ちは見掛ける。
けれど魔法を使っている時といない時では、魔力の扱い方や量が変わってくるので、比べられないのだろう。
(何か達成感がほしいよね。魔法の授業も楽しく過ごせたらいいな)
どうにかできないだろうか。
(魔法なしで魔力を利用する方法……)
魔法道具は魔法が使えなくとも魔力を流すことができれば使える。
だが魔力量が少なくてすむものしか家にはないので、アッシュの魔力量の恩恵にはあずかれない。
「とっても魔力を使う魔法道具でも買いにいこうかな。そういえばアッシュの魔力量の限界ってどのくらいなんだろう」
それによってどの魔法道具を選ぶかが変わってくる。
「さあ……」
「測ってみようか」
二人はソファに乗りあげて、向かい合って座る。
「魔法使おうとしてみて」
「うん」
アッシュが集中すると、吹き出た魔力が部屋を覆い尽くす。
「アッシュは体の外側でも魔力を作れて珍しいね」
「珍しい?」
「うん。僕もセーネさんもおじい様も体の内側……魔力回路ってところでしか作れないけど、アッシュは魔法を使うとき、内側の他に外側でも魔力を作っているよ」
「何が違うの?」
「すごいパワーを使えそうなの。魔力回路の許容量よりいっぱいの魔力を使えるから」
「パワー!」
「そう!」
「むむむむ」
「あ、そんなに力入れちゃだめ。急に魔力が増えると、僕が止められなくなるから危ないよ」
「むうぅ……」
「そう。いい感じ」
アリエルの指示にうまく従っている。
(すごい。お話ししていても魔力回路の流れが安定している)
魔法習得前に、これだけの魔力操作ができるなんて天才だ。
部屋の魔力がじわじわと濃くなっていく。
(そろそろ限界にならないのかな。僕ならとっくになんだけど)
本来これほどの魔力を生成すれば、体内の魔力回路がヒートして体が重くなったり不調をきたす。
だがアッシュはこれだけ魔力生成しても表情に辛さはない。ぽやんとした顔が可愛い。
しかし……。
「アッシュ、ごめん。一旦止めて」
アッシュは魔力生成を止めた。
「これ以上周りの魔力を濃くしたら、何が起こるか分からないから」
アリエルの想定外のことが起こって、アッシュに怪我させては困る。
辺りにはまだ魔力が漂っている。
だがそのうち魔素へと還り安定するだろう。
「アッシュがすごいってことは分かったけど、限界は分からなかったよ……」
「分かったっ」
「?」
アッシュの機嫌が良くなっている。
ちゃんと限界を測れなかったのに。
「アリエル様と手、繋ぐの好き。アリエル様と一緒ならもっと修行する」
「!」
そうか。
セーネの授業では能力に合わせて別の修行をしている。
今はアリエルがずっとアッシュのことを見ていたから。
「じゃあ他にも色々試してみる?」
「うん!」
後日行った魔法道具屋にはいいものがなかった。
その代わり、家でのアッシュとの魔法研究は続くこととなった。
春がきて、公園に花々が咲きはじめた。
原っぱの一画、シロツメクサの群生地で花環を作る。
「どうぞ、アッシュ」
白銀の髪に、白い花の冠をのせる。
「似合うよ」
可愛らしくてぽーっと見惚れていると、
「僕も作った」
「わあぁ」
アッシュは指輪を作ってくれた。
「えっと、冠は時間が掛かって……」
アリエルに渡しながら、もじもじと言い添える。
「アッシュ、丁寧に作っていたもんね。すごく上手っ」
「……ありがと」
「見てー」
さっそく指に嵌めてみる。
「――……」
アッシュがアリエルの顔と指を交互に見て、しばらくじっと動かなくなった。
肌色が濃いから分かりにくいけど、耳がちょっと赤くなっている気がする。
褒められて嬉しかったのかな。
「ありがとう、アッシュ」
「……うん」
はにかんだ微笑みが可愛らしくて、アリエルの頬も火照った。
春の盛り。
アッシュと過ごす初めての誕生日がきた。
使用人のメグは帰ってしまったが、イチゴタルトを買ってきてくれていた。
夕食の後、ソファに座って食べる。
「アリエル様、誕生日おめでとう」
「ありがとう。アッシュもおめでとう」
「えへへ」
今日で二人とも六歳になる。
アッシュが誕生日を覚えていないというので、アリエルと同じ日にしたのだ。
去年はメグが結婚で忙しくなった頃だった。
夜はくまのぬいぐるみのメイプルと一人と一匹。
明日公園で何をしようか。
今度買う本はどんなものがいいか。
いっぱい話した。
今日はアッシュと肩を並べてのお祝いだ。
「美味しいね。アリエル様」
「ん……」
甘酸っぱくて美味しい。なんだか胸がいっぱいで、飲み込むのが辛い。
「……アリエル様?」
いつも笑顔のアリエルは、とても悲しそうな顔をしていた。
「どうしたの? 悲しいの?」
アッシュが心配そうに覗き込んでくる。
近い距離。まっすぐ見る瞳……。
「んーん……。嬉しいのに、……なんか……」
休み休みタルトを食べた。
どうしたのだろう。
嬉しい日なのに。
「アッシュが温かくてね……安心するの……」
「うん」
「そしたらなんかね。胸がいっぱいなの……」
公園ですれ違う家族連れや友人達。
笑顔を交わすのが羨ましくて、にこにこ顔の真似をしてみた。
アリエルには相手がいないけれど、真似をしてみた。
そしたら誰かが気づいて、笑顔を分けてくれた。
分けられる分を、少しだけ。
いい子でいれば、少しだけ分けてもらえる。
……いい子じゃなくなったら、もらえる笑顔は、また途絶えるのだろうか……。
「じゃあゆっくり食べよう。遅くなっても、ずっと隣にいるからね」
「……――っ」
アッシュがアリエルを抱き寄せる。アッシュの胸に頭を抱き込まれて、とても温かい。
「今日のアリエル様、あまえんぼ」
声も温かい。
アッシュはそれ以上何も訊かずに、たまに歌なんて歌って、ずっと体温を分け与えてくれていた。
ずっとずっと、全身をくっつけて。
ベッドに入り、眠る直前にお願いした。
「アッシュ……」
「なあに?」
「……ずっと一緒にいてね」
「うん!」
抱きしめる手にぎゅっと力が込められて嬉しかった。
アッシュの声が、体温が……、ずっと僕のものであればいい。
(霧の精になりたいな)
霧の迷宮の主に。
そうしたら……。
「アッシュ……」
いつもよりさらにくっついて、二人は眠りに落ちた。
「アリエル様、これ着てっ」
夏も近いのでクローゼットの整理だ。
去年の服を手に、アッシュはアリエルに迫る。
「ちょっと小さいんじゃないかな」
「着てーっ」
「わ、分かった」
きついけどどうにか着られた。
「可愛い!」
「もうっ。次はアッシュの番だよ!」
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ゲームの中のボクには、モブすぎて名前もキャラデザもなかった。
どおりで今まで毎日自分の顔をみてもなんにも思い出さなかったわけだ!
ちなみに、ジルベスターお義兄さまは悪役ながら非常に人気があった。
その理由の第一は、ビジュアル!
夜空に輝く月みたいにキラキラした銀髪。夜の闇を思わせる深い紺碧の瞳。
涼やかに切れ上がった眦はサイコーにクール!!
イケメンではなく美形!ビューティフル!ワンダフォー!
ありとあらゆる美辞麗句を並び立てたくなるくらいに美しい姿かたちなのだ!
当然ながらボクもそのビジュアルにノックアウトされた。
ネップリももちろんコンプリートしたし、アクスタももちろん手に入れた!
そんなボクの推しジルベスターは、その無表情のせいで「人を馬鹿にしている」「心がない」「冷酷」といわれ、悪役令息と呼ばれていた。
でもボクにはわかっていた。全部誤解なんだって。
ジルベスターは優しい人なんだって。
あの無表情の下には確かに温かなものが隠れてるはずなの!
なのに誰もそれを理解しようとしなかった。
そして最後に断罪されてしまうのだ!あのピンク頭に惑わされたあんぽんたんたちのせいで!!
ジルベスターが断罪されたときには悔し涙にぬれた。
なんとかジルベスターを救おうとすべてのルートを試し、ゲームをやり込みまくった。
でも何をしてもジルベスターは断罪された。
ボクはこの世界で大声で叫ぶ。
ボクのお義兄様はカッコよくて優しい最高のお義兄様なんだからっ!
ゲームの世界ならいざしらず、このボクがついてるからには断罪なんてさせないっ!
最高に可愛いハイスぺモブ令息に転生したボクは、可愛さと前世の知識を武器にお義兄さまを守りますっ!
⭐︎⭐︎⭐︎
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こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
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