1 / 1
その1
しおりを挟む
令嬢と言う人生が、少々めんどくさいことを、この場で説明しようと思う。
私の父は名もなき貴族で、母は名もない貴族の一人娘であった。従って、私は確かに令嬢ではあるが、その地位はものすごく低い。所謂最下層の令嬢である。
彼もまた、名もなき貴族の末裔だった。私たちはお互いに名前を尋ねなかった。そんなことは、どうでもよかった。家の名前を重んじるのは、上流貴族の証である。
そんな名もなき令嬢が最初に背負わされた運命と言うのが、王子様との婚約であった。悲しき性である。女の美しさは荒野で磨かれる。命を削るほど、ダイヤモンドのように輝くのだそうだ。
決して自慢するわけではない。しかしながら、私の母は稀有な容姿をしていた。父が婚約を申し込んだのは、必ずその容姿によると思っていた。
私と王子様の出会いは、よくある王家主催のパーティーであった。国中の令嬢を集めて、王子の婚約者を決めるというイベントだった。まさか、私の元にまで召集令状がやって来るとは思ってのいなかったので、驚いた。父は私の意志に任せると言い出した。しかしながら、王家からの召集令状に異を唱えることなどできないわけだから、私はそこそこ取り繕って、パーティーに参加した。
さて、パーティーにいらっしゃる令嬢たちの中央に王子様がいらっしゃった。令嬢たちはしきりに手を振って、自らをアピールした。当然である。王家の人間と婚約することができれば、それはそれは、夢物語の始まりなのだから。
王子の瞳と私の瞳が一瞬触れ合った。すると王子は私を手招きした。後に聞いた話であるが、周りにいた令嬢たちは、私のことをキツネだと思っていたようである。それもそうか、一応世間様よりは容姿が整っているというのに、家柄は最下層なんだから。
「気に入った!私は君と婚約しよう!」
男って単純だと思った。私はそんなに驚かなかった。令嬢様たちが私をひどく睨み付けていたことを憶えている。しかしながら、そんなのも大した問題ではなかった。
どうせ、直ぐに飽きて捨てられるのでしょう?
容姿だけ好まれて婚約した令嬢の末路は、大体決まっているのだ。次の運命に進んで、そこでまた磨かれる。なるほど、私は人間を止めてキツネになるのかもしれない、そう思った。
結論から言うと、意外に長持ちしたと思う。どうしてだろうか?王子様は私に惚れていたようだ。真逆すぎて、逆にいいのだろうか?私はお淑やかな令嬢を演じた。しかしながら、ぼろは出る。王子様に怒ったこともあった。しかしながら、王子様は何も言わず、私の怒りに耳を傾けていた。
自己肯定が甚だしいかもしれないが、私のことを本当に好いていたのかもしれない、そう思った。
だから、あの事件が無かったら、私はキツネになんかならないで、人様でいられたのだと思う。そう、あの事件が起きるまでは。
王子様との婚約が決まって数か月経った日のことだった。正式に婚約を交わす日がやって来た。私の父と母は、いつになく緊張した面持ちで、王家の住まいである帝都の城に入った。
さて、この婚約を祝う人間は、恐らく王子様一人だった。皇帝陛下を始め、その他多くの貴族たちが反対したはずだ。最下層令嬢と王子様が婚約するなんて、それは本来あり得ない話なのだ。お分かりだろう。
だから、確かに予想できた。
婚約の場に王子様の姿はなかった。どうやら、遠征中だった。
つまり、皇帝陛下が私たちに婚約破棄を宣言するのに、都合がよかったのだ。
「倅との婚約は、どうかなかったことにしてほしい……」
もちろん、タダでというわけではなかった。皇帝陛下は、私の父に爵位を授けた。そして、数えきれないほどの金を払った。親にしてみれば、これで終わりでよかったのである。
「あの、皇帝陛下!」
私がムキになることなんてなかった。でも、どうしてだか、私はこの一方的な婚約破棄に異を唱えようとした。
「止めなさい!」
父が私を制止した。ああっ、これで全部終わったんだ、そう思った。懐には眩く光る金がたくさん。私の瞳には眩しすぎた。
後日、王子様は別の令嬢と正式に婚約したことを知った。きっと、あの時私を睨み付けていた方々の誰かなのだろう、と思った。
「落ち着いたかい?」
父はそう言って、時々発作のように溢れる滴を拭ってくれた。私は完全に捨てられた。女として、人間として否定されたのだ。王子様、何か言ってください……私は最後の望みを抱えていた。
「もう終わったことだから、早く忘れなさい」
そう、忘れたかった。でも、どうしてだか、王子様と過ごした日々が忘れられなかった。
私はそれから数年間、家に閉じこもっていた。時折、両親が縁談を持ち込んできたが、私は何一つ返事をしなかった。父はとうとう、私のことをあきらめたようだった。
「それならば、君はもう墓場に行ったほうがいい」
つまり、このまま死ぬか、俗世間を離れる、つまり、出家することを勧められた。なるほど、それも悪い話ではないと思った。私は喜んで修道院行きを決意した。
母は、父に比べて、もう少し私のことを気遣ってくれた。私が修道院へ行くと言えば、
「本当にそれでいいの?」
と訊いてきた。
「私はもう決めました」
でも、いまさら甘えたところで、何かが変わるわけではないと気付いていた。だから、私は迷わなかった。
「戻ってきたくなったら……もしあなたにその想いが少しでも湧いてきたら、いつでも戻ってきていいからね」
母は最後にそう言い残した。私はその時気が付いた。
母もまた、困難な運命を乗り越えて、もっともっと美しくなっている、と。母は私に手鏡を授けてくれた。私は母と同じように、これからもっともっと美しくなるのだろうか?そんなことを薄っすらと考えていた。
そうすると、本当にキツネになるのだろうか?
修道院にたどり着くと、そこには、修道院に似つかわしくない男がいた。
「修道院へようこそ。君は新入りかな?」
ここはきっと偽物なんだと思った。
「ああ、逃げようと考えたのかもしれないが、それは無駄だよ。君はもう行く場所がないのだろう?どこへも行けないのさ。だから、ここに居続けるしかないんだ。それにしても、君はまた随分と美しい女だねえ」
修道士が人間を品定めするなんてありえない。やはり、男は偽物だと思った。
「ここから逃げたいかね?逃げるがいい。しかしながら、君は必ずここに戻ってくることになる。それが運命というものだ。贖うことはできないね。ここに居残ったら、私の餌食になるわけだが……死ぬよりはましじゃないかな?」
いや、この際、死んだ方がましかもしれない。私はそう思った。
「君に任せるよ」
今更、何を言っても仕方がない。この運命から逃げたとして、どうしようもない。全てが終わっているのだ。この男の素性は分からないが、従うよりほかないのかもしれない。私はそう思った。
「私はとりあえず休むから、好きにしなさい」
そう言い残して、男は部屋に消えていった。しばらくすると、男が消えていった部屋から、母くらいの年の女が出てきた。
「あらあら、新入りさんですか?」
見るからに、さっきの男とは様子が違った。修道院に似つかわしい女だった。
「これまた、随分と可愛い娘さんね」
なるほど、女は普通である。年のせいか、少しやつれている。比較する意味なんてないが、私の方がはるかに美しい。
「お腹すいたでしょう?長旅ご苦労様でした。食事の準備するから、少し待っててちょうだい」
女はそう言って、再び姿を消した。
確かに食欲は強かった。
この女に甘えるのは正解だと思った。
女はそれから、夜の分の食事も用意してくれた。私はとりあえず一晩、この修道院に泊まることにした。
「新しいお客さんは久しぶりだよ。にぎやかでいいねえ」
にぎやかとは程遠かったが、女は喜んでいた。眠る前に男が現れて、
「一緒に寝るか?」
と誘ってきた。これが狙いであることは薄々気がついていた。気が向けば、もしかしたら身体をくれてやってもいいかもしれない。しかしながら、この晩は疲れていた。
「今日は勘弁して下さらない?」
私は男に言った。
「あなたね、いきなりがっつくと嫌われるわよ」
女も私に乗っかった。それにしても、二人は夫婦ではないのか、と疑問に思った。夫婦であれば、あからさまに不義を認めることはないだろうと思った。そもそも、修道院で姦淫だなんて、シャレにならない。
「お嬢さんはここで寝るといいよ」
私は結局、神様のお膝元で眠ることになった。女がベッドをわざわざ運んでくれた。
「ありがとうございます」
私は丁重に感謝した。
「どういたしまして。さあっ、寝ましょう!」
女は男の肩をポンと叩いて、部屋に戻った。なるほど、やっぱり二人は夫婦のようだった。
神様のお膝元というのは、少し緊張した。この地に立って、王子様がやって来るのを期待していたのだ。王子様との婚約……王子様は私のことを確かに愛していた。
それがどうして?王子様は何も言わずに私を捨てて、新しい令嬢と婚約した。
「神様。私が何か悪いことをしたのでしょうか?そうでなかったら、私に復讐の力を注いでほしいものです……」
私はひとまず、眠りについた。
女は朝も昼も、そして晩になっても、私の面倒を見てくれた。おかげで、衣食住は安定、下手したら、安い貴族をやっているよりも、こちらの方が楽だと思った。女は召使のようだった。しかも、かなり有能だった。
修道院にやって来るのは、大方貴族だった。みんな、罪を告解したり、祈祷を受けたりなど、色々だったが、一番大切なのは金だった。
「どうか、神様のご加護をお願いしたいのです!」
「それならば、金をたくさん寄付することですね。寄付すればするほど、神様はあなたを正しい道に導いてくださいますよ」
「分かりました。金ならたくさんありますからね、ほら、こんなに!」
うーん……女は女で結構な詐欺師だった。でも、そのおかげで金持ちだったはずだ。貴族は自身の不運を全て神様の怒りだと解釈する。それが金で解決すると分かれば、どんどん金を払ってくれる。
貴族たちは修道院にどれほど寄付したか、競い合っている。
「私の方がたくさん払っているから、今度の婚約は上手くいくんだよ」
婚約と金と神様は大して関係ないと思うが……。こいつらはバカだと思った。
私は深々と頭を下げる貴族たちを見て苦笑した。
「お嬢さん、今日も中々いい稼ぎですよ。修道院って言うのは、こういうところなんです」
貴族社会を反映しているとすれば、これはこれで納得できる。
「でも、お嬢さんはもう貴族じゃないんでしょう?今度は貴族から金をふんだくる番ですよ。その美しさで男を誘惑してみてごらんなさい。あなたは女神様みたいだからね、稼ぎ頭になりますよ。金がいっぱい貯まったらね、この世界を支配することができるかもしれない。そうすると、私の息子もスラムの民から皇帝に上り詰めるってわけさ!」
息子?ひょっとして?
「ここに住んでいらっしゃる男の方……ひょっとして、あなたの息子さんなんですか?」
「あらっ、今頃気がついたの?」
まさかの運命、どうする、私?
私の父は名もなき貴族で、母は名もない貴族の一人娘であった。従って、私は確かに令嬢ではあるが、その地位はものすごく低い。所謂最下層の令嬢である。
彼もまた、名もなき貴族の末裔だった。私たちはお互いに名前を尋ねなかった。そんなことは、どうでもよかった。家の名前を重んじるのは、上流貴族の証である。
そんな名もなき令嬢が最初に背負わされた運命と言うのが、王子様との婚約であった。悲しき性である。女の美しさは荒野で磨かれる。命を削るほど、ダイヤモンドのように輝くのだそうだ。
決して自慢するわけではない。しかしながら、私の母は稀有な容姿をしていた。父が婚約を申し込んだのは、必ずその容姿によると思っていた。
私と王子様の出会いは、よくある王家主催のパーティーであった。国中の令嬢を集めて、王子の婚約者を決めるというイベントだった。まさか、私の元にまで召集令状がやって来るとは思ってのいなかったので、驚いた。父は私の意志に任せると言い出した。しかしながら、王家からの召集令状に異を唱えることなどできないわけだから、私はそこそこ取り繕って、パーティーに参加した。
さて、パーティーにいらっしゃる令嬢たちの中央に王子様がいらっしゃった。令嬢たちはしきりに手を振って、自らをアピールした。当然である。王家の人間と婚約することができれば、それはそれは、夢物語の始まりなのだから。
王子の瞳と私の瞳が一瞬触れ合った。すると王子は私を手招きした。後に聞いた話であるが、周りにいた令嬢たちは、私のことをキツネだと思っていたようである。それもそうか、一応世間様よりは容姿が整っているというのに、家柄は最下層なんだから。
「気に入った!私は君と婚約しよう!」
男って単純だと思った。私はそんなに驚かなかった。令嬢様たちが私をひどく睨み付けていたことを憶えている。しかしながら、そんなのも大した問題ではなかった。
どうせ、直ぐに飽きて捨てられるのでしょう?
容姿だけ好まれて婚約した令嬢の末路は、大体決まっているのだ。次の運命に進んで、そこでまた磨かれる。なるほど、私は人間を止めてキツネになるのかもしれない、そう思った。
結論から言うと、意外に長持ちしたと思う。どうしてだろうか?王子様は私に惚れていたようだ。真逆すぎて、逆にいいのだろうか?私はお淑やかな令嬢を演じた。しかしながら、ぼろは出る。王子様に怒ったこともあった。しかしながら、王子様は何も言わず、私の怒りに耳を傾けていた。
自己肯定が甚だしいかもしれないが、私のことを本当に好いていたのかもしれない、そう思った。
だから、あの事件が無かったら、私はキツネになんかならないで、人様でいられたのだと思う。そう、あの事件が起きるまでは。
王子様との婚約が決まって数か月経った日のことだった。正式に婚約を交わす日がやって来た。私の父と母は、いつになく緊張した面持ちで、王家の住まいである帝都の城に入った。
さて、この婚約を祝う人間は、恐らく王子様一人だった。皇帝陛下を始め、その他多くの貴族たちが反対したはずだ。最下層令嬢と王子様が婚約するなんて、それは本来あり得ない話なのだ。お分かりだろう。
だから、確かに予想できた。
婚約の場に王子様の姿はなかった。どうやら、遠征中だった。
つまり、皇帝陛下が私たちに婚約破棄を宣言するのに、都合がよかったのだ。
「倅との婚約は、どうかなかったことにしてほしい……」
もちろん、タダでというわけではなかった。皇帝陛下は、私の父に爵位を授けた。そして、数えきれないほどの金を払った。親にしてみれば、これで終わりでよかったのである。
「あの、皇帝陛下!」
私がムキになることなんてなかった。でも、どうしてだか、私はこの一方的な婚約破棄に異を唱えようとした。
「止めなさい!」
父が私を制止した。ああっ、これで全部終わったんだ、そう思った。懐には眩く光る金がたくさん。私の瞳には眩しすぎた。
後日、王子様は別の令嬢と正式に婚約したことを知った。きっと、あの時私を睨み付けていた方々の誰かなのだろう、と思った。
「落ち着いたかい?」
父はそう言って、時々発作のように溢れる滴を拭ってくれた。私は完全に捨てられた。女として、人間として否定されたのだ。王子様、何か言ってください……私は最後の望みを抱えていた。
「もう終わったことだから、早く忘れなさい」
そう、忘れたかった。でも、どうしてだか、王子様と過ごした日々が忘れられなかった。
私はそれから数年間、家に閉じこもっていた。時折、両親が縁談を持ち込んできたが、私は何一つ返事をしなかった。父はとうとう、私のことをあきらめたようだった。
「それならば、君はもう墓場に行ったほうがいい」
つまり、このまま死ぬか、俗世間を離れる、つまり、出家することを勧められた。なるほど、それも悪い話ではないと思った。私は喜んで修道院行きを決意した。
母は、父に比べて、もう少し私のことを気遣ってくれた。私が修道院へ行くと言えば、
「本当にそれでいいの?」
と訊いてきた。
「私はもう決めました」
でも、いまさら甘えたところで、何かが変わるわけではないと気付いていた。だから、私は迷わなかった。
「戻ってきたくなったら……もしあなたにその想いが少しでも湧いてきたら、いつでも戻ってきていいからね」
母は最後にそう言い残した。私はその時気が付いた。
母もまた、困難な運命を乗り越えて、もっともっと美しくなっている、と。母は私に手鏡を授けてくれた。私は母と同じように、これからもっともっと美しくなるのだろうか?そんなことを薄っすらと考えていた。
そうすると、本当にキツネになるのだろうか?
修道院にたどり着くと、そこには、修道院に似つかわしくない男がいた。
「修道院へようこそ。君は新入りかな?」
ここはきっと偽物なんだと思った。
「ああ、逃げようと考えたのかもしれないが、それは無駄だよ。君はもう行く場所がないのだろう?どこへも行けないのさ。だから、ここに居続けるしかないんだ。それにしても、君はまた随分と美しい女だねえ」
修道士が人間を品定めするなんてありえない。やはり、男は偽物だと思った。
「ここから逃げたいかね?逃げるがいい。しかしながら、君は必ずここに戻ってくることになる。それが運命というものだ。贖うことはできないね。ここに居残ったら、私の餌食になるわけだが……死ぬよりはましじゃないかな?」
いや、この際、死んだ方がましかもしれない。私はそう思った。
「君に任せるよ」
今更、何を言っても仕方がない。この運命から逃げたとして、どうしようもない。全てが終わっているのだ。この男の素性は分からないが、従うよりほかないのかもしれない。私はそう思った。
「私はとりあえず休むから、好きにしなさい」
そう言い残して、男は部屋に消えていった。しばらくすると、男が消えていった部屋から、母くらいの年の女が出てきた。
「あらあら、新入りさんですか?」
見るからに、さっきの男とは様子が違った。修道院に似つかわしい女だった。
「これまた、随分と可愛い娘さんね」
なるほど、女は普通である。年のせいか、少しやつれている。比較する意味なんてないが、私の方がはるかに美しい。
「お腹すいたでしょう?長旅ご苦労様でした。食事の準備するから、少し待っててちょうだい」
女はそう言って、再び姿を消した。
確かに食欲は強かった。
この女に甘えるのは正解だと思った。
女はそれから、夜の分の食事も用意してくれた。私はとりあえず一晩、この修道院に泊まることにした。
「新しいお客さんは久しぶりだよ。にぎやかでいいねえ」
にぎやかとは程遠かったが、女は喜んでいた。眠る前に男が現れて、
「一緒に寝るか?」
と誘ってきた。これが狙いであることは薄々気がついていた。気が向けば、もしかしたら身体をくれてやってもいいかもしれない。しかしながら、この晩は疲れていた。
「今日は勘弁して下さらない?」
私は男に言った。
「あなたね、いきなりがっつくと嫌われるわよ」
女も私に乗っかった。それにしても、二人は夫婦ではないのか、と疑問に思った。夫婦であれば、あからさまに不義を認めることはないだろうと思った。そもそも、修道院で姦淫だなんて、シャレにならない。
「お嬢さんはここで寝るといいよ」
私は結局、神様のお膝元で眠ることになった。女がベッドをわざわざ運んでくれた。
「ありがとうございます」
私は丁重に感謝した。
「どういたしまして。さあっ、寝ましょう!」
女は男の肩をポンと叩いて、部屋に戻った。なるほど、やっぱり二人は夫婦のようだった。
神様のお膝元というのは、少し緊張した。この地に立って、王子様がやって来るのを期待していたのだ。王子様との婚約……王子様は私のことを確かに愛していた。
それがどうして?王子様は何も言わずに私を捨てて、新しい令嬢と婚約した。
「神様。私が何か悪いことをしたのでしょうか?そうでなかったら、私に復讐の力を注いでほしいものです……」
私はひとまず、眠りについた。
女は朝も昼も、そして晩になっても、私の面倒を見てくれた。おかげで、衣食住は安定、下手したら、安い貴族をやっているよりも、こちらの方が楽だと思った。女は召使のようだった。しかも、かなり有能だった。
修道院にやって来るのは、大方貴族だった。みんな、罪を告解したり、祈祷を受けたりなど、色々だったが、一番大切なのは金だった。
「どうか、神様のご加護をお願いしたいのです!」
「それならば、金をたくさん寄付することですね。寄付すればするほど、神様はあなたを正しい道に導いてくださいますよ」
「分かりました。金ならたくさんありますからね、ほら、こんなに!」
うーん……女は女で結構な詐欺師だった。でも、そのおかげで金持ちだったはずだ。貴族は自身の不運を全て神様の怒りだと解釈する。それが金で解決すると分かれば、どんどん金を払ってくれる。
貴族たちは修道院にどれほど寄付したか、競い合っている。
「私の方がたくさん払っているから、今度の婚約は上手くいくんだよ」
婚約と金と神様は大して関係ないと思うが……。こいつらはバカだと思った。
私は深々と頭を下げる貴族たちを見て苦笑した。
「お嬢さん、今日も中々いい稼ぎですよ。修道院って言うのは、こういうところなんです」
貴族社会を反映しているとすれば、これはこれで納得できる。
「でも、お嬢さんはもう貴族じゃないんでしょう?今度は貴族から金をふんだくる番ですよ。その美しさで男を誘惑してみてごらんなさい。あなたは女神様みたいだからね、稼ぎ頭になりますよ。金がいっぱい貯まったらね、この世界を支配することができるかもしれない。そうすると、私の息子もスラムの民から皇帝に上り詰めるってわけさ!」
息子?ひょっとして?
「ここに住んでいらっしゃる男の方……ひょっとして、あなたの息子さんなんですか?」
「あらっ、今頃気がついたの?」
まさかの運命、どうする、私?
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」
イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。
対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。
レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。
「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ!」
レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。
「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」
私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。
全31話、約43,000文字、完結済み。
他サイトにもアップしています。
小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位!
pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。
アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。
2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
婚約破棄されたので、もうあなたを想うのはやめます
藤原遊
恋愛
王城の舞踏会で、公爵令息から一方的に婚約破棄を告げられた令嬢。
彼の仕事を支えるため領地運営を担ってきたが、婚約者でなくなった以上、その役目を続ける理由はない。
去った先で彼女の能力を正当に評価したのは、軍事を握る王弟辺境伯だった。
想うことをやめた先で、彼女は“対等に必要とされる場所”を手に入れる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる