婚約破棄の末路~令嬢の運命~

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その1

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令嬢と言う人生が、少々めんどくさいことを、この場で説明しようと思う。

私の父は名もなき貴族で、母は名もない貴族の一人娘であった。従って、私は確かに令嬢ではあるが、その地位はものすごく低い。所謂最下層の令嬢である。

彼もまた、名もなき貴族の末裔だった。私たちはお互いに名前を尋ねなかった。そんなことは、どうでもよかった。家の名前を重んじるのは、上流貴族の証である。

そんな名もなき令嬢が最初に背負わされた運命と言うのが、王子様との婚約であった。悲しき性である。女の美しさは荒野で磨かれる。命を削るほど、ダイヤモンドのように輝くのだそうだ。

決して自慢するわけではない。しかしながら、私の母は稀有な容姿をしていた。父が婚約を申し込んだのは、必ずその容姿によると思っていた。

私と王子様の出会いは、よくある王家主催のパーティーであった。国中の令嬢を集めて、王子の婚約者を決めるというイベントだった。まさか、私の元にまで召集令状がやって来るとは思ってのいなかったので、驚いた。父は私の意志に任せると言い出した。しかしながら、王家からの召集令状に異を唱えることなどできないわけだから、私はそこそこ取り繕って、パーティーに参加した。

さて、パーティーにいらっしゃる令嬢たちの中央に王子様がいらっしゃった。令嬢たちはしきりに手を振って、自らをアピールした。当然である。王家の人間と婚約することができれば、それはそれは、夢物語の始まりなのだから。


王子の瞳と私の瞳が一瞬触れ合った。すると王子は私を手招きした。後に聞いた話であるが、周りにいた令嬢たちは、私のことをキツネだと思っていたようである。それもそうか、一応世間様よりは容姿が整っているというのに、家柄は最下層なんだから。

「気に入った!私は君と婚約しよう!」

男って単純だと思った。私はそんなに驚かなかった。令嬢様たちが私をひどく睨み付けていたことを憶えている。しかしながら、そんなのも大した問題ではなかった。

どうせ、直ぐに飽きて捨てられるのでしょう?

容姿だけ好まれて婚約した令嬢の末路は、大体決まっているのだ。次の運命に進んで、そこでまた磨かれる。なるほど、私は人間を止めてキツネになるのかもしれない、そう思った。


結論から言うと、意外に長持ちしたと思う。どうしてだろうか?王子様は私に惚れていたようだ。真逆すぎて、逆にいいのだろうか?私はお淑やかな令嬢を演じた。しかしながら、ぼろは出る。王子様に怒ったこともあった。しかしながら、王子様は何も言わず、私の怒りに耳を傾けていた。

自己肯定が甚だしいかもしれないが、私のことを本当に好いていたのかもしれない、そう思った。

だから、あの事件が無かったら、私はキツネになんかならないで、人様でいられたのだと思う。そう、あの事件が起きるまでは。


王子様との婚約が決まって数か月経った日のことだった。正式に婚約を交わす日がやって来た。私の父と母は、いつになく緊張した面持ちで、王家の住まいである帝都の城に入った。

さて、この婚約を祝う人間は、恐らく王子様一人だった。皇帝陛下を始め、その他多くの貴族たちが反対したはずだ。最下層令嬢と王子様が婚約するなんて、それは本来あり得ない話なのだ。お分かりだろう。

だから、確かに予想できた。

婚約の場に王子様の姿はなかった。どうやら、遠征中だった。

つまり、皇帝陛下が私たちに婚約破棄を宣言するのに、都合がよかったのだ。

「倅との婚約は、どうかなかったことにしてほしい……」

もちろん、タダでというわけではなかった。皇帝陛下は、私の父に爵位を授けた。そして、数えきれないほどの金を払った。親にしてみれば、これで終わりでよかったのである。

「あの、皇帝陛下!」

私がムキになることなんてなかった。でも、どうしてだか、私はこの一方的な婚約破棄に異を唱えようとした。

「止めなさい!」

父が私を制止した。ああっ、これで全部終わったんだ、そう思った。懐には眩く光る金がたくさん。私の瞳には眩しすぎた。

後日、王子様は別の令嬢と正式に婚約したことを知った。きっと、あの時私を睨み付けていた方々の誰かなのだろう、と思った。

「落ち着いたかい?」

父はそう言って、時々発作のように溢れる滴を拭ってくれた。私は完全に捨てられた。女として、人間として否定されたのだ。王子様、何か言ってください……私は最後の望みを抱えていた。

「もう終わったことだから、早く忘れなさい」

そう、忘れたかった。でも、どうしてだか、王子様と過ごした日々が忘れられなかった。

私はそれから数年間、家に閉じこもっていた。時折、両親が縁談を持ち込んできたが、私は何一つ返事をしなかった。父はとうとう、私のことをあきらめたようだった。

「それならば、君はもう墓場に行ったほうがいい」

つまり、このまま死ぬか、俗世間を離れる、つまり、出家することを勧められた。なるほど、それも悪い話ではないと思った。私は喜んで修道院行きを決意した。

母は、父に比べて、もう少し私のことを気遣ってくれた。私が修道院へ行くと言えば、

「本当にそれでいいの?」

と訊いてきた。

「私はもう決めました」

でも、いまさら甘えたところで、何かが変わるわけではないと気付いていた。だから、私は迷わなかった。
 
「戻ってきたくなったら……もしあなたにその想いが少しでも湧いてきたら、いつでも戻ってきていいからね」

母は最後にそう言い残した。私はその時気が付いた。

母もまた、困難な運命を乗り越えて、もっともっと美しくなっている、と。母は私に手鏡を授けてくれた。私は母と同じように、これからもっともっと美しくなるのだろうか?そんなことを薄っすらと考えていた。

そうすると、本当にキツネになるのだろうか?

修道院にたどり着くと、そこには、修道院に似つかわしくない男がいた。

「修道院へようこそ。君は新入りかな?」

ここはきっと偽物なんだと思った。

「ああ、逃げようと考えたのかもしれないが、それは無駄だよ。君はもう行く場所がないのだろう?どこへも行けないのさ。だから、ここに居続けるしかないんだ。それにしても、君はまた随分と美しい女だねえ」

修道士が人間を品定めするなんてありえない。やはり、男は偽物だと思った。

「ここから逃げたいかね?逃げるがいい。しかしながら、君は必ずここに戻ってくることになる。それが運命というものだ。贖うことはできないね。ここに居残ったら、私の餌食になるわけだが……死ぬよりはましじゃないかな?」

いや、この際、死んだ方がましかもしれない。私はそう思った。

「君に任せるよ」

今更、何を言っても仕方がない。この運命から逃げたとして、どうしようもない。全てが終わっているのだ。この男の素性は分からないが、従うよりほかないのかもしれない。私はそう思った。

「私はとりあえず休むから、好きにしなさい」

そう言い残して、男は部屋に消えていった。しばらくすると、男が消えていった部屋から、母くらいの年の女が出てきた。

「あらあら、新入りさんですか?」

見るからに、さっきの男とは様子が違った。修道院に似つかわしい女だった。

「これまた、随分と可愛い娘さんね」

なるほど、女は普通である。年のせいか、少しやつれている。比較する意味なんてないが、私の方がはるかに美しい。

「お腹すいたでしょう?長旅ご苦労様でした。食事の準備するから、少し待っててちょうだい」

女はそう言って、再び姿を消した。

確かに食欲は強かった。

この女に甘えるのは正解だと思った。

女はそれから、夜の分の食事も用意してくれた。私はとりあえず一晩、この修道院に泊まることにした。

「新しいお客さんは久しぶりだよ。にぎやかでいいねえ」

にぎやかとは程遠かったが、女は喜んでいた。眠る前に男が現れて、

「一緒に寝るか?」

と誘ってきた。これが狙いであることは薄々気がついていた。気が向けば、もしかしたら身体をくれてやってもいいかもしれない。しかしながら、この晩は疲れていた。

「今日は勘弁して下さらない?」

私は男に言った。

「あなたね、いきなりがっつくと嫌われるわよ」

女も私に乗っかった。それにしても、二人は夫婦ではないのか、と疑問に思った。夫婦であれば、あからさまに不義を認めることはないだろうと思った。そもそも、修道院で姦淫だなんて、シャレにならない。

「お嬢さんはここで寝るといいよ」

私は結局、神様のお膝元で眠ることになった。女がベッドをわざわざ運んでくれた。

「ありがとうございます」

私は丁重に感謝した。

「どういたしまして。さあっ、寝ましょう!」

女は男の肩をポンと叩いて、部屋に戻った。なるほど、やっぱり二人は夫婦のようだった。


神様のお膝元というのは、少し緊張した。この地に立って、王子様がやって来るのを期待していたのだ。王子様との婚約……王子様は私のことを確かに愛していた。

それがどうして?王子様は何も言わずに私を捨てて、新しい令嬢と婚約した。

「神様。私が何か悪いことをしたのでしょうか?そうでなかったら、私に復讐の力を注いでほしいものです……」

私はひとまず、眠りについた。

女は朝も昼も、そして晩になっても、私の面倒を見てくれた。おかげで、衣食住は安定、下手したら、安い貴族をやっているよりも、こちらの方が楽だと思った。女は召使のようだった。しかも、かなり有能だった。

修道院にやって来るのは、大方貴族だった。みんな、罪を告解したり、祈祷を受けたりなど、色々だったが、一番大切なのは金だった。

「どうか、神様のご加護をお願いしたいのです!」

「それならば、金をたくさん寄付することですね。寄付すればするほど、神様はあなたを正しい道に導いてくださいますよ」

「分かりました。金ならたくさんありますからね、ほら、こんなに!」

うーん……女は女で結構な詐欺師だった。でも、そのおかげで金持ちだったはずだ。貴族は自身の不運を全て神様の怒りだと解釈する。それが金で解決すると分かれば、どんどん金を払ってくれる。

貴族たちは修道院にどれほど寄付したか、競い合っている。

「私の方がたくさん払っているから、今度の婚約は上手くいくんだよ」

婚約と金と神様は大して関係ないと思うが……。こいつらはバカだと思った。

私は深々と頭を下げる貴族たちを見て苦笑した。

「お嬢さん、今日も中々いい稼ぎですよ。修道院って言うのは、こういうところなんです」

貴族社会を反映しているとすれば、これはこれで納得できる。

「でも、お嬢さんはもう貴族じゃないんでしょう?今度は貴族から金をふんだくる番ですよ。その美しさで男を誘惑してみてごらんなさい。あなたは女神様みたいだからね、稼ぎ頭になりますよ。金がいっぱい貯まったらね、この世界を支配することができるかもしれない。そうすると、私の息子もスラムの民から皇帝に上り詰めるってわけさ!」

息子?ひょっとして?

「ここに住んでいらっしゃる男の方……ひょっとして、あなたの息子さんなんですか?」

「あらっ、今頃気がついたの?」

まさかの運命、どうする、私?

 





 
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