アンジュバール~異世界スカッドはアイドル始めました~

和泉鷹央

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第二章

第19話 エヴォルの核と沙也加の想い

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 えっへん、と沙也加は胸を反らして一万円近く稼いだと自慢し、日払いで貰ったと現金をテーブルの上に置いた。

 この世界の貨幣になじみがない玲は、硬貨を手に取ってまじまじと見つめる。
 玲はそれはすごいわねーと言いながら、昨夜、沙也加がコンビニで購入したままになっていたサラダのパックを開け、皿に盛りつけてドレッシングをかけていた。

「私も働くことになるって今朝言っていなかった?」
「そうなんだよ。もうすっごく忙しいの! このままだとボク、仕事に殺されるくらい大変! だから玲には早く面接を受けて欲しいんだ」

 もう日取りを決めてきた、と沙也加はスマホのスケジュールアプリを見せてくれる。
 日程は来週の火曜日の夕方。
 ランチとディナーの合間の時間だ。ほぼ一週間、空きがあるのはまだ玲が本調子ではないかもしれないから無理をしないように、という緑川の優しさだった。

「へえ、これが一万円札。オルスで見た資料の一万円となんだか違うわね」
「最近、新札が発行されたいらしいんだ。ボクも初めて見たとき、偽物かと思って疑ったから」
「なるほど。騙されなくてよかった」
「まあ、ボクはできる女ですから!」
「はいはい、そうでした。お風呂も沸かしたよ。御飯が終わったら入ろうね」
「うん! ますまず、玲味が堪能できる!」
「やだ、いやらしい言い方しないの」

 玲は沙也加の視線が自分の胸に注がれるのを見てさっと胸を手で隠した。軽くにらみつけると、箸をおいてどこからか物体を取り出す。
 今朝、回収したエヴォルの核、アマノダイトだった。
 真紅の輝きを放つ鉱石を見て、沙也加は口の中に含んだ食事を吐き出しそうになる。

「ぶふっ! ……なにそれ! どこで見つけたの!」
「今朝、散歩していたら天眼にエヴォルの反応があったの。それで回収してきた」
「え、マジでいってるの、玲? 昨日も戦ったばかりだよ、オートリテが切れたらどうするつもりだったのさ」
「マジ? ああ、本気よ。だってそれが任務なんだもの」
「それはそうだけど、どれくらいの奴だったの?」

 玲は片手を顎に当てて、うーんと考えた。

「対象はおじいちゃんだったの。散歩中でアマノダイトの輝きを見て、独占したくなったんだと思う。自分のものだーって回収してもわめいてた。幼生から成体エヴォルになったばかりで次元の狭間(ワールドポケット)に閉じ込めたらそんなに大した戦闘にはならなかったかな?」
「玲ィ……簡単に戦闘とか言わないで! ボクは昨夜、玲を見つけたとき心臓が飛び出しそうなくらい驚いたんだよ。もう、無理しないでよ」
「大丈夫よ。オルスにいたころはこの程度の戦い、毎日だったじゃない。心配し過ぎよ」
「うん……でも」

 といい、沙也加はしゅん、となってしまう。
 さっきまで稼いできたと賑やかだったのに、いきなり静かな食事の席になってしまい、玲はどこか責任を感じてしまった。

「次は沙也加に連絡するから!」
「そうして! 絶対にそうして! 昨夜と今朝、たまたま初級のエヴォルだったから良かったけど、もし上級のやつらだったら玲だけじゃ……心配だよ」
「うん、ごめんなさい。次からは気を付ける」
「分かってくれたら、それでいいんだ」

 会話が途切れ、食事を終えて食器を片付ける。
 その間、沙也加はなにか不安を抱えているかのように、ずっと無言だった。
 お風呂場で互いに体を洗い浴槽につかる。沙也加は玲を後ろから受け止めるようにして、抱きしめて離さない。
 タオルで包んだ玲の髪に顔をうずめるようにして、ぎゅっと腕に力を込めて言った。

「……さっき言ったこと、嘘じゃないんだよ。ボク……」
「なあに?」
「ボク、玲とならずっと一緒にいて生きていくのも悪くないと思ってる」
「沙也加? 変なの、まるで恋の告白みたい」
「みたいじゃなくて! そう……なの。それくらい、大事に思ってる」
「へーえ、そっかあ。なら沙也加は白馬の王子様なんだ?」
「え、どうだろ?」

 ボク、男じゃないしな、と妙なところで疑問を持ち出す沙也加はいつも通りで、玲の大好きな相棒だった。

「そういうところだよ」
「どういうこと」
「真剣な告白なのに、へんなところで迷うのが沙也加のいいところ、というか……。まあ、嫌いじゃないけど、告白にしては七十点かなー? ロマンがない」
「ちょっと、これでもかなり真面目に――」

 玲は言い募る沙也加の唇を片手で塞いだ。

「それ、本気だったら任務が終わったあとにしよ? 恋を始めて任務が終わったらどっちかがいなくなってました……じゃ、寂しい。でしょ?」
「う、むぐ!」
「それに沙也加は公私混同しすぎだよ。スカッドに入ったときから、生死問わずが条件だったんだから」
「むぐぐ、むぐっ!」
「だーめ、異論は聞きませーん。未亡人なんてまっぴらなんだから」
「むぐっ、ぐぬぬ……ふぬ」
「で、本気なの?」

 塞いでいた手を離すと、沙也加はぷはっ、と大きく息をしてふん、とそっぽをむいてしまった。

「せっかくの告白だったのに……台無し。まあ、半分は冗談かな。半分は仲間としての愛だね」
「じゃあ、本気じゃないじゃない! 聞いて損した」
「まあまあ。そう言わないで。損といえば面白い話があるよ」

 沙也加は玲を解放して湯船に深く浸かる。今日一日の疲れを癒そうとしているようだった。

「どんな話?」
「うちのアルバイト先、ヴィクトリアチャームにきてる常連客がいて、昨日の放送を見たんだって」
「放送……? ああ、アンジュバール通信のこと?」

 T―TUBEで流した動画のことだと玲は思い当たる。あの百数十人いた視聴者のひとりがこんな間近にいるなんて、と驚きだった。

「そう。で、こんなこと言ってた。玲の話し方とか態度とかが、不慣れだって。まるで別人みたいだって」
「……オルスの敵勢力に加担してるってこと?」

 のんびりと湯を楽しんでいた玲の顔つきが、さっと戦闘モードに切り替わる。しかし、沙也加はと手を振って否定した。

「その人、ボクによく話しかけて来るんだ。最初のライブからアンジュバールを応援してくれているって言ってた」
「なあんだ」

 玲は警戒モードを解くと、ほっとした顔つきになる。
 単にエリカが憑依する前としたあとの愛川玲を見比べて、怪しいと感じただけらしいとわかったからだ。
 それにしても、熱心なファンはそんなところまで見ているのだと思い、正体を見破られないようにしないといけない、と心で再度、決意する。

「……ということは、沙也加のえっと……『推し』なの、その人」
「ううん。神大俊太郎っていうんだけど、玲の推し、らしいよ」
「それで沙也加によく話しかけるのって浮気じゃない?」
「さあ? アイドルなら誰でもいいんじゃない? 結構、好きみたいだからアンジュバールを」

 むう、と玲は唸ってしまう。
 アンジュバールのファンだったら、アンジュバールのメンバーが近くにいれば仲良くしたいと思うのは心理だろう。それは理解できる。
 でも、愛川玲の推しだと公言しながら、恋水沙也加と仲良くするのはいかがなものか。
 ちょっとしたジェラシーのようなものを感じてしまい、玲はあきれ顔になった。

「でもね、その人、玲のちょっとした言動からおかしいって気づいてくれるくらい、玲を好きなんだと思うよ」
「あ、そういえばそうだよね。私が知らない愛川玲を知る、古参のファン、かあ」
「お店で働きだしたらいやでも顔を合わせるから覚悟はしておいた方がいいかも。でも玲を愛でるのはボクだけの特権だけどね!」

 再び、沙也加はぐりぐりと玲の後頭部におでこを擦りつけてきた。
 いい加減のぼせそうになってきたので、あがると告げるとそのままついてくる。
 都会の脱衣室は狭くてふたりで体を拭いていたら、腕がぶつかりそうになる。
 こんな窮屈な空間で、よく日本人は我慢できるなあと玲は感心してしまうのだった。

 長い髪をドライヤーで乾かしてもらい、枝毛にならないように気を付けて処理していると、沙也加が不意に思い出したかのように言った。

「あの人、異世界転移とか、マルチバースとか研究してるってさ」
「マルチバース? つまりオルスのこと――やっぱり、敵と通じてるんじゃ?」
「その可能性はすっごく低いって思う。だって、オルスのことを知るためにはアマノダイトが発している電波を感知しないといけないよね」
「地球にはそんな探査技術はまだないって、習ったけど」

 異世界オルスが発している微弱な電磁波は、アマノダイトが発する周波数とよく似ている。
 そのため、オルスの存在を検知するためには、地球に転移してきたアマノダイトを発見できるくらいの精度をもった探知機が必要なのだった。
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