冒険者ギルドの料理番

和泉鷹央

文字の大きさ
上 下
2 / 7
第一話 雪の国のオフィーリア

冒険者ギルド、カルサイト支部

しおりを挟む
 

 カルサイトの街は別名、塔の街と呼ばれている。
 千を超える大小さまざまな塔がそびえ建ち、最も古い塔は歴史をさかのぼれば千年を数える。
 世界各地に支部をもつ総合ギルドはここ、大陸の南端に位置する古都にもその勢力を伸ばしている。
 三十階建てを誇る総合ギルド、カルサイト支部ビルの一階で、雇われ料理人であるナガレは、市場から仕入れてきた食材を馬車から降ろしていた。

 調理部と呼ばれるこの部署は、彼を含めて二十人からの大所帯だ。
 そこには料理人も給仕もバーテンダーも含まれる。
 昼夜問わず開店し続ける大食堂はいつも登録している冒険者たちが詰めていて活気に満ちていた。
 ギルドに登録する冒険者は三百人。

 一番に酒、二番に肉料理、三番に穀物が消化されるこの大食堂は、今日もまた忙しくなりそうだ。
 そんな調理部においてナガレのポジションは焼き場の補助と食料庫の管理が主な仕事である。

「あーっ、くっそ! なんでこんな春先にこんな雑務‥‥‥オークどもにでもやらしておけばいいんだよ」

 ナガレは文句をひとついい、市場で処理された豚肉の塊を肩に担ぎあげる。
 肉は透明なビニールに包まれているが、脂分はそんなものをあっけなく通り越して、肩や服、横っ面にべったりと張りついてくる。脚の肉ならまだいいが、首を切り落とし、背骨に沿って両断、加工された胴体は数キロの重さでは済まない。
 それを馬車から数頭分降ろしては地下に通じる階段を降り、冷蔵庫と冷凍庫それぞれに氷魔法で温度調節がされた地下室へと運び込む。
 天井からつるされたフックにその枝肉と呼ばれる塊を吊るし、番号札をつけ、古い順から新しい順へと可動式のフックを押しやって、日付けを確認し料理長が書きだしたメモにそって本日必要な量の肉を、一階奥のキッチンへと運び込む。
 それを数回こなしていれば、一時間なんてあっという間に過ぎてしまう。
 朝の四時に起きて市場を周り、移動式の冷蔵庫になっている箱型の荷馬車を走らせていたら、太陽がその顔を東の稜線に見せていた。
「オークにやらせたら、あいつら嫌な顔するだろうが。人種差別だって言いだすぞ?」
 運搬係のダンが刈り込んだ黒髪に爽やかな汗を散らしてそう言った。
 仕入れた食材は一人ではもちろん、運びきれない。
 三人、ときに量によっては四人がかりになることもよくあることだった。
「言わしときゃいいんだよ。そんなこと言い出したら、あいつらが食べるブレードモンキーの肉だって‥‥‥似たようなもんだろうが」
「まあ、違いない」
 オークは豚鼻をもつ亜人種と言われている。
 もっとも魔王に言わせれば知性があり、魔力を扱い奇跡を起こせる種族はこの世には二種類しかいないらしい。
 すなわち、魔族と人。それだけだという。
 なら神様や妖精、精霊達はどこになるんだと問うたらそれも魔族だという。
 そうなると魔族は自分たちの種族内でなんども世界を滅ぼしかねない大戦を起こしていることになるが、まあそれはどうでもいい。
 オークは人を食べる。少なくとも千年前まではそうだった。
 その頃に飛躍的に発展した魔導文明は、ブレードモンキーという兵士を生み出した。
 両腕に収納できる魔法の刃を持つ、青い肌をした人間そっくりだが、知能は猿並みの魔獣のことだ。
 戦い、死に、そして増えてはまた滅んでいく。
 大自然に生きる動物たちと変わらない生態系をもつブレードモンキーは‥‥‥人を狩るよりも楽に捕食できた。そして、同じ程度には美味いらしい。
 そういう理由で、いまではオークもオーガもゴブリンすらも、お隣さんである。知性のある種族は互いに若いし、それぞれの長を抱き、地域によっては都市部に棲みついたりする。
 このカルサイトも人口の半数は魔族だ。
 差別発言は嫌われるし、人種差別は社会的な禁忌とされている。
 ナガレはどうにも、その習慣になじめないでいた。

しおりを挟む

処理中です...