2 / 52
プロローグ
第1話 追放
黒曜石のように艶やかで寛容な美しさの墨色のドレスは、妹の透き通るような白い肌に、とてもよく似合うだろう。
銀月の光を絞り込み織りあげた白銀の帯、色とりどりに染め抜かれた紋様が鮮やかなベール。
幼いころに貧乏生活をしていた彼女は、その扱いに気疲れするかもしれない。
汚してしまったらどうしよう、と困惑しながら喜んでいそうだ。
親戚もいない家族は自分と二人だけの兄妹。
生き別れた二人だが、ようやく再会を果たせるというのに、自分の身分が邪魔をする。
あの子は、誰かの妻になる時、幸せな笑顔をするだろうか?
長い間、その存在を忘れかけていた自分には、あまりにも勿体ないものだ。
常日頃から地下迷宮で命のやりとりをしてきた俺のような人間には、受け取る価値がない立派なものだ。
誰よりも優しいあいつは、神によって聖女に選ばれた今でさえ、離れていてもこうして、温もりを与えてくれる。
兄は他者の命を散らすような真逆の行為をしているというのに。
叶うならば、お前に降りかかる困難の全てを背負ってやりたい。
◇
その日、担当していた冒険者パーティ『冒険の書架』を無事に地上に生還させたキースが、ギルドの迷宮探索課に戻ってきたのは昼過ぎだった。
地下世界に朝も夜もないだろうと思われがちだが、地下迷宮には昼も夜もある。
ただ、魔石ライトが放つその光の明るさは、地上の太陽に比べて幾分だけ薄いだけだ。
「さて、今日も終わった。明日の予定は……」
「おい、キース。課長が呼んでいるぞ。今すぐに課長室に来いって叫んでた」
「またかよ。今度はなんなんだ」
迷宮探索課は数十人で回っている、ギルドの中でも比較的大きな部署だ。
その片隅にあるデスクに腰を落ち着けたと思ったら、いきなり上司に呼び出しをくらった。
課長のラモスはいつも怒鳴り散らすいけ好かない中年の中間管理職。
またおしかりか、と思ったら戻ってすぐに待っていたのは、課長の拳だった。
「この役立たずがっ――! また無事に生還させてきただと? 課の目標を全然理解してないじゃねーか! 無能か? 無能なのか? どういうつもりだテメーッ!」
盛大な怒りを込めた叫び声とともにボスの鉄拳が、キースの頬を襲う。
ガツンガツンと二度ほど頭の中に大きく音が響いた。
鈍い音、骨と骨とがぶつかる音。
顎の骨が軋み、頬の骨が悲鳴を上げる。
歴戦の冒険者である彼の拳はまるで鉄のように硬かった。
隻腕のラモス。それが課長の二つ名。
左腕しかないそんな体で、ラモスはキースの左側面を、容赦なく殴りつけた。
「――ッグ……っ」
うめき声が口から漏れた。
自分の体が宙を舞うのを感じる。
キースの大柄な肉体は、後ろにあったソファーの上に飛び込んで沈んだ。
その上に、ラモスの怒声が覆いかぶさる。
「おいてめえッ、キース! これまで十年以上も雇ってやったというのにその礼がこれか?」
「……十年? いや、十五年じゃなかったかな……」
「減らず口だけは叩けるようだな、能無しが。俺がなんども言いつけたことをどうして守れねえんだ!」
「……お客様の安全のため?」
こぶしのせいで切れてしまった頬の内側を舌先で舐め取りながら、鉛の味のする暖かなそれを口に含む。
ぺっ、と勢いよく吐き出し、青年は床上のカーペットに赤いシミを作ってやった。
「くそがっ!」
それを目にしたラモスは今まで以上に、激昂する。
「このろくでなしの死に損ないが! 行き場がなく野垂れ死にしそうになっていたお前を助けてやったのは――どこの誰だと思ってる!」
キースはおぼろげな、幼少期の記憶を探ってみることにした。
銀月の光を絞り込み織りあげた白銀の帯、色とりどりに染め抜かれた紋様が鮮やかなベール。
幼いころに貧乏生活をしていた彼女は、その扱いに気疲れするかもしれない。
汚してしまったらどうしよう、と困惑しながら喜んでいそうだ。
親戚もいない家族は自分と二人だけの兄妹。
生き別れた二人だが、ようやく再会を果たせるというのに、自分の身分が邪魔をする。
あの子は、誰かの妻になる時、幸せな笑顔をするだろうか?
長い間、その存在を忘れかけていた自分には、あまりにも勿体ないものだ。
常日頃から地下迷宮で命のやりとりをしてきた俺のような人間には、受け取る価値がない立派なものだ。
誰よりも優しいあいつは、神によって聖女に選ばれた今でさえ、離れていてもこうして、温もりを与えてくれる。
兄は他者の命を散らすような真逆の行為をしているというのに。
叶うならば、お前に降りかかる困難の全てを背負ってやりたい。
◇
その日、担当していた冒険者パーティ『冒険の書架』を無事に地上に生還させたキースが、ギルドの迷宮探索課に戻ってきたのは昼過ぎだった。
地下世界に朝も夜もないだろうと思われがちだが、地下迷宮には昼も夜もある。
ただ、魔石ライトが放つその光の明るさは、地上の太陽に比べて幾分だけ薄いだけだ。
「さて、今日も終わった。明日の予定は……」
「おい、キース。課長が呼んでいるぞ。今すぐに課長室に来いって叫んでた」
「またかよ。今度はなんなんだ」
迷宮探索課は数十人で回っている、ギルドの中でも比較的大きな部署だ。
その片隅にあるデスクに腰を落ち着けたと思ったら、いきなり上司に呼び出しをくらった。
課長のラモスはいつも怒鳴り散らすいけ好かない中年の中間管理職。
またおしかりか、と思ったら戻ってすぐに待っていたのは、課長の拳だった。
「この役立たずがっ――! また無事に生還させてきただと? 課の目標を全然理解してないじゃねーか! 無能か? 無能なのか? どういうつもりだテメーッ!」
盛大な怒りを込めた叫び声とともにボスの鉄拳が、キースの頬を襲う。
ガツンガツンと二度ほど頭の中に大きく音が響いた。
鈍い音、骨と骨とがぶつかる音。
顎の骨が軋み、頬の骨が悲鳴を上げる。
歴戦の冒険者である彼の拳はまるで鉄のように硬かった。
隻腕のラモス。それが課長の二つ名。
左腕しかないそんな体で、ラモスはキースの左側面を、容赦なく殴りつけた。
「――ッグ……っ」
うめき声が口から漏れた。
自分の体が宙を舞うのを感じる。
キースの大柄な肉体は、後ろにあったソファーの上に飛び込んで沈んだ。
その上に、ラモスの怒声が覆いかぶさる。
「おいてめえッ、キース! これまで十年以上も雇ってやったというのにその礼がこれか?」
「……十年? いや、十五年じゃなかったかな……」
「減らず口だけは叩けるようだな、能無しが。俺がなんども言いつけたことをどうして守れねえんだ!」
「……お客様の安全のため?」
こぶしのせいで切れてしまった頬の内側を舌先で舐め取りながら、鉛の味のする暖かなそれを口に含む。
ぺっ、と勢いよく吐き出し、青年は床上のカーペットに赤いシミを作ってやった。
「くそがっ!」
それを目にしたラモスは今まで以上に、激昂する。
「このろくでなしの死に損ないが! 行き場がなく野垂れ死にしそうになっていたお前を助けてやったのは――どこの誰だと思ってる!」
キースはおぼろげな、幼少期の記憶を探ってみることにした。
あなたにおすすめの小説
ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
夜兎ましろ
ファンタジー
高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。
ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。
バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
辻ヒーラー、謎のもふもふを拾う。社畜俺、ダンジョンから出てきたソレに懐かれたので配信をはじめます。
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ブラック企業で働く社畜の辻風ハヤテは、ある日超人気ダンジョン配信者のひかるんがイレギュラーモンスターに襲われているところに遭遇する。
ひかるんに辻ヒールをして助けたハヤテは、偶然にもひかるんの配信に顔が映り込んでしまう。
ひかるんを助けた英雄であるハヤテは、辻ヒールのおじさんとして有名になってしまう。
ダンジョンから帰宅したハヤテは、後ろから謎のもふもふがついてきていることに気づく。
なんと、謎のもふもふの正体はダンジョンから出てきたモンスターだった。
もふもふは怪我をしていて、ハヤテに助けを求めてきた。
もふもふの怪我を治すと、懐いてきたので飼うことに。
モンスターをペットにしている動画を配信するハヤテ。
なんとペット動画に自分の顔が映り込んでしまう。
顔バレしたことで、世間に辻ヒールのおじさんだとバレてしまい……。
辻ヒールのおじさんがペット動画を出しているということで、またたくまに動画はバズっていくのだった。
他のサイトにも掲載
なろう日間1位
カクヨムブクマ7000
外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜
KeyBow
ファンタジー
この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。
人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。
運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。
ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』
チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。
その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。
「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」
そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!?
のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。
転生者は冒険者となって教会と国に復讐する!
克全
ファンタジー
東洋医学従事者でアマチュア作家でもあった男が異世界に転生した。リアムと名付けられた赤子は、生まれて直ぐに極貧の両親に捨てられてしまう。捨てられたのはメタトロン教の孤児院だったが、この世界の教会孤児院は神官達が劣情のはけ口にしていた。神官達に襲われるのを嫌ったリアムは、3歳にして孤児院を脱走して大魔境に逃げ込んだ。前世の知識と創造力を駆使したリアムは、スライムを従魔とした。スライムを知識と創造力、魔力を総動員して最強魔獣に育てたリアムは、前世での唯一の後悔、子供を作ろうと10歳にして魔境を出て冒険者ギルドを訪ねた。
アルファポリスオンリー
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!