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第二章 聖女と黒狼
第18話 暗殺指令
嘲りを含むその声は、まるでいつも自分のことを「闇の精霊、暗黒のクズ」と影で噂をしている仲間たちを思い起こさせた。
バクスターは悔しさにぐっと薄い下唇を噛んだ。
必死に叫びたい衝動をぐっと抑えた。
黙って腹の底に怒りを沈めた。
いまはまだ、逆らうべきときではない。
そう理解していたから。
「それではあなた方の意向に沿うことにしましょう」
「戻ってきてたらで結構。ですが今度はしくじらないように」
彼の運命すらもこの部屋にいる数人が左右しているかと思うと、一族に対する誇らしさなど微塵も生まれなかった。
逆に平然とそう言って退ける彼らが恐ろしかった。
「戦争が休止している合間は大丈夫でしょう」
「そうね。でもそれもいつまでも続くと限らない。そろそろ、魔王との戦いもしようというところだし……」
若い幼女の声に続き頭の芯に響くような重苦しい、老爺の声が聞こえてきた。
答えは簡潔で明白だった。
「最愛の人に」
「親しい仲に」
「心を通わせることのできる間柄に」
「誰よりも信頼をおける無二の親友に」
「戦場で背中を任せることのできる最高の仲間に」
どくん、と心臓が跳ねた。
その先にあるのは多分……法律すらも通用しない彼らの決定。
国の未来すらも左右できるというならば、待っているのは王族すらも支配できるような、もしくはその身分に比肩するような。
そんな闇色の権力の座、それだろう。
ぽつり、とバクスターの口が言葉を漏らす。
「首、を……」
「そうです。彼の魂を封じた証を、ここに」
幼女が一同を代表してそう答えた。
「それを持ってきて……どう、するのです?」
フフフッ、と小さな嘲笑が沸き立つ。
ぐははっ、とくっくっく、といくつもの嬉しそうな悲鳴が辺りに飛び交った。
円卓のように見えたそのテーブルには彼ら以外のなにか別のモノ。
丸くて、それでいて四角いような……どことなく凹凸があり金色の何かが上から下まで生えているような。
それが置かれていて、誰かがパチン。と指を鳴らすとそれにゆっくりと光が集まる。
「簡単な事。私達で、その能力を頂くのですよ。身の内をすすり、魂を分割し、血を舐め合って……力を分かつ」
「悪趣味なことだ。聖なるあなたがそんなことを望まれるなんて」
「これまでこの王国を支配してきた我々ならば、みんながそうしてきたことです。彼の能力は珍しいもの。さぞ、美味しいでしょう」
光に浮かび上がったその物体の上に誰かの手があがり、そして持ち上げて掲げて見せた。
つい先日、魔王軍と戦い勝利を手にして戻って来た、この国の英雄がそこにいる。
それは……地下迷宮に降りて行方不明になったはずの聖騎士の首だった。
* * * *
黒い闇に繋がっている部屋に灯りが灯り、聖女オフィーリアがほっと一息を入れたのは、午後のことだ。
そこは彼女が住まう神殿の一室で、いま王国を管理する各神殿や総合ギルドたちの長を含めた会合「賢人会」が丁度、終わったところだった。
「罪深い会話だわ」
新参者として、バクスターを前に、古参の連中が一人の男性の命を奪え、と命じられているのに対し、慈悲深い聖女であるはずの自分は何も発言を許されなかった。
それほどまでに過酷な罪が、その男に必要なのだろうか。
暗殺という、まっとうな裁判で裁くこともできない、そんな罪を与えてどうしたいというのか。
真面目なオフィーリアは、それからしばらくこの件について、考えこんでしまった。
「お兄様。今、地下のどこにいらっしゃるのかしら」
男性は、その名をキースという。
幼い頃に棄民として地下迷宮へと送られた兄と同じ名だ。
しかし、あれから十五年。
過酷な環境だという地下世界で、兄が生きているという望みを、いつしかオフィーリアは持たなくなっていた。
これまでそこに期待をかけて生きてきたが、三年前、あることをきっかけに聖女に選ばれてから、その期待をかけるのを辞めたのだ。
それは、先程の賢人会がやっている、優れた能力を持つ人間に謂れなき疑いをかけてはダークエルフの暗殺者に討ち取らせ、自分たちが死者の能力を吸って、永年、権勢を誇ってきたからだと知ったからだ。
「他人の魔力をすすっていきるこんな私が、聖女だなんて。リシェスよ、あなたはどうして私を罰しないのですか?」
自分の部屋の壁を飾る、女神像をじっと見つめる。
オフィーリアの仕える女神リシェスは浄化の女神。
聖なる炎をもってあらゆる罪を浄化する。そんな女神の聖女が、こんな仄暗い世界で罪を重ねたとあっては、女神に顔向けができない。
彼女はそう思いつつ、自身の能力をより巨大にするために、賢人会の差し出す、スキルを酒に変えた液体をなみなみと注いだグラスを、いやいやながらに煽ってきた。
これまで数人の他の神殿の聖女や聖騎士、有力な冒険者たちのスキルがそうやってオフィーリアの中に流れ込み、その能力を飛躍的に高めてきた。
もう、言い逃れができない。兄を求めては、彼に失礼になる。
私は、あの頃のような少女でなく。ただの汚れた醜い罪の塊だ。
バクスターは悔しさにぐっと薄い下唇を噛んだ。
必死に叫びたい衝動をぐっと抑えた。
黙って腹の底に怒りを沈めた。
いまはまだ、逆らうべきときではない。
そう理解していたから。
「それではあなた方の意向に沿うことにしましょう」
「戻ってきてたらで結構。ですが今度はしくじらないように」
彼の運命すらもこの部屋にいる数人が左右しているかと思うと、一族に対する誇らしさなど微塵も生まれなかった。
逆に平然とそう言って退ける彼らが恐ろしかった。
「戦争が休止している合間は大丈夫でしょう」
「そうね。でもそれもいつまでも続くと限らない。そろそろ、魔王との戦いもしようというところだし……」
若い幼女の声に続き頭の芯に響くような重苦しい、老爺の声が聞こえてきた。
答えは簡潔で明白だった。
「最愛の人に」
「親しい仲に」
「心を通わせることのできる間柄に」
「誰よりも信頼をおける無二の親友に」
「戦場で背中を任せることのできる最高の仲間に」
どくん、と心臓が跳ねた。
その先にあるのは多分……法律すらも通用しない彼らの決定。
国の未来すらも左右できるというならば、待っているのは王族すらも支配できるような、もしくはその身分に比肩するような。
そんな闇色の権力の座、それだろう。
ぽつり、とバクスターの口が言葉を漏らす。
「首、を……」
「そうです。彼の魂を封じた証を、ここに」
幼女が一同を代表してそう答えた。
「それを持ってきて……どう、するのです?」
フフフッ、と小さな嘲笑が沸き立つ。
ぐははっ、とくっくっく、といくつもの嬉しそうな悲鳴が辺りに飛び交った。
円卓のように見えたそのテーブルには彼ら以外のなにか別のモノ。
丸くて、それでいて四角いような……どことなく凹凸があり金色の何かが上から下まで生えているような。
それが置かれていて、誰かがパチン。と指を鳴らすとそれにゆっくりと光が集まる。
「簡単な事。私達で、その能力を頂くのですよ。身の内をすすり、魂を分割し、血を舐め合って……力を分かつ」
「悪趣味なことだ。聖なるあなたがそんなことを望まれるなんて」
「これまでこの王国を支配してきた我々ならば、みんながそうしてきたことです。彼の能力は珍しいもの。さぞ、美味しいでしょう」
光に浮かび上がったその物体の上に誰かの手があがり、そして持ち上げて掲げて見せた。
つい先日、魔王軍と戦い勝利を手にして戻って来た、この国の英雄がそこにいる。
それは……地下迷宮に降りて行方不明になったはずの聖騎士の首だった。
* * * *
黒い闇に繋がっている部屋に灯りが灯り、聖女オフィーリアがほっと一息を入れたのは、午後のことだ。
そこは彼女が住まう神殿の一室で、いま王国を管理する各神殿や総合ギルドたちの長を含めた会合「賢人会」が丁度、終わったところだった。
「罪深い会話だわ」
新参者として、バクスターを前に、古参の連中が一人の男性の命を奪え、と命じられているのに対し、慈悲深い聖女であるはずの自分は何も発言を許されなかった。
それほどまでに過酷な罪が、その男に必要なのだろうか。
暗殺という、まっとうな裁判で裁くこともできない、そんな罪を与えてどうしたいというのか。
真面目なオフィーリアは、それからしばらくこの件について、考えこんでしまった。
「お兄様。今、地下のどこにいらっしゃるのかしら」
男性は、その名をキースという。
幼い頃に棄民として地下迷宮へと送られた兄と同じ名だ。
しかし、あれから十五年。
過酷な環境だという地下世界で、兄が生きているという望みを、いつしかオフィーリアは持たなくなっていた。
これまでそこに期待をかけて生きてきたが、三年前、あることをきっかけに聖女に選ばれてから、その期待をかけるのを辞めたのだ。
それは、先程の賢人会がやっている、優れた能力を持つ人間に謂れなき疑いをかけてはダークエルフの暗殺者に討ち取らせ、自分たちが死者の能力を吸って、永年、権勢を誇ってきたからだと知ったからだ。
「他人の魔力をすすっていきるこんな私が、聖女だなんて。リシェスよ、あなたはどうして私を罰しないのですか?」
自分の部屋の壁を飾る、女神像をじっと見つめる。
オフィーリアの仕える女神リシェスは浄化の女神。
聖なる炎をもってあらゆる罪を浄化する。そんな女神の聖女が、こんな仄暗い世界で罪を重ねたとあっては、女神に顔向けができない。
彼女はそう思いつつ、自身の能力をより巨大にするために、賢人会の差し出す、スキルを酒に変えた液体をなみなみと注いだグラスを、いやいやながらに煽ってきた。
これまで数人の他の神殿の聖女や聖騎士、有力な冒険者たちのスキルがそうやってオフィーリアの中に流れ込み、その能力を飛躍的に高めてきた。
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