冒険者を生還させるな!と命じられた超一流の迷宮ガイド、魔獣生物学者の助手に転職する~高年収な上に美少女ダークエルフと旅ができて最高です~

和泉鷹央

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第四章 暗殺者たち

第27話 黒狼の神

 

 翌朝、神殿の表門からアレクを見送ったオフィーリアは、自分も学び屋に向かう用意に追われていた。

「三カ月ほど行っていなかったから、先生方に叱られないか心配」
「大丈夫でございますよ、聖女様。神様の命じられたお役目をきちんと果たされたのです。胸を張って学園にいってらっしゃい」
「ありがとう、侍女長」

 馬車が、表門に到着する知らせが届いた。
 本日は、一人の貴族令嬢として。

 王都に住まう貴族の子弟子女が集まり学ぶ、学院。
 イルバーニ魔法学院へと、オフィーリアが登校する日だった。

 学院へ到着し、教師たちに様々な報告を済ませて、友人たちと数ヶ月ぶりに語り合った後、本当ならば学園の寮で過ごす予定だった彼女の部屋には、未だ沢山の読まれていない書物が山と積まれていた。

 それらをパラパラとめくり、普段から張り詰めていた緊張の糸が緩んだのか、オフィーリアは冬の陽気に当てられて、ついあくびをひとつ漏らす。
 そのまま、緩やかに眠りの淵へと落ちていった。

 机に座って開いた本を枕に、心地よさそうな寝息を立てている、オフィーリア。
 彼女の影が意思を持ったようにぐねぐねと蠢いたかと思うと、そこから何かが飛び出してきた。

 黒い獣。
 馬や牛ほどもある、巨大な黒くて美しい、一頭の狼だった。

 彼は部屋の中をぐるりと見回し、本を枕にして寝ている少女を見ると、やれやれと首を振る。いやに人間臭いしぐさをする狼だ。

 一匹の黒い獣は彼女にに向かい、足で頬の辺りを何度か押してやる。
 てしってしっ。

 柔らかくて、フニフニしていて、それでいて弾力性のある何かに叩かれて、少女は心地よい眠りから覚まされた。

 薄く目を開けると、まあるい何かが目線より上にいる。
 黒くて、先だけが白いその前足が、自分の頬に降りてきた。

 再度、数回押し付けられる肉球。
 その反対側の頬の下敷きにしているのは、開いている教本だと気付いたのはそれからすぐのことだ。

「うーん‥‥‥?」

 柔らかい日射し、そして冬の冷たい香りがそっと鼻腔をつく。
 開け放していた窓から風とともにやってきたはずのそれを嗅いで、少女は重たいまぶたを全開にする。

 そうしたら、黒い何かがいきなり目に飛び込んできて思わず、小さな悲鳴を上げてしまっていた。

「起きたか?」
「きゃっ!」
「なんだ、悲鳴を上げるとは。そんな怖い夢でも見たのか?」
「いいえ、違います! いきなり狼の顔が目に飛び込んできたら誰でもびっくりしますから」

 目に入ったのは子犬よりはもう少し大きな、艶やかな黒い毛皮を持つ緑の瞳の獣。

 幼い頃から彼女のそばにいる、狼の神様がそこにはいた。
 魔獣にも見えるその容姿はとても可愛くて、愛くるしいぬいぐるみにも見えなくはない。

 彼女の通うイルバーニ魔法学院の生徒には、魔獣を従えている者も少なくない。
 彼を見かけた者には召喚した魔獣、なんて周囲に言ってごまかしているが、それもいつまで通じることやら――。

「そんなものかな? で、頭は起きたか?」
「はい、起きましたよ‥‥‥あの、セッカ様」
「なんだ、オフィーリア」
「その‥‥‥何度もお願いしていますが‥‥‥」
「ふむ、なんだ? 言ってみるがいい」

 狼の肉球は柔らかくて、思わず頬をすりつけて癒されたくなった。
 そんな欲望を隣にそっと置いてから、オフィーリアはまだ起こしていない状態から上目遣いに神様を見ていた。

「お願いですから、言葉を話すことは控えてもらえませんか??」
「控える? 俺は別にかまわんが」
「かまわないなら控えて下さい。魔獣は人語を話したりしないものです」
「ほう‥‥‥そうなのか」

 いつもこれだ。
 何度お願いしてもまるで知らなかったとばかりに、かわされてしまう。
 自分は神の生活が長かったから、大目に見ろなんて言うのだ。

 年齢不詳のくせに。
 聞いても「神には年齢なんて概念がないから人間とは年齢の感覚がなあ‥‥‥」とはぐらかされてしまう。

 聖女にとって、そんな狼の神様に起こされるのはこれもまた奇妙な体験だった。

「まるで知らなかったと不思議そうに目をぱちくりする仕草はあざといですね、神様のくせに」
「たまには、こんな獣の子供の真似も悪くないものだ」
「‥‥‥へえ、そうですか‥‥‥」
「不満そうだな?」
「ええ、とても不満です」

 いいからその大きく、太い前足を退けてくださいと肉球ごと押し返す。
 頬になんとなく感じる水分の跡。

 しまった、よだれを垂らすほど我を忘れて寝ていたらしい。
 下敷きにしているのは水に弱いインクで描かれた魔導書で‥‥‥。

 たぶん、頬の片側だけに奇妙な魔法陣の一部を残しているはずだと聖女は思った。

「なんだ? 不満を言わずにどうする?」
「鏡を見るんですよ‥‥‥」
「会話が途切れるではないか」
「甘えん坊な口調は、もっと幼い仔狼に変身してから言って下さい」
「こんなに可愛い狼の子供だぞ?」
「あざといんですよ、それ。本当に計算高いんだから、セッカ様は‥‥‥」

 そこまで言うと、オフィーリアはよいしょっとイスから立ち上がる。 
 自室にある姿見に顔を映してから、ふとためいきをついた。

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