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第四章 暗殺者たち
第28話 聖女の居眠り
「あーあ、くっきり付いちゃってる‥‥‥なんで寝たんだろ。勉強‥‥‥出来なかったな」
「心地よさそうな寝息を立てていたぞ」
「もしかして、見ていたのですか?」
「そりゃ、同じ部屋にいるのだから。当たり前だろう?」
その瞳の下から口元にかけて、くっきりと魔法陣は描かれていた。
不思議そうな顔をする黒狼はふわああっと、気楽にあくびを一つ。
なんてデリカシーがないんだろう、神様の癖に!
セッカに怒るより、いまはこの落書きを消す方が先だ。
このだらしない姿を、あの小憎たらしいシスアに見られたらなんて言われることか‥‥‥脳裏に浮かんだ同級生の天敵の姿に、オフィーリアは寒気を覚えた。
「やだやだっ、あんなのを思い出すなんてっ」
「何をぼやいているのかは知らんが、聖女よ。あの時計を見た方が良いのではないか?」
「え? 時間‥‥‥あ!」
セッカの黒い足が指し示すそれを見て、あっ、となる。
午後の授業が始まるのは一時から。いまは十二時半だ。
そして、ここから学院までは――急いでも二十分はかかる。
走らなきゃ、講義に間に合わない。
でもその前にいろいろと支度がある――頬のインクをふき取って、化粧をして、髪を整え香を焚き詰めたり。
そんないつもの習慣は、思ったよりも時間を取ってしまった。
「女はめんどくさいものだな」
「女性って言ってください。女性蔑視です」
「そんなつもりはないぞ、オフィーリア」
「‥‥‥神様、言葉はしゃべるのはいい加減にやめませんか、私が困るのですが‥‥‥」
「何故だ? 神しゃべって何が悪い」
「嫌なんです。他の子達に不審がられるのは困るのです。私は聖女なのですよ、しゃべる魔獣など聞いたことがないとみんなに言われます。本当に迷惑です」
「可愛くないな、お前」
「‥‥‥!」
ああ、価値観が違い過ぎる。
このオオカミ、神話の時代に生きているんだから手に負えない。
オフィーリアは独り愚痴りながら、講義を受けるのに必要な本をそろえ始めた。
セッカなんか知らない。
そんなふうに背を向けてやると、黒狼は寂しくなったのか足元にそっと擦り寄ってきた。
いつもこうだ、冷たい素振りをすると――彼は甘えてくるのだから。
「なんですか、神様?」
「不機嫌なお前も美しいな」
「お世辞はいりません。それよりも、こんなに止めてくれって言ってるのに続けるなら‥‥‥」
「なら――なにかな?」
「出て行けって言わせない、その可愛らしいつぶらな瞳で見ないでっ!」
「お前、それはないだろう。ずっとそばにいるというのに」
「神様が勝手にずっとそばにいるのです! あの時‥‥‥私は助けられた側ですが」
「お前、素直ではないな?」
「‥‥‥」
うるさいわよ、この駄オオカミさん。
なによ、そのフワフワの毛皮と肉球で人の機嫌を取るのって、卑怯なんだから。
つぶらな瞳、緑の草原を思わせるそこには知性の光が宿っている。
古代から生きているって最初の頃に言っていただけあって、課題の紋章の解読なんてすぐにやってのけるくらい有能だし学院の貴族子弟より、よほど男らしい。
「本当に卑怯だわ、そのモフモフ‥‥‥」
「うむ、いつでも撫でていいのだぞ」
「はあ‥‥‥」
でも、オオカミだ。いや違う、神様だ。
自分では釣り合いが取れない。
聖女はそう思って、セッカと名乗る彼の頭のうしろをそっと撫でてやった。
「ねえ、セッカ様?」
「なにを悩んでいる? お前は珍しいほどに常に頭を使っている気がするぞ」
「そりゃ、悩みますよ。‥‥‥あそこで助けなかった方が良かったのかなって。そんなことも思ったりします」
オフィーリアは、天空の一角をじっと見つめた。窓の外にある青空に浮かぶ、三連の月のどこかにあるという神秘の場所。そこには神々の国があるという。
彼女の幼い頃から影の中に住むこの黒い狼の神様、彼は名前をセッカという。
彼の話では、オフィーリアとキースの一族は、随分昔から黒狼の神々と深い縁があるのだという。
兄が闇属性だとわかったとき、両親はすでに死んでいた。
光属性の妹はたった三歳で、頼れるものもなく、陰ながらに黒狼の神によって導かれながら、彼女はこうして生きている。
「俺はお前のことを正しく導いてきたつもりだが、そんなお前でもやはり女ということか」
「言わないでください! ……人の世界はいろいろと複雑なのです」
「そんなに複雑ならば、さっさと地下に降りればいい」
「それができるならそうしております!」
その心ない一言が胸に突き刺さる。
可愛くないとセッカの尾を握りしめたら、彼は嫌そうな顔をしながらも黙って耐えていた。
「怒ればいいのに」
「それほど短気ではなくてな」
「追い出す理由がなくて不満です」
「俺はお前の守り神だ。女神リシェスとも古い仲だ。お前のことを適当に頼んだら、二つ返事で承諾してくれたぞ」
「身分違いですよ、セッカ様。それに、ダメじゃないですか、神様がそんなズルをしたら」
「なぜだ?」
黒狼は不思議そうに訊いた。
神たちが決めたやり方に何の不満があるのかと、きょとんとして目を広げた。
「心地よさそうな寝息を立てていたぞ」
「もしかして、見ていたのですか?」
「そりゃ、同じ部屋にいるのだから。当たり前だろう?」
その瞳の下から口元にかけて、くっきりと魔法陣は描かれていた。
不思議そうな顔をする黒狼はふわああっと、気楽にあくびを一つ。
なんてデリカシーがないんだろう、神様の癖に!
セッカに怒るより、いまはこの落書きを消す方が先だ。
このだらしない姿を、あの小憎たらしいシスアに見られたらなんて言われることか‥‥‥脳裏に浮かんだ同級生の天敵の姿に、オフィーリアは寒気を覚えた。
「やだやだっ、あんなのを思い出すなんてっ」
「何をぼやいているのかは知らんが、聖女よ。あの時計を見た方が良いのではないか?」
「え? 時間‥‥‥あ!」
セッカの黒い足が指し示すそれを見て、あっ、となる。
午後の授業が始まるのは一時から。いまは十二時半だ。
そして、ここから学院までは――急いでも二十分はかかる。
走らなきゃ、講義に間に合わない。
でもその前にいろいろと支度がある――頬のインクをふき取って、化粧をして、髪を整え香を焚き詰めたり。
そんないつもの習慣は、思ったよりも時間を取ってしまった。
「女はめんどくさいものだな」
「女性って言ってください。女性蔑視です」
「そんなつもりはないぞ、オフィーリア」
「‥‥‥神様、言葉はしゃべるのはいい加減にやめませんか、私が困るのですが‥‥‥」
「何故だ? 神しゃべって何が悪い」
「嫌なんです。他の子達に不審がられるのは困るのです。私は聖女なのですよ、しゃべる魔獣など聞いたことがないとみんなに言われます。本当に迷惑です」
「可愛くないな、お前」
「‥‥‥!」
ああ、価値観が違い過ぎる。
このオオカミ、神話の時代に生きているんだから手に負えない。
オフィーリアは独り愚痴りながら、講義を受けるのに必要な本をそろえ始めた。
セッカなんか知らない。
そんなふうに背を向けてやると、黒狼は寂しくなったのか足元にそっと擦り寄ってきた。
いつもこうだ、冷たい素振りをすると――彼は甘えてくるのだから。
「なんですか、神様?」
「不機嫌なお前も美しいな」
「お世辞はいりません。それよりも、こんなに止めてくれって言ってるのに続けるなら‥‥‥」
「なら――なにかな?」
「出て行けって言わせない、その可愛らしいつぶらな瞳で見ないでっ!」
「お前、それはないだろう。ずっとそばにいるというのに」
「神様が勝手にずっとそばにいるのです! あの時‥‥‥私は助けられた側ですが」
「お前、素直ではないな?」
「‥‥‥」
うるさいわよ、この駄オオカミさん。
なによ、そのフワフワの毛皮と肉球で人の機嫌を取るのって、卑怯なんだから。
つぶらな瞳、緑の草原を思わせるそこには知性の光が宿っている。
古代から生きているって最初の頃に言っていただけあって、課題の紋章の解読なんてすぐにやってのけるくらい有能だし学院の貴族子弟より、よほど男らしい。
「本当に卑怯だわ、そのモフモフ‥‥‥」
「うむ、いつでも撫でていいのだぞ」
「はあ‥‥‥」
でも、オオカミだ。いや違う、神様だ。
自分では釣り合いが取れない。
聖女はそう思って、セッカと名乗る彼の頭のうしろをそっと撫でてやった。
「ねえ、セッカ様?」
「なにを悩んでいる? お前は珍しいほどに常に頭を使っている気がするぞ」
「そりゃ、悩みますよ。‥‥‥あそこで助けなかった方が良かったのかなって。そんなことも思ったりします」
オフィーリアは、天空の一角をじっと見つめた。窓の外にある青空に浮かぶ、三連の月のどこかにあるという神秘の場所。そこには神々の国があるという。
彼女の幼い頃から影の中に住むこの黒い狼の神様、彼は名前をセッカという。
彼の話では、オフィーリアとキースの一族は、随分昔から黒狼の神々と深い縁があるのだという。
兄が闇属性だとわかったとき、両親はすでに死んでいた。
光属性の妹はたった三歳で、頼れるものもなく、陰ながらに黒狼の神によって導かれながら、彼女はこうして生きている。
「俺はお前のことを正しく導いてきたつもりだが、そんなお前でもやはり女ということか」
「言わないでください! ……人の世界はいろいろと複雑なのです」
「そんなに複雑ならば、さっさと地下に降りればいい」
「それができるならそうしております!」
その心ない一言が胸に突き刺さる。
可愛くないとセッカの尾を握りしめたら、彼は嫌そうな顔をしながらも黙って耐えていた。
「怒ればいいのに」
「それほど短気ではなくてな」
「追い出す理由がなくて不満です」
「俺はお前の守り神だ。女神リシェスとも古い仲だ。お前のことを適当に頼んだら、二つ返事で承諾してくれたぞ」
「身分違いですよ、セッカ様。それに、ダメじゃないですか、神様がそんなズルをしたら」
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