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第四章 暗殺者たち
第30話 他人の記憶
放課後。
神殿の馬車へと戻ろうとする彼女に声をかける、一人の少女がいた。
彼女が乗り込もうとしている場所には、この国の国旗が掲げられている。
王族専用の馬車だと窺い知ることができた。
「ずいぶん久しぶりね、オフィーリア様?」
「シスア様」
恭しく傅かれて、オフィーリアは自らもスカートの裾を折り、膝を曲げる、
第四王女シスア。
東大陸の果てに土地を持つ、氷の女王の孫娘。
氷の国は残業は少なく人はまばらで生活は豊かではないらしい。
ロンギヌス王国の地下迷宮から産出する、様々な資源が氷の国にとってはとても魅力的に映るようで、シスアは祖母の国に貢献していたいといつも口に出して憚らない。
「まだいらっしゃったんですのね? 魔族との激戦地で危うく命を落とされたのかと心配しておりましたが」
「言葉と態度が裏腹でございますが?」
氷の女王の孫と、浄化の炎の女神の聖女。
火と水、ならぬ、氷と火。
氷の女王は古い時代の妖精族だとも言う。
はるかに遠い昔から、女神リシェスといがみ合っているのかもしれなかった。
「あなた、勇者様と結婚されるのね? もったいないわ。私と結婚していただけたら、氷の国の女王も彼の後見に着くのに」
「残念ながら、あの人は私がいいのですよ? 今朝も、我が神殿から国王陛下のもとに向かわれましたので」
「まあ、なんてはしたない! あなたは聖女ですよ?」
「聖女も愛する男性の前ではただの女です。それが何か?」
「もう結構です!」
ひりつく空気の中、勝敗は炎の女神様の方に上がったようだった。
彼が朝帰りしたことを告げたのはちょっと早計だったかな、と反省しつつ、オフィーリアは東の空に視線を向ける。
そこには彼女の主たる炎の女神が住むといわれる赤い月が昇りつつあった。
戻りの馬車の中で、聖女は足元に寝そべる黒狼をしたがえながら、ふと過去を思い出す。
正確には自分の過去ではない。兄と同年代で親しくしていた女性の、記憶を黒狼の能力で複製してもらったものだ。
他人の記憶を勝手に得るのは許されない。
しかしキースの思い出を色濃く残しているのは、彼女しかいなかった。
記憶の中で、兄は元気よく王都を駆けまわるわんぱく少年だった。
* * * *
その朝、六歳のクラリスは王都の下町をかけていた。
仲間たちは同年代で身分の低い商人や平民の子供が数人。
貧困街に住む身寄りのない獣人の子供が大半だった。
騎士の家系の娘のクラリスはやんちゃが大好きで、子供たちのリーダーだったのだ。
兄や弟も連れて、父親の真似事のように木剣のように枯れ枝を振り回し、隣町の悪童たちと河原の所有権をかけて対決することもしばしばあった。
「いい、今日こそはあいつら、猫目団をやっつけるのよ!?」
「はい! 姉さん!!」
「よーし、その意気よ! 絶対に河原は渡さないんだからっ」
そう息巻いてクラリスは黒色の長髪を後ろでリボンを片手に持ち、まとめてポニーテールにすると自分も愛用の枯れ枝を手にしてそれを天高く掲げて叫んだ。
河原とは王都のすぐそばを流れるシェス大河の支流、マルボン河の河川敷のことだ。
対立する隣町ロバス――大工や石工がたくさん住む工業職人ギルドが発展させたその街――の子供たちが結成した猫目団と、クラリスたち平民や商人の子供が多い青牙団は最近、喧嘩に喧嘩を重ねていた。
今日こそは、と意気込むクラリスは一際高い階段から仲間たちを見下ろしている。
その一団下に立ち、副官や参謀、なんて呼ばれ体良くコキ使われているのは、同じ騎士の息子のキースだった。
「あのさあ、ねえ。もうやめないか、こんなこと」
「はあ? あんたなにを言ってるのよ。怖気づいたの、男のくせに!」
髪色よりは薄い鳶色の瞳がぎりっと苛立ちまぎれの奥歯を噛み締める音とともに、自分を見据えるのをキースは見てしまう。
普段なら頭一つ低いクラリスの視線は、いま自分と同じ位置にいた。
力強い揺るがない意思がそこにはありありと見て取れた。
二人の視線の合間にちょうどよく彼女が持つ武器がえいっ、と構えられてキースはもう……とたじろいでしまう。
怖気づいた?
そんなことを認めたら騎士の名折れだ。まだ騎士じゃないけど。
いずれ騎士になるんだから、その時に周りに笑われるような発言はすることも、誰かにさせるのを許す気もキースにはなかった。
「……そんなはずないだろう。僕は、君がレディらしくないって言ってるんだよ!」
「レディだって、売られた喧嘩を買わない理由にはならないわよ?」
「んもう、クラリス! 数が違いすぎるだろ、君の見た目を見てから今日こそは勝つ! なんて叫んでごらんよ。ボロボロじゃないか」
「そっ、それは」
と、クラリスは自分の姿を見下ろして普段はもっときちんと着こなしているはずのワンピースの裾がほつれたり、細かく裂けたり、膝下から伸びるその足には青あざがいくつもついていることを確認する。
かなうのかい? とキースのアイスブルー色の瞳が問いかけてきて、クラリスはうっ、と詰まってしまった。
神殿の馬車へと戻ろうとする彼女に声をかける、一人の少女がいた。
彼女が乗り込もうとしている場所には、この国の国旗が掲げられている。
王族専用の馬車だと窺い知ることができた。
「ずいぶん久しぶりね、オフィーリア様?」
「シスア様」
恭しく傅かれて、オフィーリアは自らもスカートの裾を折り、膝を曲げる、
第四王女シスア。
東大陸の果てに土地を持つ、氷の女王の孫娘。
氷の国は残業は少なく人はまばらで生活は豊かではないらしい。
ロンギヌス王国の地下迷宮から産出する、様々な資源が氷の国にとってはとても魅力的に映るようで、シスアは祖母の国に貢献していたいといつも口に出して憚らない。
「まだいらっしゃったんですのね? 魔族との激戦地で危うく命を落とされたのかと心配しておりましたが」
「言葉と態度が裏腹でございますが?」
氷の女王の孫と、浄化の炎の女神の聖女。
火と水、ならぬ、氷と火。
氷の女王は古い時代の妖精族だとも言う。
はるかに遠い昔から、女神リシェスといがみ合っているのかもしれなかった。
「あなた、勇者様と結婚されるのね? もったいないわ。私と結婚していただけたら、氷の国の女王も彼の後見に着くのに」
「残念ながら、あの人は私がいいのですよ? 今朝も、我が神殿から国王陛下のもとに向かわれましたので」
「まあ、なんてはしたない! あなたは聖女ですよ?」
「聖女も愛する男性の前ではただの女です。それが何か?」
「もう結構です!」
ひりつく空気の中、勝敗は炎の女神様の方に上がったようだった。
彼が朝帰りしたことを告げたのはちょっと早計だったかな、と反省しつつ、オフィーリアは東の空に視線を向ける。
そこには彼女の主たる炎の女神が住むといわれる赤い月が昇りつつあった。
戻りの馬車の中で、聖女は足元に寝そべる黒狼をしたがえながら、ふと過去を思い出す。
正確には自分の過去ではない。兄と同年代で親しくしていた女性の、記憶を黒狼の能力で複製してもらったものだ。
他人の記憶を勝手に得るのは許されない。
しかしキースの思い出を色濃く残しているのは、彼女しかいなかった。
記憶の中で、兄は元気よく王都を駆けまわるわんぱく少年だった。
* * * *
その朝、六歳のクラリスは王都の下町をかけていた。
仲間たちは同年代で身分の低い商人や平民の子供が数人。
貧困街に住む身寄りのない獣人の子供が大半だった。
騎士の家系の娘のクラリスはやんちゃが大好きで、子供たちのリーダーだったのだ。
兄や弟も連れて、父親の真似事のように木剣のように枯れ枝を振り回し、隣町の悪童たちと河原の所有権をかけて対決することもしばしばあった。
「いい、今日こそはあいつら、猫目団をやっつけるのよ!?」
「はい! 姉さん!!」
「よーし、その意気よ! 絶対に河原は渡さないんだからっ」
そう息巻いてクラリスは黒色の長髪を後ろでリボンを片手に持ち、まとめてポニーテールにすると自分も愛用の枯れ枝を手にしてそれを天高く掲げて叫んだ。
河原とは王都のすぐそばを流れるシェス大河の支流、マルボン河の河川敷のことだ。
対立する隣町ロバス――大工や石工がたくさん住む工業職人ギルドが発展させたその街――の子供たちが結成した猫目団と、クラリスたち平民や商人の子供が多い青牙団は最近、喧嘩に喧嘩を重ねていた。
今日こそは、と意気込むクラリスは一際高い階段から仲間たちを見下ろしている。
その一団下に立ち、副官や参謀、なんて呼ばれ体良くコキ使われているのは、同じ騎士の息子のキースだった。
「あのさあ、ねえ。もうやめないか、こんなこと」
「はあ? あんたなにを言ってるのよ。怖気づいたの、男のくせに!」
髪色よりは薄い鳶色の瞳がぎりっと苛立ちまぎれの奥歯を噛み締める音とともに、自分を見据えるのをキースは見てしまう。
普段なら頭一つ低いクラリスの視線は、いま自分と同じ位置にいた。
力強い揺るがない意思がそこにはありありと見て取れた。
二人の視線の合間にちょうどよく彼女が持つ武器がえいっ、と構えられてキースはもう……とたじろいでしまう。
怖気づいた?
そんなことを認めたら騎士の名折れだ。まだ騎士じゃないけど。
いずれ騎士になるんだから、その時に周りに笑われるような発言はすることも、誰かにさせるのを許す気もキースにはなかった。
「……そんなはずないだろう。僕は、君がレディらしくないって言ってるんだよ!」
「レディだって、売られた喧嘩を買わない理由にはならないわよ?」
「んもう、クラリス! 数が違いすぎるだろ、君の見た目を見てから今日こそは勝つ! なんて叫んでごらんよ。ボロボロじゃないか」
「そっ、それは」
と、クラリスは自分の姿を見下ろして普段はもっときちんと着こなしているはずのワンピースの裾がほつれたり、細かく裂けたり、膝下から伸びるその足には青あざがいくつもついていることを確認する。
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