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第五章 生き別れた二人
第33話 奴隷売買
この世間知らずでわがままな女からお願いなんて一言が飛び出してくるなんて――兄とキースの三人でさまざまな尻拭いをさせたれた過去が嘘のように思えてしまう。
いまは僕しかいない。屋敷に向かわなきゃ……みんなが、みんなが。
理屈なんてどうでも良かった。
与えらえた任務とかそんなものも二番目だった。
自分は助かるかもしれない。その現状の変化がラークの心境に変化をもたらせる。
「戻るからー、待ってて」
「お願い、ラーク……」
姉からの祝福のキスを頬に受け、少年は得意の水魔法を駆使して逃げるために河に向かいひた走る。
その足元が荒い岩から小砂となり、水へと転じてもラークの駆ける速度は変わらなかった。
向かうは下流の西区にある、自宅。ただそれだけ。
中級の魔法使いでもなかなか成し得ない『水圧操作』の魔法を発揮して、彼の姿は誰も追いつけない場所に消えゆこうとしていた。
「ラーク、凄い凄い!」、クラリスがそれこそわたしの弟よ、なて叫ぶとそれに呼応するような声が敵陣からも上がっていた。
「おい、見たかよ!? あのガキ、水の上を疾走してるぞ? どれだけの魔力を秘めてんだ、アイツ」
感心したように敵の獣人が叫ぶと、剣士はふんっ、と鼻を鳴らす。
「どこまでもつかな。対岸に着いた時に、魔力が枯渇して溺死するか……」
「それとも、生命力を使い果たして死ぬか。ま、どっちにしても」
「あいつの未来は明るくない。そういうことだ」
くっははっ、と高らかに笑うその声が悪夢の幕開けとなった。
ジョンとキースはみんながラークの魔法に驚きの声を上げている間に、あらん限りの力を振り絞って土手を駆け上がりその向こうに姿を消していた。
あちら側にも幅は狭いが流れの早い用水路がある。
二人はそこに逃げ込んだのだろうとクラリスは察っすると、それ以上、二人に追手がかからないようにしようと心に決める。
「あの子がどうなるかなんて、誰にも分らないでしょ!? 恥ずかしくないのですか。大人が……こんな人さらいのような真似に手を貸すなんて……それほどの腕を持つ剣士に魔法を打ち消せる獣人のくせに……自分の行いを誇れるのですかっ」
震える両手で武器を構えるその姿。
立ち居振る舞いだけ、外見だけは立派な王国騎士の剣術だ。
しかし、扱うのは単なる小娘。
それもまだ幼女なんて呼んでいい子供に、誰も負ける気はしない。
おまけに青牙団は最後の一人が打ち取られたところで、まさしく四面楚歌。孤軍奮闘するなんて武芸の腕はクラリスにはない。
ただただ、吟遊詩人の詩に出てくる騎士に憧れて、近場に住む遊び友達だったり悪戯仲間だった貧民街の子供たちと青牙団なんてものを作り上げただけなのだから。
「別に? これも生きていく道。そんな立派な物、どこかに捨てちまったよ」
「ひっ……卑怯者っ!」
「それは嬢ちゃんも同じだろ? 自分が騎士の真似事して弱い者いじめは許せないなんて立派なこと言いながら、結局一番後ろで震えてただけじゃねーか。どっちが卑怯者だよ」
「なっ!」
「悔しいなら、その剣で救ってみせたらどうだ? 騎士のお嬢様」
ぎりりっ、と奥歯を噛み締めてそれが砕けそうなほどに力を込めて、クラリスは足を大きく左右に開いた。
こう見えても祖先は聖騎士だって輩出したことのある名家の家系だ。
ここで逃げたらご先祖様の沽券に関わるわ。
奥歯を噛み締めて、クラリスは勇敢にも棒っきれを持つ手に力を込めた。
「ほう、まだやる気か? 大人しく捨てたら可愛がってやるぜ?」
「誰がお前などに! そのいやらしい両腕を叩き斬ってやるわ! かかっていらっしゃい」
「面白ぇ!」
クラリスを挑発していた獣人が片手から爪を指先から突き出し、どこまでも鋭利なそれをぎらり、と午後の陽光を反射してにぶく光ると、クラリスの心はひいっ、と悲鳴を上げていた。
どうしよう、どうしよう、これじゃ死ぬわ、でも負けられない。どうしようっ――
そんな思いが胸を支配すると何故か獣人がニタリ、と顔を歪めて笑って見せた。
「……? っぐっ……!?」
後頭部に加えられた鈍い一撃がそいつのものじゃない、と理解しながら倒れ行く視界の片隅に犯人はいて、はあ、はあっ、と肩で大きく息をしているのが見えた。
そこにいたのは青牙団の一員で、獣人たちのリーダー格の少年で……。
薄れゆく意識の中でクラリスは地面に向かい崩れ落ちていった。
ぴちゃん、ぴちゃ、と水音が聞こえた。
小さくどこかから溜まっていたそれがしたたる音に、少女は喉の渇きを覚える。
真っ暗な目の前をどうにかしようとしてまぶたを開いてらあったのは薄く光が差し込む覆いのようなもの。
頭の後ろで結ばれてると理解したとき、自分には目隠しがされているのだと分かった。
同時に口には何かが詰め込まれていて、それは異臭を放つくらい酷い臭いで喉と鼻腔に吐き気が催される。
しかしそれを吐き出そうとしてもかなわない。
「ぐっ……」
小さく声を上げたがどう聞いてもうめき声にしかならず、人を呼ぶようなものにはならなかった。
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