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第六章 仲間の裏切り

第38話 勇者の婚約者

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 やばい。これはやばい。まさか見抜かれたかと、心が早鐘のように警告を鳴らす。

「空間魔法が使えるらしいじゃないか」
「は? あ、ああ……。半径五メートル以内の空間に侵入してきたものや、存在している何かを感知することはできますが」
「ほう。それでそれで、ああそうか。このスキルは、感知してもそれが何かまではわからないのか」
「生きてるとか死んでるとか。動いてるとか、ただそこにあるだけとか。人間が魔獣かくらいの判別はできますけど、そんなレベルはどこまでは分からないんですよ」

 一般的によく使われているスキルです。
 なんとか言い繕う。

 嘘がないように、ごまかしがばれないように。端的な事実だけを述べてやる。

「あー。確かにそうみたいだね。もっともっと頑張ったら、レベルが高くなる。頑張ってくれ」
「あ、ありがとうございます。勇者様」

 アレクが眼鏡を通して読み取れた物もその程度の情報らしい。
 影使いは、ほっと胸をなでおろした。

 目的の場所まで着いたら、彼らがアルトボロスを撃破するのを、静観していよう。
 もし、言葉通りに彼らが活躍できなかったら、その時は見捨ててさっさと逃げよう。

 キースは心にそう固く誓った。
 ようやく問題の転送装置に到着する。

 三十階層のそれは、大きな人工の門で閉ざされていた。
 何かの間違いで、人が地下に転送されないようにするためだ。

 そこを守護していた王国の騎士が、恭しく勇者たちに一礼する。

「それでは、この門を開きます。どうかご無事にお戻りください」

 祝福の言葉を口にして、キースたちは転送装置の門をくぐった。
 四十二階層まで、十五分ほどかかる。

 ここまでの単調な旅に飽きたのか、おしゃべりな弓使いが話し合いて欲しさに語りかけてきた。

「なーなー、面接の時に聞いたんだが、生還したらいくつかやりたいことがあるって?」
「はい。冒険者養成学校を地上で開きたいと思います」
「地上に戻れるのか?」

 勇者の不思議そうな声を出した。キースが棄民だからだ。棄民は生涯、骨になってからも地上に戻ることは許されないはずだった。

「特別に許可を頂きまして。生還できたらの話ですが」
「なるほど。生還できるまで仕事してくれたら、俺たちに対する君の奉仕はとても大きいものになる。それは妥当な報酬だな」
「ありがとうございます」
「しかしどうして冒険者養成学校なんだ?」

 弓使いは、転送装置の壁に背中を預けてそう質問する。
 女魔道士も不思議そうな顔をしていた。

 最奥で、長槍を構え退屈そうにしている槍使いも、興味を覚えたのかこちらに視線を向けてくる。

「地下世界では、冒険者になるのはとても難しいです。冒険者と言っても、正規雇用される冒険者。いわば公務員ですね。それになるためには莫大なお金が必要です。試験も一発で合格しないと二度目がない」
「なるほどなるほど。じゃあ養成学校作っても儲けたいってことか?」
「ああいえ、そうではなくて。もう一種類あるんです。日雇い。現場も仕事内容も毎日変わります。賃金も安くて、公務員みたいに安定してません。でもこっちは誰でもなれる」
「よくわからないな? 何のための養成学校なんだ?」
「日雇い冒険者になって、生還率の高い冒険をして欲しいと俺は願ってます」
「だけど生還率を求めたら、レベルの達成率は落ちるわよね?」
 ロンディーネは矛盾している、と首をかしげた。
「レベルを上げる達成率はおっしゃる通り落ちします。通常の冒険者よりも達成速度は遅くなると思います。ですが」
「生きているだけ、何度でも冒険に挑戦できる。挑戦する回数が増えれば、比例して発生率も上がっていく。最終的にはその方が、早くて精度の高い冒険の達成ができる……そういう話かな?」

 アレクはしばし考えて、そんなこと言った。
 さすが勇者だ。

 キースはアレクの慧眼に心の中で拍手した。

「さすがです。その通りです。生きていれば何度でも冒険に立ち向かえる。そのためには、最速のレベルアップよりも、最高の生還率を誇る方が結果的には早いんです」

 仲間も増やすことができる。経験値だって他の冒険者よりもたくさん積むことができる。すべてがうまくいく。
 生還率が高ければ。

「じゃあ生還率を高めるための冒険者養成学校をやりたいっていう話?」
「その通りです、女魔導師様」
「なるほどね。生還率か……紹介してくれた迷宮探索家の課長の話では、お前さんの生還率は九割を超えてるって言う話だった」
「実際に結果を出している人が言うと重みがあるわね」
「とんでもありません。俺はただ、戦いが苦手なだけです」
「臆病な奴ほど最後まで生き残ることができる、それは間違いないよ」

 勇者が確認するようにそう言った。

「そんなこと言ったら案内人さんが臆病者みたいに聞こえますよ、勇者様」
「これはすまない。そんなつもりはなかった」
「いいえ気にしておりません。本当のことですから」

 ふと脳裏にある少女の影が浮かんでは消えていく。
 最初の会話の方に出てきた、聖女の名前が原因だった。

 十五年前に生き別れた妹。
 あの当時はまだ二歳か、三歳だったはず。

 勇者の婚約者は生き別れの妹と同じ名前だった。
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