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第七章 救いのダークエルフ
第48話 未熟者
合間に勇者を挟んで、向こうにいるエルフから、皆殺し宣言の許可を求められて逆に困っていた。
「好きにしろ! でも……あまり殺すな。お前は殺し過ぎる」
「お前は優しすぎるのだ。馬鹿が」
勇者から視線を離さないままライシャの罵倒にキースは苦笑する。
その言葉には負けるなよ、という隠された声援が秘められていた。
「放っておくと、彼女は他の仲間を殺すかもしれないが。いいのか?」
「……俺の神眼を喰らって、平気で見られるやつなんて、まだ数人しか知らん。一体どういう精神構造している?」
「数人? その程度の眼力で、あの迷宮を制覇できると思っていたのか?」
正直に戸惑うキース。
それを聞いて笑いだす、ライシャ。つられてキースも失笑を漏らす。
殺伐とした雰囲気の中に、場違いな笑い声が二つ。
神殿とその後ろの建物の合間にある空き地で、冬の風の音も混じって、それは不気味な嘲笑へと変わっていく。
「俺の! 剣の神に選ばれた俺の眼力がその程度だと!」
ぎっと噛み締めたアレクの歯が咥内で割れた。あまりにも悔しかったのだろう。
「申し訳ないが、その眼力で仕留めることができるのは、せいぜい四十階層まで。最下層の五十まである最後の十階層には、そこまでより数十倍は強い魔獣たちがひしめいている。残念だがアレク、お前の能力じゃ、そこまでは無理だ。だから」
「だからなんだ? お前程度の、たかだかちか迷宮の荷物運びごときが、この俺の足元にすら近寄ることもできない癖に……!」
叫びと共に、勇者は腰の剣を抜いた。
剣の神から与えられた神剣。
それはこの世のどんな剣よりも強く、いかなるものをも切断する。
そう、アレクは神から教えられていた。
「お前は俺にかなわない。俺はそこにいるライシャに助けられて最下層まで行き、そして戻ってきた。君は弱いよ、アレク。俺にはかなわない」
「神眼は俺のスキルの一つだ。それを破った程度で勝ったと思うなよ、棄民ごときが!」
アレクは神聖なる神に選ばれた勇者とは思えないほど、醜い顔をして叫んだ。
キースの戦闘経験は、誰よりも群を抜いて素晴らしい。
地下迷宮でハイレベルな魔獣たちと遭遇しても生き延びながら、依頼者たちを生還させてきた凄腕の迷宮案内人だった彼だからこそ、受け止めることのできる勇者の視線だった。
「人が出て来たぞ。まだやるのか、勇者様?」
「関係あるか! お前ら、さっさと立て!」
勇者の言葉は、兵士を鼓舞し、わずかな怪我なら回復させる作用がある。
その恩恵を受け、弓使いは感覚のなかった右腕に、ゆっくりと力が入るのを感じた。
「まずいな。キース、どうする?」
続けるのか、止めるのか、逃げないのか。
ライシャが質問を飛ばす。
二人の間には、勇者がいるが、この距離ならどうにでも躱して逃げることができる。そういう意味も含まれていた。
「まだだ! たぶんここで終わらせるべきじゃない」
「そうか。なら……」
油断ならない相手、槍使いに向けて、ライシャは両手で剣を構えた。
そんな中、ほんの少し前から神殿での聖歌の詠唱が終わり、普段はひと気の少ないこの場所にも、一人二人と、帰宅しようとする人々がちらほらと現れる。
王都では誰もが一度は目にしたことのある勇者と、その仲間たちが剣を引き抜いて、罵声を浴びせているのだ。注目を集めないはずがなかった。
空き地で血を流し戦う彼らを、人々は好奇の視線で眺めている。
誰もが勇者たちの勝利を予見してはばからない。
「見てみろよおい。勇者様だ」
「相手は棄民だってよ? 気味悪い闇属性のやつらが、地上に出て来るなんて、何かの前触れじゃないのか」
「薄気味悪い連中だ。勇者様! そんな犯罪者ども、さっさと殺してしまってくださいよ!」
人々のヤジが飛ぶ。
声援はキースたちを心理的な劣勢に追いやり、アレクたちを鼓舞するはずだった。
しかし、二人は引かない。媚びない。動じようともしないでいた。
「アレク。お前のことを信じている人々がこんなにもいてくれるのに、君は人々裏切ったばかりだ。その考え方もそう、言動もそう。妹にふさわしくない」
「オフィーリアは俺の女だ! 俺が自分で手に入れた、俺の所有物だ! たとえお前が兄でも、俺から奪えると思うなよ。ここから生きて戻れると、勘違いしてもらっては困るんだ。棄民は発見次第殺す。それがこの王国の法律なのだから」
「……そういうところが、勇者としても、夫としても駄目なんだよ。今ようやくそう思えるようになった。できることなら説得したかったんだけど……ライシャ!」
「ようやくやる気になったのか。相変わらず、動くのが遅い男だ。つまらないやりとりばかり聞かされて、私の方が眠くなるところだった」
「キース! 消してやるよ。望み通りに!」
また、アレクの奥歯が砕ける音がした。
そんなに歯を食いしばって、疲れないのか。
経験豊富な戦士であるキースは、戦いの中において自然体でいることが一番大事だということを知っていた。
アレクはまだ幼い子供だ。騎士団に入りたての見習いのようなものだろう。
素晴らしい能力を神から与えられた、未発達の子供。
あと十年ほど地下で経験を積めば、この世の誰よりも強くなるかもしれない。
でもそれは今じゃない。若い牙を折ってしまうことを、キースは心のどこかで悔やんだ。
「好きにしろ! でも……あまり殺すな。お前は殺し過ぎる」
「お前は優しすぎるのだ。馬鹿が」
勇者から視線を離さないままライシャの罵倒にキースは苦笑する。
その言葉には負けるなよ、という隠された声援が秘められていた。
「放っておくと、彼女は他の仲間を殺すかもしれないが。いいのか?」
「……俺の神眼を喰らって、平気で見られるやつなんて、まだ数人しか知らん。一体どういう精神構造している?」
「数人? その程度の眼力で、あの迷宮を制覇できると思っていたのか?」
正直に戸惑うキース。
それを聞いて笑いだす、ライシャ。つられてキースも失笑を漏らす。
殺伐とした雰囲気の中に、場違いな笑い声が二つ。
神殿とその後ろの建物の合間にある空き地で、冬の風の音も混じって、それは不気味な嘲笑へと変わっていく。
「俺の! 剣の神に選ばれた俺の眼力がその程度だと!」
ぎっと噛み締めたアレクの歯が咥内で割れた。あまりにも悔しかったのだろう。
「申し訳ないが、その眼力で仕留めることができるのは、せいぜい四十階層まで。最下層の五十まである最後の十階層には、そこまでより数十倍は強い魔獣たちがひしめいている。残念だがアレク、お前の能力じゃ、そこまでは無理だ。だから」
「だからなんだ? お前程度の、たかだかちか迷宮の荷物運びごときが、この俺の足元にすら近寄ることもできない癖に……!」
叫びと共に、勇者は腰の剣を抜いた。
剣の神から与えられた神剣。
それはこの世のどんな剣よりも強く、いかなるものをも切断する。
そう、アレクは神から教えられていた。
「お前は俺にかなわない。俺はそこにいるライシャに助けられて最下層まで行き、そして戻ってきた。君は弱いよ、アレク。俺にはかなわない」
「神眼は俺のスキルの一つだ。それを破った程度で勝ったと思うなよ、棄民ごときが!」
アレクは神聖なる神に選ばれた勇者とは思えないほど、醜い顔をして叫んだ。
キースの戦闘経験は、誰よりも群を抜いて素晴らしい。
地下迷宮でハイレベルな魔獣たちと遭遇しても生き延びながら、依頼者たちを生還させてきた凄腕の迷宮案内人だった彼だからこそ、受け止めることのできる勇者の視線だった。
「人が出て来たぞ。まだやるのか、勇者様?」
「関係あるか! お前ら、さっさと立て!」
勇者の言葉は、兵士を鼓舞し、わずかな怪我なら回復させる作用がある。
その恩恵を受け、弓使いは感覚のなかった右腕に、ゆっくりと力が入るのを感じた。
「まずいな。キース、どうする?」
続けるのか、止めるのか、逃げないのか。
ライシャが質問を飛ばす。
二人の間には、勇者がいるが、この距離ならどうにでも躱して逃げることができる。そういう意味も含まれていた。
「まだだ! たぶんここで終わらせるべきじゃない」
「そうか。なら……」
油断ならない相手、槍使いに向けて、ライシャは両手で剣を構えた。
そんな中、ほんの少し前から神殿での聖歌の詠唱が終わり、普段はひと気の少ないこの場所にも、一人二人と、帰宅しようとする人々がちらほらと現れる。
王都では誰もが一度は目にしたことのある勇者と、その仲間たちが剣を引き抜いて、罵声を浴びせているのだ。注目を集めないはずがなかった。
空き地で血を流し戦う彼らを、人々は好奇の視線で眺めている。
誰もが勇者たちの勝利を予見してはばからない。
「見てみろよおい。勇者様だ」
「相手は棄民だってよ? 気味悪い闇属性のやつらが、地上に出て来るなんて、何かの前触れじゃないのか」
「薄気味悪い連中だ。勇者様! そんな犯罪者ども、さっさと殺してしまってくださいよ!」
人々のヤジが飛ぶ。
声援はキースたちを心理的な劣勢に追いやり、アレクたちを鼓舞するはずだった。
しかし、二人は引かない。媚びない。動じようともしないでいた。
「アレク。お前のことを信じている人々がこんなにもいてくれるのに、君は人々裏切ったばかりだ。その考え方もそう、言動もそう。妹にふさわしくない」
「オフィーリアは俺の女だ! 俺が自分で手に入れた、俺の所有物だ! たとえお前が兄でも、俺から奪えると思うなよ。ここから生きて戻れると、勘違いしてもらっては困るんだ。棄民は発見次第殺す。それがこの王国の法律なのだから」
「……そういうところが、勇者としても、夫としても駄目なんだよ。今ようやくそう思えるようになった。できることなら説得したかったんだけど……ライシャ!」
「ようやくやる気になったのか。相変わらず、動くのが遅い男だ。つまらないやりとりばかり聞かされて、私の方が眠くなるところだった」
「キース! 消してやるよ。望み通りに!」
また、アレクの奥歯が砕ける音がした。
そんなに歯を食いしばって、疲れないのか。
経験豊富な戦士であるキースは、戦いの中において自然体でいることが一番大事だということを知っていた。
アレクはまだ幼い子供だ。騎士団に入りたての見習いのようなものだろう。
素晴らしい能力を神から与えられた、未発達の子供。
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