冒険者を生還させるな!と命じられた超一流の迷宮ガイド、魔獣生物学者の助手に転職する~高年収な上に美少女ダークエルフと旅ができて最高です~

和泉鷹央

文字の大きさ
52 / 52
エピローグ

第51話 聖女の復讐

しおりを挟む
「俺のことは?」
「お答えできません。彼の勇者様の迷宮案内をしていただいたということ以外、何も存じ上げておりません」
「おい……」

 それは嘘だろう?
 聖女は目を伏せてこちらを見ようとしない。

 まぶたを開ければ、そこには一度見てしまったら逃れられない真実が待っているから。

 その真実を知ってしまったら認めてしまったら、抗えなくなる。
 恋人を捨て、神殿も、聖女の役割も。何もかも投げ捨てて、兄の元へと駆け寄るだろう。

 自分たち二人だけで生きていける場所を、目指そうと考えるだろう。そして二度と、ここには戻ってこない。けれどもそれを選べば、自分が犯した罪は許されない。

「オフィーリア! 俺はずっとお前のことを」
「言わないでください! どうかお願い、何も言わないで! 何も知りたくない。彼が大事なのです。私にとって初めての家族になる存在なのです。どんな悪人でもいい、彼を奪わないで!」
「オフィーリア……」

 その叫び声が本物か偽物か。
 どれほど虚実入り混じりであったとしても、それは本当の気持ちのひとつなんだろう。

 心の底で勇者を手放したくないと望むのなら、もうこれ以上、兄としてしてやれることは何もない。

「お願いします。どうかお願い、私たちを見過ごしてください!」

 ケリーと同じだ。
 一度こうすると決めた女性は簡単には揺るがない。

 自分の人生を例えそれが過ちであっても生きるのだと決めたら、彼女はそれを貫き通すのだろう。

 キースは腕の銀環を外すと、オフィーリアの顔面に向けてぶつけていた。
 もはや、そんなものは必要ない。

 兄妹の縁は、いま途切れたのだと、いわんばかりに。

「あっ!」
「……今探していた妹がもう死んだらしい。それは形見だ。持っていても仕方がない。お前みたいな哀れな女にくれてやるよ」

 この言葉は嘘だ。
 オフィーリアはそう感じた。兄として彼がしてくれる精一杯の賛辞なのだ、と。

「ありがとうございます! ありがとう……」

 ザッと大地を蹴る足音がする。
 今度は蹴られるのか。それならばせめて、アレクは守らないと。
 オフィーリアは全身で勇者をかばう。だがいつまでたっても、何もやってこなかった。

「……」

 薄く目を広げると、そこにいるのは黒狼だけだ。
「彼は?」
「言ってしまった。呆れた愚か者だな、お前は。そんな男のどこに救う価値がある?」
「価値なんて、そんな……。彼がこれまでしてきたことの罪を贖わせることが、妻たる私の役割です。私の罪も含めて」

 はあ、と黒狼は大きなため息をついた。

「お前の罪は杯をあおったことぐらいだ。あの場所で他の連中が決めたことだ。お前よりも権力があり長い時間、王国を支配してきた。お前の罪は」
「私の罪は?」
「前にも話しただろう。俺が犠牲者たちを再生させ、俺が彼らに謝罪をすることで、全てはチャラになってると! どうしてお前はこういう大事な時に限ってそんな格好つけるようなことするんだ!」

 それまで黙っていた鬱憤を晴らすかのように、黒狼は叫んだ。
 神々が彼女の罪を清算したのだ。

 ようやく兄に出会えて幸せになれるという時に、それを手放すことはあまりにも愚かしい行為だと、彼はオフィーリアをしかった。

 確認するように問う。

「本当にその勇者を愛しているのか?」
「……いいえ」
「ならどうして」
「私と兄は引き裂かれた。幼い頃のそれは、この人が原因だから」

 家族の幸せな時間を奪ったこの男に、復讐をするために――。
 聖女は清らかな笑顔でそう告げた。

 ◇

 妹に背を向けて虚無の世界に戻ってみたら、なんだかとてもややこしいことになっていて。
 真っ先にかかった声がこれだった。

「めんどくさいことになった! 逃げるぞ、ついてこい。もちろんついてくると信じているぞ、キース?」
「なんだよ面倒くさい事って」
「総合ギルドと国の上層部が色々とやらかしていたことが明るみに出たらしい」
「それは、反乱で決着を付けるっていう話じゃなかったのか」
「国の中だけの話なら、それでよかった」

 ダークエルフはくるりと踵を返す。

「中央大陸の総合ギルド本部まで、報告が上がったようだ。一体誰がやってくれたことやら」
「そういう面倒くさいことになるから。もっと静かにやろうって言ったのに」
「いいのだ。ここまで来れば、古い体制を貫いてきたこの国も、地下世界に至るまで、変わらなければいけないだろう。お前はどうする?」
「どうするって。お前はどうするんだよ」
「私は元に戻る」
「つまり?」
「魔獣生物学者として、世界中を回って、貴重な魔獣たちを見て回る。ついてくるのかついてこないのか?」

 来るなら早くしろ。
 そう言って、彼女は足早に歩き出した。だからキースは提案してみたのだ。

「おい、それならまず、この地下迷宮から始めたらどうなんだ?」
「お前バカだな。追いかけられるかもしれないぞ? 勇者の手にかけたのだから」
「それは多分。大丈夫だろ」
「本当か?」

 ライシャは訝しげに眉根を寄せた。
 キースはたぶん、と請け負う。あの会話は聖女の本心のはずだ。

 虚無の世界。
 そのいいところは、現実世界を垣間見ることができることだ。

 妹の思いはよくわかった。
 今からちょっと戻って、妹と勇者を引き離して、勇者だけ地上世界に放り出すのも悪くない。

「そうだよ。ここまでやったんだからちょっと付き合え。悪いことをする」
「悪いことか?」

 ダークエルフの耳が、興味深そうにピョンと跳ねた。
 好奇心旺盛な彼女は瞳を輝かせて何をするのだ、早く教えろ、と言ってくる。

「家族を取り戻すんだよ」
「そうか! それはいい悪いことだ! ついでに私のことを紹介しろ」
「はあ? 俺のベッドに勝手に潜り込む変態だって紹介するのか?」
「馬鹿を言うな! どこの露出狂だ、それは。お前と肌を合わせてやったんだ。恋人みたいなもんなろ? 命だって助けてやった」
「一番めんどくせえよ」
「なんだと? この恩知らず!」

 ライシャは心外だと叫ぶ。
 オフィーリアとこのダークエルフがうまくやってくれるかどうか、キースの心には今一つ実感が湧かない。

「ところで、あの後どうしてたんだ?」
「あの後? ああ、内務調査局に乗り込み、バクスターを半殺しにした。そうしたら、賢人会とかいう名前が出てな。まあ、そこから後は妹に訊くがいい」
 
 さっさと迎えに行って来い、と背中を押される。
 そうだな、あいつが復讐をするとすれば、それはいましかない。

「血で手を濡らすなら、俺がやったほうがいいな」

 自嘲気味に呟くと、ライシャはふんっと鼻を鳴らす。
 まるですべて知っているというように。

「狼が自分の守護した者に、そうそう罪など犯させるものか」
「……なんで知っているんだ?」

 彼女は面倒くさそうに手を振る。
 早く行け、そういう合図だ。虚無を伝い、キースが戻って見れば、そこにいたのは泣きじゃくる妹と、残念そうな顔をした黒狼。
 そして、静かに息を引き取った勇者の骸だった。

しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

瑠璃垣玲緒
2022.11.21 瑠璃垣玲緒

誤字脱字報告

10話
慌てて彼女の指先をしたいから
→ ひたいから

11話

「あぁ、行ってしまっった
→ しまった
※ わざとそう表記したのならすみません

「いや、ちょっと待てってば!放すせるわけには
→ 放せる? 離せる?

13話
これでも逃げられなく
→ これでもう

何度もすみません
誤字があると気になって気になって仕方なくて…
承認はしなくても直していただければ大丈夫です。

伏線いくつかあってどう繋がるのかと楽しみにしつつ、誤字訂正のためしおりは進めていないです、ごめんなさい

2022.11.21 和泉鷹央

ありがとうございます。
また折を見て修正いたします。

解除

あなたにおすすめの小説

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

辻ヒーラー、謎のもふもふを拾う。社畜俺、ダンジョンから出てきたソレに懐かれたので配信をはじめます。

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
 ブラック企業で働く社畜の辻風ハヤテは、ある日超人気ダンジョン配信者のひかるんがイレギュラーモンスターに襲われているところに遭遇する。  ひかるんに辻ヒールをして助けたハヤテは、偶然にもひかるんの配信に顔が映り込んでしまう。  ひかるんを助けた英雄であるハヤテは、辻ヒールのおじさんとして有名になってしまう。  ダンジョンから帰宅したハヤテは、後ろから謎のもふもふがついてきていることに気づく。  なんと、謎のもふもふの正体はダンジョンから出てきたモンスターだった。  もふもふは怪我をしていて、ハヤテに助けを求めてきた。  もふもふの怪我を治すと、懐いてきたので飼うことに。  モンスターをペットにしている動画を配信するハヤテ。  なんとペット動画に自分の顔が映り込んでしまう。  顔バレしたことで、世間に辻ヒールのおじさんだとバレてしまい……。  辻ヒールのおじさんがペット動画を出しているということで、またたくまに動画はバズっていくのだった。 他のサイトにも掲載 なろう日間1位 カクヨムブクマ7000  

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

鍵の王~才能を奪うスキルを持って生まれた僕は才能を与える王族の王子だったので、裏から国を支配しようと思います~

真心糸
ファンタジー
【あらすじ】  ジュナリュシア・キーブレスは、キーブレス王国の第十七王子として生を受けた。  キーブレス王国は、スキル至上主義を掲げており、高ランクのスキルを持つ者が権力を持ち、低ランクの者はゴミのように虐げられる国だった。そして、ジュナの一族であるキーブレス王家は、魔法などのスキルを他人に授与することができる特殊能力者の一族で、ジュナも同様の能力が発現することが期待された。  しかし、スキル鑑定式の日、ジュナが鑑定士に言い渡された能力は《スキル無し》。これと同じ日に第五王女ピアーチェスに言い渡された能力は《Eランクのギフトキー》。  つまり、スキル至上主義のキーブレス王国では、死刑宣告にも等しい鑑定結果であった。他の王子たちは、Cランク以上のギフトキーを所持していることもあり、ジュナとピアーチェスはひどい差別を受けることになる。  お互いに近い境遇ということもあり、身を寄せ合うようになる2人。すぐに仲良くなった2人だったが、ある日、別の兄弟から命を狙われる事件が起き、窮地に立たされたジュナは、隠された能力《他人からスキルを奪う能力》が覚醒する。  この事件をきっかけに、ジュナは考えを改めた。この国で自分と姉が生きていくには、クズな王族たちからスキルを奪って裏から国を支配するしかない、と。  これは、スキル至上主義の王国で、自分たちが生き延びるために闇組織を結成し、裏から王国を支配していく物語。 【他サイトでの掲載状況】 本作は、カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様でも掲載しています。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。