終極の撃癒師【ヒーラー】~絶対無敗の撃破スキル【撃癒】を極めた治療師。どんな病気も困難もぶん殴って解決へ~

和泉鷹央

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第一章 ドラゴン・スレイヤー

第9話 撃癒師、脅威を除去する

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 分かりやすいリアクションを取る女性だ。
 そう思った。
 これまでもそうだったように、実直で根が素直なのだろう。
 騙されやすい性格と評したら怒られそうだが、都合よく扱われて損をしそうな薄幸さもどこか滲み出ている。

「なっ、なっ……?」

 と連呼し、ワナワナと手を震わせる彼女に先程までの平静さはなかった。
 無理もない。
 あんな深い穴の底で震えていた子供に過ぎない自分を助けてみたら、ドラゴンを討伐したとか言い出すなんて。
 不意打ちもいいところだ。
 作り話をするにもほどがある、と叱られてもおかしくない、そんな状況だった。
 ここは流れを変えることにする。

「まあ、とりあえず。あの魔石をどうにかしないとね」
「は? はああっ? いえ、そんな。あなた冗談が過ぎます!」

 あ、怒った。
 なるほど、理解を越えた感情に溢れると、感情を散らすことで自我を保つタイプか。
 医師として冷静にそこを観察する自分を心で叱りつつ、何事にも引っ込み思案な自分と何事にも行動する彼女。
 静と動に等しくなっていて、これが本当に続く出会いなら、と願うもそれは置いておき。

「いえ、本当です。証明して見せますよ」
「だから、どうして――いえ、どうやって証明すると……。ついさっき、時空魔法も空間魔法も使えないと御自身で仰ったばかりではないですか!」

 馬鹿にするな、と彼女は眉根をつり上げていた。
 怒ると目を見開くのか。更に凛々しい。それに美しい。
 自分には勿体ない人だ。

「こうするんです」

 強引に話を戻した。
 両の手のひらの間に、子供の頭が入るほどの空間を作ってやる。
 見えなくてもいいのだが、サティナは見て納得するタイプだと思ったから、自分の作り出しただ円形の空間の外側を白く彩ってやった。

 それは一本一本が細くて白い絹のような糸でできていた。
 人によっては蜘蛛の糸のようだと思うかもしれない。
 蜘蛛が吐き出すようなそんな糸の塊を、カールはくるくると手の打ちで回していく。

 それは飴細工を職人が加工して内側が空洞の丸い球のそれを作るようだと、サティナは思った。
 白い光はふんわりと柔らかさを醸し出していて、触れても拒絶されるような冷たさはなかった。

「何ですか……その物体は」
「捕虫網、みたいなのかな? この中に魔石を入れて運ぶんだよ。まずはここに転送しなきゃダメだけどね」
「転送? あんな高濃度の魔素の塊を、どうやって転送するんです! それこそ魔法が弾かれてしまう」

 非常識な行いだと、サティナは言った。
 彼女の常識ではできないと判断したらしい。
 カールはどうやって説明したものか。
 しばし考えて、見て学んでもらおうと思った。

「あっちからこっちじゃなくて。こっちからあっち。ついでにあっちからこっちに引っ張ってくる」
「は? え? どういうこと? 旦那様の話に理解がおいつきません……」
「見ていたら分かるよ」

 それが合図だった。
 カールの下の中から、白いもやもやとした球がすうっと溶けるように空間に消えていく。
 少しだけ間を置いて魔獣の死骸から放たれていた凄まじい圧力は消えてしまう。
 どこかに崩れ去ったかのように。
 その気配が消滅していた。

「さっきの白い球があったでしょ? 繭と言ってもいいけど、あれで魔石を覆ったんだよ。正確には魔石の周囲の空間を遮るようにして、再構築したの。それでね、これをこう――」

 くいくいっとカールの肩が左右にブレた。
 サティナは彼の指先に何か細い線のようなものを見た気になった。
 そんなものが見えるように彼は全身を使って投網にかかった魚を、大海から絞り上げるようにする。

 すると、その手のうちにいつの間にか、あの眉が戻ってきていた。
 白と、黒。その両方の光がそこから洩れだしていて、人の身にとって悪質な魔素がそこにあることを、サティナは本能的に知り。
 同時に、内臓を棒のようなもので叩かれた気分になった。

「うえっ……」
「ああ、ごめんごめん。まだ窓を閉じてなかった」
「だいじょうぶ……。窓?」

 口元を押さえ吐きそうになりながらもそれに耐えて、サティナはカールに視線を向ける。
 なるべくならその手元を見たくない。
 だが、どんなにそう願っても、視線はそこを見てしまう。
 真っ赤に焼けた鉄が見るものを誘ってしまうかのように。
 そこには目をそらそうとしても抗えない魅力的な何かが潜んでいた。
 破滅の何かが待ち受けていた。

「上から覗けるように少しだけ空間を開いていたんだ。ごめんね? 僕は耐性があるけれど、サティナはなかったな」

 申し訳なさそうにそう言うと、カールは虫かごの扉を閉じるように、そっと片手を動かした。
 するとあれだけ腹の底から湧き上がっていた吐き気が、あっという間に無くなってしまう。

 急激の嵐に揉まれさっさと去っていったような、そんな感触だった。
 後味の悪さを感じてサティナはカールを睨みつける。
 彼は悪くないのはわかっているのに。そうしないと、自分の心が折れそうで怖かった。
 そうしてしまう自分の弱さにも腹が立った。

「……ごめんね? 決して意地悪をした訳じゃないんだ。僕はこれまで、普通の人と一緒にこんなことをしたことがなかったから。ごめんなさい」
「え……うん。いえ……」

 そう言って素直に謝罪する様は本当に少年のそれだった。
 幼い弟が悪さをしてしょぼくれているようなそんな感じ。
 それまで彼のことを覆っていた、治癒師や、宮廷魔導師や、憧れや。
 そういったものは彼の本質を隠してしまっていたのだと。
 自分の目は正しいものを見ようとして、間違ったものを見ていたのだと、サティナは気づく。

 彼の本当の姿がこれなのだ、と理解した。
 自分の夫になる少年は、凄まじい魔法の腕を持っているかもしれないけれど。
 ドラゴンを下し、治癒を施し、今もまた誰かが困るだろうと言って、頼まれたわけでもないのに魔石の処分をしようとしている、そんな彼。
 その本当の姿は弱気で自身のない、少年そのものだ。
 ……彼のことを支えてあげたい。
 少しだけ間違った方向に、サティナの母性はくすぐられたのだった。

「それ。どうするんですか、旦那様」

 と、おそるおそる彼女は問う。
 窓を閉じた、というのは、封じ込めることに成功した、という意味だろう。
 でもほんの少し漏れただけであの威力だ。
 それを傍に置いて旅を続けるのは、相当な不安が懸念された。

「まだこれで完成じゃないよ。今度は逆転させるんだ。こうやってね」
「逆転って何?」
「だから、力を内部で逆流させるんだよ。そうすると、中と外で時空間のゆがみができるから。魔石が内側で燃え続ける限り、出てくることは出来なくなる」
「……理解できません」
「川の渦を想像してみるといいよ。渦の中に一度入ると、中に向かって生まれる流れと、外に向かって生まれる流れがある」
「ああ、そういう……」
「魔石が周りを引き込もうとするから。その力を利用して反転させてやればいいんだよ。そうするとこう、どうやっても外の流れから向こう側には行けなくなるから。魔石の力がどんな風に流れたとしても流れは変わらない。そういう構造になってるんだ」
「奇跡を目の当たりにしているようです。そんな魔法論理は見たことも聞いたこともありません。まるで神様の行いのようだわ」
「そうでもないよ。僕がこれをできるっていうことは、これを僕が考えたってわけじゃないから。誰かが昔思いついて、こうやって方法にして誰かに伝えて来たっていうそれだけだよ。僕はたまたまそれを使っているに過ぎない。偉大なことでも何でもない」

 そうやって嫌味なく謙遜できるところがあなたのすごいところなのに。
 その可能性にもっともっと浸ってみたい。
 私もあなたのようにすごい魔法使いになってみたい。
 ……その傍で。ずっと一緒に。
 彼女は、少年の可能性に憧れを抱き始めていた。

「……で、これはさっさと仕舞おうね。よっと……」
「え? えええっ。待って、待ってください旦那様! そんな強い魔力の塊を革袋なかに閉まったら、破れてしまいます!」

 馬の鞍に括りつけていた中から、適当に中身の少ない革袋を選ぶと、中身を別の袋に移してカールは魔石の入った白い繭を放り込んでしまう。
 見ていて驚きしか禁じ得ない。
 あっという間に底が破れて地面へと落ちてしまうところを想像したが、それは起こらなかった。

「触っても大丈夫だよ。ちょっと柔らかい……革の袋に水を溜めたような。そんな感じかな?」
「嘘っ。あんなものを……触れても、大丈夫なの?」

 馬の鞍に括りつけたそれを見、おそるおそる触れる彼女は、尋ねた家にいる猛犬を起こさないように静かに立ち去ろうとする来訪者のようだった。
 ちょんちょん、と指先でつつき異常がないことを確かめる。
 外していいかとカールに確認をとり、馬の鞍から外した革袋の中を覗きこんで、目を見開く彼女がいる。
 好奇心を満たすことにかけては、産まれたての仔犬がやらかすような旺盛なそれお持ち合わせているサティナは、ある意味で自分よりも幼く見えた。

「僕にできることはたぶんここまで、かな。後は自然が癒してくれるのを待つしかない。それよりもあのドラゴンの死骸、もう炎が立っていないでしょ?」
「あ、あれ? そういえばいつの間に。あの黒い炎はどこに行ってしまったのですか」
「そうだなあ。燃料となっていた魔石がなくなっちゃったから、多分燃え尽きたんだと思うよ。それともう触っても大丈夫だと思う」
「まだ、でしょ? あれほど呪いのようになっていましたよ!」
「力が強いぶんだけ燃え尽きる速度が速いんだよ。燃料になっている魔石がないし、溜まっていた高濃度の魔素も燃えたし、後に残るのは、無害なものだね」

 結局のところ退治された魔獣が後々にまで呪いを残すのは、魔石を取り除けていないか、中に残留している高濃度の魔素を除去できていないかの、二種類によるんだよ、とカールは説明する。
 かといって、あの遺骸が無害かと言えばそうでもない。 
 完全なる無害な存在なるものはこの世に存在しないからだ。
 人にとって威力が弱いというだけで自然や獣、虫や土地、作物にとってはそうでもないこともあり得る。

「解体するのは難儀だなあ。どうやってやるか。神聖魔法が使えれば一番、早いんだけどね」
「そのようなハイクラスのレベルの術者しか使えない魔法、ここでは無理ですね。使い手がおりません」

 仕方ない。詰めて運ぼう。
 カールは困ったように思案するサティナに向かい、無邪気に言った。

「あれもさっきみたいにして、革袋に詰めていいかな?」
「……どうぞ、御自由に」

 その返事には呆れと恐れと何か苛立ちのようなものが混じっていて。
 結局、作業が終わってから手近な移動手段である、河川の渡し船を利用する客たちの待つ渡し場につくまでの間、サティナは一言も口をきいてくれなかった。
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