書道ポップ

ペロスタッペン

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人生初のアルバイト

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 √檜皮(ひわだ)市書道大会、今年の優勝者は⋯名取 比与子さんです!
 「今年が最後だと思ったのに駄目だったわね」
 「仕方ないわよ、名取さんが優勝するってみんな思ってたし」
 「叶、最初からあきらめてたの?」
 「あきらめてはないけど実力が違い過ぎるのよ」
 「はいはい、私お手洗い行ってくるから」
 私は書道で全国大会に出ることを夢見ていた高校3年の常多 叶(ときた かなえ)。唐突に便所を告げた中学からの親友、雪下 紅葉(ゆきした もみじ)は会場外に向かって歩いて行った。そして紅葉と入れ替わりで見覚えのあるおじさんがこちらに来て、私に話しかけた。
 「凄く上手かったよキミの書道」
 「⋯ありがとうございます」
 「覚えてないかな、おじさん最近近所にできたスーパーの」
 「あっ!」
 「思い出してくれた?」
 母とよく行く小さなスーパー『ナンダイ』の店員である。いつも愛想よく接してくれるので悪い人には思えない。
 「ところで突然だけどウチで働く気はないかな?」
 「なんですか急に?」
 「おじさんのスーパー来たとき見たと思うんだけど、値札書くのが下手なんだ。あれポップって言うんだけど」
 「はい、知ってます」
 「それをサラサラっと書いて貰えないかなと思ってね」
 「でも、校則でバイトは禁止されてます」
 「そうなのか⋯。でも、気が変わったらおじさんのスーパーに来てよ」
 「え?」
 じゃあ待ってるからね、とだけ言い残して去って行った。そしてまた入れ替わりで紅葉がやってきた。
 「さっきのおじさん誰?」
 「スーパー『ナンダイ』の店員さん」
 「あ!馬鹿ねあの人店長よ」
 「そうなんだ⋯」
 紅葉はうんこをしてきたらしくうっすら臭かった。
 
 「ゴホゴホッ、叶、今日も晩ごはんふりかけだけど許してね」
 「いいのよ母さん」
 「父さん生きてる時にはこんな苦労させなかったのにね、本当にゴメンね」
 母の伊月(いつき)はここのところ風邪気味なのだが病院にも行けず床に臥せっている。2年前まで父の錦吾(きんご)は工事現場で働いていたのだが、クレーンが倒れその下敷きとなりこの世を去りました。急な突風が原因で、クレーン運転手にも会社にも過失はないとして慰謝料は受け取れなかった。おまけに生命保険にも入ってなかったため、労災の遺族給付を受けた程度でそれも葬式の費用であらかた使ってしまった。そのためか今の貧乏生活に至っている。
 「母さん、今日スーパーの店長さんにウチで働かないかって誘われたんだけど」
 「校則で駄目なんでしょ?」
 「先生に頼んでみる、やってもいい?」
 「いいけど気をつけるんだよ」
 「何に?」
 「何が倒れてくるか知れないから」
 母は少し心配症だ。

 「今日から働いて貰う事になった常多 叶さん」
 「常多 叶です。よろしくお願いします」
 『ナンダイ』のバックヤードで朝礼時に先日会ったスーパーの店長、松嶌 至(まつしま いたる)が私を2人の店員に紹介した。
「彼女には学校もあるから今日みたいに朝だけ入って貰って、値札つけやって貰うから」
 「やたー!俺もおばさんも字が下手で正直やりたくなかったんだよね」
 「おばさんはわざと下手に書いてたんだ、あんたと一緒じゃないよ」
 朝のバイトに入ってる西頭 茂(にしがしら しげき)と店長の奥さん奈加子(なかこ)は楽しげに話している。
 「常多さんは書道大会に出るほど字がうまいから、もう字は書かなくていいぞ」
 目の前の2人は喜んだが自分的にはプレッシャーでいっぱいだった。初めてのアルバイトでやった事のない仕事なのに上手いって決めつけられるなんて。⋯でもその心配は無用だった。
 「じゃこの紙にピーマン150円って書いてくれる?」
 「はい」サラサラのサラ
 「うーん、上手いね」
 店長と奈加子さんは褒めてくれた。が、西頭は渋い顔をして首をかしげている。
 「店長、本当に書道大会出たんですかこの子?」
 「なんで?」
 「筆で書いてるのに普通の字ですよ。書道だったらもっとこうスラスラっと」
 「なるほど。常多さん、この紙にもう一回ピーマン150円って書いてくれる?次は元の真似しなくていいから書道っぽくスラスラと」
「はい」スラスラのスラ
 この時周りの筆先を見る目がはっきり変わったのが見てとれた。 
「コレいい!」
「よし、ウチはこれからこの書道ポップで行くぞ!」
 自分の書道が認められた気がして凄く嬉しかった。

 「叶、毎朝ギリギリに来るけど何やってんのよ、親友にも言えないの?」
 「実は私、⋯思春期なの」
 「なによそれ、ふざけてんの?」
 「ふざけました」
 「もういい、帰る」
 「ゴメンゴメン!本当はバイトしてんの」
 「え?ウチの高校バイト禁止じゃなかったっけ」
 「そうなんだけど、許可取ったの」
 「いーなー」
 放課後、紅葉と階段の踊り場で話していたら上から降りてきた数学の鴨志田先生に「何がいいんだ」と聞かれ「なんでもないです」と答えていた。普段強気な紅葉もイケメン鴨志田の前だと急にしおらしくなるのだ。そして私がスーパー『ナンダイ』で朝バイトしてることを聞いた紅葉は、どうして自分じゃなかったのかと悔しがっていた。その時は紅葉がトイレに行ってたからだと言って2人納得したが、よくよく考えると優勝した名取さんの方がいい気もする。私である理由はあったのだろうか?

 「常多さんこの画面見てくれる?」
 「はい、なんですか」
 ロッカー脇の控え室である。古いパソコンに向かって座る店長に呼び止められた。
 「明日俺、野暮用で休むから値段表の見方覚えておいて欲しいんだ」
 「エグレルですか?」
 「あ、わかるの!」
 学校で表計算ソフトの練習をしたことがあったがこんな所で生きてくるとは思わなかった。
 「じゃ明日頼むね」
 「はい」
 店長はそう言うと部屋を出た。私もカバンを持ち登校しようとしたとき、ふとあるものが目に入った。パソコンの横に来年の干支が描かれた年賀状があったのだ。もう11月だから年賀状を用意するのもわかるが、問題はそこに書かれた文字なのだ。
『謹んで新年のご祝詞を申し上げます 旧年中は格別のお引き立てを賜り誠にありがとうございました 本年も皆様のご期待にお応えできるよう一層努力を重ねて参ります』
 サインペンのようなもので書いているが恐ろしく達筆なのだ。気にはなったが高校の時間があるので急いで店を出た。

 「え~っ、それヤバいやつじゃない?」
 「何が?」
 「社長変態だよきっと」
 帰りがけ紅葉が大声を上げた。
 「なんで変態なの?」
 私は小声で聞いてみた。
 「字が綺麗なんでしょ、だったらあんた値札書く人雇う必要ないじゃないの」
 「そう言えばそうね、なんかおかしいと思ってたのよ」
 「なのに女子高生を雇ってるのよ、絶対おかしいじゃない」
 「変態なの、やっぱり?」
 「そうよ」
 「明日から行きたくないわ」
 「辞めなさい、そんなところ」
 「でも毎月3万円くらい入ってたから痛いわ~」
 「変態でもいいの?」
 きびしい選択だが流石に変態は嫌だ。明日の朝店長に事情を言って辞めよう。事情ってなんだ?

 「おはようございます。あの~店長は?」
 「あれ、ウチの人用事あるって言ってなかったかしら?」
 そうだった、今日はいないんだ。
 「何か店長に用でもあったの?」
 この際だ、奥さんに話すか。
 「あの~、今日で辞めたいんてす」
 「え!なんで?」
 聞かれて正直に年賀状の宛名書きが達筆だったことを述べ、そのうえで友達に変だって言われたことも伝えた。すると奥さんが笑って言った。
 「馬鹿ね、あなたを雇うのは私たち夫婦2人で決めたの。確かにあの人は字が上手いわ、でもそれで書道大会に興味を持ったのよ」
 「そうだったんですか」
 「理由がそれだけなら辞めるなんて言わないで」
 「⋯はい」

 その日の夕方、紅葉と2人寒い秋風を受けながら公園のブランコに乗っていた。
 「あんた騙されてるわよ」
 「なんでそうなるのよ?」
 「何か臭うのよ」
 「当たり前じゃない、ここトイレなんだから」
 ブランコ前のログハウス風の便所に2人はよく来る。何故って中学のときからここでスカートの丈を直したりコスプレしたりしていたからだ。
 「分かった!」
 「何が分かったの」
 「あなたもしかして養子なんじゃないの?」
 「なにそれ」
 「本当の親が別にいるってこと」
 「やめてよ!」
 「スーパーのおじさんとおばさん、様子変じゃなかった?」
  「知らない!」
 
 ウチに帰ると母さんがガスコンロの前に立っていた。昨日作った鍋を温め直そうと火に掛けていたようだ。
 「母さん、危ないから火は使わないでって言ったじゃない!」
 「大丈夫よ、母さんまだ枯れ木より燃えにくいから」
 「そんな問題じゃないわよ」
 「はいはい」
 母が温めた鍋を2人つつきながら紅葉に言われたことを思い出し恐る恐る聞いてみた。
 「私、父さんと母さんの子なの?」
 「どうして?」
 「そんなの、わかんない」
 「死んだ父さんが聞いたら泣くわよ。それでなくても今日は命日なのに」
  そうだった、朝はそう言って手を合わせてから家を出たのに。
 「⋯ゴメンなさい」
 「昔、赤ちゃんのとき段ボールに入って捨てられてたのを私が拾ったのよ」
 「え?」
 「ミルクって名前つけたのよ」
 「何の話よ!」
 私が生まれる前に数年飼ったネコの話だそうだ。何か腑に落ちないが、よくよく考えれば紅葉の言うことに振り回されすぎな気がする。ウチの親が他人だったなんて一度も考えたことなかった。お願いだからこれ以上波風立てないで欲しい。

 次の日朝早く『ナンダイ』に行って値札をつけ始めると、店長が遅れて出勤してきた。
 「よ、おはよう」
 「おはようございます」
 「何だか最近ウチの書道ポップが評判いいみたいだな」
 「どこでですか?」
 「お客様に決まってるじゃないか」
 不服そうな店長の答えに西頭は笑ってこう言った。
 「てっきりSNSとかかと思いましたよ」
「お前が写真撮って拡散してくれ」
 そう言って店長は控え室に入って行った。
 『りんご一玉 160円』
 『うどん3つで99円』
 値札つけは時折漢字が出てくるがそれまた面白い。
 『鯖一切れ428円』
 『ポン菓子100円』
 あれ?新しく入ったお菓子の値段が手元の表にないな。そう思いパソコンを見に行こうと控え室に行った。
 「失礼します」
 「お、常多さんどうしたの?」
 その時店長はパソコンでソリティアというトランプゲームをしていた。
 「え~と、チョコサックっていう新しいお菓子の値段がわからなくて」
 「あ、はいはい」
 店長はパソコンを操作していた。ソリティアの画面を消すと今まで見ていたのだろうか、工事現場の前で2人の男性が映っている写真画像が出てきた。どう見ても1人の方は父だった。すぐ消えた後、値段表が出てきたが今のは何だったのか?店長と目があった。
 「今の見ちゃった?」
 「はい」
 「そうか、⋯いつか説明しないと駄目だと思ってたんだがこんなに早くなるとは」
 「なんです」
 「実はキミのお父さんとは同じ工事現場で働いていていろいろ助けて貰ったんだけど」
 「どうしたんですか?」
 「事故のあった日」
 「その日も一緒だったんですか?」
 「あぁ、あの日私はオカリナを吹いて悪魔くんの真似をしていたんだ」
 「え?」
 「幼すぎたのかも知れないが、その時はそれでいいと思ってたんだ」
 「本当にですか」
  「その後危険を報せる笛が鳴ってクレーンが倒れて来たんだが、私はオカリナを吹いていたので気がつかなかったんだ」
 「冗談ですよね」
 「その下敷きになりかけた私を助けにキミのお父さんが⋯」
 「やめて!」
 店長は静かに棚の上の小さな箱を取り出しそれを開けて見せた。見たくもないオカリナが入っている。
 「信じてくれ」
 「何を信じるのよ!」
 「キミのお父さんのおかげで私はまともな人間として生まれ変われた、だから娘のキミに何か恩返しがしたかったんだ」
 「何も嬉しくないわよ!」
 「つぐないにはならないが昨日は事故のあった現場に花を供えてきたんだ、気持ちは汲んで欲しい」
 「くっ⋯」
 外に声が聞こえたのか、ドアがあいて奥さんが入ってきた。
 「何もかも知られたのね、あなた謝るしかないわよ」
 「分かった、本当に済まなかった。⋯でも聞いてくれ、今はゲゲゲの鬼太郎にハマってるんだ」
 「何も変わってないじゃない!」
 あまりにやりきれなくて店を飛び出した。一瞬でもあの2人を親かもしれないと思った自分が嫌になる。その後店の前を通るのも苦痛だったが、数年でスーパー『ナンダイ』は潰れた。何も知らない母に言わせると私の書道ポップが無くなったせいで人気も右肩下がりになったんだそうだ。今では親子2人貧しいながら幸せに暮らしている。二度とあの男が現れないことを願って。

 ―終わり―
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