イタコの痛朗

ペロスタッペン

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薔薇って書ける?

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 「お疲れ様。翠さん、今日もこれから死んだ彼氏に会いにいくの?」
 「今日はその、子守があって」
 「え?あなた死に別れた彼との間に子供がいたの」
 「いいえ。そうじゃなくて⋯」
 私、銀行員の奴島 翠(やしま みどり)は3年間付き合った沖多 達吉(おきた たつきち)という彼氏がいたのだが、職場で謎の死を遂げたためそのことをずっとイタコに相談していたのだった。達吉は私と同じ下里銀行の銀行員で、若くして行内貸金庫の鍵を管理する大役を担っていた。彼が亡くなった時、ちょうど私はランチタイムで席を外していたのだ。戻ると警察の捜査が入っていて、既に達吉は運ばれて行った後だった。遺体があったのは地下に向かう非常階段の踊り場で、後日マスコミに出た情報から頭を鈍器で殴られた跡があったものの周辺にある防犯カメラには怪しい人物は映っていなかったらしい。当初は取り乱し泣いたが、何日たっても犯人が捕まらず藁をもすがる気持ちでイタコの兼木 シマコさんに相談したのだ。今回預かった子供もシマコさんの一人息子、兼木 痛朗(かねき いたろう)くんだ。

 「秋庭原って楽しいね」
 「本当に、それにしても痛朗くん『ポンむす』詳しいわね」
 「当然だよ、オタクだから」
 『ポンむす』とは『気になるハイドロポンプ娘』の略で、最近の少年向けアニメである。
 プルルルル プルルルル⋯
 「はい、奴島です。え?今からですか、今知り合いのお子さんと一緒にいるんですけど、⋯ここから15分くらいかかると思います。はい分かりました。では後ほど」
 「今からどこかに行くの?」
 「ごめんね急に用事ができて、悪いんだけど少しだけ着いて来て貰えるかな?」
 「いいよ」
 そうして2人はタクシーに乗って八本木の下里銀行に向かった。痛朗くんは疲れて眠たそうにしている。シマコさんは昨日から盲腸の手術で都内の病院に入院している。もともと面識のあった痛朗くんを1日預かると言い出したのは私の方からだ。

 「刑事さん、何かありましたか?」
 「いえ。ですが今日は新しく下里銀行撲殺事件についての会見が行われましたので、その情報もふまえて関係者に集まって貰いました」
 担当の刑事、岸 又克(きし またかつ)だ。刑事さんに促され営業時間外の銀行2階ロビーに行った。すると当時いた行員5人が全員集められていた。頭取、秋田、仲村、義平、そして私の5人だ。
 「皆さん、もう知ってる方もおられるかと思いますが今朝の警察からの発表でもありましたように亡くなられた沖多さんはダイイングメッセージを 残されていました。漢字の薔薇です」
 そのことなら知っている。血で薔薇と書かれていたことを同僚の良子から聞いた。仲村 良子(なかむら よしこ)、いつもおしゃれだが屁が臭く達吉には避けられていたようだ。また彼女は事件現場の第一発見者でもある。
 「おい、そんなこと皆知ってる。なんで今ごろになってこんな夜中に集まるんだ?」
 「実は今さらなんですが被害者の沖多さん、漢字で薔薇って書けなかったみたいなんです。そこで皆さんに薔薇という漢字を書いていただきたい訳です。Understand?」
 なんと、この刑事馬鹿じゃないか?先にあんなこと言ったら漢字で薔薇が書けても書けないフリするはずだし。終わった。
 「お姉さん、あの人怪しいね」
 「え?」
 痛朗くんは頭取の葛城 祥太(かつらぎ しょうた)を指さしてそう言うと私のスカートの裾を引っ張った。
 「どう見ても変だよ」
 「しっ、偉い人なのよ」
 そうは言ったものの子供は勘が鋭いというし、ましてやイタコの血を引いているのだ。シマコさんに数回亡くなった達吉を降霊してもらったが、薔薇のことは一言も言っていなかった。それどころか後ろから殴られたとかで犯人の顔を見てないのだそうだ。そこは警察の見解と合っているのだが、少しイタコを疑った自分がいた。が後日、達吉を降ろして貰った時はっきりイタコを信用することができた。達吉本人以外知ることのないことをズバズバ言い当てたのだ。私の家に挨拶に来たとき北の銘菓細い恋人を持ってきたこと、後頭部の十円ハゲに増毛をしていたこと、あげればキリがない。
  薔薇の文字が全員書けたようだ。お手本が置いてあるなんてとことん馬鹿な警察だ。
「ありがとうございました、では皆さんの文字をこちらで筆跡鑑定にかけたいと思います。暫く椅子に掛けてお待ち下さい」
 「オイまだ待たせるのか!ウチでは子供たちが待ってるんだ、早く帰らせてくれ」
 「すいません、鑑定には30分もかからないと思うのでもう少しだけお付き合い下さい」
 「とりあえず待ちましょう」
  口を挟んだのは新入りの秋田 真紀夫(あきた まきお)だ。彼はほとんど達吉と顔を合わせることがなかったが、達吉の死後その実直な性格から貸金庫の管理を任された。
「すいません、お一方だけ白紙で出されたみたいなんですけどどなたですか?」
 「私です」
 義平 智代(よしひら ともよ)が手を上げた。
 「ペンが出なかったもので」
 「早めに言って下さい」
 彼女はいつもボケている。
 ツーピースー
 痛朗くんは座っている私の膝に寄りかかって寝ている。帰りが遅くなるとシマコさんに電話しなくては。その時、刑事さんが筆跡鑑定の結果書類を持って足早にやってきた。
  「分析結果が判明しました。犯人はあなたですね!」

 「ちょっと待って、私じゃないわよ!」
 「仲村 良子さん、あなたには被害者を殺せしめるだけの動機があった。被害者の沖多さんはSNSで事あるごとに文章を投稿していた。そこであなたの屁が臭くてたまらないと書いてあったのを見て逆上したのでしょう。違いますか?」
 「違うわよ!だいたい沖多さんがSNSやってたなんて初耳だし」
 私も知らなかった。他にも何か書いていたのだろうか?不安がよぎる。
 「犯人はあのお姉ちゃんだったの?」
  「あ、起きたのね」
 「あの人怪しかったんだけどな」
 周りは全員立っていたので2人立ち上がり、屁の話でも聞こうかと思ったその時秋田がまた口を挟んだ。
 「でもおかしいですね、どうして犯人が"薔薇"と書いて残す必要があったんでしょう?」
 「それは私は臭くないアピールじゃないですか」
 「⋯仲村さん、何か隠してるんなら話した方がいいよ」
 少し考えて良子は意を決したように話しだした。
 「事件のあった日、頭取にコピーを頼まれたんですけど壊れてて動かなかったから向かいのコンビニに行こうとして非常階段に倒れている沖多さんを発見したことまでは警察にもお話しましたよね」
 「はい」
 「その時実は血だらけの沖多さん、まだ息をしていたんです。そして私の方を向いて手招きするから仕方なく行ったら、漢字の薔薇を書いて教えて欲しいって」
 「ばかな!」
 「その後すぐ息を引き取ったんですけど、私が殺したことになるんじゃないかと思って黙ってました」
 これで振り出しか、と皆が思ったその時どこからともなく聞き覚えのない女の声が聞こえてきた。
 「やめて、贅沢はもうしないから」
 声の主は痛朗くんだった。目を固くつぶり身体を小刻みに震わせている、とても心配だ。
 「その子大丈夫?」
 「イタコの子だから何かが降霊しちゃったのかもしれないわ」
 「いや、やめて!」
 「ちょっと翠、誰が降霊したか聞いてみてよ」
  良子に促され、様子をみて聞いてみた。
 「イタコ様あなたはどなたですか」
 「我が名はマリー・アントワネット、今まさに死なんとしている」
 「イタコ様、この事件の犯人は誰ですか?」
 義平さんが急に発言しだした。やっぱりボケている。18世紀フランスのマリー・アントワネットが現代の、それも日本の一般人の死亡事件なんて知るはずがない。⋯と思っていたが、 痛朗くんはゆっくり右手を上げある人物を指差した!
 
 「おいおい、冗談はよしこさんだ」
 頭取の葛城である。そういえば痛朗くん、はじめて頭取を見たときから怪しいって言ってってたかもしれない。⋯信用できるんだろうか?いやまずマリー・アントワネットが言ったことだから信用はできない。
 「あの人には狩猟民族の霊が憑いてます。石斧て殴りつけ殺しました」
 今の時代に石斧なんて。
 「いや、その話あるかもしれないな。今まで凶器が何か分からなかったんだが石斧なら合点がいく」
 け、刑事さん?
 「それに沖多さんはSNSの中で頭取の容姿についても書いてました。銀行員なのにまるで石器時代のようにボサボサ頭にヒゲ面で裸に獣の皮の腰巻きしかしてないなんて信じられない、そのうち石のお金を借りに来る人が出てくる。とか」
 それは私もずっと感じていたが、先輩から見ないようにしろと教え込まれたので今では空気のように当たり前になっていた。しかし犯人が頭取なら話は別だ、皆の厳しい目が似非クロマニヨン人に向けられた。
 「⋯俺がやった、かもしれない。秋田くんに聞いたんだ、沖多のやつが裏で陰口言ってるって。それでついカッとなって」
 「殴ったんだな」
 「はい」
 こうして事件は解決したが、色々モヤモヤとする幕切れになった。

∼終わり―
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