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第三章
孤独
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教室に入るとすでに半数以上の生徒が自分の席に座っていた。席は全部で縦6列の横5列だった。みんなの席を見てみると、新しい教科書の山が置いてあり、机の右上に名前の書いた紙が貼ってあった。
だが、空いてる席全部いちいち見ないといけないのはとても面倒な作業だ。
「なあ、これって何順かわかる?」
怜音がドアのすぐ近くの席に座っている男子生徒に声をかけた。
「ん?ああ、奥の席から50音順らしいぜ」
「さんきゅ」
いつも無表情な怜音が似つかわしくない笑顔で言った。その笑顔は口は笑っているものの、目には光がなかった。
奥から最初が空いてそこはなんとなく怜音だとすぐわかった。
怜音も察したようで、どうやらがっかりしたようすだった。一番前で席が見やすいのになんでそんなに嫌なんだろう。すぐ後に凛月はこの理由を知ることになる。
三列目の後ろから二番目が空いてるのに気づき見てみると、富田凛月と自分の紙が貼ってあった。
それを見て怜音はさらにため息をつくのであった。
「なんかあったの?」
なにも考えずに怜音に言ったとたん、とんでもんない鋭い目で睨まれた。
「どうせお前には解らない。変われ、その席。目が見えないんです~!っていって俺に寄こせよ」
「え、やだよめんどくさい。それよりもうチャイムなっちゃうから怜音も席付きなよ」
怜音の機嫌はまだ直らないようで、軽く舌打ちして自分の席に戻っていった。
怜音が席に座ったのを目視で確認した後、後ろから肩をポンポンっと叩かれた。
振り返ると同時にほっぺに人差し指が当たる。
その人差し指の正体は栗毛のロングの少女だった。その少女はおしとやかな令嬢のような雰囲気を醸し出し、清楚に制服を着こなしていた。右目の涙袋にあるほくろが特徴的だった。少女は目を細めて微笑んだ。
「だいせいこう~」
「あの、あなたは…。」
少女は人差し指を離し、凛月に右手を差し出した。
「うちは奈良 神楽耶。今日からよろしくな、凛月ちゃん」
「あの、この手は…?」
凛月の問いかけに神楽耶はふふっと軽く笑った。
凛月には神楽耶が笑った意味が解らなかった。私の問いかけは可笑しかったのかな。でも、掌に何かあるわけでもないし…その手が何を意味するのか私には理解できない。
「握手や。はじめましてという意味を込めて。」
握手をするのは何年振りだろう。そもそも人に触れるのはもう10年ぶりだ。どうりですぐにわからなかったわけだ。
凛月は恐る恐る神楽耶の手を握った。
「あ、私こそよろしくおねがいします…」
握り返してくれた神楽耶の手は、ここ数年触ってきたものの中で一番暖かくて、優しいものだった。
「知ってる?凛月ちゃん。もともと右手の握手って、多くの人が右利きで、右手で武器を構えるからその手を差し出すことで、武器を持ってません、つまり貴方に敵意はありませんっていうことなんやて。だから、そんなに私のこと警戒しなくてもいいんよ?あと、その敬語禁止な!うちらもうクラスメイトなんだから!」
「はい、わかりま…あ、じゃなくて、えっと…頑張ってみるね」
「それでよろしい~」
8時50分、学校のチャイムがなる。
それと同時に教室の扉がガラガラと音を立てて開く。そこから出てきたのは、体格のいい顎髭の生えた中年のおっさんだった。しかも教師のくせに服装がチャラい。アロハシャツに黒のチノパンって…今からハワイでも行くのかよ。
私たちはお互い手を離し、体制を前に戻した。
その教師はめんどくさそうな顔をして、黒い冊子を乱暴に教壇においた。そして、チョークを持ち、黒板に文字を書き始めた。そこには道 明美と書かれていた。
「俺の名前は道 明美だ。えーと、とりあえず新一年生の諸君、入学おめでとう。だが、もうお前らは大人になる一歩手前だ。はしゃぎすぎないようにしろよ」
先生が出席番号順に名前を呼び、入学式の注意事項などを話していた。
廊下に決められた列に並び、赤いリボンをつけ、体育館へ向かう。
大音量の行進曲と拍手の中、学生の両親の間を入場していった。
校長のはなしから、各クラスの担任の紹介や代表生徒の挨拶が終わり、一連の流れが終わった後、私たち生徒はクラスに戻った。しばらくして、道も戻ってきた。
道は教卓のに椅子を置き、ゆったり足を組んで椅子に腰を下ろした。
「そんじゃあ、とりま自己紹介からな~。一番前の藍原からで」
「なんで俺からなんすか~?」
と、しぶしぶ怜音が口を開いた。
「うるせえ、お前一番なんだからお前でいいだろ。時間がねえんだはよしろ」
教師でこの言葉遣いと態度はいかがなものだろうかと、教室にいる生徒全員が思ったことだろう。しかも、言った諜報人がすでに大きないびきをかいて寝ている。
怜音は座席を絶ち、後ろを向いた。そして、さっきみたいな偽物の笑顔で口を開いた。
「え…っと、藍原怜音です。中学は青羽です。趣味はサッカーと音楽鑑賞。一年間よろしく~」
青羽というところから周りがざわざわとしだした。
「ねぇ、青羽ってあの青羽じゃない?公立で頭いいとこじゃん」
「イケメンで頭良くてなんでもできるって最高じゃん!でもなんで頭いいのにこんな普通の偏差値の高校選んだんだろ?」
そうだったんだ。有名な中学だとか、外のことは全く興味がなかった。
ざわざわは収まらず、次々と順番が近づいてくる。それと同時に私の心臓がドクドクと脈を打っていた。後ろから奈良さんが肩をポンポンとたたかれた。さっきの不安を打ち消すかのように、またさっきの罠に嵌ってしまった。
「凛月ちゃん、緊張してるの?大丈夫だよ、簡単に言えば。」
「でも、趣味とかないし…。中学校はほとんどいってなくて。だから、もし同じ中学校の子がいたらどうしようって」
「どうもおへん。藍原っちがそこはカバーしてくれる。凛月ちゃんは名前と、宜しくお願いしますだけ言えば何も問題はないわ」
「え……?」
なんでここで怜音の名前が出てくるんだろう。それに藍原っちってなんかあだ名みたい。二人は知り合いなのかな。そんなことを考えてるうちに前の人の自己紹介が終わりそうになっていた。同時に自己紹介も中盤になってきており、さっきのざわめきも少なくなってきた。
神楽耶が小声で頑張ってと呟いた。
立ち上がるが、さっとすぐに声が出ない。頬を冷や汗が流れる。周りの注目が集まる。怜音の席を見ると怜音は机に頭を突っ伏している。あれでほんとに助ける気があるんだろうか。でも、まずは声を出すしかない。
「わ、わたしの名前は、とみた…りつです…。中学は…」
どうしよう。いうしかないのか。でも…。私も逃げてばかりはいられないんだ。いわないと。
「中学は…」
と、言いかけた時だった。
「みっちー!いつまで寝てるのさ、そろそろ起きてよ」
生徒の視線が一気にその声の主の方に向く。
その声はさっきまで机に突っ伏していた怜音だった。私が下を向いてる間に、教壇で腕を立てて寝てる先生の近くにいた。そして、私と目が合った時、口元をニヤッとさせ、先生の腕をずらした。ガタンと大きな音を立て、道の頭が机に倒れる。その瞬間、
「いってぇぇぇぇぇぇな!」
と道の大きな怒号が教室に響き渡った。怜音はすぐさま自分の席に戻った。
響き渡る中、後ろで神楽耶が今だよと呟いた。
私はよろしくおねがいしますと一言だけ言って、そそくさと座席に着いた。
道が不機嫌な顔で席を立ち、周りを見回した。
「おい、誰だ今。俺の眠りを妨げたのは誰だ!」
みんなはゲラゲラと道の様子を見て笑っていた。余程勢いよくぶつかったのか、おでこが赤くなっていたからだろう。
藍原もみんなと同じようにゲラゲラと笑いながら、
「先生が起きなかったのが悪いんじゃん~」
と、言った。
「藍原お前か…」
「先生まだ終わってないんで静かにしてくださ~い」
道はクソっと呟き、おとなしく椅子に座った。
後ろでガタッと椅子から立つ音が聞こえる。
そういえば次は奈良さんの番だっけ。
「えー、うちの名前は奈良神楽耶といいますー。中学は藍原君と同じ青羽です~。趣味は音楽と映画を見ることです。あと、数学とか科学得意なのでわかんないことあったら聞いてくださ~い。一年間よろしゅう」
さっき終わったと思ったざわめきが、また再び膨らんでゆく。青羽ってこともあるだろうが、彼女が関西人だからかもしれない。
私は確認したいことがあり、後ろを振り向く。
「奈良さん、怜音と同じだったんだ。だから、さっき大丈夫っていったの?」
「うち、実は凛月ちゃんのこと知ってたんや。でも、藍原っちに言われたから仲良くしようとしたわけじゃないんよ?私が仲良くしたいなって思ったんよ」
「そう…なんだ。でもなんで…?私さっきも言ったけど、しゅ、しゅみもないし、面白いこと言えないし、良いところなんて…。」
凛月が不安そうな表情を浮かべると、神楽耶は凛月の肩に優しく自分の手を添えた。
「ええねん。別に面白くなくたって、たくさん趣味がなくたって。その素直で落ち着いてるところが私はいいなと思ったんよ」
「奈良さんって…不思議な人ね…」
「そうなんかなあ~」
奈良さんはてへへと照れ笑いをしていた。
長い自己紹介が終わり、今日はこれで下校ということになった。帰りのホームルームが終わった後、すぐさま怜音の周りには、陽キャみたいなイケイケ女子が集まった。怜音は次々に飛び交う質問に、笑顔を崩すことなく相手をしていた。
神楽耶は、怜音を羨ましそうな目で眺めていた。
「にしてもあれやな~、やっぱ藍原っちは高校でも人気者やね~。」
「中学のときも?」
「おん、顔が整っとったから、人気やったよ~。やて、中学ん時は荒れとったかいな。今はたぶんやで隠したはるやけやと思う。」
凛月は方言で途中わからなくなったのか、真顔でぽかんと神楽耶をガン見していた。
そのようすに神楽耶は、はっと何かを察し慌てていた。
「ってごめんね、方言のまま話しとった…中学ん時もやっちゃってまーりに迷惑かけてしもたんよ」
そういって神楽耶は、恥ずかしさをごまかすようにハハッと笑った。
その様子に凛月もなんて返せばいいか戸惑っていた。
どうすればいいんだろう。私がうまく返答できなかったから逆に困らせてしまった。別に奈良さんの話し方は嫌いじゃないし、私はそこまで困ってない。それに、怜音以外で同い年の人と長く話すのは数年ぶりだからなんか新鮮に感じる。
「大丈夫だよ。私は楽しいから。」
凛月がそういうと神楽耶は珍しいものを見るような目で首を傾げた。
多分不思議に思うのは、私が笑顔を作れず無表情で言ったからだと思う。
「そうなん?凛月ちゃんは変わった子ねんな~。あっ、もちろん良い意味で!」
荷物を詰めながら怜音の方を見ると、まだ長くかかりそうだった。怜音も凛月のことをちらちら見ているようだが、あの様子では凛月がこの場を去っても、すぐには来れないだろう。このままずっと待ってるわけにもいかないが、怜音がいないと道がわからず、凛月は帰るわけにもいかなかった。凛月は神楽耶が帰る様子がないのを見て、
「奈良さんは…まだ帰らないの?」
と、聞いた。
「おん、うちはまだ残ってるよ。ちょい、藍原っちにゆーことがあって」
2人が話すのを邪魔するわけにもいかないと思った凛月は、先に昇降口で降りて待っていようと考えた。
「そっか、じゃあ、私、昇降口にいるから、そこにいるって言っておいてもらってもいいかな」
「おっけー!言っとくわ。ほな、凛月ちゃんまたね~。」
凛月は「またあした」といって、ずっしりとしたスクールバックを肩にかけた。
入り口で振り返ったとき、神楽耶が元気よく手を振ってきたが、凛月は小さく控えめに手を振り返した。
二階へ続く階段を下りると、降りた正面に窓が付いていて、グラウンド側が少し見えるようになっていた。凛月は何かに引き寄せられるように窓に近づいて行った。
窓は高校では珍しい上げ下げ窓になっており、些か埃が溜まっているのか開けずらい。窓を開けると、綺麗に整地されたグラウンドと、満開の桜がグラウンドを囲うように咲いていた。
凛月にとっての桜は、呪いのようなものだった。桜を見るたび、嫌な思い出と幸せだったころの思い出がごっちゃになって、気持ち悪くなる。それでも見てしまうのは、桜がどうしようもなく自分が愛してやまないものだったからだろう。
凛月は駆け足で、階段を下りて行った。無心で、本能のまま身体を走らせた。教科書の重さなんか気にもしないほどに、何かを求めていた。疲れや痛みも感じないほどに。
気づいた時には、もう桜の木の前にいた。
どうしても見たかったわけじゃない、むしろ見ない方がいいのは薄々わかっていたはずなんだ。そう思いながら、スクールバックから一枚の写真を出す。それには幼いころの自分と両親が桜の木の下で写ってる写真だった。あの日もこんな満開の桜だった。このころの自分は白い歯をみせて笑っていたっけ。
もうあれから約10年だった。怜音や院長の紗代さんには、いつまでも責任を感じてないで前に進んだ方がいいとか、あれはあなたのせいじゃないって言われたけど、私はまだ前に進めない。自分でもわかってる。あれはまだ小さい私には、とても判断できる状況じゃなかったことぐらい。でも、そう割り切らなければ前に進めない自分が、得体のしれない何かに怯えてる自分が、悔しい。
写真に綺麗に散った桜の花びらと、ぽたぽたと大粒の水滴が垂れる。
口元にきたその水滴は、懐かしい塩っ辛い味がした。
その凛月の様子を見ていた一人の少年の目には、世界が止まったかのように見えた。そして、少年は桜を見つめる彼女の顔を見ながら、静かにその場に佇んでいた。
だが、空いてる席全部いちいち見ないといけないのはとても面倒な作業だ。
「なあ、これって何順かわかる?」
怜音がドアのすぐ近くの席に座っている男子生徒に声をかけた。
「ん?ああ、奥の席から50音順らしいぜ」
「さんきゅ」
いつも無表情な怜音が似つかわしくない笑顔で言った。その笑顔は口は笑っているものの、目には光がなかった。
奥から最初が空いてそこはなんとなく怜音だとすぐわかった。
怜音も察したようで、どうやらがっかりしたようすだった。一番前で席が見やすいのになんでそんなに嫌なんだろう。すぐ後に凛月はこの理由を知ることになる。
三列目の後ろから二番目が空いてるのに気づき見てみると、富田凛月と自分の紙が貼ってあった。
それを見て怜音はさらにため息をつくのであった。
「なんかあったの?」
なにも考えずに怜音に言ったとたん、とんでもんない鋭い目で睨まれた。
「どうせお前には解らない。変われ、その席。目が見えないんです~!っていって俺に寄こせよ」
「え、やだよめんどくさい。それよりもうチャイムなっちゃうから怜音も席付きなよ」
怜音の機嫌はまだ直らないようで、軽く舌打ちして自分の席に戻っていった。
怜音が席に座ったのを目視で確認した後、後ろから肩をポンポンっと叩かれた。
振り返ると同時にほっぺに人差し指が当たる。
その人差し指の正体は栗毛のロングの少女だった。その少女はおしとやかな令嬢のような雰囲気を醸し出し、清楚に制服を着こなしていた。右目の涙袋にあるほくろが特徴的だった。少女は目を細めて微笑んだ。
「だいせいこう~」
「あの、あなたは…。」
少女は人差し指を離し、凛月に右手を差し出した。
「うちは奈良 神楽耶。今日からよろしくな、凛月ちゃん」
「あの、この手は…?」
凛月の問いかけに神楽耶はふふっと軽く笑った。
凛月には神楽耶が笑った意味が解らなかった。私の問いかけは可笑しかったのかな。でも、掌に何かあるわけでもないし…その手が何を意味するのか私には理解できない。
「握手や。はじめましてという意味を込めて。」
握手をするのは何年振りだろう。そもそも人に触れるのはもう10年ぶりだ。どうりですぐにわからなかったわけだ。
凛月は恐る恐る神楽耶の手を握った。
「あ、私こそよろしくおねがいします…」
握り返してくれた神楽耶の手は、ここ数年触ってきたものの中で一番暖かくて、優しいものだった。
「知ってる?凛月ちゃん。もともと右手の握手って、多くの人が右利きで、右手で武器を構えるからその手を差し出すことで、武器を持ってません、つまり貴方に敵意はありませんっていうことなんやて。だから、そんなに私のこと警戒しなくてもいいんよ?あと、その敬語禁止な!うちらもうクラスメイトなんだから!」
「はい、わかりま…あ、じゃなくて、えっと…頑張ってみるね」
「それでよろしい~」
8時50分、学校のチャイムがなる。
それと同時に教室の扉がガラガラと音を立てて開く。そこから出てきたのは、体格のいい顎髭の生えた中年のおっさんだった。しかも教師のくせに服装がチャラい。アロハシャツに黒のチノパンって…今からハワイでも行くのかよ。
私たちはお互い手を離し、体制を前に戻した。
その教師はめんどくさそうな顔をして、黒い冊子を乱暴に教壇においた。そして、チョークを持ち、黒板に文字を書き始めた。そこには道 明美と書かれていた。
「俺の名前は道 明美だ。えーと、とりあえず新一年生の諸君、入学おめでとう。だが、もうお前らは大人になる一歩手前だ。はしゃぎすぎないようにしろよ」
先生が出席番号順に名前を呼び、入学式の注意事項などを話していた。
廊下に決められた列に並び、赤いリボンをつけ、体育館へ向かう。
大音量の行進曲と拍手の中、学生の両親の間を入場していった。
校長のはなしから、各クラスの担任の紹介や代表生徒の挨拶が終わり、一連の流れが終わった後、私たち生徒はクラスに戻った。しばらくして、道も戻ってきた。
道は教卓のに椅子を置き、ゆったり足を組んで椅子に腰を下ろした。
「そんじゃあ、とりま自己紹介からな~。一番前の藍原からで」
「なんで俺からなんすか~?」
と、しぶしぶ怜音が口を開いた。
「うるせえ、お前一番なんだからお前でいいだろ。時間がねえんだはよしろ」
教師でこの言葉遣いと態度はいかがなものだろうかと、教室にいる生徒全員が思ったことだろう。しかも、言った諜報人がすでに大きないびきをかいて寝ている。
怜音は座席を絶ち、後ろを向いた。そして、さっきみたいな偽物の笑顔で口を開いた。
「え…っと、藍原怜音です。中学は青羽です。趣味はサッカーと音楽鑑賞。一年間よろしく~」
青羽というところから周りがざわざわとしだした。
「ねぇ、青羽ってあの青羽じゃない?公立で頭いいとこじゃん」
「イケメンで頭良くてなんでもできるって最高じゃん!でもなんで頭いいのにこんな普通の偏差値の高校選んだんだろ?」
そうだったんだ。有名な中学だとか、外のことは全く興味がなかった。
ざわざわは収まらず、次々と順番が近づいてくる。それと同時に私の心臓がドクドクと脈を打っていた。後ろから奈良さんが肩をポンポンとたたかれた。さっきの不安を打ち消すかのように、またさっきの罠に嵌ってしまった。
「凛月ちゃん、緊張してるの?大丈夫だよ、簡単に言えば。」
「でも、趣味とかないし…。中学校はほとんどいってなくて。だから、もし同じ中学校の子がいたらどうしようって」
「どうもおへん。藍原っちがそこはカバーしてくれる。凛月ちゃんは名前と、宜しくお願いしますだけ言えば何も問題はないわ」
「え……?」
なんでここで怜音の名前が出てくるんだろう。それに藍原っちってなんかあだ名みたい。二人は知り合いなのかな。そんなことを考えてるうちに前の人の自己紹介が終わりそうになっていた。同時に自己紹介も中盤になってきており、さっきのざわめきも少なくなってきた。
神楽耶が小声で頑張ってと呟いた。
立ち上がるが、さっとすぐに声が出ない。頬を冷や汗が流れる。周りの注目が集まる。怜音の席を見ると怜音は机に頭を突っ伏している。あれでほんとに助ける気があるんだろうか。でも、まずは声を出すしかない。
「わ、わたしの名前は、とみた…りつです…。中学は…」
どうしよう。いうしかないのか。でも…。私も逃げてばかりはいられないんだ。いわないと。
「中学は…」
と、言いかけた時だった。
「みっちー!いつまで寝てるのさ、そろそろ起きてよ」
生徒の視線が一気にその声の主の方に向く。
その声はさっきまで机に突っ伏していた怜音だった。私が下を向いてる間に、教壇で腕を立てて寝てる先生の近くにいた。そして、私と目が合った時、口元をニヤッとさせ、先生の腕をずらした。ガタンと大きな音を立て、道の頭が机に倒れる。その瞬間、
「いってぇぇぇぇぇぇな!」
と道の大きな怒号が教室に響き渡った。怜音はすぐさま自分の席に戻った。
響き渡る中、後ろで神楽耶が今だよと呟いた。
私はよろしくおねがいしますと一言だけ言って、そそくさと座席に着いた。
道が不機嫌な顔で席を立ち、周りを見回した。
「おい、誰だ今。俺の眠りを妨げたのは誰だ!」
みんなはゲラゲラと道の様子を見て笑っていた。余程勢いよくぶつかったのか、おでこが赤くなっていたからだろう。
藍原もみんなと同じようにゲラゲラと笑いながら、
「先生が起きなかったのが悪いんじゃん~」
と、言った。
「藍原お前か…」
「先生まだ終わってないんで静かにしてくださ~い」
道はクソっと呟き、おとなしく椅子に座った。
後ろでガタッと椅子から立つ音が聞こえる。
そういえば次は奈良さんの番だっけ。
「えー、うちの名前は奈良神楽耶といいますー。中学は藍原君と同じ青羽です~。趣味は音楽と映画を見ることです。あと、数学とか科学得意なのでわかんないことあったら聞いてくださ~い。一年間よろしゅう」
さっき終わったと思ったざわめきが、また再び膨らんでゆく。青羽ってこともあるだろうが、彼女が関西人だからかもしれない。
私は確認したいことがあり、後ろを振り向く。
「奈良さん、怜音と同じだったんだ。だから、さっき大丈夫っていったの?」
「うち、実は凛月ちゃんのこと知ってたんや。でも、藍原っちに言われたから仲良くしようとしたわけじゃないんよ?私が仲良くしたいなって思ったんよ」
「そう…なんだ。でもなんで…?私さっきも言ったけど、しゅ、しゅみもないし、面白いこと言えないし、良いところなんて…。」
凛月が不安そうな表情を浮かべると、神楽耶は凛月の肩に優しく自分の手を添えた。
「ええねん。別に面白くなくたって、たくさん趣味がなくたって。その素直で落ち着いてるところが私はいいなと思ったんよ」
「奈良さんって…不思議な人ね…」
「そうなんかなあ~」
奈良さんはてへへと照れ笑いをしていた。
長い自己紹介が終わり、今日はこれで下校ということになった。帰りのホームルームが終わった後、すぐさま怜音の周りには、陽キャみたいなイケイケ女子が集まった。怜音は次々に飛び交う質問に、笑顔を崩すことなく相手をしていた。
神楽耶は、怜音を羨ましそうな目で眺めていた。
「にしてもあれやな~、やっぱ藍原っちは高校でも人気者やね~。」
「中学のときも?」
「おん、顔が整っとったから、人気やったよ~。やて、中学ん時は荒れとったかいな。今はたぶんやで隠したはるやけやと思う。」
凛月は方言で途中わからなくなったのか、真顔でぽかんと神楽耶をガン見していた。
そのようすに神楽耶は、はっと何かを察し慌てていた。
「ってごめんね、方言のまま話しとった…中学ん時もやっちゃってまーりに迷惑かけてしもたんよ」
そういって神楽耶は、恥ずかしさをごまかすようにハハッと笑った。
その様子に凛月もなんて返せばいいか戸惑っていた。
どうすればいいんだろう。私がうまく返答できなかったから逆に困らせてしまった。別に奈良さんの話し方は嫌いじゃないし、私はそこまで困ってない。それに、怜音以外で同い年の人と長く話すのは数年ぶりだからなんか新鮮に感じる。
「大丈夫だよ。私は楽しいから。」
凛月がそういうと神楽耶は珍しいものを見るような目で首を傾げた。
多分不思議に思うのは、私が笑顔を作れず無表情で言ったからだと思う。
「そうなん?凛月ちゃんは変わった子ねんな~。あっ、もちろん良い意味で!」
荷物を詰めながら怜音の方を見ると、まだ長くかかりそうだった。怜音も凛月のことをちらちら見ているようだが、あの様子では凛月がこの場を去っても、すぐには来れないだろう。このままずっと待ってるわけにもいかないが、怜音がいないと道がわからず、凛月は帰るわけにもいかなかった。凛月は神楽耶が帰る様子がないのを見て、
「奈良さんは…まだ帰らないの?」
と、聞いた。
「おん、うちはまだ残ってるよ。ちょい、藍原っちにゆーことがあって」
2人が話すのを邪魔するわけにもいかないと思った凛月は、先に昇降口で降りて待っていようと考えた。
「そっか、じゃあ、私、昇降口にいるから、そこにいるって言っておいてもらってもいいかな」
「おっけー!言っとくわ。ほな、凛月ちゃんまたね~。」
凛月は「またあした」といって、ずっしりとしたスクールバックを肩にかけた。
入り口で振り返ったとき、神楽耶が元気よく手を振ってきたが、凛月は小さく控えめに手を振り返した。
二階へ続く階段を下りると、降りた正面に窓が付いていて、グラウンド側が少し見えるようになっていた。凛月は何かに引き寄せられるように窓に近づいて行った。
窓は高校では珍しい上げ下げ窓になっており、些か埃が溜まっているのか開けずらい。窓を開けると、綺麗に整地されたグラウンドと、満開の桜がグラウンドを囲うように咲いていた。
凛月にとっての桜は、呪いのようなものだった。桜を見るたび、嫌な思い出と幸せだったころの思い出がごっちゃになって、気持ち悪くなる。それでも見てしまうのは、桜がどうしようもなく自分が愛してやまないものだったからだろう。
凛月は駆け足で、階段を下りて行った。無心で、本能のまま身体を走らせた。教科書の重さなんか気にもしないほどに、何かを求めていた。疲れや痛みも感じないほどに。
気づいた時には、もう桜の木の前にいた。
どうしても見たかったわけじゃない、むしろ見ない方がいいのは薄々わかっていたはずなんだ。そう思いながら、スクールバックから一枚の写真を出す。それには幼いころの自分と両親が桜の木の下で写ってる写真だった。あの日もこんな満開の桜だった。このころの自分は白い歯をみせて笑っていたっけ。
もうあれから約10年だった。怜音や院長の紗代さんには、いつまでも責任を感じてないで前に進んだ方がいいとか、あれはあなたのせいじゃないって言われたけど、私はまだ前に進めない。自分でもわかってる。あれはまだ小さい私には、とても判断できる状況じゃなかったことぐらい。でも、そう割り切らなければ前に進めない自分が、得体のしれない何かに怯えてる自分が、悔しい。
写真に綺麗に散った桜の花びらと、ぽたぽたと大粒の水滴が垂れる。
口元にきたその水滴は、懐かしい塩っ辛い味がした。
その凛月の様子を見ていた一人の少年の目には、世界が止まったかのように見えた。そして、少年は桜を見つめる彼女の顔を見ながら、静かにその場に佇んでいた。
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