エステティシャン早苗

MIKAN🍊

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22.困惑

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若木家の地下駐車場。若木猛の愛車ポルシェ911の近く。
男と女のくぐもった声がする。
どうやら押し問答を繰り返しているようだ。
「どうして、何故、来てくれなかったんですか」
「無理な事言わないで。早苗がこんな時に」
「私はずっと待っていたんですよ」
「それはごめんなさい。だけどあなたも私の話しを聞いてくれなかった」
「どんな話しですか!」
若木家の運転手、飛鳥乙芽は詰め寄った。
「痛いわ。強くしないで」
若木芙美子は困惑していた。
乙芽の事は好きだ。乙芽との関係は芙美子のそれまでの退屈な人生に彩りを添えた。
困ったのは乙芽の生真面目さだ。乙芽の若さといってもいい。
乙芽はまだ未婚の30代。あどけなさの残る顔も魅力の一つだったのだが。

「奥様。いや、芙美子さん。私と二人で何処かで暮らしましょう」
乙芽がこんな事を言い出したのはつい最近の事だ。
先日も芙美子の部屋で二人の秘密の時間を愉しんだ後「今夜待っています」。そんな事を言い始めた。
その時は生返事をして引き取らせたのだが、乙芽は一睡もせず待ち合わせの場所で一夜を明かしたのだという。

「何処でもいい。あなたと二人で暮らせる所なら」
「嬉しいけれどそれは無理よ」
「だからどうして何ですか。お金ですか?お金なんて無くても愛があればいいとあなたは言ったじゃないですか」
「もちろん愛はお金では買えないわ」
「旦那様をまだ愛してるのですか?」
「それはないわ」
「こんな高級車を買って乗りもしないのに。豪邸に住んで娘みたいな若い女を次から次に連れ込んで。それもあなたが在宅してるのに、あんまりだ。おまけに最近じゃオカマにまで入れ込んでる。奥様の幸せなんてあいつはこれっぽっちも考えちゃいないんだ」
「乙芽。困った人ね…」

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