夜伽話 【ぼくのために寝取られる愛しい君】

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第六夜 あなたの心を覗きたい。門倉医師の治療 一回目

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 そのクリニックはあの「文化住宅」やバーのある街とは全く別の、オフィス街に隣接した住宅地の中にあるマンションにあった。

 譲治はそのマンションのエントランスに「門倉メンタルクリニック。院長 門倉文雄」の名前を見つけて安堵した。

 彼の傍らには、春色のワンピースにレースの小さなジャケットを着た紗和がいた。

「受付は二階らしい」

 と譲治は言った。紗和は緊張した面持ちで、頷いた。

 マンションの一室とはいっても、医院の入り口は透明で解放感があった。白衣ではない、洗練されたスーツを着た落ち着いた中年の女性の受付も気に入った。

「こんにちは」

「あの、二時の予約で・・・」

「浅香様ですね。初診になりますので保険証をお願いします」

 本当に正式な病院であることに軽く、驚いた。あんな「道楽」をしている先生だから、しかもそれにつき合ってしまった後だから、なおさらそう感じるのかもしれなかった。


 

 事前の「問診」にあたるメールに、書けるだけのことは書いた。

 紗和と結婚して三年になる。当時上司だった峰岸という男の紹介で出会い、半年ほど付き合って式を挙げた。その上司は間もなく出向し妻と子を伴いフランクフルトへ行ってしまった。

 式から数か月して紗和の妊娠がわかり、昨年長女を出産したが、その子はたった数日しか生きることができなかった。譲治の最初の子はNICUの保育器の中で短すぎる一生を終えた。

 それでも子供をあきらめきれなかった。ところが今度はなかなか妊娠の兆候が来なかった。それで通い始めた不妊治療の病院で検査を受けた。原因は紗和にはなく、譲治にあった。通常は精液1ミリリットルあたり四千万から五千万ある精子の数が極端に少なく、最低ラインとされる千五百万に満たなかった。「乏精子症(ぼうせいししょう)」と診断を受けた。

「不可能ではありませんが、治療が必要なレベルです」と、言われた。

 紗和との夫婦生活に影が差し始めたのは、それからのことだった。


 

 受付を済ませると待合室に案内された。待合室は個室で、受付に人がいても会わずに診察室に行けるような、プライバシーに配慮した工夫がされていた。しかも、診察室は別のフロアにあるという。そこまでの見取り図まで渡された。

 待合室で、紗和とは会話がなかった。

 ここに来るまでの間にここ最近では一番話し合ったから、その反動かも知れなかった。

「どうしてあなたの診察にわたしがついてゆくの」

 拒絶ではなかったが、夫の夫と一緒に自分まで診察を受けるというのが腑に落ちないという。それは当然かも知れないと譲治も思った。

「きみの疑問はわかる。僕もそう思う。その点は先生にも質した。そしたら、奥さんに円滑に協力してもらうための予備的なものだと言うんだ」

 もちろん、紗和にはあのSDカードの動画は見せてはいなかった。

 紗和は、不承不承という体で同行して来た。

 先生の返信にはこうあった。

「あのプレイのことはもちろん、このメールも奥様には内密にしてください。あなたがこのクリニックを知ったのは同僚の方の紹介、ということにしてください」

 譲治の順番が来た。フロアを上がり診察室兼処置室のドアを開け、さらにいくつかあるドアの一つが開いていてそこにスーツ姿の先生が立っていた。

「浅香様。お待たせいたしました。どうぞ、お入りください」

 先生に促され、その重厚なダークブラウンの壁材をふんだんに使った部屋に通された。日頃コンクリートや石膏ボードに貼られたクロスしか見慣れない目にはそこにいるだけで自分が格調高い人間になれるかのように錯覚できる部屋、とでも言おうか。

 精神科の分析のシーンに出てくるような、大人一人が十分に眠ることさえできそうなリクライニングとそれに斜置かれた一人用のソファー。そして壁際にも三人掛けのソファーが置かれていた。他にはオーディオセットが静かな弦楽四重奏を奏でている、そんな部屋だった。

 譲治がリクライニングのそばに立つと、

「浅香様はそのソファーにおかけ下さい。奥様、こちらにどうぞ」

 戸惑いはもちろん、譲治よりも紗和の方が大きかった。これでは「夫の治療に付き添って来た妻」ではなく、「夫に付き添われて治療に来た妻」になってしまう。

 それでも事前に譲治に説明を受けていたから、内心の不安と疑問を抑えながら紗和はリクライニングに座った。

 ドアがノックされた。

 受付の女性がカップを二つ、トレーに捧げて入って来た。

「奥様にはこちらを。普通のホットショコラです。リラックス出来ますよ」

 もう一つは先生のものだった。

「ご主人は治療の間、隣の部屋でお待ちください。コーヒーでも紅茶でも、アルコールでもお好きなものを召上がって下さい」

 トレーを持った女性がドアに侍立して譲治の退出を待っていた。紗和の座ったリクライニングは早くも倒され、そこに寝そべるようにかけた患者を治療する態勢に移りつつあった。どうやら譲治がこの部屋を出るのを待っているらしい。不安げに彼を見上げる妻が気がかりだったが、何度も考えた末のことだと、思い切って部屋を出た。

「では先生。よろしくお願いします」

 ドアが閉まった。締まり切る直前まで、妻の、紗和の眼差しが譲治の目を射ていた。

 受付の女性が隣の部屋のドアを開けてくれた。

「診察と治療は三十分ほどで終わります。それまでどうぞお寛ぎください」

 そう言って、出て行った。

 隣の診察室と全く同じ重厚な内装。そこに三人掛けのソファーがあり、オーディオセットとがあるのまでは同じだったが、それ以外は違った。先生が言ったようにウィスキーやブランデーを並べたキャビネットがあり、その上にコーヒーサーバーと白磁のポットがあるほかは何もない部屋だった。BGMもない。

 試みに壁に耳を近づけてみたが、何も聞こえなかった。

 諦めてソファーに座ると、急に不安と後悔が押し寄せて来た。

 

 先生と出会った経緯。それにあのバーのキョーコとのプレイ。そして彼女の夫という男との話。それらを知った後でそれらの中心にいる先生に妻を委ねれば、妻もまたキョーコのように、性奴隷のような境遇にされてしまうのではないか・・・。

 そんなことはもちろん、ここに来るのを決断するまでに何度も考えた。

 譲治は妻を、紗和を愛していた。出会ってから今まで、その気持ちはいささかも揺らいではいなかった。むしろ、愛する妻に幸せな時間を与えられていないことに狂おしいほどの苦痛を感じているほどなのだ。

 そんな折に先生と出会った。そして、狂乱のプレイで悶えまくり悦びの声を上げ続けたキョーコのあの、夫に抱かれて法悦にも似た幸せに包まれた表情(かお)を見た。

 この先に何が待っているのかわからない。だが、ドアを開けなければそれは未来永劫わからない。そして、そこには結婚して以来付きまとっていた、ある疑念への答えが明かされるのではないかという期待があった。その疑念が払われた後に何が待っているのかへの怖れも。

「あなたのメールを読んで確信しましたが、鍵を握るのは奥さんだと思います。最初の診察でそれは明らかになるでしょう」

 怖れと不安はある。だがその一歩を踏み出さねば、背後から迫りくる破局を待つだけなのだ。それだけは、受け入れられなかった。

 だから、決断した。だから紗和を説得し、ここへ来たのだ。

 譲治は部屋の中を歩き回ったり座ったりを繰り返しながら、ただひたすらドアが開くのを待った。

 そして、ドアは開いた。

「診察は終わりました」

 と先生は言った。

 譲治が診察室に入った。入れ替わりに今まで彼がいた部屋に下がる紗和とすれ違った。目を合わせたが、彼女は何も言わずただ黙って微笑んだ。いつもと違う、なにか、ある覚悟を内に秘めたような目をしていた。清楚で大人しい控えめなところが気に入って好きになった妻だったが、こんな紗和を初めて見るような気がした。

「おかけください」

 と先生は言った。

「診察の内容は、奥様から直接お聞きください。必ずあなたに今日の内容を全て伝えるようにと、実は強い暗示をかけたのです。

 奥様からはいくつかの記憶を聞くことができました。すでにあなたに話している事実もあればそうでないものもありました。それも全て、奥様からお聞きください。それを奥様から聞くことが、あなたの治療になります。言わば、私の代理として、奥様があなたを治療するのです。

 この治療は数回行います。それを継続するかどうかは、あなたがご判断下さい。ただし、」

 先生は譲治をしっかりと見据えて言った。

「次回からは、奥様お一人でいらっしゃるのです。それが治療を継続する、条件です」


 

 久しぶりの外出だからちょっとお高めのレストランでも行こうかと誘ったが、ファストフードでホットサンドでも買って帰りましょうと言われた。どうせ感染予防やなんやかやでムード台無しになるし、と。

 来る時と同様に紗和は無口だったが、その沈黙の「色」が違うような気がした。来るときはどこかに不安気な色を纏っていたのが、今はそれがなく、代わりにどこか吹っ切れたような、落ち着いた風情を漂わせて電車の窓の夕暮れを見つめているのが印象的だった。

 家に帰ると、紗和はすぐに食事にしようといい、譲治が食卓に着く前に買って来たファストフードをそそくさあらかた食べてしまい、シャワーを浴びにバスルームに消えた。

「シャワーを浴びたら寝室に来て」

 そう言い残して。

 何かが違う。うまくは説明できないが、何かが変わった。

 そんな奇妙な感覚を覚えつつ、シャワーを浴びて妻の待つ寝室へ向かった。

 寝室は暗かった。例のフットライトだげが灯る部屋。梅雨の季節を目前にして、このところ連日夏日を迎えている。上掛けは薄いタオルケットだけにしていた。そのベッドの上は人型に盛り上がっていた。上掛けの下に、紗和がすでにベッドに入っていた。

「あなた・・・。全部脱いで、・・・来て」

 妻の、紗和のこんな艶めかしい声を聴いたのは結婚して以来初めてかもしれない。

「ねえ・・・、早く。早く、来て・・・」

 パジャマと下着をかなぐり捨て、譲治は妻の隣に潜り込んだ。

 不思議なことに、それまで妻のそばで勃起しなかったものが硬さを帯びてくるのを感じた。

 紗和も裸だった。下着すら着けていなかった。そんなことも初めてのことだった。それにいつも冷たかった妻の肌が異様に熱く燃えていた。その熱い紗和の肌が譲治に寄り添い、絡み、抱きついて来た。耳に唇を寄せ、耳たぶを甘噛みし、熱い吐息を耳の穴の中に吹き込むように、紗和は囁いた。

「先生から、今日の診察のことをあなたに報告するように、言われたの。それがあなたを治す。救うことになる、って・・・」

「・・・うん」

「でも、最初に言っておきたいの」

 紗和の指が譲治の肌を這う。彼女のきめ細かな肌の太腿が彼の力を漲らせつつある男根に触れ、腿とふくらはぎの間にそれを挟もうとする。妻のそんな性技も、初めて受ける。

「もしかすると、それを聞いたあなたは、わたしをキライになってしまうかも。わたしを妻として認められなくなってしまうかも。こんな女なんて、って、あなたに、捨てられるかも。そんなのは、イヤ。先生にもそう言ったの。

 でも、話さなければ、あなたが壊れてしまう。このままでは、あなたを失ってしまうかも、って。・・・そう言われたの」

 妻が、何を言おうとしているか。譲治にはなんとなくわかるような気がした。

 結婚してから幾度となく彼を苦しめたその疑問。訊きたいけれど今まで訊くことができなかった、その疑問への答えが、彼の耳を愛撫する彼女の唇から迸ろうとしていた。緊張している自分がいる。その緊張にも拘わらず、彼の男根はこれまでにないほどいきり立ち、亀頭に奔流のようにドクドクと流れ込む血液のせいで粘膜を張り裂いてしまいそうなほどに膨張させていた。

「だから、言います。あなたを失うよりも、あなたが壊れてしまう方が、イヤだから。言います」

 紗和はその熱い唇を彼に寄せた。譲治はそれに応えた。激しく唇を吸いあい、舌を絡めて唾液を吸いあった。今まで、こんなに淫らなキスを交わしたことは一度もなかった。

 紗和は唇を離し、再び彼の耳の中に、囁いた。

「わたしにあなたを紹介してくれた、峰岸。わたしは、彼と付き合っていたの。

 初めてを捧げたのも、彼。初めて女の悦びを教えてくれたのも、彼。

 わたしは、彼の、人形だった。

 わたしは、彼の、淫らな奴隷だったの」

 譲治はその巨大な衝撃の中で、盛大に射精した。

 
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