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第十八夜 あなたにひれ伏したい

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 次の日の午前中、朝一番の予約がキャンセルになったと聞き、まだ眠っている紗和をそのままに先生のクリニックへ行った。

 さすがに脚が重かった。

 当たり前だ。先生は普通の医師ではない。自分の治療のためとはいえ最愛の妻を縛って犯した男だ。しかも自分は、それに怒るどころか承知の上で妻を送り出したのだ。同意書も書いた。病気や検診で病院を訪れる人は多いが、譲治のような心境で赴く人はまず、いないだろう。

「こんにちは。どうぞ」

 先生は始めてあのバーで会った時と同じ、変わらないスーツ姿でにこやかに立っていた。その妻を言わば「寝取った」当事者、その旦那を前にして悪びれるでもなくバツ悪く照れ笑いをするでもなく、淡々とビジネスライクに椅子を勧め、

「いかがですか」

 と言いながら淡々と譲治の日々の健康状態、睡眠や食事、身体の好不調の問診を続けていった。何故か妻の話題は出なかった。先生は紗和とLINEでやり取りしているし、昨日も直に会っている。しかも、会っただけではない・・・。激しく抱き、犯しているのだ。

 しかし、そんな譲治の心境などお構いなく、聴診器を取り出してかけ、ジャケットを脱いでください、と言った。

「先生は内診もするんですか」

 ハイ。と先生は言った。

 医者ですから。

 シャツの中に聴診器を入れて心音を聞く彼の表情(かお)にそんな言葉が出ていた。

 聴診器の次は時計を見ながら譲治の手首を抑えしばらく黙った。まったくもって、いつも通りの先生。どこにも変化は見受けられなかった。

「精神科医でも聴診器も使いますしこうして脈もとります。心と身体は密接につながっています。施術中に過去を思い出して気分を悪くする患者さんもいますのでね」

 この先生の逸物が愛する妻の、紗和の身体を、貫いた。この男が紗和を、犯した。しかも、縛って、淫靡なオモチャでイタズラし、強引に紗和の口を蹂躙し、あんなイヤらしい褌まで着けさせて・・・。

 そんなことを考えはじめると少し動揺し動悸がした。

 すべては譲治が望んだことだ。愛する妻の中に這入りたい。妻を悦ばせたい。妻の中に射精し、再び不妊の治療をし、もう一度子供を・・・。そのためには先生の施術が必要なのだ。効果も出ている。妻に対して昂奮も勃起も全く出来なかったのが、挿入を除いては勃起も射精も出来るようになった。紗和も、抱えていたものが吹っ切れたように、次第に健康になっているように思う。

「・・・ふむ」

 先生はもう一度譲治の顔をじいーっと覗き込むように見つめた。

「一度内科の診察を受けて下さい。紹介状を書きます」

 と言った。

「どこか、異常でも・・・」

「大したことはないと思いますが、念のためです。この治療では少しあなたの身体、特に循環器系に負担をかけますからね。あなたの身体の健康が第一です。それが担保されてから施術を続けましょう。内科の診断が出るまで少し施術はブレイクしましょう」

「あの・・・」

「どうしました? なにか、ご心配な点でも」

「・・・いえ、特にありません。ありがとうございました」

 先生は椅子を立って譲治をドアまで促してくれた。

「帰りに受付で紹介状を受け取って下さい。お大事に」

 言い出しかけたのは、奴隷の件だ。先生は本気でお考えなのですか。わたしの妻、紗和をご所望なのですか・・・。

 しかし、穏やかな笑顔を浮かべている先生にはとても言えなかった。

 受付で会計を済ませ、紹介状を貰った。その場で初診の予約までしてくれてさっそく明日にも診察を受けることになった。


 

 家に戻る前にレンタルDVDの店に行き、アダルトコーナーで散々に迷い、ある一枚を選び、スーパーで食材を仕入れて家に向かった。

 紗和はまだ眠っていた。

 そういうところも変わったような気がする。ちょっと前までの彼女は譲治より先に寝なかったし、彼よりも先に目を覚ましていた。夜中に譲治が目を覚ますと必ず起きた。眠りが浅いのだろうと。

 今思えば、彼女は常に何かを恐れ、警戒していたような気さえする。それが、なくなったのだ。ダレたのではない。彼女は、妻は、紗和は見違えるように、自然になった。

 それに、昨日はよほど疲れたのだろう。先生に散々に責められイカされただけでなく、譲治のペッティングとクンニリングスによってではあったが、何度も絶頂して疲れ切って寝入ったのだから。

 リモートと言っても紗和の勤める事務所は小さなものなので特に就業中のチェックもない。与えられたノルマさえこなして成果をメールで送ってしまえば極端な話、昼間ずっと寝ていてもいいのだ。暗い寝室のベッドの中で、幸せそうな寝顔を浮かべて熟睡している妻を起こさないように、そっと上掛けを直してやった。

 ブランチどころかランチも過ぎて早めの夕食にしてしまおうとキッチンに立った。朝も昼も抜いてしまったから少しヘヴィーなものでもいいかとシチューを作り、鯛の安いのが売っていたのでカルパッチョを作り、そこは手抜きしてレトルトのマツタケ風味の炊き込みご飯を仕込んで炊飯器のスイッチを入れたところで、

「おはよう、あなた。・・・わたし、お腹空いた」

 丸っきりのすっぴんだが、どこかアンニュイな陰りとナイトガウンを羽織った紗和が起きて来た。素顔の紗和はどことなくあどけなくて、可愛かった。お腹が空いた、と起きて来たのも結婚してから初めてのことだった。なんだかとても新鮮に感じた。

 ダイニングテーブルに両肘を突き、頬杖した紗和が小首をかしげてカウンターの中にいる譲治を見つめている。

 うふ。

 あの、蠱惑な瞳を譲治に投げかけながら。紗和はエロティックな雰囲気を醸し出すのにすっかり慣れてしまったような気がした。

 コーヒーを出してやった。

「ありがとう。・・・ん、美味しい・・・」

「よく寝たね」

「う~ん、こんなに寝たの久しぶり~。とってもスッキリしてる~。ねえ、あなたも座って」

「でも、いま煮込んでるし・・・」

「いいから、早く~ぅ・・・」

 美しく聡明な点は変わらない。だが清楚が消えて、より魅力的で、エロティックで、コケティッシュで、ところによって小悪魔的な、紗和はそんな女に変わったような気がする。

 清楚で聡明な美しい妻。ずっとそんなところに惹かれたと思っていた。思い込んでいた。だがそれは違った。

 元々の紗和に還ったのだ。最初に出会ったときに気づいていて、でも、その後の美しく聡明で清楚な妻に慣れてしまっていた。そして今、紗和は本当の彼女に還ったようだ。

 今の方が、ずっといい。今のこの妻が、紗和が、譲治が最初に惚れた妻だった。

 ようやくそれを再発見できた。今、譲治にはその喜びがある。

 紗和の向かいに座った。その蠱惑的な瞳に捕捉される。捕まったら最後もう逃れることはできない。そんな瞳。紗和のお気に入りの、大ぶりの素焼きのコーヒーカップがトンと置かれ、彼女の美しい手がテーブルを超えて譲治の手を掴む。譲治は完全に、拘束された。

 テーブルの下で、すぐに紗和の足が攻撃を開始する。

 彼女の素足が譲治の脚を捉え、巧みに脛を愛撫しスリッパが取り去られ、器用にも靴下がスルスルと下ろされて片方、もう片方と脱がされてしまった。

 その間、蠱惑の瞳と手は、ずっと譲治を見つめ、両手を握って離さない。その唇は薄く隙間を開け、舌がちろ、ちろと見え隠れしてる。まるで手のように器用な足が譲治の脚を愛撫するのを、全く別の他人がしていることのように、どこ吹く風とでもいうように・・・。

「・・・どうしたの・・・」

 紗和がうそぶく。

 何も答えられない。次に何が起こるのか、何をされるのか、それを待っているだけだから。それを、何が起こるか、何をしてくるのか、知っているのは紗和だけだから。

 完全に、受け身になっている自分。喉はカラカラになり、冷蔵庫の中の冷たいビールの缶をプシュッとやりたい気持ちになる。レンジの上で煮込んでいる鍋がグツグツを通り越してジュワー、と噴きこぼれている。

「・・・噴いてるよ」

「いいじゃない・・・」

 以前なら真っ先にそれに気づき火を止めるためにパタパタしていた妻。それが・・・。

 紗和の素足が片方の足を捉え、足の指同士が艶めかしくからまり、もう片方の足が脛を上下していた。

「・・・あのね」

「なあに」

「今日、先生の、診察に行ってね、」

「・・・うん」

「しばらく、ブレイクしましょう、ってさ」

「・・・ブレイク?」

 もう片方の足も指を絡められた。両足の指、両手、そして、双眸。両の眼。全てで拘束されて、まるで、これから犯されるんじゃないかというような気分になる。

 鍋はさらに勢いを増し、間断なくジュワー、シャー、を繰り返していた。

「しばらく、施術は、お休みだって・・・。明日先生に紹介されたクリニックに行ってくる。そこで診察を受けて、その先生からOKが出たら、再開するって」

「そう・・・」

 紗和は一瞬だけ少しがっかりしたような色を見せたが、すぐに妖艶な笑みを浮かべた。

「じゃあ・・・、そのあいだは、二人で楽しみましょうよ」

 紗和の足が譲治の膝を押し開き、バミューダショーツの内股を伝って股間に届いた。

「ね?」

 譲治のモノは紗和の巧みな足指の刺激でムクムクと大きくなっていった。

 紗和の食欲は相変わらず旺盛なものだった。ビーフシチューとなんちゃってマツタケご飯をそれぞれお代わりして平らげてしまった。

「だんな様に作ってもらうご飯美味しいーっ! ちょっと食べ過ぎちゃったあ・・・。げふっ!」

 譲治は妻がげっぷをするのを初めて見た。ぽかんとしている譲治を、満腹のお腹を擦りながら妻は楽しそうに眺めた。

 食事の後で紗和を寝室に誘った。

 まだ濃密な妻の匂いが篭るベッドに紗和を座らせた。借りて来たDVDを壁際のAVセットに仕掛けた。リモコンを持って紗和の隣に座った。そして、妻の手を握った。

 DVDは、いわゆるSMモノで、その題名もズバリ『奴隷契約書』という。

 動画が始まると、いきなり画面に床に額を押し付けたセクシー女優の横顔がクローズアップで現れた。やがて彼女は顔を上げる。今度はその顔が正面からクローズアップになった。

「ご主人様。わたし、マユミは今日からご主人様の奴隷として、人間としての権利・自由を一切放棄し、ご主人様の所有物として、ご主人様に肉体・精神的に生涯奉仕し仕えることを誓います」

 そのセリフが彼女の口から流れ出るや、画面はゆっくりと引いてゆき、次第に彼女の首や裸の肩が露になってゆく。それがバストサイズ、つまり胸まで映る大きさになると、彼女が素裸で首には赤い首輪を着けていることがわかる。

「ご主人様の命令には、絶対服従し絶対に背きません。ご奉仕の命令をいただきましたら、足指の先から肛門、お身体全てくまなく舌を這わせた上でオチンポを口に含み、何時間でもご奉仕いたします」

 セリフが終わるのと、ズームダウンが終わるのとが同時だった。彼女は全裸で暗い部屋の真ん中に正座しスポットライトを浴びていた。長い黒髪をキリリと結い上げ、切れ長の目に濃いシャドウを入れていた。

 その彼女の目の前に、男の足が突き出された。セリフはない。それならやってもらおうか。そんなセリフを、その動画を観る者の多くに想像させるような演出だった。

 紗和はその動画を身じろぎもせずに凝視していた。譲治の手を握った指に力が込められた。譲治もまた、妻の小さな柔らかい手を握り返した。

 マユミという女は舌を出して突き出された足をその裏から指の一本一本に至るまですべて舐めつくし、反対の足も同じように舐め終えた。それから甲やくるぶしを舐め、徐々に舐め上がってゆき、男の股間に近づいてゆく。

 男もまた全裸で、モザイク処理された股間のだらりと垂れ下がったモノが異常に大きく見えた。そのままフェラチオに及ぶかと思いきや、男はくるりと身をひるがえし、マユミに尻を突き出した。画面の外から、舐めろ、と野太い声がかかった。マユミは躊躇なく男の尻の谷間に顔を突っ込んでいった。モザイクでわからないが女の長い舌が男の尻の穴に唾液を塗し、そこを洗い清めた唾液を再び飲み込み飲み下しているのであろうことは聞こえてくるぴちゃぴちゃという水音と、喉の動きと嚥下する、ごく、ごく、という喉の音で推察できる。それはまことに淫靡というしかない光景だった。

 紗和の手が譲治の手を取り、彼女の股間に導いた。ナイトガウンの下には何も着けていなかった。その突起は固く尖り、その園は潤ってすんなりと譲治の指を迎え入れた。

「あ・・・、ふ・・・、ん・・・」

 彼を見上げる紗和の瞳にせつなげな色が浮かんでいた。譲治は紗和の唇を吸った。先刻のランチとディナーを兼ねたシチューの香りと紗和の吐息の味がした。舌が這入りこんできて譲治のそれを探し、譲治もまたそれを吸いそれを絡め、唾液を啜りあった。股間がまたしても潤いを増すのを感じる一方、もう片方の手が豊かな胸に誘われ、それを弄んだ。夫に身体を弄らせておいて、紗和は譲治の首に抱きついた。

「わたしにも命令して。こんふうに、奉仕しろって。わたしを虐めて。そして、犯して・・・」

 そう、譲治の耳に吹き込んだ。

 譲治はそれに答えた。

「紗和、ごめんね。やっぱり、ぼくには出来ないよ。きみに、紗和に、こんなことはさせられないし、虐めたくない。ぼくは、きみを、愛してるんだ・・・」

 そう言って逆に妻を押し倒し、その濡れそぼった叢の下の、とめどなく愛液を流し続ける淫裂に顔を埋め、舌を伸ばし、襞と陰核とを舐り始めた。

「ごめんね、紗和。ぼくには、できないよ・・・。ぼくはきみを愛したいんだ」

「あなた・・・」

 紗和の股間から立ち上る濃い女の匂いに酔いながら、吐息を漏らす妻の顔を見上げた。


 
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