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08 特訓
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「空挺部隊の制服に着替えて小屋の間に集合せよ」
いつの間にか小屋の前にトラックが停まっていた。そこから軍曹や兵たちの手で空挺部隊専用の軍服一式が運び込まれた。
軍用サンダルの代わりに革製の長靴。カーキ色のテュニカの代わりにダブダブの長袖長ズボン。そしてジッパー付きのジャケット、そのすべてがカーキ色に統一されていた。
どうやら士官たちの中で女性はヤヨイだけらしかった。でも、気にしなかった。最初の配属先だった第十三軍団の偵察部隊では男女同じのテントで寝泊まりしたし、宿営地の傍の川で身体を洗った。それに比べれば何のことはない。さっさとテュニカを脱ぎ、アンダーガーメントと軍用ショーツだけになるとその長袖長ズボンを身に着け始めた。むしろ、周囲の男どものほうがドギマギぎこちなかった。
結果的にヤヨイが最も早く着替え終わり、小屋の外に出た。
外では曹長軍曹たちが小屋の屋根に梯子をかけて屋根の上に登ろうとしていた。それをグールド大佐が離れたところから腕組みして見ていた。
屋根に上った軍曹が下に向かって声を張り上げた。
「では今から五点着地を実演します。これがダイブして着地する際の基本となります。よく見ていてください」
そういうと軍曹はパッと身を躍らせて屋根から飛び降り、両脚を揃えて地面に着地するやクルッと膝を曲げて尻もちを着きゴロンと後ろに転がって丸めた背中を肩をついて立ち上がった。
「わかりましたか? 足、尻、腰、背中、肩。着地の衝撃を五点に分散させることにより和らげるのです。実際のパラシュート降下による衝撃は約4~5メートルぐらいの高さから飛び降りるくらいあります。体重の数倍の衝撃がかかります。脚だけで着地しようとすると確実に脚を骨折して股関節を痛め、そのまま使い物にならなくなり、寝たきりになります。そうならないように、この着地法を完全にマスターしてください。
この屋根からの飛び降りができたら、あの崖からの飛び降り。それが出来たら、アレです」
軍曹の指す指の彼方にあの切り立った山が聳え、今しもいくつかのパラシュートが点々と降りて来ていた。
「兵たちはすでにあの段階に入り二週間、長い者は三週間ほど訓練を続けています。
頑張って、習得してください」
「やってもいいですか?」
ヤヨイは真っ先に手を挙げた。
どうぞ、という風に軍曹が梯子を促した。それをスルスル登ると屋根の上に立った。
思い切って飛び降り、着地と共に丸くなって後ろ向きに転がった。痛いことは痛いが、要は慣れだ。と思った。立ち上がると「おおーっ!」という感嘆と拍手が上がったから嬉しかった。遠目でグールド大佐がニヤニヤしていたのが見えた。
「体育」は得意だし、好きだった。
続く四メートルの崖からの着地もクリアし、一番最初に山の上に登った。
途中までは馬で登り、そこから急設された階段でさらに登った。さすがのヤヨイも息が切れそうになったが、このところ身体がナマっていたからいい運動だと思った。
「やはり『ミカサの英雄』は違うな。やるな、キミ」
ヤヨイの下から二三の士官がついてきていた。
「ありがとうございます!」
頂上に上がると鉄骨で櫓が組まれ、そこから崖の上にブームが伸びていた。兵たちはブームの先をめがけて駆け出して行き、次々に岩から飛び降りていった。背負ったパラシュートのフックをブームの溝を走るフックに掛け、飛び降りるとフックの先のベルトが伸びて畳み込んだパラシュートが開く寸法だ。パラシュートが開くとベルトは外れる。崖の際から下を見るとはるか地上までの間の広大な空間に白い花がいくつも咲いて舞い落ちて行くのが見られた。
偵察機の上から見るのとはまるで違う景色に畏れと興奮とが錯綜する。
「下まで約1100メートルほどです。実際の降下高度にほぼ近い高さです」
いつの間にか着地を教えてくれた軍曹が登ってきていた。
一連の兵たちが降下し終わるとブームの先に溜まったベルトが引き戻されて回収される。
櫓の根元に再び準備終わった兵たちが整列し、順にフックを掛けて行く。
「やってみますか?」
軍曹がヘルメットとパラシュートの入った背嚢をくれた。
「ええ。もちろん」
と、ヤヨイは答えた。
「背嚢は両脚の付け根と腹、そして胸にしっかりと固定して下さい。キツ過ぎず、緩すぎずに。空中に躍り出たらすぐにパラシュートが開きます。基本でやった通りに両脚はピッタリ閉じる。いいですね?」
了解の合図、親指を上に上げた。
次の一連の中に入れてもらえた。
「ほぼ一秒おきに間断なくダイブします。タイミングを誤らないように。遅れればそれだけ着地点が離れます。着地したらすぐにパラシュートを掻き集めて上から降りて来るパラシュートに注意して退避してください・・・」
そして、空に向かって飛び出す時が来た。
心臓が高鳴る。
一連の最初の兵が飛び出した。二人目、三人目、四人目、そして、ヤヨイ。
タタタッと勢いで飛び出してしまう。足の下に何もない。自由落下が二三秒、すぐに体重以上の衝撃を感じ、重力が股間と腰とに巻いたベルトにグッとかかる。パラシュートが開いたのだ。両手で二本のベルトを握る。
今、飛んでいる。鳥になっている。
飛行機という機械にも頼らず、自分の身体だけが地表にも何にも支えられずに、空を泳いでいる。飛行機では得られない、風になる感覚。
素晴らしい・・・。
眼下には先に飛び出した同じような白い傘が遠近法で大中小と連なる。そして地平線が丸い。地球は丸いのだ。飛行機から眺めたそれも知っていた。だが、丸裸で感じている空のそれは、まったく違っていた。この大地は全て自分のものだ。
ヤヨイはそれを、実感した。
虚空に半月が浮かんでいた。
出来ることなら、このまま風に乗って月に行ってしまいたい・・・。
ヤヨイが落下傘の特訓を受けているころ、帝国陸軍はその建軍以来となる大移動を開始していた。
東から西へ。北から南まで西へ延びる何本かの街道を六頭の馬に引かれた重砲がゆっくりと、だが確実に、そして何門、何十門という列が地平線まで続いていた。重砲たちは主に北へ。準備会議で決定した、第二軍の最前線へと牽かれ、送られていった。その総数は百門以上になる。過去帝国陸軍が持った最大の破壊力が今、終結しつつあった。
そしてこの重砲に援護されつつ進撃する第二軍の総兵力は約4万。
中央軍には三個軍団2万、そして残る南、第三軍には、すでに配置終わって待機している第二機甲師団に加えて帝都防衛の近衛第一軍団から第一機甲師団が車両を連ねて移動していた。兵員輸送車は街道を。重量のある戦車は鉄道に乗って西を目指した。その機甲部隊の総兵力は戦車60両、偵察車30両、兵員輸送トラック300台、車両牽引可能な50ミリ砲200門という、これまた強大なものだった。
そしてそれらに通常部隊が加わる。
1個旅団約二千五百。この最小戦略単位が基本で、1個師団は2個旅団、1個軍団は2個から3個師団で編成され、第三軍だけで9個師団約三万弱がすでに配置に着いていた。加えて後詰の三個軍団約2万、総計5万の最大兵力。それが今、マルセイユから数百キロの国境線沿いに展開していた
実に西部戦線全体で10万をはるかに超える兵力が、今や遅しと出撃を待っていた。
海軍もまた総力戦の準備を終えつつあった。
軍港ターラントには先のミカサ事件で破損した旗艦ミカサが戦列に復帰し、戦艦四隻に通報艦一隻の第一艦隊、及び重巡洋艦四隻に通報艦一隻の第二艦隊、そして軍港マルセイユには軽巡洋艦一隻に駆逐艦四隻の艦隊が四つ、それぞれ第三、第五、第六、第七艦隊、計三十隻の大艦隊が連合艦隊を編成し、旗艦ミカサに司令長官フレッチャー中将の将旗が掲げられるのを待っていた。加えてキールを含む全ての軍港で海兵隊の選抜部隊の輸送船への乗船が開始され、順次出撃港であるマルセイユに集結するべく港を離れていった。
これらの目標はさきにミカサが遭難したあの海の回廊。南に大きく張り出した半島の先のハイナン諸島の攻略と、島に接続する半島の先、ミカサらに撃破されたチナ水上部隊の根拠地の占領だった。それは第三軍の到着まで続けられ、そのご第三軍の海からの補給を担う補給基地になり、「マーケット・ガーデン」作戦成功後はアルムの漁村を攻略する前進基地ともなるため、海軍用の石炭の集積地になることになっている。
帝国の戦争への準備は着々と進行しつつあった。
2個機甲師団を指揮する機甲部隊司令官、フロックス少将は騎兵だったころの健康的な日焼けが未だ残る精悍で快活な軍人だった。
騎兵部隊出身の彼は、15年前の北の野蛮人相手の侵攻作戦には騎兵大隊を率いて多大な戦果を挙げた。しかし、戦争目的だった敵戦力の壊滅が成らず、敵の根拠地も大部分を焼き討ちしたのみで全軍が元の川の手前まで引き揚げてしまった。彼自身はその戦闘による戦果で昇進したが、戦略的にはあまり成功とはいえない、なんとも歯切れの悪い終わり方になってしまっていた。
その後一度作戦畑に異動したものの、近衛軍団に「機甲師団」が編成されるに伴い、その最初の師団長として赴任し、今、二つの機甲師団を束ねるボスとなって西部戦線に臨んでいた。
第三軍のモンゴメライ大将からは、
「ジェレミー。とにかく、スピードだ。君が勢いよく突っ込めば突っ込むほどチナの崩壊が近づく。スピードの維持が、君の最大の任務だ」
と厳命されていた。
彼の快活な性質は騎兵には向いていた。一撃離脱。恐れを知らずに敵に肉薄し、猛スピードで敵陣を混乱させ、敵に捕捉されることなく風のように去る。それは馬が戦車に代わっても同じように通用するはずだった。ところが、戦車と馬とではいくつかが違った。
それは、例えば燃料だ。
馬は水さえ与えれば、あとは好きなように草を食み、だいたい馬十頭あたり荷馬車一台分の携行飼料があればニ三日ぐらいは持つ。
だが戦車は違う。戦車は、驚くほど燃料であるガソリンを食う。戦車一両が一日走行するとトラック半分のドラム缶を消費する。進めば進むほど燃料の消費は増大し、補給が追いつかなくなる可能性が出てきた。仕方なく、本来は兵員を輸送するはずのトラックの少なくない部分を燃料輸送に振り分けるのだが、それでも作戦の終了まで持つかどうかが危ぶまれる事態となっていた。
そしてさらなる違いが、重さだった。
馬は腹が浸るような川でも渡ることが出来る。だが戦車はダメだった。木造の橋は荷馬車は通れても、戦車は重くて渡れない。だから常に工兵隊を随伴させ折り畳み式の仮設橋を掛けるのだが、仮設工事の間、敵の妨害を受けたらどうするのか、という問題が浮上した。
それでも川幅が狭ければ何とかなる。だが、問題は5つの橋の四番目になるナイグンの街を流れる川と最終目的地のアルムの街を流れる二本の大河だった。
写真偵察によれば、この二本の川にかかる橋はいずれも石橋で、10トン程度の戦車なら持ちそうではあった。だがもし、それが持たなかった場合は、中之島を埋め立てて仮設橋を二重に掛けて渡河するか、大きく街を迂う回して水深の浅い上流を渡るかの二者択一を迫られる。街を迂回すればそれだけ距離が増え、川向うに大部分がある市街攻略がむつかしくなる。
とにかく、事前の正確な情報が不足していたのだ。
第六軍団の司令部にある彼のオフィスのドアがノックされた。
「入れ」
ドアを開けて入って来たのは、金髪碧眼の秀麗な男性士官だった。
「特務機関のリヨン中尉であります」
フロックス少将は敬礼している彼を迎え、握手を求めた。
「ウリル少将から聞いている。君は潜入調査が得意だと。この度の作戦は潜入調査による事前情報収集が不可欠なのだ。君に期待するところ、大なのだ、中尉」
リヨンは大きく頷いた。
かりに機甲師団のオファーが無くても、この作戦には志願するつもりでいた。敵中に潜入し、空挺部隊が守る橋が機甲師団の通過に適するか否か。適しなければその代替策を講じるよう事前に知らせなければ。誰かがそれをやらねばならなかった。そうでなければ、空挺部隊が孤立し、全滅する。それだけは何としても防ぎたかった。
ヤヨイ。きみだけは絶対に、守りたい。
いつの間にか小屋の前にトラックが停まっていた。そこから軍曹や兵たちの手で空挺部隊専用の軍服一式が運び込まれた。
軍用サンダルの代わりに革製の長靴。カーキ色のテュニカの代わりにダブダブの長袖長ズボン。そしてジッパー付きのジャケット、そのすべてがカーキ色に統一されていた。
どうやら士官たちの中で女性はヤヨイだけらしかった。でも、気にしなかった。最初の配属先だった第十三軍団の偵察部隊では男女同じのテントで寝泊まりしたし、宿営地の傍の川で身体を洗った。それに比べれば何のことはない。さっさとテュニカを脱ぎ、アンダーガーメントと軍用ショーツだけになるとその長袖長ズボンを身に着け始めた。むしろ、周囲の男どものほうがドギマギぎこちなかった。
結果的にヤヨイが最も早く着替え終わり、小屋の外に出た。
外では曹長軍曹たちが小屋の屋根に梯子をかけて屋根の上に登ろうとしていた。それをグールド大佐が離れたところから腕組みして見ていた。
屋根に上った軍曹が下に向かって声を張り上げた。
「では今から五点着地を実演します。これがダイブして着地する際の基本となります。よく見ていてください」
そういうと軍曹はパッと身を躍らせて屋根から飛び降り、両脚を揃えて地面に着地するやクルッと膝を曲げて尻もちを着きゴロンと後ろに転がって丸めた背中を肩をついて立ち上がった。
「わかりましたか? 足、尻、腰、背中、肩。着地の衝撃を五点に分散させることにより和らげるのです。実際のパラシュート降下による衝撃は約4~5メートルぐらいの高さから飛び降りるくらいあります。体重の数倍の衝撃がかかります。脚だけで着地しようとすると確実に脚を骨折して股関節を痛め、そのまま使い物にならなくなり、寝たきりになります。そうならないように、この着地法を完全にマスターしてください。
この屋根からの飛び降りができたら、あの崖からの飛び降り。それが出来たら、アレです」
軍曹の指す指の彼方にあの切り立った山が聳え、今しもいくつかのパラシュートが点々と降りて来ていた。
「兵たちはすでにあの段階に入り二週間、長い者は三週間ほど訓練を続けています。
頑張って、習得してください」
「やってもいいですか?」
ヤヨイは真っ先に手を挙げた。
どうぞ、という風に軍曹が梯子を促した。それをスルスル登ると屋根の上に立った。
思い切って飛び降り、着地と共に丸くなって後ろ向きに転がった。痛いことは痛いが、要は慣れだ。と思った。立ち上がると「おおーっ!」という感嘆と拍手が上がったから嬉しかった。遠目でグールド大佐がニヤニヤしていたのが見えた。
「体育」は得意だし、好きだった。
続く四メートルの崖からの着地もクリアし、一番最初に山の上に登った。
途中までは馬で登り、そこから急設された階段でさらに登った。さすがのヤヨイも息が切れそうになったが、このところ身体がナマっていたからいい運動だと思った。
「やはり『ミカサの英雄』は違うな。やるな、キミ」
ヤヨイの下から二三の士官がついてきていた。
「ありがとうございます!」
頂上に上がると鉄骨で櫓が組まれ、そこから崖の上にブームが伸びていた。兵たちはブームの先をめがけて駆け出して行き、次々に岩から飛び降りていった。背負ったパラシュートのフックをブームの溝を走るフックに掛け、飛び降りるとフックの先のベルトが伸びて畳み込んだパラシュートが開く寸法だ。パラシュートが開くとベルトは外れる。崖の際から下を見るとはるか地上までの間の広大な空間に白い花がいくつも咲いて舞い落ちて行くのが見られた。
偵察機の上から見るのとはまるで違う景色に畏れと興奮とが錯綜する。
「下まで約1100メートルほどです。実際の降下高度にほぼ近い高さです」
いつの間にか着地を教えてくれた軍曹が登ってきていた。
一連の兵たちが降下し終わるとブームの先に溜まったベルトが引き戻されて回収される。
櫓の根元に再び準備終わった兵たちが整列し、順にフックを掛けて行く。
「やってみますか?」
軍曹がヘルメットとパラシュートの入った背嚢をくれた。
「ええ。もちろん」
と、ヤヨイは答えた。
「背嚢は両脚の付け根と腹、そして胸にしっかりと固定して下さい。キツ過ぎず、緩すぎずに。空中に躍り出たらすぐにパラシュートが開きます。基本でやった通りに両脚はピッタリ閉じる。いいですね?」
了解の合図、親指を上に上げた。
次の一連の中に入れてもらえた。
「ほぼ一秒おきに間断なくダイブします。タイミングを誤らないように。遅れればそれだけ着地点が離れます。着地したらすぐにパラシュートを掻き集めて上から降りて来るパラシュートに注意して退避してください・・・」
そして、空に向かって飛び出す時が来た。
心臓が高鳴る。
一連の最初の兵が飛び出した。二人目、三人目、四人目、そして、ヤヨイ。
タタタッと勢いで飛び出してしまう。足の下に何もない。自由落下が二三秒、すぐに体重以上の衝撃を感じ、重力が股間と腰とに巻いたベルトにグッとかかる。パラシュートが開いたのだ。両手で二本のベルトを握る。
今、飛んでいる。鳥になっている。
飛行機という機械にも頼らず、自分の身体だけが地表にも何にも支えられずに、空を泳いでいる。飛行機では得られない、風になる感覚。
素晴らしい・・・。
眼下には先に飛び出した同じような白い傘が遠近法で大中小と連なる。そして地平線が丸い。地球は丸いのだ。飛行機から眺めたそれも知っていた。だが、丸裸で感じている空のそれは、まったく違っていた。この大地は全て自分のものだ。
ヤヨイはそれを、実感した。
虚空に半月が浮かんでいた。
出来ることなら、このまま風に乗って月に行ってしまいたい・・・。
ヤヨイが落下傘の特訓を受けているころ、帝国陸軍はその建軍以来となる大移動を開始していた。
東から西へ。北から南まで西へ延びる何本かの街道を六頭の馬に引かれた重砲がゆっくりと、だが確実に、そして何門、何十門という列が地平線まで続いていた。重砲たちは主に北へ。準備会議で決定した、第二軍の最前線へと牽かれ、送られていった。その総数は百門以上になる。過去帝国陸軍が持った最大の破壊力が今、終結しつつあった。
そしてこの重砲に援護されつつ進撃する第二軍の総兵力は約4万。
中央軍には三個軍団2万、そして残る南、第三軍には、すでに配置終わって待機している第二機甲師団に加えて帝都防衛の近衛第一軍団から第一機甲師団が車両を連ねて移動していた。兵員輸送車は街道を。重量のある戦車は鉄道に乗って西を目指した。その機甲部隊の総兵力は戦車60両、偵察車30両、兵員輸送トラック300台、車両牽引可能な50ミリ砲200門という、これまた強大なものだった。
そしてそれらに通常部隊が加わる。
1個旅団約二千五百。この最小戦略単位が基本で、1個師団は2個旅団、1個軍団は2個から3個師団で編成され、第三軍だけで9個師団約三万弱がすでに配置に着いていた。加えて後詰の三個軍団約2万、総計5万の最大兵力。それが今、マルセイユから数百キロの国境線沿いに展開していた
実に西部戦線全体で10万をはるかに超える兵力が、今や遅しと出撃を待っていた。
海軍もまた総力戦の準備を終えつつあった。
軍港ターラントには先のミカサ事件で破損した旗艦ミカサが戦列に復帰し、戦艦四隻に通報艦一隻の第一艦隊、及び重巡洋艦四隻に通報艦一隻の第二艦隊、そして軍港マルセイユには軽巡洋艦一隻に駆逐艦四隻の艦隊が四つ、それぞれ第三、第五、第六、第七艦隊、計三十隻の大艦隊が連合艦隊を編成し、旗艦ミカサに司令長官フレッチャー中将の将旗が掲げられるのを待っていた。加えてキールを含む全ての軍港で海兵隊の選抜部隊の輸送船への乗船が開始され、順次出撃港であるマルセイユに集結するべく港を離れていった。
これらの目標はさきにミカサが遭難したあの海の回廊。南に大きく張り出した半島の先のハイナン諸島の攻略と、島に接続する半島の先、ミカサらに撃破されたチナ水上部隊の根拠地の占領だった。それは第三軍の到着まで続けられ、そのご第三軍の海からの補給を担う補給基地になり、「マーケット・ガーデン」作戦成功後はアルムの漁村を攻略する前進基地ともなるため、海軍用の石炭の集積地になることになっている。
帝国の戦争への準備は着々と進行しつつあった。
2個機甲師団を指揮する機甲部隊司令官、フロックス少将は騎兵だったころの健康的な日焼けが未だ残る精悍で快活な軍人だった。
騎兵部隊出身の彼は、15年前の北の野蛮人相手の侵攻作戦には騎兵大隊を率いて多大な戦果を挙げた。しかし、戦争目的だった敵戦力の壊滅が成らず、敵の根拠地も大部分を焼き討ちしたのみで全軍が元の川の手前まで引き揚げてしまった。彼自身はその戦闘による戦果で昇進したが、戦略的にはあまり成功とはいえない、なんとも歯切れの悪い終わり方になってしまっていた。
その後一度作戦畑に異動したものの、近衛軍団に「機甲師団」が編成されるに伴い、その最初の師団長として赴任し、今、二つの機甲師団を束ねるボスとなって西部戦線に臨んでいた。
第三軍のモンゴメライ大将からは、
「ジェレミー。とにかく、スピードだ。君が勢いよく突っ込めば突っ込むほどチナの崩壊が近づく。スピードの維持が、君の最大の任務だ」
と厳命されていた。
彼の快活な性質は騎兵には向いていた。一撃離脱。恐れを知らずに敵に肉薄し、猛スピードで敵陣を混乱させ、敵に捕捉されることなく風のように去る。それは馬が戦車に代わっても同じように通用するはずだった。ところが、戦車と馬とではいくつかが違った。
それは、例えば燃料だ。
馬は水さえ与えれば、あとは好きなように草を食み、だいたい馬十頭あたり荷馬車一台分の携行飼料があればニ三日ぐらいは持つ。
だが戦車は違う。戦車は、驚くほど燃料であるガソリンを食う。戦車一両が一日走行するとトラック半分のドラム缶を消費する。進めば進むほど燃料の消費は増大し、補給が追いつかなくなる可能性が出てきた。仕方なく、本来は兵員を輸送するはずのトラックの少なくない部分を燃料輸送に振り分けるのだが、それでも作戦の終了まで持つかどうかが危ぶまれる事態となっていた。
そしてさらなる違いが、重さだった。
馬は腹が浸るような川でも渡ることが出来る。だが戦車はダメだった。木造の橋は荷馬車は通れても、戦車は重くて渡れない。だから常に工兵隊を随伴させ折り畳み式の仮設橋を掛けるのだが、仮設工事の間、敵の妨害を受けたらどうするのか、という問題が浮上した。
それでも川幅が狭ければ何とかなる。だが、問題は5つの橋の四番目になるナイグンの街を流れる川と最終目的地のアルムの街を流れる二本の大河だった。
写真偵察によれば、この二本の川にかかる橋はいずれも石橋で、10トン程度の戦車なら持ちそうではあった。だがもし、それが持たなかった場合は、中之島を埋め立てて仮設橋を二重に掛けて渡河するか、大きく街を迂う回して水深の浅い上流を渡るかの二者択一を迫られる。街を迂回すればそれだけ距離が増え、川向うに大部分がある市街攻略がむつかしくなる。
とにかく、事前の正確な情報が不足していたのだ。
第六軍団の司令部にある彼のオフィスのドアがノックされた。
「入れ」
ドアを開けて入って来たのは、金髪碧眼の秀麗な男性士官だった。
「特務機関のリヨン中尉であります」
フロックス少将は敬礼している彼を迎え、握手を求めた。
「ウリル少将から聞いている。君は潜入調査が得意だと。この度の作戦は潜入調査による事前情報収集が不可欠なのだ。君に期待するところ、大なのだ、中尉」
リヨンは大きく頷いた。
かりに機甲師団のオファーが無くても、この作戦には志願するつもりでいた。敵中に潜入し、空挺部隊が守る橋が機甲師団の通過に適するか否か。適しなければその代替策を講じるよう事前に知らせなければ。誰かがそれをやらねばならなかった。そうでなければ、空挺部隊が孤立し、全滅する。それだけは何としても防ぎたかった。
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ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
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