遠すぎた橋 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 3】 -初めての負け戦 マーケットガーデン作戦ー

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09 ヤヨイ、落下傘兵をリクルートする

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 真夜中を待って、使いをしてくれたボリスを伴い、クラスノ族の棲む東の地に向かった。誰にも見つからぬよう村はずれまで静かに馬を曳き、関の番の者のいる峠ではなく、山の中を歩き尾根を越えた。

 家を出る際は三番目の子にしてボリスと同い年のミハイルに言い聞かせた。

「もし、父と兄が二日後の朝までに戻らなければお前がこの家を継げ」

 言わば、遺言を託したのだ。クラスノ族は友邦だと言っても、いつどこで何がどうなっても不思議でないくらい、青い肌の者たちは信用とか信頼というものが無かった。

 その風を、是が非でも変えねばならない。

 ヤーノフはそのためにこそ、行くのだった。

「族長になるにはまず一人前として認められねばならぬ。一人前になるにはいくさに出て敵の首を十持ち帰り女と閨を供にせねばならぬ。そして肌を青く染めてはじめて一族の者たちに認められる。認められて、お前が族長に相応しいと皆が言わねばならぬ。族長の息子だからといってなれるものではないのだ。

 だから一人前になるまでは二人の母と姉弟妹を守ることに専念せよ。そしていつの日か、父と兄を超えて強くなれ。そうすれば、自ずと皆の評価もあがる。

 身体を大事にして、剣の稽古を怠るなよ。それでは、さらばだ」

 尾根を降りてしばらく行くともう、クラスノ族の地だった。心配していた夜盗に囲まれることもなく、クラスノ族の関を超えても話が伝わっていたのか、切りかかられることはなかった。

 クラスノ族はシビル族の長である自分を抹殺する絶好の機会を見逃したのだ。

 いや、それは違う。

 もしや殺されるかもしれぬと送り出したボリスが立派に生きて帰ったことで、この安全は保障されていたのだ。信頼、が、芽生え始めているのかもしれぬ。

 だが喜ぶのは早計にすぎる。それは、無事シビルの里に帰り着いてからの話だ。

 生首の飾られた村の入り口の佇まいはシビルの里と同じだった。

「シビルの族長ヤーノフだ。長老テレシコフに会いに来た」

 村の入り口で呼ばわると、クラスノの者たちがぞろぞろと出てきた。仮にクラスノの者がシビルの里に来ても同じような応対をするから別に驚かなかった。

 横でボリスも胸を張っていた。一人で使いした時はもっと恐ろしかっただろう。まだ初陣も終えていない息子の、勇気を褒めてやりたかった。

 ぞろぞろ出てきた村人たちの奥に族長ヴラディーミルの姿を認めた。両手を広げて敵意の無いことを示すと、ヴラディーミルも応じた。

「久しぶりだな、ヤーノフ。いい息子を持ったようだ。お前が羨ましい」

 ヴラディーミルはヤーノフよりもやや年上になる。歳の功なのか「相手の自尊心をくすぐる」という技を会得したらしい。

「親愛なるヴラディーミル。この度は我が意を汲んでくれて感謝する」

 ヤーノフには時間がなかった。挨拶はこれぐらいにして、訪問の主目的を果たしたかった。

「わかっている。テレシコフに会いたいということだが、私が同席しても良いか」

 元よりそのつもりだったから、異存はなかった。

「クラスノのことは全てその族長であるあなたの意のままだ。お好きになされたがよかろう」

 ヴラディーミルは満足の体で両手を広げ、村の奥を指した。

「では案内しよう。念のため、剣を預かるがよいか」

 ヤーノフは無言で革の鞘ごと剣を抜き、傍らの男に預けた。息子のボリスも前にそうしたものらしく、すんなりと剣を預けていた。これで他の部族の村の中で丸裸同然になった。このことあるを予期したから、ミハイルに遺言を託したのだ。そんな悲壮な覚悟をしてまでも、知恵を得たかった。

 ヴラディーミルの案内のまま、村の奥に入った。

 そしてテレシコフに会った。

 彼は生きていただけでなく、自分たち青い肌の野蛮人の平均寿命を二倍以上も超えて、矍鑠(かくしゃく)としていた。

「お前がシビル族のヤーノフか」

 テレシコフ老は何本か歯の抜けた口を開き、しわがれた声で言った。


 


 


 

 ヤヨイがこの空挺部隊の『山岳訓練所』に来てから一週間が経った。

 降下については、兵は熟練と言われるほどの域に達していた。士官は個人差があり、やっと降下を始めた者もいれば、ヤヨイのように日に十回も飛び降りる者もいてそれぞれだった。食事は海軍のようにカフェテリア式に選べるようなぜいたくは出来なかったが、偵察部隊ほど貧しくはなかった。だからそれほど不評ではなかった。必要なものは毎日トラックが来て配達してくれた。一日三食、兵も士官も一緒になって食った。士官だけでなく目立った兵の名も覚えた。

 ダイブは飛行機の操縦よりシンプルで魅力的だった。自分は完璧でもエンジンの不調で飛べなくなる飛行機は面倒な気がしてきた。

 そうしてヤヨイの中で「訓練」が「快楽」と「娯楽」に変わり始めたのをグールド大佐は目敏く気づいていた。

 ある日ヤヨイを含むダイブの習熟度の高い三名が呼ばれた。

「貴官たちの練度はわかった。なので、別の任務を与える。

 兵が足りない。今千ほどだが、もう二百は欲しい。

 兵を集めて来てくれ」

 ええーっ!?

「それって、リクルートですか?  今から集めて、間に合うんですか?」

 例の151期主席のヨハンセン中尉が素っ頓狂な声を上げた。この人、優秀なのかもしれないが、どこか、変わっている。それで中庸を尊ぶ軍の中央から疎んぜられ、西部とは縁のない辺境に飛ばされていたのかもしれない。型に嵌まらない、バカなのだ。

「間に合わんかもしれん。だが、欲しいのだ。北と東から重点的に。何なら新兵訓練所でも構わん。自分の古巣に戻って馴染みの上官に相談するなり、手段は問わん。馬では遅すぎるから鉄道も使え。急行も許可する」

 とにかく、急ぐのだと大佐は言った。

 出来るだけ急いでバカを集める。

 その任務に密かなおかしみを覚えつつ、ヤヨイは他の二人と共にひとまず急行の出る帝都に向かって早馬を飛ばすことにした。当てはあった。新兵訓練所にも、そして、最初の任地であった第十三軍団にも。

 疲れた馬をなだめつつ何とか帝都の東駅に辿り着き、そのまま東に向かう二人から馬を預かり、こういう場合に陸軍が用意している駅近くの馬の交換所に行き疲れた三頭を引き渡して休養十分な栗毛を借りた。馬と共に生きてきた帝国ならではの施設だった。だが、ガソリンエンジンで動く車両が発達すると、将来的には徐々に馬にも縁が遠くなるのかもしれない。そんなことを考えていたらふと寂しくなり、パカパカと並足する栗毛の首を撫でた。栗毛はぶるるっと息を吐いて首を振った。

 新兵訓練所は半年ぶりだった。

 訓練期間は二か月だから、もうヤヨイと同期の者たちは各軍団に配属になってそこにはおらず、徴兵されたばかりの男女がお揃いの白いテュニカを着てロードワークに出かけるのと入れ違いに門をくぐった。たった半年前のなのに、妙に懐かしかった。

 便所も風呂も男女同じ。軍隊とは人間性をこれでもかと剝奪するところなのだと思い知り戦慄したのがつい昨日のことのように思える。だが、たった半年でそれが些細なことでありむしろ懐かしささえ感じて来るから不思議だった。任務とはいえ、短期間のうちにずいぶん人を殺めてしまった。それが賞賛される世界が軍隊というところなのだから、あれはあれで合理的な教育法だったのだと今は理解できている。

 総務部を訪ねて校長に面会を求めた。

「近衛第一軍団第一落下傘連隊から参りましたヴァインライヒ少尉です」

 気が付けばごく自然に自己紹介していたのが我ながら不思議だった。

 と、要件も言わなかったのに窓口の女性曹長が急に奥に入り込んで行ってしまった。

 そのまま困惑していると、見覚えのある太りじしの、頭が禿げ上がった大佐がわざわざ出て来てくれた。敬礼すると、

「いやあ、君のことはよく覚えている。ウリル少将に連れて行かれてからもう半年も経つのだなあ。ミカサでの噂は聞いとるよ。立派になったなァ・・・」

 校長は落下傘兵の軍服を着たヤヨイをしげしげと眺めた。

 校長の大佐が急に年老いたように見えた。話が長くなりそうだったが、せっかく感慨に耽っているのを邪魔するのもどうかと思い、適当に話を合わせた。

 立ち話もナンだからとアトリウムに誘われ、噴水の傍のベンチで用件を切り出した。

「実は新設されたばかりの落下傘連隊が兵を求めています。新兵でも構わないとのことで、適性のある兵を推薦いただきたく、参りました」

「・・・落下傘連隊とは、どういう部隊なのかね」

「航空機から敵地に降下し、敵の最前線の背後で作戦する部隊です。連隊長のグールド大佐いわく、『向こう見ず』なほどの・・・、その、『バカ』を求めていると・・・」

 なかなか他人には、ましてやはるかな上官でありかつて訓練生だったころの校長である人を前にしては口に出しにくい言葉ではあった。だが、それが要件なのだから、仕方がない。

「高空から落下傘で飛び降りるのも、敵地の真っ只中で孤立して作戦するのも、『利口者』には向かない、と仰るのです。危険な任務なのであくまでも『志願』の形をとりたいとも仰いました」

「そう言われれば近衛からパンフレットが回ってきておったなあ。アレはソレだったのか、ふ~む・・・」

 結局、それらしき者を探してみようということになり、結果を近衛第一軍団の事務局宛てに知らせてもらい、時間もないので志願者がいれば直接東の訓練所に寄越してもらう旨を伝え、地図を渡した。

 そして、せっかく来たのだから戦友に会いたいと思った。

「あの、校長。射撃教官のルービンシュタインはまだ勤務していますか?」

 リーズル・ルービンシュタイン上等兵は、ヤヨイの最初の任務であった『レオン事件』で先に偵察機で再会を喜び合ったアランと共に反乱部隊の鎮圧任務に当たった仲だった。彼女は射撃の名手で「600メートル先の鷹の目を撃ち抜く」手練れだった。任務中に負傷し、レオン事件の口封じもあり、第一線を退いて退役して今は予備役として射撃教官をしているはずだった。

 アランに続いて「レオン事件」の記憶を共有できる友に会えるのを楽しみにしていた。

 カーキ色の軍服にヘルメット姿の彼女しか記憶になかったので、射撃場の事務室で地味ではあるが女性らしい長めの丈のテュニカを着た金髪の切れ長の目の美女を前にした時は一瞬だけ目を疑った。

「リーズル! 見違えたわ。・・・キレイになったわね」

「え・・・、ヤヨイじゃないの!」

 二人の女は抱き合って再会を喜び合った。

 離れていた間のあれやこれやのよしなし事を語り合い、思いがけなくアランとも再会したことを伝えた後、新兵募集の件を少し話した。

「そう。じゃあ、これはっていう新兵がいたら声を掛けてみるわ」

「ありがとう」

 礼を言ったあとは、黙った。実を言えばリーズル本人が欲しかったからだが、それを言い出しかねていた。彼女はすでに退役して予備役に編入されている。戦時徴用が始まるまでは兵として動員するわけには行かないからだった。

「もう、あの時の傷はいいの?」

 とりあえず、そう訊いてみた。

 リーズルは答えの代わりにテュニカの袖をめくった。右の二の腕に小さな傷跡が残っていた。

「至近だったから弾は貫通したし、後遺症もないわ。射撃だってできるもの」

 そう言って傍らの小銃を取り槓桿をジャキーンと引いて構えて見せた。

「ねえ、正直に言って、ヤヨイ。あんた本当はあたしをリクルートしに来たんでしょう」

 言葉に詰まった。

 下心を見透かされたからだが、とにかく会いたかったというのも本音だったからだ。あれやこれやの任務や出来事が、ヤヨイを人恋しさに駆り立てていたのだった。だが、その本人から言われてみると射撃の名手がいるのは心強い。

 リーズルは静かに槓桿を戻して銃を置いた。そしてデスクの引き出しから細身の葉巻を取り出すと紫煙を燻らせた。

「あたしね、男が出来たの。このまんま行けば、結婚するかもなの」

「そう・・・」

 とヤヨイは言った。

「都で商売をしてる人。アヴェンティノスに家がもあるの」

「すっごーい!  玉の輿ってやつ?    おめでとう。良かったじゃないの」

「あんたは? そっちのほうは、どうなの?」

「わたしは・・・」

「あの時の彼のこと、まだ引きずってるの?」

 ジョーのことだと思った。それについてはアランにも話した通り、整理はついていた。

「ううん。アランにも話したの。もういいの」

「もう、いいひといるの?」

「ううん」

 ヤヨイは首を振った。

「今は、誰も。任務が全てよ」

 ヤヨイをじっと見つめていたリーズルの、指に挟んだ細い葉巻の煙が真っすぐに立ち上って行った。


 

 新兵訓練所を辞して北駅に行った。急行を使ってもいいと言われていたのでそれに飛び乗って北に向かった。目的地は第十三軍団の司令部。ヤヨイの古巣のようなところだった。レオン少尉の掃討作戦で世話になったポンテ中佐を訪ねようと思ったのだ。

 終点の駅で陽が落ちたので安ホテルで一泊し、軍の交換所で馬を借りた。半年前に来たときはまだ二等兵で徒歩だったが、今は少尉の肩書を持ち、使命を帯びているために早馬を飛ばすこともできた。だから第十三軍団の司令部にはすぐに着いた。

 司令部で事情を話しポンテ中佐の所在を尋ねると国境手前の前進陣地にいるという。電信でアポイントメントを入れてもらい、馬を代えてもらって彼の陣地に向け道を急いだ。

 途中、半年前にレオン少尉の宿営地への道で休んだ、誰かの墓があった。帝国の人々は墓場ではなく人の往来のある街道沿いに葬られるのを好んだ。死してなお、人との温もりを求める故だろうか。懐かしさに立ち寄りたくなったが、止めた。

「そこのお若いの、そんなに急ぎなさんな。どうせこの先人生はまだまだ長いんだから。ここいらで一休みしていきなよ。

 そこの旦那、人生はいろいろだねえ。こんな山奥まで来たのも何かの縁だ。一休みしていきなよ。

 そこのご同輩。なにもそんなに急ぐことはない。どうせあんたももうすぐここに入る身の上。焦らず一休みでもしていきなよ」

 あの墓に刻まれていた文句は今でも覚えていた。だが、今は休んでいる暇はない。戦いのための準備を急がねばならなかった。二等兵から少尉になり、ヤヨイは少女から責任ある軍人になっていた。

「やあ、よく来たな。元気そうで何よりだ!」

 中佐は偵察部隊式の敬礼をしたヤヨイを快く出迎え、連隊長室に招いて椅子を勧めてくれた。彼の、田舎のおじさんのような人懐こい笑顔に懐かしさを覚えた。

「お忙しいところ恐れ入ります。中佐もお変わりなく」

「なに。西の前線に比べればヒマなもんだ。持て余しているほどだよ。精鋭もみな引き抜かれて西へ行ってしまった。前哨戦で散々に北をひっぱたいてからは静かすぎて手持無沙汰でなあ・・・」

 中佐は手にした乗馬鞭でぱし、ぱしと掌を打った。

「貴官の噂はここでも高いぞ。特にここは半年前に貴官が活躍した大隊だというので兵たちが『軍神マルス』所縁の部隊と言い出しているほどだ」

「そんな・・・」

 あまりなあつかいを聞き、赤面した。一の事が五にも十にもなっている。話盛りすぎだろう・・・。

「いやいや。謙遜など不要だ。貴官が『レオン事件』『ミカサ事件』を解決に導いた功績は不動のものだ。そのアイゼネス・クロイツは当然の褒章だと思う」

 元老院での受章は帝国内の消沈した雰囲気を盛り上げるため。

 ヤン議員からウラを聞いて知ってはいたものの、こうして何度も褒められるたびに次第にそう思えるようになってくるから不思議だった。

「ところで、中佐。電信で申し上げた件なのですが・・・」

「ああ。空挺部隊の件だな。グールド大佐には何度か会ったことがある。だが、その素養は偵察兵に求められるのとはいささか違うようだな」

「はい。大佐は『バカ』がいいと・・・」

「はは。『バカ』か。たしかに、目もくらむような高さから飛び降りたり、敵の真っ只中で平気でいられる根性は『バカ』と表現するのが相応しいな。・・・一人いたがな」

「誰ですか」

「わかるだろう。・・・レオンだよ」

 と中佐は言った。

「いかに最新兵器で武装していたとはいえ、たった一個小隊で数千人はいる北の野蛮人の土地に威力偵察を掛けるなど、バカでなくては出来ないことだった。まったく、惜しい人材を失ったものだ・・・」

「ええ。小官も、そう思います。もし今、レオン少尉がここにいれば、真っ先に彼女にお願いしていたと思うのです」

 うむ、と中佐は言った。

「今回、牽制のために我々北の前線の各軍団はそれぞれ大々的に威力偵察を行った。つくづく彼女の言が正しかったことを痛感させられたよ。おかげで向こう数年はやつらは大人しくせざるを得ないだろう。敢えて言うなら、レオン少尉は今回のチナへの侵攻を間接的に補助してくれたようなものだ。彼女のした『ひな型』を我々が真似ることによって。

 彼女のあの先見が、今にあればなあ・・・」

 中佐からは他の北の軍団の指揮官にも声を掛けて見ようとの言葉を貰った。

「で、貴官はいよいよ部下を指揮していくさに臨むのだな」

「はい、そう聞いています」

「部下を指揮するのは時として自ら銃を取り剣を振るうことよりも難しいぞ。貴官の武運を祈っている」

「ありがとうございます、中佐」

 帰りの汽車の中で、ポンテ中佐の言葉を思い返していた。

 レオン少尉は最後に雷に撃たれて消えてしまった。物理的にはあり得ないが、死体はどこにも見つからなかった。そして、あの丘の上でのことは、その場に居合わせたヤヨイやリーズル、アラン、そして第六中隊の兵と帝国の調査官しか知らず、その後厳重な情報統制が敷かれた。公式には彼女はまだ廃兵院での終身労働を課されて「生きている」。それが替え玉であるという事実は中佐は知らないはずなのだ。

 だが、彼は薄々わかっているのだろう。わかっていて、それをあえて言わなかったのだろうと思った。

 ふと、彼が最後に言った「指揮官」という言葉を思いだした。その言葉をもてあそんでいるうちに、ウリル少将に会いたくなった。ヤヨイにとってもっとも身近な「指揮官」は彼だった。「指揮官」とはどうあるべきか、教えを乞おうと思った。

 翌朝帝都に帰り着くと再び馬を借りた。

 クィリナリスに行くと、朝も早いのにウリル少将はもう執務していた。書類から目も上げずに、彼は言った。

「なんだ。空挺部隊をお払い箱になって暇を出されたのか」

「違います!」

 なんて失礼な。これでも人集めに奔走してきたというのに!

 少将にリクルート活動の一件を話した。

「では無駄足だったな、ここにいる『バカ』はお前ぐらいだ。だから空挺部隊に貸したのだ」

 くっそ、ムカツク・・・。

「そんなの、当てにしてません!」

「ではなぜ来たのだ。いよいよいくさも始まろうというのに」

「閣下に、教えてもらいたかったからです」

「何をだ」

「指揮官とは、どのように振舞えばいいのか、をです」

「お前には手本があるではないか」

「は?」

「レオン少尉だ。短い間だったが、お前は彼女の傍に居たろう。迷ったら彼女の立ち振る舞いを思い出せばよい」

  と、ウリル少将は言った。

「煎じ詰めれば、指揮官とは神のようなものだ。言葉一つで雷電のように兵の心を打ち、兵から神のように仰がれる。優秀な指揮官とはそういうものだ。まさにレオン少尉そのものだったではないか」

 その通りだと思った。部下の心を完全に掌握し、自分の命を犠牲にしてまで身代わりを買って出るほどの部下を育てたレオン少尉こそ最高のお手本だと。

「・・・わかりました。ありがとうございました」

「ヤヨイ・・・」

 帰ろうとしたヤヨイを少将は呼び止めた。

「はい」

「お前は今まで自らの手で、身体で任務を達成してきた。だが指揮官としていくさに臨むならば、自分の脳や身体は忘れろ。お前は電波の専門家で、武術の手練れだが、それらも一切忘れるのだ。

 兵を頼れ、ヤヨイ。いくさは一人の力ではどうにもならぬ。兵をして、『自分が援けねばこの指揮官はダメだ』そう思わせるのだ。そうすれば兵たちは本来の二倍も三倍もの働きをする。必ずだ。

 バカになれ。そして兵を頼るのだ、ヤヨイ」

 そしてウリル少将はあらたに指揮官になろうとしている美少女に頬を緩めた。

「こんないくさで死んではならぬ。必ず生きて帰ってこい。わかったな、ヤヨイ」
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