遠すぎた橋 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 3】 -初めての負け戦 マーケットガーデン作戦ー

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33 子供と子供

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 大隊長カーツは事態を冷静に処理した。

「今は事実だけを伝えよう。

 50ミリ砲弾が拠点に撃ち込まれた。弾は一発だけ。偶然にも不発だった。屋根の穴と落ちた位置から砲撃地点は北ではなく南の市街地からと思われる。恐らくは市街地に潜伏しているゲリラだろう。単発の発射であることから統制された集団の攻撃ではなく、偶発的なものだと考えられる。これを停戦協定違反と判断するかどうかは上に指示を仰ぐこととする。だが、南の市街地の探索は必要かもしれん」

 今交渉のための停戦中であることは知らされていた。偶発的な事故であった場合、無暗に戦闘を拡大して交渉を頓挫させる愚を犯すのは賢明でない。カーツ大尉はそれらをグールド大佐と各小隊に通報し、連隊の指示を待った。

 しばらくして指示が来た。

「事故かもしれんが攻撃を受けたことは事実だ。その発射地点を特定し、脅威を取り除く必要がある。二三の小隊を繰り出して偵察せよ。反撃を受けたら戦闘はせずその場を退避して擲弾筒で攻撃せよ。ただし、深入りするな。探索はあくまでも50ミリ砲の射程圏内までとし、陽が落ちる前に全隊撤収せよ。北に対すると同じく南にも警戒を厳とせよ」

 西の「優等生」中隊は現状待機。東の「マルス」と「でぶ」の小隊各二十名ほどのみで偵察行動をすることになった。各小隊はさらに5名一組に分かれ、二組ずつ四つのルートで野砲の射程圏3キロ以内を虱潰しに探索を始めた。

 ヤヨイもまた4名を率い、探索に出た。リーズル率いる5名とペアを組んだ。

 拠点周辺の焼野原を超え市街地に入った。市街戦演習の通りに一人は前方、一人は側方、一人は通りの向こう側の屋根を、一人は後方を警戒しつつ、残った一人が家屋の入り口に到達すると後方を警戒していた一人が中に入り銃を向け、上を警戒していた一人がさらに家屋の中に入り・・・。そのようにして一軒の家が探索を終えると通りの向こう側のリーズル隊に合図した。ヤヨイの隊は彼女の隊の援護をし、向こう側の探索が終わると、再び前進した。

 三列目の家屋の探索に差し掛かった時だった。

 ピッピッピーッ!

 隣の通りの隊だろう。呼び笛が鳴った。

「五十ミリ砲を発見! 敵は退避した模様!」

 兵たちは浮足立ったが、ヤヨイは前方を見据えた。

「みんな、動かないで! 」

 と、

 建物の陰から通りを横切っていく小さな影を見た。

 とっさに誰かが発砲した。

「みんな、撃たないでっ! リーズル、援護して。フリッツ、ビアンカ、来て!」

 ヤヨイは銃を構えつつ、影が入ったと思われる家屋の戸口に身を寄せた。

「フリッツ、援護して。焦って撃っちゃダメよ」

 身を避けつつ、銃口で戸口を開けた。ギイと鳴った戸口の奥、中は暗かった。

 チナの家屋はみな、戸口の周りが土間だった。暗い土間の壁の高いところに連子窓があり、その下に水を貯めておく大きな瓶が二つ並んでいた。その瓶の隙間に小さな影が潜んで、震えていた。

 ヤヨイは家屋の奥に警戒しつつ、覚えたてのチナ語で話しかけた。

「大人しくしてれば撃たないわ。出てらっしゃい」

 戸口の反対側にビアンカが着いた。

「ビアンカ、奥を警戒してっ!」

 指示を与えつつ、もう一度チナ語を繰り返した。

「さ、怖くないから出て来なさい。こんなところにいると、危ないよ」

 影は震えながらゆっくりと顔を出した。

「まだ子供じゃん・・・」

 ビアンカが言った。

 その小さな男の子は、煤だらけの顔に強烈な敵意を宿した目を剥いてヤヨイを睨みつけていた。

 小さな戦士が、そこにいた。


 


 


 

「それは知らない。我が戦場に出ている間に、その捕虜は姿を消していた」

 レイは事実を言った。

 それはまさしく、事実だった。

 ミンの里に連行されてきた帝国兵は優しかった。その頃のレイは、彼が連れてこられた経緯を理解するにはまだ幼な過ぎた。

 彼は聡明だった、と思う。幼いレイが理解できる事柄から言葉にし、小さなレイと積極的に意思の疎通を図ろうとした。

「愛してる。ウォーアイニーだよ。言ってごらん?」

「イッヒ、リーベ、ディッヒ!」

「そう! 上手だよ、レイ」

 それから何年かが過ぎレイが初めてのいくさに出て家に帰った時、彼はもう居なかった。それは父の命だった、と今は思う。彼の所在を何度も尋ねた。だが、レイの満足の行く回答を得ることは、なかった。

 さらに後年、彼女は自らその答えを導きだした。

「頭、この帝国の間諜、いかがしますか」

 その帝国のスパイはチナ人の血をひきながら、このチナの動静を探っていた。生かしておいても益はない。

「始末しろ」

 命じて間もなく、数発の銃声が響いた。

 ああ・・・。

 銃声がレイの古い記憶の扉を開けた。

 あの時、帝国語を教えてくれた帝国兵も、きっと同じ運命をたどったのだ、と。

「お前が始末したあの間諜、名は何と言ったか」

「確か、タオ、と。それだけは喋りました」

 手下と交わした言葉。覚えているのは、それだけだった。


 

 レイが自ら始末を命じた帝国の間諜の名を、帝国の名代の前で言わなかったのは賢明だった。

 ここは反転攻勢に出るべきと、レイの心の内が叫んでいた。

「ところでヤン殿。貴官は見るところ我と同じ民族の出であろう。貴殿は我がチナの割譲した土地の出であるのか。しかし、聞くところによれば御父上である現在の貴国の皇帝陛下は南の国のご出身であるとも。その辺りの経緯を、差し支えなくばお伺いしたい」

「もちろん、まったくもって差し支えない」

 帝国の名代は明快に応えた。

「お察しの通り、私の生まれは貴国らしい。らしい、というのは幼過ぎた私のそれまでの記憶が曖昧だからだ。貴国の言葉もわからない。物心ついた時には、すでに私は父の家で家族に囲まれていた」

 そこで一息つくと、ヤンは続けた。

「貴殿は『盾の子供たち』という言葉をご存じか」

「いや、寡聞にして知らぬ」

「もう三十年も前になる。貴国、チナが大挙して国境を越えわが帝国に進軍してきた折、私は貴国の兵によって盾に張り付けられ弾除けの兵器として使われたらしい。その時の私のような『盾の子供たち』は現在帝国に約2万人いる。

 貴殿はこのミカサの副長をご存じであろう。彼もその一人だ。盾に張り付けられた私は他の子らと共に戦場に捨てられたところを助けられた。そして後に皇帝となる当時歩兵大隊を率いていた父の家に引き取られ、養育を受けた」

 レイは返す言葉がなかった。

「私は、父と母と兄弟たちの愛に包まれ、幸せに成長することが出来た。貴国に捨てられて良かったと思っている」

 ヤンの言葉に嫌味はなかった。彼が本心からそう思っていることはその話し方でわかった。


 


 


 

「あ、痛っ! ああ~ん、この子に齧られたああんっ!」

 暴れる男の子を抱えたビアンカは苦労していた。多少手こずったが、ヤヨイたちはその小さな男の子を確保し拠点に帰った。

 発見された砲は民家の一室に隠されていた。部屋にはまだ数発分の弾体と発射装薬があった。陸軍の50ミリ砲に似てはいるが薬莢式ではなく砲身も短く、射程もその分短い。ゲリラの遺棄していったものであろうと推測された。

 砲尾の閉鎖器を分解して破壊した。これでこの砲はもう使えない。弾体は信管を抜き、紙に包まれた発射装薬と共に全て回収した。装薬はヴォルフガングが「風呂の焚きつけに欲しい」と言った。火薬を包んだ紙を解して薪の着火用に使いたいらしい。風呂好きも嵩じ過ぎるとほとんど、バカである。

「でもこれじゃ連発はメンドクサかったろうな。その度に砲身を掃除しないとだもん」

 大砲に詳しいらしい兵の一人が呟いた。

 膅発(とうはつ)事故、つまり、砲弾が砲身の中で詰まり、砲が破裂する事故を防ぐために一発撃つごとにその都度砲身を丁寧に掃除し、火薬の燃え滓などを取り除かなくてはならない。膅発を起すと砲側のほぼ全員が即死する。主に弾体と発射装薬が別である大口径砲で起こりやすい。旧文明のニ十世紀末、米国の戦艦アイオワでこれが起きたことが発掘された文献で知られていた。その40センチ主砲の砲塔内で起きた事故は砲塔内部にいた全員を即死させたらしい。

 大砲とは恐ろしいものなのである。

 問題なのは、その砲の傍に子供の草履があったことだった。

 その小さな男の子はたった一人で弾を込め、発射装薬を込め、拉縄を引いて大砲を撃ち、ヤヨイたちが接近してきて慌てて逃げ出したところを確保されたのだった。逞しいというより、恐ろしい子供だった。

 カーツ大尉は偵察の結果をグールド大佐に報告した。大佐はヤヨイたちの偵察が終わるのを待ってくれていた。だからこの一件はまだ停戦違反行為として挙げられてはいなかった。

「坊や、名前は? 家はどこ?」

 男の子は戦闘糧食にかぶりつき、グレイ特製のタマネギニンニク漬けのヴュルスト(ソーセージ)を食い散らかしつつ、ヤヨイに敵意剥き出しの眼(まなこ)を向け続けた。

「おい、坊主! なんとか言えよ。危うく死ぬとこだったんだぞ!」

「ちょっとヴォルフィ! 相手はまだ子供なのよ。それにあんたの帝国語で言ってもわかんないよ」

 リーズルが窘めた。

「でも戦場ですっぽんぽんで風呂場で爆死しました、なんて、マヌケすぎるものね。怒るの無理ないかも」

 グレタが混ぜっ返したのに、ヴォルフガングが睨んだ。

「まだ食うか、坊主」

 グレイ曹長がフライパン代わりの鍋から空いた皿にヴュルストを盛ってやった。男の子はそれもすぐさま手づかみし、瞬く間に平らげた。

「・・・とてもお腹が空いていたのね」

 ヤヨイが頭を撫でようとしたのを、男の子は脂まみれの手でサッと払いのけた。

「気安く触るな! ここはオレの家だ。お前たちは早く出ていけ!」

 やっと口をきいた男の子を、ヤヨイはマジマジと見つめた。

「ねえ、少尉。この子今、何て言ったんです?」

 ビアンカが訊いた。

「どうやらわたしたちはこの子の家に居座ってしまっているらしいわ。だから彼は怒っているのよ」

 ヤヨイは答えた。


 

 

 

 秘密会を終え、再び両者の立会人と書記が入室し正式な交渉が再開された。

「まず、貴家の立会人であるクオ殿に待機していた間の対応にご不満がなかったかどうか、確認願いたい」

 レイは感動さえ覚えていた。

 ミカサで相対した女工作員といい、今あらためて向こう側に着座した艦隊司令長官といい、今もミカサの副長を務めているというチェンという男といい、この帝国の名代を務めているヤンといい・・・。

 帝国の人間は皆気高くて厳かだ。まるで一人一人が皇帝であるかのように振舞う。特に副長のチェンや今目の前にいるヤン。彼らはレイと同じチナの血をひいてはいても唯々諾々とただ命に従うだけのチナの民とは全くの別人種のようにレイには見え始めていた。

 レイは帝国の名代の細やかな配慮に簡潔に謝辞を述べた。

「問題はない。ご配慮、感謝する」

 ヤン議員は満足の体で両手を広げた。

「では議事を再開したい」

「承知した」

 そうして交渉は再開された。

「まず、貴家の、我が軍との協同作戦の申し出、なかんずくはアルム攻略の先鋒に立ってもよいとのご提案に対するわが帝国の原則論を申し述べたい」

「拝聴する」

 レイは答えた。

「既に述べたように、わが帝国は未だかつて同盟国を持ったことがない。他国と協同して戦線を展開した経験も、同じ指揮命令に従って作戦した経験もない。だが今は既に交戦中であり、そうした協同についての研究をしている時間的余裕はない。

 わが方の最終的な作戦目標は既に空挺部隊を降下させているアルム攻略にあるのはご承知のことと思う。

 現実問題、わが方としては、我々が作戦を展開している間貴家の軍勢が任意の一地点を動かずに静観いただけるだけで大いに助かる。具体的には、ナイグン川からアルム川に至る街道の北方五十キロ付近、チンメイ山脈の西南の山裾付近に陣営地を構築していただき、そこを守備していただくというのはどうであろう。そうすれば貴家にはチナからの攻勢の防衛になるし、アルム防衛を行わんとするチナ本国の主力の側面に軍事的脅威を作ることになり、牽制にもなる。進撃せず守備に専念するだけならば貴家の兵力の損耗も軽微になると思われる。

 いかがであろうか」

「問題ない。『先鋒に立っても』というのは当家の貴国に対する同盟の意志が固いことを表したまで。その一帯を守備するだけでよいというのであれば願ってもない」

「よろしい!」

 と、ヤンは言った。

「大筋は妥結できた。では、詳細な部隊配置等の件は本交渉が成立した後に現場の者同士が詰めるとして、条件等の話に移りたい」

「同意する」

 この交渉の最大の山場がやって来たのを、レイは改めて意識し、身を引き締めた。

「まず我が方が要求する最低限の条件だが、貴軍には軍監を派遣する。また貴家より人質を取る。例え本交渉が成立した場合でもお互いに国家の命運をかけているいくさである。信用は担保されねばならない。軍監からの連絡が滞ったり、人質が替え玉だったりした場合のような、信義に悖る行為があった場合、貴家は全てを喪う結果を招くことはご承知いただきたい」

「貴国がその国是として信義と尊厳を何よりも重視していることは承知している。軍監と人質の件は了承する。信用いただきたい」

 レイは答えた。

「よろしい」

 帝国の名代は言った。

「して、貴家の要求する条件は」

「貴軍に協力する代償として、既に貴軍に占領されている我がミン家の土地の全面返還を要求する」

 レイは毅然とした態度で言い放った。
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