遠すぎた橋 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 3】 -初めての負け戦 マーケットガーデン作戦ー

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41 義経の鵯越。そしてヤヨイは大隊長になる

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 アイホー川はチンメイ山脈の南端に源を発する総延長200キロほどの川である。

 中流域でも山脈南端のいくつかのピークを縫うようにして蛇行し、海岸線まで70キロほどきたところで流れを緩やかに変える。だが尾根と尾根とが複雑に入り組む中を流れてくるので、尾根の間から突然に湧き出た川のように見える。

 一行は夜明け前に陣営地を出た。

 戦闘指揮車を降りたバンドルー中佐は、フロックス少将とグールド大佐を案内して黄色く色づいた林道を騎行する先頭にたっていた。彼らの後には護衛の一個小隊が俄かに騎兵となって続いていた。

 アイホー川で対峙する両軍からさらに上流にニ十キロ遡ると木々もまばらな険しい山岳地帯に入る。沢を降り尾根に登りまた沢に降りるようにして騎行二時間。一行は周囲よりもさらに急峻な、草木もまばらな山の北側に出た。

「これを登るのか・・・」

 昼前の太陽を背にして黒々と聳える山を掌を翳して見上げるフロックス少将の顔にもさすがに不安の色が浮かんだ。

「ご安心を。全て騎行可能です」

 それは獣も怯えるような、急な斜面にわずかにへばりついているだけのような道だった。左は絶壁。右は深い谷底。時には幅が一メートルもないところもあり、所々転がっている大小の落石を避けて通らねばならない。

 だが先を行く二人の将官は歴戦の騎兵だったし続くグールド大佐も一時期騎兵部隊に籍を置いていたこともあった。むしろあまり馬に慣れていない護衛の兵たちの方が足元が覚束ず、時折馬を立ち往生させては後に続く者たちをつかえさせていた。第三軍の三つの軍団はいずれも歩兵師団を基軸にしているため騎兵部隊と言えるものはなく将校用や斥候用を除いては馬がいなかった。

「お前たち。自信が無ければ無理をせず降りて馬を曳け」

 バンドルーは時に兵を気遣い背後を振り返る余裕さえ見せ、黙々と手綱を捌き山を登った。

 そのようにして陣営地を出てから半日が経過。一行はようやく目的地である山頂付近にある狭い平地に辿り着いた。

 三人は馬を降りて開けた平地の縁に腹這った。

 眼下には山々から発したアイホー川が南に向かって流れ下り、すぐ目の下の滝つぼから上がる水煙の向こう、両軍が対峙するはるか下界の両岸を全て見渡すことが出来た。

「おお! これはすごい。敵が丸見えじゃないか」

 登る前の不安げな面持ちを一変させ、フロックスは嬉々として叫んだ。

「でしょう?」

 バンドルー中佐はフロックスとグールドに悪戯そうに笑いかけた。

「50ミリ砲の射程よりわずかに遠いですが、こちらは撃ち下ろしますから若干飛距離が伸びるのです。そこが狙い目です」

「なるほど。それでは敵が無視したわけだな。よく見つけたな、『バンディット』!」

 フロックスは感心して頷き、双眼鏡に目を凝らした。

「大佐、あの一本だけひと際高い木が見えますか」

 バンドルー中佐はすぐ麓の南に大きく張り出した尾根の先を指さした。みるとなるほど、一本だけ大きく紅葉した落葉樹がまるで目印のように立っていた。

「うむ、見える」

「あそこが騎兵部隊の出撃地点です。砲撃と同時にあの山から駆け下ってそのまま川の西岸を南に向かい、先日戦車が渡河した地点まで敵の背後を銃で乱射しながら駆け抜けます。敵にとっては急に無防備な背後に騎兵隊が現れるわけで肝を潰すこと請け合いです」

「なるほど、了解した」

「敵はまさかの背後からの突然の砲撃の後に騎兵に突っ込まれて大いに混乱するでしょう。そして敵が騎兵に気を取られている間にわが工兵隊が仮設橋を渡し、そこをすかさず機甲部隊が正面から橋を渡って渡河します。伸るか反るかのバクチのようですが、今はこれがベストの策だと思います」

「よーし、わかった。早速準備にかかろう。今夜のうちに騎兵と砲を配置に着かせ、作戦開始は明日早朝とする」

 そうしてこの「無法者」の中佐の立てた策に機甲部隊司令官の許可が出た。

「では、善は急げということで」

 バンドルー中佐は指笛を吹いて通信兵を呼んだ。

 グールドも立ち上がり、マッチョな毛むくじゃらの腕の指をポキポキと鳴らした。

 第三軍は既存の騎兵部隊を持たなかったので、グールドは「にわか騎兵」に願い出たのだった。

 彼は、ゾマとアイホーの二つの拠点守備の役目を終えた後は歩兵師団に組み入れられて総攻撃を待つだけの空挺部隊員たちを抱え焦燥を募らせていた。アルムだけではなく、ナイグンも敵の頑強な攻撃を受けて損害が出ていると報告を受けていた。しかもナイグン守備隊のカーツ大尉が負傷し、指揮を執れなくなったとも。

 一刻も早くナイグンとアルムの二つの大隊を救援にしに赴きたいのだがなかなかにアイホーは堅かった。しかも本来なら渡河地点を占領守備し機甲部隊の通過を容易にするはずの任務が全うできていなかった不満もあった。バンドルーの作戦計画を聞き名誉の挽回のため是非とも我が空挺部隊にやらせて欲しいと願い出たのは、彼には当然のことだった。

 二個中隊約二百名の彼の兵たちの中で騎兵部隊にいた者と馬の扱いに慣れた兵たちを選抜し臨時に騎兵隊を編成した。馬は第三軍全部から将校用と斥候用のを掻き集めた。

 同時に山頂に担ぎ上げる50ミリ砲十門が砲身と砲架とに分解されて荷駄馬の背に載せられ、空挺部隊のにわか騎兵と砲兵の曳く砲を積んだ馬の一団は早々に陣営地を出発した。

 作戦が決まり、グールドは山の上から西を望みつつアルムとナイグンに連絡を取った。

「『渡り鳥』から『学者』及び『大工』、こちらグールドだ」


 


 

 グールド大佐からの無線が入った時、ちょうど西の「優等生」中隊ヨハンセン中尉が橋を渡って東に来ていた。カーツの見舞いを兼ねて今後についてヤヨイと協議をするためだった。

「その後、カーツの具合はどうだ」

 グレタからヘッドセットを受け取ったヤヨイは、拠点の二階、破れた壁の隙間から見える雲行きの妖しくなった西の空を眺めつつ、答えた。

「症状は変わらずです。覚醒してはいますが周囲の刺激に無反応な状態が続いています。食事と排泄以外は植物のような状態です」

「・・・そうか。戦況は変わらずか」

「はい。目下どの拠点に対しても動きはありません」

「『大工』はどうだ」

 グールド大佐は同じ周波数で繋がっているハーベ少佐に呼びかけた。

「『学者』と同じようなものです。今は小康状態を保っています。昨日敵方から白旗を掲げた軍使が来ましたよ」

「ほう・・・。それで?」

「降伏を勧告してきましたから、追い返してやりました。近々総攻撃があるのかもしれませんね」

「何と言って追い返したのだ」

「ここには貴軍全軍を収容するだけのスペースはないので降伏は受け入れられない、と」

 しばらくの間、「渡り鳥」の通信が沈黙した。

「いやあ、スマン。開戦以来久しぶりに笑わせてもらった。今ここにフロックス少将と『黒騎士』のバンドルー中佐がいるのだ。代わろう」

「ハーベ少佐か、フロックスだ」

 若々しい溌溂とした声が響いて来た。

「空挺部隊に君のようなユーモアの持ち主がいるとはな。これでは是が非でもアルムまで行って君のジョークを直に聞かねばならなくなったぞ」

「ご笑いただけて光栄です、閣下」

「我々は必ずアルムへ行く。君のようなタフなスダンダップ・コメディアンを死なせるわけにはいかんからな。もうしばらくの辛抱だ。頑張れ、『大工』!」

 さすが歴戦の騎兵だ。言葉だけで部下の士気を高める。これが指揮官の鏡だとヤヨイは思った。

「石に噛り付いても橋は渡しません、閣下!」

「『学者』もな」

「わかりました」

 士官になりたてのヤヨイにはベテランの戦士たちのノリはハードルが高すぎた。辛うじてそう答えた。

 再びグールド大佐が出た。

「『学者』の今後についてだが、ヨハンセン中尉の意見は」

 ヤヨイが目配せすると中尉が代わってくれた。

「大佐、ヨハンセンです。今その件でヴァインライヒ少尉と協議しておりました。西の方の現場が忙しいので大隊統括は今まで通り東でということで意見の一致を見ました。新たに川沿いの陣地も増えましたので全体を把握するには東の方が都合がいいのです」

「出来るか、ヴァインライヒ少尉」

「僭越ですが、ヨハンセン中尉がそう仰って譲らないのです」

「貴官を信頼しているからだ、少尉。先の前哨陣地の構築は見事だった。オレも君が大隊を統括すべきだと思っている。頑張れ」

「・・・微力を尽くします」

 と、ヤヨイは答えた。

「では交信を終わる。アウト」

 グールドが通信を終えた。

「オレも同様に思っているぞ、少尉」

 ハーベ少佐が言った。

「少佐、『大工』大隊は補給なしですが、大丈夫なのですか? それに敵の攻撃も激しいと聞きました」

「ここのところいささか敵の砲撃が激しくてな。各拠点ごとに掩体壕を掘っていてここしばらくは穴倉暮らしが続いている。弾薬の補給が無いのは辛いが、食料ならば大丈夫だ。申し訳ないが避難した住民の残して行ったコウリャンを失敬している。今『大工』大隊では『偵察部隊風コウリャンオートミール』が流行っているぞ。貴官にも食べさせたいぐらいだ」

 そう言って「大工」の倅であるハーベ少佐は笑った。

 さすがは偵察部隊出身の指揮官だ。ヤヨイはこの、殺しても死なないような強かな上官に感嘆の思いで頷いた。

「困難な状況になるほど、兵たちは指揮官の顔を見る。兵たちは貴官の顔を見て安心して任務に向き合うことが出来るのだ。お互い、ここが頑張りどころだぞ、少尉」

 ナイグンよりもはるかに状況が苦しく自分のところのことで手一杯のはずなのに、ヤヨイはアルムに立て籠もるハーベ少佐から逆に元気をもらったような気がした。

 通信を終えたヤヨイの目の前でそばかすの中尉が笑っていた。

「な、言った通りだろ? 大佐もハーベ少佐もきっと同意すると思ったんだ。陸軍士官学校第151期主席卒業のボクが言うんだから間違いない。キミが『学者』大隊の指揮官に最も相応しいし、なるべきだ」

 俯いていたヤヨイの碧眼がツン、と上を向いた。

 と、階下からクリスティーナの声が聞えて来た。

「Hey,Nicht! Keinen unfug!(こら、ダメよ! イタズラしちゃ!)」

 

 タオは利発な子供だった。

 瞬く間に兵たちの帝国語を片言ではあるが覚え、昨日はなんとクリスティーナについて負傷した兵の治療のため「詐欺師」の拠点にまで行ったらしい。

「包帯を巻くのを手伝ってくれたりしたんです。優秀な看護助手でしたわ」

 クリスティーナの「講評」に何故か鼻が高かったヤヨイだったが、同時にまだ幼い子供が戦争の現実に触れるのを快く思えない自分も感じていた。

 西に帰るヨハンセン中尉を戸口まで見送ったあと、ヤヨイはカーツ大尉にイタズラを続けるタオを叱りに居間に戻った。タオはなおも壁に凭れたカーツの前に陣取って人差し指で彼の頬をツンツンと突いていた。目を開けているのに刺激に無反応な大人というものを初めて見て珍しがっているのだろう。

「タオ。ダメじゃないの。彼をそっとしておいてあげて!」

 ヤヨイは優しくイタズラっこの手を取り、窘めた。

「でも、ほっぺをつつくと目がクリクリするんだよ」

 タオは反論した。

「ホント? クリス」

 思わず傍らにいたクリスティーナを顧みた。彼女は両手を挙げてわからない、という仕草をした。

「あいにく外傷治療しか学びませんでしたので」

 とクリスティーナは言った。

「でも研修中にアンヴァリッド(廃兵院)に行きました。そこで大尉と同じような症状の方を見ました。北の部隊の兵隊だった人でやはり激烈な戦闘で精神に異常をきたした人と説明を受けました。看護人が毎日話しかけたりするのですが、反応が無いのです。それがもう何年も続いていると」

 アンヴァリッド、と聞いてヤヨイはまたレオン少尉を想い出した。現実世界では彼女はそこで終身の看護人をしていることになっている。それで彼女の伝説は失われたわけだ。

「そう。全く刺激しないよりは、いいのかもね」

「だろ?」

 タオはヤヨイの帝国語がわかるようで、勝ち誇ったような表情を浮かべた。

「でも、乱暴はダメよ。優しくしてあげてね」

 そしてヤヨイはグレイ曹長を呼び指示を授けた。

「曹長。今夜東の指揮官の方々を集めてください。どうもわたしがこの『学者』大隊を指揮することになったようなのです」

 およそ指揮官らしくない命令の仕方だった。

「わかりました」

「わからないことだらけで、アタマが蕩けてしまいそうなのです。援けてくださいね、曹長」

「大丈夫です。マルスの兵たちは少尉を信頼しています。先日の勝ち戦以降、特にそういう雰囲気が強くなりました。ご安心ください」

 生真面目な表情こそ崩さなかったが、グレイの落ち着いた声がヤヨイを励ました。

(そうだ。それでいいのだ、ヤヨイ。兵を頼れ。兵を頼るのだ、ヤヨイ)

 またふいに、あの声がした。不可思議に思いながらも、その声がさらにヤヨイの不安を打ち消した。


 
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