遠すぎた橋 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 3】 -初めての負け戦 マーケットガーデン作戦ー

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42 野蛮人、帝国の宰相に会う

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 11月22日。

 帝都は朝から底冷えがし、ぐずついた空模様が続いていた。

 今日何度目かの航空工廠との電話を終えたヤンは、飛行服の姿のまま窓辺からどんよりと曇った空を見上げため息をついた。出来ればその日中に北に発ちたかった。


 

 国土のほぼ中央にある広大な平野部に帝都はある。夏は乾期。冬は時折ぐずつきはするもののおおむね晴天が続く。春と秋だけ一時的に強い雨が降ることもあるが大雨になることは滅多にない。何十年も前に三日ほど大雨が続き帝都を流れる川が氾濫して最も土地の低いスブッラの商店街が軒並み浸水した惨事が未だに往年の人々の間に語り継がれているのを若い者は皆不思議がる。そんなことが起きるわけがないじゃないか、と。

 だが、そんなお湿り程度の雨でも飛行機は飛べなくなる。有視界飛行に頼らざるを得ないため、夜間や巡航高度三千から四千がちょうど雨雲の中になってしまう飛行は危険だった。旧文明の末期には加速度と時間を積算して現在地を推定するINS(慣性航法装置)と呼ばれる機械を使った航法や地球の周りを周回する複数のGPS衛星からの電波を受けて位置を特定する技術があったことはバカロレアの学者たちには知られていた。

 だが、かつては無数に飛んでいたそれらの人の作った星たちはこの千年ほどの間に悉く大気圏に落ち燃え尽きてしまったものと思われたし、学者たちもその事実を知っているだけでまだそれらの実現には程遠いところにいた。それらの技術の復活のためには軍備や戦争に振り向けるカネとモノとヒトをもっともっと集約させ、長い時間を掛けねばならなかった。


 

 ヤンの予測通り、ミン一族との休戦は破られた。しかも短い間に貴重な飛行船を一隻失い、第三軍に一個連隊に相当する損害も出していた。アルムやナイグンの空挺部隊も戦闘で損害を出していると報告があった。一刻も早く事態を打開する手立てを講じなくては。そのためには北に向かわねばならなかったのだ。ミン・レイとの交渉に臨む前に手を打っておいた効果がこれほど早く現れるとはヤンにも予想外だった。

 敵の豪族をしてチナと離反させチナ本国に歯向かわせる。古代の東洋で編み出された兵法の一つ「離間の計」は今でも十分に通用すると思っていた。南のミンで可能ならば、北のドンでも可能であるはずだと。

 今、ドン一族の主要な根拠地である北の大都クンカー周辺には、第二軍の進撃で追われた避難民たちが大量に流入している。それらを抱え込んだままわが第二軍の攻勢を迎え撃つのはドン一族には負担が大きすぎるだろう。それならばここはドンをして我が帝国と手を結ぶ選択をさせるにしくはない。

「我が軍は開戦前の国境まで後退する。その代わり貴軍はチナ本国まで軍をすすめ、チナに我が国への降伏を促していただきたい。代償として貴一族の旧領は全て安堵するし、貴一族が望むなら今後チナ内部の主導権を握るための助力も惜しまない。もちろん、わが帝国の宗主権を認める条件で、であるが」

 マーキュリーに持たせた親書。そこにはミン一族に対してのものよりもはるかに寛大な提案があった。果たしてドン一族は我が提案に興味を示し、会談に応じてきた。多分に武断的なミン一族に比べ、利己的なドンは与しやすかろうという予測は当たった。第二軍のハットン中将の英断で本格的なクンカー攻略を見合わせていたおかげであろうと思った。

 夕刻の礼拝の調べがカプトゥ・ムンディーの市街に流れ始めた。

 半日待っても天候は回復せず、待っている間にもう日が傾きつつあった。こうなっては偵察機は飛ばせない。第二軍の最前線まで陸路で行くことも考えたがそれには三日もかかる。明日には晴れるという予報だから、それならば飛行機の方が早い。

 一度着こんだ飛行服を脱ぎテュニカに着替えた。デスクにつき、もう一度ふう、と一息ついた。

 と、何か、大事なことを忘れているような気がしてきた。

 すぐに秘書を呼ぶベルを振った。

 ドアのノックの後に現れたのは、やはりマーサだった。彼女の存在は有難かった。一個師団どころか、彼女の姿を目にするだけで一個軍の増援を得る思いがした。

「お呼びですか」

 マーサは言った。

「ああ、マーサ。居てくれたんだね」

 ヤンはしばし緊張を忘れた。

「今日はもう北には行けないようだ。そう思ったら、何か大事なことを忘れてるような気がしてきてね」

「南からお帰りになったばかりだというのに、今度は北ですか」

 マーサは微笑み、ドアを閉めた。そして、デスクに歩み寄った。

「もしかして、ホテルに待たせているお客様のことではありませんか」

 ヤンはやっと思い出した。

「それだ! すぐに呼んでくれ」

 チナとのいくさの状況を憂慮するあまり、すっかり北の野蛮人のことを忘れていたのだった。それはそれで大切な未来への布石だった。事がうまく運べば北に配置する軍団を減らすことが出来る。今回被った損害を補って余りある果実を手にすることが出来るのだ。時間はかかるだろうが。

「トーガの着付けはお手伝いいたします」

 わずかに憂いを帯びた碧眼。マーサは美しい白い手を伸ばしてヤンのテュニカの肩に掛かった糸くずを優しく払い落とすと秘書室に下がった。彼女の嫋やかな麗しい残り香に触れ、ヤンはしばし戦争の悲惨な現実を忘れた。


 


 

「あー、べー、つぇー、でー、えー、えふ、げー、はー・・・」

 帝都の視察をあらかた終えた二人は、クーロン飯店のインペリアル・スイートで寛いでいた。

 が、暇を持て余し過ぎてホテル備え付けの「三国志」のページを繰り始めたアレックスの傍らでは、ヤーノフがこれもホテル備え付けの便箋に真新しい小学生用の手習いのテキストを手本にして拙い文字を書き連ねているところだった。

「フン!」

 アレックスは同じ青い肌をした大男の拙い修練を鼻で笑った。

「そうやって笑ってろ、アレックス。今にお前の読んでいる本よりも分厚い本を読めるようになってやる!」

 ヤーノフは大真面目なのだった。

 と。

 コンコン。ドアがノックされた。

 アレックスが出てみると昨日ずっと一緒だったあの准尉のおばちゃんが立っていた。

「今から内閣府に行くわよ。下で待ってるから早く来るのよ。身だしなみをしっかりね」

 ヤーノフもアレックスもそれなりにいい歳の大の男だ。なのにあのおばちゃんにかかってしまうと二人ともまったくの子ども扱いである。

「おい、何時まで悩んでる。早くしろ」

 すでに仕度を終わっているアレックスがベッドルームのヤーノフを急かした。

 だが彼は下着姿のまま、まだ悩んでいた。ベッドの上には今まで来ていた帝国の標準的な服であるテュニカと、国境を越えた時に着て来た毛皮とが並べられていた。

「う~む・・・」

 国境の川を超える時の決死の悲愴な決意からは程遠いところに、今の彼はいた。ヤーノフの胸中には今、静かな興奮と期待と明日への明るい展望だけがあった。


 

 丁度降り出した小雨の中、元老院が用意した六頭立ての馬車はホテルから一分も経たないうちに元老院前広場に面する内閣府の前に着けた。例によって金ぴかのヘルメットを被った警備兵兼儀仗兵が二人の客の降車を介添えしてくれた。

「ここからはあんたたちだけで行きなさいね」

 こんな帝国一高級な馬車で来た賓客に「あんた」呼ばわりするのはこのおばちゃんぐらいのものだ。もっとも二人の服装もその呼ばわれ方に合ってはいた。一人は帝国陸軍のカーキ色の冬用軍装。そしてもう一人は北の野蛮人が冬に好んで着る毛皮と革帯と檜皮のブーツといういで立ち。そして二人とも肌が真っ青だった。

「ようこそ帝国内閣府へ。ヤン議員がお待ちになっています。ご案内いたします」

 儀仗兵に案内され、ヤーノフとアレックスは内閣府の荘厳な石の建物の中に入って行った。

 通されたのは貴賓室だった。ここに外国の要人が通されたのはつい三週間ほど前に今帝国が干戈を交えているチナの特使が招かれて以来のことだった。だがヤーノフには知る由もない。

 荘厳ではあるが簡素な元老院の議場の隣に位置する内閣府も全て黒御影石作りの重厚な印象だったが、この部屋に一歩足を踏み入れるやあまりな絢爛豪華さに眩暈がしそうなほどだった。帝国人の心の故郷であるヨーロッパの中でもひと際豪華さで他を圧倒していたフランスの宮廷内部を模して造られたという貴賓室だけは違った。

 床にはヤーノフの野卑なブーツが埋まりそうなほどやわらかな深い紺色のカーペットが敷き詰められ中央には帝国の象徴である鷲の紋章が描かれていた。壁は同じ帝国の紋章をレリーフした重厚な臙脂色の高価なクロスが張られそこには数々の旧文明の有名な絵画の模写が飾られ、天井にはこれまた旧文明の中世の作になる天井画が描かれ、その四隅や柱は水煙を模したデザインの金箔張りで部屋の壁際や低いテーブルに寄せられた座椅子はすべて臙脂色のビロード張り。もちろんそれらの調度にもおしなべて金箔が張られていた。

 その大きな貴賓室の佇まいに毛皮の野蛮人とカーキ色の通訳は目を丸くして見惚れ、白い制服姿の給仕たちの一団が盆を捧げて入って来たのにも気づかないほどだった。

 給仕たちはそれぞれの盆の上から帝国中から採れた山海の珍味の数々を卓に並べ終わるや、皆が壁際にズラリと居並び、侍立した。その料理の数々にもヤーノフたちが目を回したのは言うまでもなかった。

「おい、これ全部食いものか?」

「そのようだ。オレも初めて見る」

 二人は給仕たちに聞えないように小声でつぶやき合った。

 あまりの驚きに突っ立ったままの二人に給仕頭が声を掛けた。

「よろしければお掛けください。お飲み物はいかがですか」

 そう言ってテーブルの傍のソファーを促し彼らを座らせるとガラスのグラスに緑色のボトルから泡の立つ液体を注いだ。

 口の中に爽やかな刺激が溢れ、甘く芳醇な味わいをもたらした。美味い。

「これはビールか?」

 ヤーノフがアレックスに訊くとアレックスが通訳する前に給仕頭が答えた。

「これはゼクト(Sekt)、シャウムヴァイナともスパークリング・ワインとも言います。帝国西で採れる最高級のブドウから作らせました。ウェルカム・ドリンクでございます。シンポジオンでございますのでどうぞ脚をお上げになってごゆるりとお寛ぎ下さいませ」

「なんだ、しんぽじおん、てのは」

「・・・申し訳ないが、オレにもわからん」

 と。

 ドアが開き、白いトーガに身を包んだ東洋人と絹の光沢を放つ淡いピンクのドレス風長丈のテュニカで装った金髪の白人女性が現れた。二人はヤーノフの傍まで来るとそれぞれに手を差し伸べた。

「ヤーノフ殿ですな。元老院議員のヤンです。初めまして」

 ヤーノフは慌てて立ち上がりトーガの紳士の手を握った。

「お会いできて光栄に存じます」

 彼の黒い瞳は澄み穏やかな微笑でヤーノフを包んだ。

 これがこの帝国の皇帝の次に偉い御仁か・・・。

「こちらは秘書のマーサ」

「初めまして、ヤーノフ様。マーサです」

 金髪の女はドレスの裾を持ち正式な挨拶を贈り右手を差し出した。彼の二人の妻、マリーカとエレナのちょうど中間ほどの歳だろうか。やはり穏やかで柔らかな印象を受けた。こういう女は彼の妻たちを含めシビルの里にも北の諸部族にもいないだろう。

「・・・シビル族のヤーノフと申す」

 アレックスの通訳を受け、ヤンという男は大きく頷き、背の高い軍属にも親しく声を掛け、握手した。

「アレックスと言ったね。いろいろご苦労だった。会談に入る前に、大いに食事を楽しもうじゃないか。これは帝国の正式な昼餐だ。どうか寛いでくれとヤーノフ殿に伝えて欲しい」

 アレックスは頷き、ヤーノフにヤンの言葉を伝えた。

 マーサもアレックスに右手を差し伸べ、ヤンはヤーノフのすぐ隣の長椅子に腰を下ろし、長椅子の上に脚を寛げたからヤーノフは驚いた。

 帝国人は寝そべってメシを食うのか。これが正式と言ったな。はは~ん・・・。

「これがシンポジオンなのです。食事しながら寛ぎ、かつ飲み、詩の朗読や音楽に耳を傾け、優雅な時を愉しむ宴なのです。帝国では古代ローマの伝統に従って暮らすのが好まれています。どうぞお楽になさって下さい」

 それでヤーノフもヤンに見習いひじ掛けに片肘をついて脚を上げた。ちょうど足を上げたところが板張りになっていた。なるほど、と合点がいった。

 そして再びグラスにゼクトが満たされ乾杯した。

「お互いの祖国の繁栄と利益のために」

「我が一族の未来と帝国の将来のために」

 昼餐はもっぱらヤンがヤーノフたちの視察について尋ね、ヤーノフが帝国の制度や仕組みについて様々な質問を投げかける形で和やかに進んだ。

 ヤンが尋ねた。

「一番印象に残ったのはどこでしたか」

「それは、小学校だ」

 ヤーノフは即答した。

「西の国と交戦中にもかかわらず、幼い子供たちが敵に怯えることもなく、読み書きや帝国の歴史や算術や基礎の理学を学び、伸び伸びと子供らしく過ごしている。この素晴らしい帝国の基礎がそこにあるのだということがよく理解できた。我が里もまたこうあるべきだと、強く思った」


 

 会談は続きの間に場所を移して行われた。一人がけのソファー同士を寄せ合い、ヤンとヤーノフは額を突き合わせるようにして相対した。二人の間の後ろに通訳であるアレックスが控え、マーサはヤンの傍らに小さなデスクを置いて会談の内容を記録した。

「さて、」

 と、ヤンが切り出した。

「まず伺いたいのは、この度貴殿が身の危険を顧みずに国境を越え、わが帝国に来られた動機である。貴民族と我が国との間には三百年以上もの長きにわたる確執があるはずだからである。

 そしてそれは常に貴民族の我が領土内への侵略の形でなされた。我が国から貴民族の側へは三十年前に一度だけ大規模な侵攻が行われ、それ以降はこの五年ほどの間に数度、いずれも貴民族の根拠地ではなく貴民族が我が国へ来襲しようとした根拠地を専制する形で我が方から小規模な威力偵察が実施された。それは貴民族からの侵攻を防止せんがためのものであることは言うまでもない。我が帝国には貴民族の地へのこれ以上の領土的野心は全く無い。

 だが、これまでの間に我が帝国と貴民族の間で交わされた戦闘による被害は圧倒的に貴民族の側の方が多いはずだ。貴民族の中には我が帝国に対し長年の確執や怨念を持つ者も少なくないのではと推測する。

 にもかかわらず、今回貴殿は我が帝国に和平を求めて参られた。その理由をまず、伺いたい」

 もちろん、ヤーノフは答えた。それこそが、この強大な帝国に単身来た目的だったからである。

「過去の経緯について争う意思はない」

 今更虚飾を衒っても仕方ない。真実そのままを言えばいいのだ。ヤーノフは胸を張った。

「もちろん、貴殿が憂慮するように帝国に対して反駁する者は我が一族だけでなく他の種族たちにもあるだろう。だが、そんな確執や怨念を今後も引きずって何になるだろうと思った。問題は、今であり、未来である。それが、動機と言えば動機になる。

 部族同士で争い、ひもじくなると南の帝国に攻め入って略奪を繰り返して来た歴史を変えたいと望んだ父の遺言があったからでもある。

 だが、何よりも我が子供たちに明るい未来を与えたいと望んだからである。すでにあらゆる分野で帝国が我が民族の上に立っているのは明らかだ。我々は同族同士で争い合うよりも進んで貴帝国と手を結び、より良き未来を模索したいのだ」

 会談は終始和やかに、穏やかに進んだ。そしてより実務的な実際的な内容に踏み込んでもそれは変わらなかった。

 あるべき同盟の形態やそれを実施する手順の確認が行われた。

「この度の我が帝国と貴殿のシビル族との同盟が貴一族の承認を受けたとしても、それだけでは十分ではないと思われる。当然ながら貴一族と敵対する部族はあり、貴一族はこれまで以上に周囲の部族からの敵意を受ける恐れがある。そのためには同じ行き方を選択する部族を糾合することも視野に入れる必要が出て来ると思われる。

 目算はおありになるか。おありになるとすれば、それはどの程度のものとなるか」

 ヤーノフは予てから考えていたことを披瀝した。

「今回自分が帝国に来るにあたって隣の部族であるクラスノ族の意見を参考にした。この部族は比較的にわがシビルと友好な関係を持っている。手始めにまずこのクラスノと意を同じくし、両族同名の形で広く各部族に呼びかけを行おうと思う。だが、実現までにはある程度の時間もかかるものと思う。それまでの相当な期間は民族の中で孤立することも覚悟せねばならないだろう。その場合、帝国は我が一族のために援軍を送ってくださるか。そしてその代償は何か」

「繰り返すが、帝国には北に領土的野心は無い」

 ヤンは答えた。

「我々にとっての利益は貴部族を含む北の諸部族が我が領土を侵さず平穏を保つことだ。そうすれば、我が帝国は長期的には国境の軍備を削減することが出来、軍備を維持するための歳費を節約できる。これは大きな利益になる。さらに進んで貴民族との間に貿易が行われ商人たちが行き来し物品を売り買い出来るような情況になればお互いの経済も伸びる」

「けいざい・・・」

「それもまた我が帝国の利益になる。

 帝国は東の国と友好条約を取り交わし通商を行っているが攻守同盟は未だどの国とも結んでいない。締結すればそれが初の軍事同盟になる。

 その同盟は現実的には貴一族の要請で我が軍が越境し貴一族を掩護する形をとるだろうし、場合によっては我が軍の一部が貴一族の近隣に陣営地を構築して駐留する形をとるほうがいいかもしれない。我が軍の軍事的プレゼンスが他の部族の攻撃を抑止するわけだ。そして、その実現のためにはお互いの信用と安全を担保するための措置を講ずる必要も出てくるだろう」

「人質ということだな」

「左様」

「それは当然だ。だがどの程度必要なのか」

「貴殿のシビル一族の総人口は約二千。およそ三百家族からなると伺った」

「いかにも」

「家族数の十分の一程度の子供でよいだろう」

「三十人か・・・。」

「単なる人質と考えると説得もしにくかろうが、『強制的な留学』と説明すればどうだろうか」

「『強制的な、留学』?」

「お預かりした貴一族の子弟は元老院議員か貴族の家に預けられ、リセに通わせる」

「リセ?」

「小学校の上級の学校だ。そこで六年間学び、再び貴一族の里に帰る。貴一族の子弟は順次12歳になったら帝国に留学し大いに学び、再び貴殿の元に帰り学んだことを貴一族のために生かすのだ」

「ほう・・・」

「帝国人の大部分は平民で、その少なくない部分は小学校を卒業する12の歳に親元を離れて社会に出る。リセに進学する者は寄宿舎に入る。貴族の家からリセに通わせるということは、一般の多くの帝国人よりも良い待遇だということだ。しかも、成績が良く本人と家族の希望があればさらに上の学校に行くこともできる」

 ヤンは立ち上がった。元老院前広場に面した窓を開けると野蛮人を振り返った。

「ヤーノフ殿、あれだ」

 青い肌の毛皮の野蛮人は帝国の宰相の隣に立った。そぼ降る小雨の広場の向こう、内閣府の他の部局の入る建物のさらに向こうに広がる緑のキャンパスを望んだ。

「我が帝国の知の象徴、最高学府バカロレアだ。卒業生は皆帝国の様々な分野で主導的役割を果たしている。貴殿の子弟も貴殿や本人が望むならば入学試験を受けられる。帝国はバカロレアの門戸をその能力によって等しく臣民全てに開いている。私とそこにいるマーサの母校でもある。

 学費はリセ同様全額帝国が負担する。貴一族は何も支出する必要はない。学ぶ意欲と能力さえあれば、貴殿の子弟にも入学が許されよう」

 ヤーノフは、そぼ降る雨に濡れた石造りの建物が点在する帝国最高学府の緑のキャンパスを食い入るように眺め続けた。

 彼が思い描いていた、子供たちに帝国の知を学ばせたいという願いは俄かに現実味を帯びだしていた。

「ヤーノフ殿。失礼ながら、私は貴殿が私共が用意したテュニカでなく貴殿の民族の服を着ておいでになったことで貴殿を信用するに値する人物とお見受けした。『信義と尊厳』が、帝国にとって最も大切な価値だと思うからです」

 彼が自らの本来の姿でここに来たことは、やはり正しかったのだと思った。
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