遠すぎた橋 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 3】 -初めての負け戦 マーケットガーデン作戦ー

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58 アルムへ・・・

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 黒騎士を従え、マルスの娘は再び橋を渡った。そして彼女の後ろには十一人の剣士が続いた。よく橋を渡る夜だった。

 フロックス少将の宿舎となっている、元は「優等生」西中隊の拠点の一つだった家に赴いた。

 当番兵に呼ばれて戸口に出て来た略装の少将はバンドルー中佐と「学者」の士官たちの面々を一渡り見回すと、中佐が何を言いに来たかがわかったのに違いない。あの快活な「庭師」がムッツリと押し黙って突然やって来た部下の「バンディット(無法者)」を睨みつけていた。

「あのう、閣下。もうお休みのところ申し訳ありませんがご報告がありましてまいりました」

 バンドルー中佐はあたかも鼻くそでもほじりながらのような、実際には将官であり上官であるフロックスに対しそんな無礼はとらなかったが、そんな気の抜けた暢気そうな体で話しはじめた。肝胆相照らした騎兵の師弟同士。長年の付き合いだからこその、だとヤヨイには感じられた。

「さっきハインツから聞いたんですがね。第一中隊の10両の戦車がことごとく全て不具合を起しまして、エンジンとかサスペンションとか回転砲架やらに。どうも全部オーバーホールが必要のようなのですよ」

「・・・」

「小官も確認しました。そしたら、戦車だけでなくどうも機械化歩兵のトラックまでもなんです。パンクやらラジエターの水漏れやらオイルパンにひびが入ったやらで。緒戦でいささか酷使しすぎたようですな。よって全車ことごとくガレージに入れますのでしばらくの間オンステージ出来ません。ちょうど機械化は全員拠点と丘の守備に就いていますので今トラックも必要ありませんしね。それをお伝えしたかったのです」

「・・・」

 ここは最前線でありガレージもなければ修理施設も修理工さえいない。そんな見え透いた、バレバレの大嘘。もちろん、少将にはわかっている。これはフロックス少将とバンドルー中佐の間だけで通じる「腹芸」なのだろう。

「そしてですね、閣下。何故か時を同じくしてこの落下傘連隊もナイグン西方の『偵察』に赴きたいとのことらしいです。あくまで『偵察』で、車両の不具合と重なったのはあくまでも『偶然』ですがね」

 バンドルーはさらにバレバレの大嘘のダメ押しをした。

「・・・グールド大佐は、承知なのか」

 と、フロックス少将は言った。その目は「大隊長補佐」であり「アイゼネス・クロイツ」のヤヨイを見下ろしていた。

「・・・いいえ、閣下。『偵察行動』は我々『学者』の、独断です」

 ヤヨイは身じろぎもせず、フロックスを正視して答えた。

 少将はギュッと目を瞑った。沈黙が、長かった。

「・・・ジャック」

「はい、閣下」

「いつから始めるのだ」

「もう一刻の猶予もないかと」

「作戦開始から24時間でカタをつけろ。それ以上はダメだ。第六軍団の歩兵部隊がナイグンに到着する前に全て終わらせるのだ。わかったな? そして『修理』に出した戦車やトラックが無傷で戦線復帰できるように配慮するのだ。もちろん、落下傘連隊の兵たちもだ。全員無事に『偵察任務』を終えて帰還できるよう手配りしろ!」

「心得ております、閣下」

「そしてヴァインライヒ少尉!」

「はい、閣下!」

「貴官たちが何をする気かは知らんし、聞かん。だがいずれにせよグールド大佐の同意だけは得ておくのだ。いいな? これが機甲部隊を動かす条件であり、命令だ!」

 たとえ将官だと言えども機甲部隊司令官が自らの指揮下にない他部隊である空挺部隊の士官に命令は出来ない。それは命令というよりフロックス少将の老婆心だったろう。まだ尉官に過ぎない身には大きすぎる責任であると言いたかったのだ。

 ヤヨイは「庭師」の心中を察した。

「Jawhol! 」

「では、勝手にしろ! この、大馬鹿者どもめらが!」

 そう言って戸口の奥に消えた。

 万が一、この命令違反行動が露見すれば責任を問われる立場。それなのに「大馬鹿者ども」のたった一言だけで許しを与えるとは。その大きな度量。部下への篤い信頼。フロックス少将が部下から慕われる理由がわかった。

 ヤヨイをはじめ「学者」士官全員が、戸口の奥に消えたフロックス少将に感謝し、敬礼した。


 

 

 「黒騎士」戦車大隊第一中隊の兵たちには詳しい説明などは必要なかった。

 戦車兵たちも理不尽な進撃停止の命令に疑問を持ち、自分たちのために橋を確保してくれている空挺部隊を案じ、なんとかして救わなければと焦れていた。

 兵たちは夜じゅうかけて随伴して来た補給トラックからガソリンを補給し、それでも足りない分はおっつけ到着した「黒騎士」の他の中隊の戦車から燃料を抜き取り第一中隊の戦車とトラック部隊とに充填した。こうして燃料満タンの10両の戦車とトラックが朝までに進撃準備を整えた。

 そして、空挺部隊は。


 

「なあ、これからどうする?」

 ウェーゲナー中尉が切り出した。

 再び橋を渡って東岸に戻りバンドルー中佐と一時別れた12人の士官たちはしばし夜中の幕舎前で屯った。

 皆ヤヨイとヨハンセン中尉の顔を見た。

「これでアルムまでの脚と『大工』を包囲する敵勢力排除の手段は得たわけだ。後は敵情を吟味して渡河地点と突破地点を決め作戦を練る。それをアルムの『大工』に通報して打ち合わせる。渡河用の簡易ボートの手配も必要だろう。アルムの川はここよりも水深があると聞いた。そして兵たちに事情を話して救出隊への志願を募る、かな?」

「優等生」はそのように状況を整理した。

「閣下の言の通りグールド大佐の同意も得ておかなくては」

 オットー少尉がそう付け足した。

「そうだ。あと数時間で夜も明ける。時間がない。手分けしよう」

「では工兵隊から簡易ボートを借り受けるのはオレが行こう」

「詐欺(いかさま)師」のゼーバッハ少尉が言った。

「作戦はキミとヤヨイで練れ。そのほうがいい」

 ウェーゲナー中尉がヨハンセンとヤヨイにそう言った。

「そして兵たちに事情を説明するのは残った者達で当たればいい」

「覗き魔」の言葉に一同頷いた。

「何か、忘れてないですか?」

「鍛冶屋」のハーゲンドルフ少尉が呟いた。

「ああ・・・。グールド大佐か」

 ウェーゲナー中尉がヨハンセン中尉の顔を見た。お前が行けと目が言っていた。一番メンドウな役目だったからだ。

「いいよ。仕方ない。ボクが行こう」

 第151期陸軍士官学校主席卒業の自負が彼にそう言わせた。

「いいえ、中尉」

 ヤヨイがヨハンセンを抑えた。

「兵たちの志願を募った後、志願者全員で、空挺部隊全員で押しかけましょう。もう、言葉は要りません。行動あるのみです!」

 ヤヨイの背後で松明が燃え盛り、風に煽られた火の粉が舞い散ってゴーっという音を立てていた。炎を背にしたマルスの娘の言に一同、頷いた。

「そうと決まれば早速行動だ。急ごう、みんな!」


 

 機甲部隊司令部として接収された家からアルムの航空写真を「借り出す」には造作なかった。なにしろここに軍事書類一式を運び込んだ幕僚たちの中にリヨンもいたのだから。それにすでに事は決していてもう機甲部隊の出番はない。だから幕僚たちもそれぞれの幕舎に帰ってしまい、深夜の司令部にいたのは護衛の当番兵だけだった。

「ちょっと目を通しておきたい書類があるので」

 当番兵にはそう言って入り口を入り、無人の幕僚室で持ち込んだファイルキャビネットを漁った。目当ての写真はすぐに見つかった。

 そこで、ふと気づいた。

 これはウリル少将に一報しておいた方がいいだろう、と。

 なにしろ、ヤヨイたちがやろうとしていることは重大な命令違反なのだったから。

 文案を作成してクィリナリスにだけ通じる乱数表を取り出し数字の羅列に変え、通信機のスイッチを入れた。そして、いささか長い電文を打電し始めた。

 ツー、トトト、ツー・・・。

 初めて共同で作戦に当たったレオン少尉の事件でヤヨイに北の野蛮人の土地にある丘の重要性を示唆したのは彼だった。

 レオン少尉の人となりを聞いていたからムダな行動は一切しない人物だと思っていた。事前の威力偵察で川の北岸の丘は敵影がなくなっている。彼女を包囲しようとする帝国軍の鎮圧部隊のウラをかいてレオン少尉が同志たちと合流するために西へ向かうとすれば必ず丘を通る、と。事実、その予測は見事的中し、ヤヨイは無事任務を果たすことが出来たた。

 武術の達人で、美人で・・・。アタマはいい。だが、ちょっと抜けたところがある。機転は利く。だが、カンの鈍いところもある。

 そういうところも含めてすべてがヤヨイの魅力になっていた。そしてそれを理解し支援できるのは自分だけだ。そうとでも思わないとやっていられない。

 ヤヨイの奴・・・。どうしてお前は僕を困らせるんだ。

 心の中でそう毒づきながら、リヨンは軽やかにモールスのキーを叩き続けた。ヤヨイという女神のフォローと尻拭いをすることに、リヨンは次第に楽しみと快感とを見出すようになっていた。


 

「学者」の兵たちにも細かい説明は要らなかった。

 激戦が終わり、少なくない仲間を失い、それでもなんとか任務を果たすことが出来て生き残り、味方の到着と敵の退却、そして何日かぶりでシャワーを浴びて人心地着き、鬼から人間に戻り仲間と死地から生還した喜びを分かち合って一段落すると気になるのはまだ橋を守り続けているアルムの仲間だった。

 自分たちの任務は終わった。だが彼らはまだ今この時も敵に包囲されたまま戦っている。それなのに・・・。

 命令だから皆とりあえずシュラフに潜り込んではいた。だが、就寝時刻を過ぎても兵たちの多くが理不尽な命令に疑問を抱き、なかなか寝付けずにいた。それぞれのテントでみな不満を顕わにしていたのだった。

「明日か明後日、歩兵部隊が来たら国に帰るんだとよ」

「アルムの『大工』を置いてか?」

「命令なんだ。仕方ねえだろうがよ」

「ええっ、そんな・・・。ありえねえよ」

 それは女たちのテントでも同じだった。

「ホントに国に帰るの? アルムの『大工』を置いて?」

「命令なんだから。仕方ないわよ」

「そんな・・・。できないよ。帰れるわけないじゃん・・・」

 士官たちが思っている以上に、「学者」の兵たちの戦友愛は強かった。

 指揮官たちはまず曹長軍曹の下士官を集め事の次第を伝えた。下士官たちは一人残らず我が意を得たりと救出作戦に賛同し、自ら各テントに散っていった。

「お前たち、起きろ! 今からアルムの仲間を救い出しに行く。ただし強制ではない。参加を希望する者は完全武装の上グールド大佐の宿舎前に集合せよ。駆け足!」

「マルス」のグレイ曹長もまた兵たちのテントに首を突っ込んでそれだけを言った。兵たちに異存のあるはずがない。男女の別なく、一人残らず飛び起きて皆軍装を整え始めた。

 ヴォルフガングと一緒に寝ていたタオも兵たちが皆起き出してゴソモソし始めたせいで目を覚ました。

「ヴォルフィーにいちゃん・・・」

「ああ、そうだった。おまえがいたんだっけな」

 寝ぼけ眼を擦っているタオを見下ろし、呟いた。

「とりあえず靴を履け。寒くないように上着を着てな。小隊長に相談してみよう」

 そう言ってハーッと吐息で掌を温めタオの手を引き、銃を掴んで兵たちと共にグールド大佐の宿舎として接収された民家の前に行った。


 

 もう明け方が近かった。

 すでに完全武装を整えたヤヨイたち士官の前に続々と兵たちが集まり、号令もかけないのに誰言うともなく小隊毎に整列した。

 小隊の列の先頭に立った下士官が一人ずつ各小隊の人数を報告した。

「『鍛冶屋』小隊23名全員揃いましたっ!」

「『でぶ』小隊25名全員ですっ!」

「『覗き魔』小隊19名全員揃いました!」

「『詐欺師』小隊・・・」

 下士官が申告する度にヤヨイはウン、と頷き兵たち一人一人の顔を見ていった。夜中に起こされたのにもかかわらず、兵たちの顔はどれも紅潮し闘志を漲らせていた。

 12個小隊全隊の申告が終わった。

 降下した際は400近かった「学者」大隊はすでに300を切っていた。

「ヨハンセン中尉、お願いします」

 ヤヨイは隣に立っている「優等生」を顧みた。

「違うよ、ヤヨイ。兵たちはみんな、キミに指揮してもらいたいんだ。キミが言うべきだ」

 降下した時は満月だった月が半月になり東の空にかかっていた。その光が中尉のソバカスを浮き上がらせていた。他の士官たちもみんなヤヨイに頷いている。

「そうだぞ、ヤヨイ。みんな『アイゼネス・クロイツ』の『マルスの娘』の許で戦うのを望んでいるんだ」

 共に丘を守ったウェーゲナー中尉も、そう言った。

 ヤヨイは頷いた。一歩前に出た。肩に担っていた銃を下ろし、銃床を地についた。そして、胸を張って大きく息を吸い込んだ。

「Soldaten!(ゾルダーツン、兵士諸君)」

 銃口の上に両手を置いて兵たちに呼びかけるヤヨイを半月が優しく照らしていた。青白く照らされたマルスの娘は、そこに居並ぶ兵たちにとって「コン・ミリーテス(戦友諸君)!」と呼び掛ける帝国皇帝よりも神々しく、映えていた。

「すでに曹長軍曹たちから説明があったと思うが、これより『学者』大隊はアルムに向かい『大工』大隊救出の任に就こうと思う!」

 大勢の兵の前でそんな呼びかけをするのは初めてだった。だがここは毅然たる意志を示すべき時だ。かつてレオン少尉が小隊の兵たちに呼びかけた時のことを思い出しつつ、声を励まして腹の底から、宣言した。整列した兵たちは皆、美しく可憐な指揮官の、その外見に似合わない力強い声に肝を揺さぶられた。

「知っての通り、第六軍司令部の命令はここナイグンでの待機、そして歩兵部隊到着を待っての本国への帰還である。従って今から行うのは正規の作戦行動ではない。

 だが、今この時もアルムの『大工』大隊は敵チナ本国軍に包囲され、孤立したまま橋を守り続けている。わたしは、そしてここにいる『学者』大隊指揮官たちは、その仲間を置き去りにしたまま本国になど帰れない。

 わたしはその思いを同じくし賛同してくれる者を募りたい。

 みんな、西を見て欲しい」

 ヤヨイは右手を挙げて橋を指した。橋の下にはまだ煌々とライトが焚かれ足場が組まれて夜を徹しての爆弾の撤去作業が続いていた。ライトの灯りに橋がシルエットとなって浮かび上がっていた。兵たちは自分たちが守ったその橋に目を向けた。

「我々は少なくない犠牲を払い、ミン一族の猛攻から死力を尽くしてこの橋を守った。その激戦から辛くも生還したばかりだ。

 アルムを包囲する本国軍もまた兵力、装備、ともにミンに勝るとも劣らない勢力を持っている。少なからず、犠牲も出るかもしれない。それでも仲間を救いたいと、同じ落下傘の仲間を救いたいと思う者だけ残って欲しい。そして残った者達で連隊長どのに対し筋を通し、そしてアルムへ向かう」

 ここでヤヨイはもう一度兵たちを一渡り見回した。

「諸君! これが最後の意思表示の時だ。正規の命令ではない本作戦に諸君たちに参加の義務はない。救出作戦参加は貴官たちのまったくの自由な意志次第だ。

 諸君それぞれに事情もあろう。皆の手前言い出せない者もいるかもしれない。ここナイグンに残りたい者は無言でテントに帰って欲しい。参加する者はどうかテントに帰る者を見ないでやってもらいたい。もちろん、罵倒したり蔑んだりしてはならない。

 行く者も、残る者も、変わらない落下傘連隊の戦友たちだ。それだけは、この場で言っておきたい」

 半月が雲に隠れ、再び顔を出した。誰一人としてその場を立ち去る者はいなかった。

 その様子を、宿舎の二階の窓から見下ろしている大きな影があった。

 いや、正確にはその大きな影は窓に背を向け目頭を抑えて咽び泣いていた。

 影はたまらずに階下に駆け降り、戸口を開けた。その気配に、ヤヨイはゆっくりと振り返った。見上げるような大きな影に、ヤヨイは胸を張って、言った。

「大佐殿。『学者』大隊はこれより『ナイグン西方』へ赴き『敵情の偵察行動』を行います。機甲部隊のフロックス閣下には上申済みです。閣下より『大佐の許可を受けろ』との指示を頂きましたので参りました」

 ヤヨイもまたバレバレの、見え透いた大嘘を吐かねばならなかった。グールド大佐の立場を守るためなのは言うまでもなかった。

 ヤヨイは「渡り鳥」の側に寄り、兵たちに聞えぬよう声を落とし囁いた。

「『マルス』は『黒騎士』と共に囚われの戦友を救いに参ります。どうかわがままをお許しください」

 グールドは毛むくじゃらの腕を差し出してヤヨイの手を取り固く握った。

「何を言う。本来であればオレがキミらを率いねばならんというのに。オレの方こそ詫びと感謝を言わねばならん」

 すでに連隊長の両目が赤かった。

「正規の作戦ではないからその労に報いることは出来んかもしれん。だが、この命に代えてもキミらに責が及ぶことだけはさせん。どうか無事に、帰ってきてくれ」

「それだけで十分です、大佐殿」

 ヤヨイは敬礼した。「学者」の指揮官たちも「マルス」に倣った。

 そして再びヤヨイは兵たちに向き直った。

「兵士諸君! 」

 ヤヨイは言った。

「時は充ちた。行こう、アルムへ!」

「Jawhol!」

 300名の兵たちは一斉に銃を掲げ、唱和した。

 それはあたかもルビコン川を前にした神君カエサルが第十三軍団の兵士たちに呼びかけるがごとくに兵たちには聞こえた。帝国臣民なら誰もが知っているそのシーン。小学校の教科書にも載っていた古代ローマの有名な故事だった。

 唱和した兵たちの胸に熱い感動が沸き起こった。

 続いて下士官たちの号令が下った。

「『鍛冶屋』小隊! トラックに武器弾薬を積載、乗車して待機。駆け足!」

「『覗き魔』小隊! 武器弾薬積載方、かかれっ!」

 300名の兵たちは一斉に駆け出して行った。

「小隊長殿!」

 兵たちの多くが駆け去っていった後に「マルス」の風呂好きのヴォルフィー、クルッペ一等兵が残っていた。彼は幼い子供の手を引いていた。

 すっかりタオの事を忘れていた。ヤヨイは手にした銃を肩に担い、ナイグンの少年に駆け寄った。

「タオ!」

「おねえちゃん!」

 ヘルメットを脱いで小さな身体をひし、と抱きしめ夜風に冷えた頬に頬を合わせた。とたんに切なさがこみあげた。

「おねえちゃん、どっかに行っちゃうの?」

「ごめんね、タオ。ごめんね・・・」

 後の言葉が続かなかった。でも、母は、行かねばならない。

 と、そこへ。

「ヤヨイーっ!」

 橋の上で手を振っている影が見えた。司令部に航空写真を取りに行ってくれていたリヨン中尉だった。

 またもなんといういい所へ来てくれるもんだと思った。思えばレオン少尉の一件から、彼はいつもヤヨイの必要とするときに現れ、彼女を援けてくれていた。

「中尉! またいいところへ来てくださいましたね」

 そしてタオに言い含めた。

「タオ。おねえちゃん、大事な仲間を助け出しに行かなきゃなの。必ず帰って来る。それまで、このおにいちゃんと待ってて」

「は? この子、誰?」

 呆気に取られているリヨンから写真の入った紙袋をもぎ取り、代わりにタオの手を握らせた。

「リヨン中尉。この子を、タオを頼みましたよ」

「え?」

 そしてヤヨイは西に向かった。
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