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63 進撃開始
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土手に残り帰還用のボートと渡河地点を守る守備隊はヨハンセン中尉に任せた。他の8個小隊、「マルス」を含む「東」中隊と「西」中隊からの2個小隊約200名。それが敵陣を突破して「大工」を救出に向かう突撃部隊となった。
ヤヨイたちはそれをさらに二つに分けた。ヤヨイの指揮する「ヤヨイ」中隊とウェーゲナー中尉が指揮する「ラインハルト」中隊だ。
両中隊二百名は歩兵操典通りに互いに援護と前進とを交代しつつ渡河した土手を登り北に降りた。
そこはアルム南の郊外。
広大なキビ畑の中に集落と言えるほどの農家が点在している、帝国の南の地方と同じような風景が広がる土地だった。キビは背が高く、前進する突撃部隊の姿をおあつらえ向きに隠してくれた。
ヤヨイたちがここを渡河地点に選んだのには川の流れが緩やかであることの他にこの集落の存在があった。
今までヤヨイたちは「守る」戦いをした。前進をせず、拠点に拠り、防衛に専念する戦いだ。
実際の戦闘ではありえないが、もし戦力が全く等しい部隊同士が戦った場合、攻撃側よりも守備側の方が圧倒的に有利だ。「三倍の原則」というものがあるからだ。攻撃側は守備側の三倍の兵力を必要とするという意味である。
守備側は塹壕やタコツボの中に身を潜め、胸壁を盾にし身を守ることが出来る。突撃してくる全く無防備な攻撃側に対し、安全にこれを迎え撃つことが出来るからである。
攻撃側が守備側よりも多くの兵力を必要とするという原則は、実は相当に古くからある。あまりにも古くからあり過ぎてテキストの選定に迷うほどだ。
千年前の旧文明の終末からさらに遡ること三百年。
それまで剣や槍が主役だったいくさが変わった。戦闘に銃が登場したのである。
当時の銃は初期の先込め式であった。筒先から先に火薬を入れ、長い棒で突き固め、その後に丸い鉛の弾を込める。15世紀から16世紀にかけて発明されたいわゆる「火縄銃」は火皿の火薬の発火を薬室の火薬に延焼させて爆発させるものだったが、それが「雷管式」になって幾分装填時間が短縮された。それでも一発撃つと次弾装填までかなりの時間がかかる。敵味方ともこれだったから、ある程度まで接近し、一発撃つと銃の先に着けた剣、「銃剣」での「突撃」ということになる。
「戦列歩兵」という戦闘形態がそれである。
戦場に横一列に布陣した守備側に対し、攻撃側が接近する。その接近の仕方ははるかな後代に生きるヤヨイたち帝国人からみても滑稽で、恐ろしいほどにシンプルだった。
当時の兵隊はもう兜や甲冑などは着けていなかった。守備側も攻撃側も双方、これからパーティーにでも出かけるかのごとく華麗な軍装に身を包んでいる。敵を威嚇するためである。
指揮官が先頭に立つ。兵たちはその後ろに弾を装填した銃を持ち整然と隊列を組む。
「全隊、前へ!」
指揮官の号令と共に軽快な小太鼓が打ち鳴らされ明るい笛がマーチを奏でる。その「ブリティッシュ・グレナーディアーズ」に合わせ、兵たちは整然と敵に向かって「歩いて」進撃を開始するのである。
刻々と敵陣が近づく。もう、敵の指揮官や兵たちの華麗な軍装や顔まで視認できる距離まで接近する。と、敵の指揮官の号令が敵国語で放たれる。
横一線の敵陣に白い煙がパッと咲き、一瞬敵陣が掻き消える。それから、
ズダダーンッ!
一斉射撃の銃声が聞こえるとともに、隊列を組んで行進していた攻撃側の兵たちの何人かがバタバタと倒れる。だが、誰も取り乱さない。みだりに戦列を離れると死刑になる。「戦列歩兵」とはかように過酷なものだった。
それからさらに敵陣に接近するまでに、攻撃側は幾度かの斉射を受けねばならない。その度にバタバタと倒れる兵。接近するほどに命中率は上がり次第にその数が増える。
そして、一気に敵陣に殺到できる距離まで詰め寄った後、
「全隊、突撃!」
ウワアアアアーッ!
と、なるのである。
その後は見るもおぞましい銃剣同士の突き合い、切り合い、殺し合いが繰り広げられる。
であるから、戦闘の勝敗はこの「ウワアアアアーッ!」までの間に攻撃側の兵力がどれほど残っているかで決まる。攻撃側が守備側より上回っていれば攻撃側の勝ち。そうでない場合は守備側の勝ちとなる。
殺される兵たちを思えばあまりにも悲惨過ぎてとても「長閑(のどか)」などという言葉は使えない。
弾が元込めになり、槓桿をスライドさせて装填する薬莢式の銃が戦場に登場すると戦闘形態は「散兵」に変わった。
兵は大中小に組織され、小隊毎に運動するようになった。華麗な軍服は消え、なるべく目立たない軍装に変わった。守備側の砲撃から身を守るため守備側の小銃の射程ギリギリのところまで塹壕を掘り進み突撃陣地を構築して命令を待つ。
「全隊、突撃!」
隊長の命令一下、兵たちは一斉に塹壕を出て敵陣に殺到する。
守備側も塹壕を掘ったり土嚢を積み上げて胸壁にしたりしている。しかも敵味方とも「戦列歩兵」のころに比べ射程も命中精度も飛躍的に向上している銃を持っている。連続して銃弾をばらまく「機関銃」も登場している。
小隊長に率いられて突撃する攻撃側の被害は相当なものであった。
そして戦闘の勝敗は、攻撃側が敵陣に到達すれば攻撃側の勝利。あまりの被害に到達を断念し、
「小隊、退却!」
攻撃側が諦めれば守備側の勝ちである。
それが何度か繰り返される。大抵は後備兵力を豊富に持っているほうが勝つ。
二十世紀の初頭、ヤーパンが超大国ロシアを打ち破った旅順要塞の攻防戦や遼陽、奉天の会戦はこのようにして行われた。膨大な負傷者戦死者を出して、ヤーパンは辛くも勝利を得た。後備兵力がほぼ皆無であった割りにヤーパンが善戦したことは世界中を驚かせた。「三倍の原則」はそれほどまでに絶対視されていたのである。
そして、ヤヨイたちである。
守るのではなく攻める。しかも、兵力は乏しすぎた。
このような場合、セオリーとしては一度ハデに砲撃をしてからのほうが前進しやすい。だが敵は総兵力2万の大部隊。橋を包囲したどの地点にも増援できる予備の部隊も豊富に持っている。敵を上回る「三倍の原則」に忠実に6万の兵力があるなら話は別だが、なまじ砲火を激しくすると増援が送られてきて厄介になる。
ヤヨイたちの目的は敵陣地の攻略ではなく、敵陣を一時的に撃破し血路を開いて敵陣の向こうにある会合地点に到達し、「大工」と合流後は再び渡河地点まで撤収、逃げることにある。
今なら攻撃目標の敵南の陣地はせいぜい5、6百程度だった。敵の大部隊が集結してしまう前に事を終わらせるには、悠長に砲撃をしてその効果を待つ時間はない。速攻するにしくはなかった。
そのために、身を隠しながら敵陣に近づくのを容易にする民家の群れが魅力的だったのだ。
ヤヨイたちはキビの畑の際、降りて来た土手に続く畑と民家を望む高台にほぼ横一線に散開した。
双眼鏡を覗いた。かなり遠目ではあるがキビ畑と部落の向こうにある敵の南陣地の様子がわかる。兵たちが忙しく動き回っている。アタフタしているようにも見えた。無防備だった彼らの後方に土嚢を積み替え、手押しの貨車を移動させたりしているのが見えた。
敵はヤヨイたちの渡河を許した。当然に南からの攻撃を予想して今まで彼らの北の「大工」に向けていた陣地を転換しようとしているのだろう。今がチャンスだ。敵が動揺しているうちに敵に迫り、蹴散らしてしまうことだ。そのためにはさらに敵に接近してしまうに限る。
ヤヨイは舌を出して乾いた唇を舐めた。
「ヴォルフガング!」
小声で「マルス」のグラナトヴェルファーの名射手の名を呼び、顎をしゃくった。
殺れ!
という意味だ。「マルス」小隊を率いてナイグンの橋を守り、「覗き魔」の丘を死守し、今はもうこの「学者」大隊を事実上率いて危険な敵前渡河を敢行、成功させた。この「天空を舞うブリュンヒルデの化身」「マルスの娘」の、指揮官としての貫禄に、兵たちは崇拝とも言えるほどの気持ちさえ抱いていた。
ヴォルフガングは無言で頷き、彼の分隊に向かい左手を上げて前に倒した。攻撃開始が下令された。
ズバババンッ!
数門の迫撃砲が、火を噴いた。
弾頭たちは放物線を描いて敵陣手前の集落に着弾した。パンッ、パパパンッ! ハデな煙のわりに可愛らしい音を立てて弾頭が炸裂した。
グラナトヴェルファーの弾頭の炸薬は通常の五分の一に減らしてあった。
戦争だから民間人にも被害が及ぶことはやむを得ない。だが、無益な殺戮をする必要はない。ヤヨイたちがやろうとしていることはアルムの占領ではなく、敵中に孤立した友軍を救出し、逃げることなのだ。集落の住民たちが全て逃げ出してくれているとうまいのだが、仮に残っていた人々もこの爆発で逃げてくれることを祈った。
弾頭の爆発煙も消えないうちに、ヤヨイは号令した。
「中隊ーィ、前進!」
リーズルが、グレイ曹長が、フリッツが、ヴォルフガングが、カールが、ミシェルが、クリスティーナまでもが。フォルカー、ビアンカたち、マルスの兵たちを従えてキビ畑の中に突撃していった。マルスと共に鍛冶屋とでぶの小隊も集落に向かっていった。ヤヨイもまた通信機を背負ったグレタと共に高台を降り、集落へ向かった。
そのヤヨイたちを高台に残ったラインハルト隊が援護した。
敵の不意を襲って敵の陣地に風穴を開けるのが作戦だったが、万が一、敵が強力に反撃して来た場合を考え、ラインハルト隊は援護に回っていたのだ。ヤヨイ隊が退却した場合の備えとして、である。チャンスは一回こっきりだった。ヤヨイたちはそれほどに慎重に作戦を進めていた。
ウェーゲナー中尉も双眼鏡を構えていた。もし集落に敵兵が潜んでいたりすれば前進するマルスに通報するためだ。集落から逃げ出してアルムの市街の方角に逃げて行くわずかな人々の姿が双眼鏡に映った。部落はしんと静まり返っているように見える。人っ子一人見えなかった。
「・・・こちら、マルス・・・」
通信機からヤヨイの声が響いた。
「ウェーゲナーだ」
「部落の最初の家に取りつきました。これから部落を実力で制圧します!」
「了解。貴官の連絡を待ってこちらも進発する。ヤヨイ! 気を付けろ」
「了解。神々のご加護を」
謙虚で、可愛い女だと思う。それに並の男よりもはるかに頼もしい。ウェーゲナーは思った。神々などに頼らずとも、彼女はやるだろうに、と。なにしろ、彼女自身が「神」なのだから。
共にあの「覗き魔の丘」を死守して以来、彼はヤヨイを信頼し、畏敬し、彼女に惚れていた。彼女といると自然に勇気が湧いてくる。この作戦が終わって本国に帰ったらデートに誘ってみよう。応じてくれるかどうかは、わからないけれど。
「ヤヨイが部落に到達した。部落制圧が完了したら我々も行くぞ!」
傍らの士官や下士官たちに伝えると、ウェーゲナー中尉は再び双眼鏡に戻った。
「ハーゲンドルフ少尉は右から、オットー少尉は左からね。残敵と住民に気を付けて。わたしは真ん中を行く」
「了解」
最初に取りついた民家の確認を終えると、ヤヨイは中隊をさらに三つに分けた。小隊毎に集落の家を注意深く一軒一軒、虱潰しにチェックし制圧していった。リーズルが銃を構え警戒する。フリッツが前進し家の軒に背中を張りつかせドアを蹴破り、ビアンカがドアの中に銃を向け、リーズルが中をチェックする。そんな具合に。近衛軍団の訓練所での市街戦訓練が役に立った。
住民たちは皆あらかた逃げ出してしまったらしく、どの家ももぬけの殻だった。家の奥で怯えている住民も、ナイグンであったようなゲリラの潜伏している気配も、タオのような、遺棄された50ミリ砲をぶっ放してくる恐ろしい子供の姿もなかった。
敵陣との距離は最も近い家から400メートルほどしかない。当然だがヤヨイたちの出現は南を監視していた敵兵の注意を引き、散発的ながら小銃を撃って来た。
ピュンッ!
ピチューンッ!
中隊の兵たちは皆制圧した家々の中に隠れ身を伏せた。ヤヨイも家の土壁に背を着け声を張り上げた。
「中隊、射撃開始! グレタ、ラインハルト隊に連絡。『我、部落制圧完了せり』。オットー少尉!」
ちょうど東側の家々を制圧して来たオットー少尉の隊が開け放したドアの向こうに見えた。
「ヤヨイ!」
「少尉、バンドルー中佐に座標を伝達してください。敵の陣地はギリギリ射程内のはずです」
「了解!」
「あとは予定通り、グラナトヴェルファーと砲弾で敵を攪乱、ラインハルト隊の到着を待って突撃します」
「わかった。それまで各個に狙撃して少しでも敵の戦力を削ぐ」
ヤヨイはうむ、と頷いた。
続いて西の家々を抑えて来た「鍛冶屋」のハーゲンドルフ少尉にも同様の指示を出し、「ヤヨイ」中隊は敵陣からの攻撃に本格的に応戦を開始した。
兵たちは部落の最北端のいくつかの家々を前哨陣地にし、家の持ち主には申し訳ないが窓を壊し壁を崩して銃眼を穿ち、応戦を始めた。あの「覗き魔」の古墳でもそうだったが、ここでもリーズルやレベッカ、ミシェルたち女性兵が活躍し最も多く敵兵を狙撃、屠っていった。
そして。
ヒュルルル・・・、
ドグワーンッ!
東南の川向うから「黒騎士」の戦車と野砲の援護射撃が始まった。
敵の野砲の陣地転換は間に合わなかったらしい。最初のグデーリアン中尉の陽動作戦、そしてヤヨイたちの迅速果敢な渡河とそれに続いた間髪入れない進撃に対応することができなかったのだ。
敵はたった二個中隊で殴り込みをかけるヤヨイたちよりもはるかに大きな兵力を持っている。だが、旧文明が近世から近代に移るころにいくさをしていた「戦列歩兵」並みとは言わないが、アイホーやナイグンのミン軍と違い、チナ本国軍はどうも末端兵士の創意工夫とか戦意に乏しい、やる気がないみたいに思えた。
いいぞ、いいぞっ!
自ら銃を執り敵兵を狙いつつ、ヤヨイは体内で次第に増大するアドレナリンの分泌を抑えかねていた。
だがこの時、ヤヨイは忘れていた。
圧倒的な敵の攻勢を前にしてもタコツボの上に仁王立ちになって干し肉を齧りつつ、
「思ったよりも手こずりそうだな」
とか、
「どうやら峠は越したな」
などとつまらなそうに呟いていたレオン少尉のことを。
指揮官とは、いつ、いかなる状況にあっても常に冷静沈着であらねばならないのを。
ヤヨイたちはそれをさらに二つに分けた。ヤヨイの指揮する「ヤヨイ」中隊とウェーゲナー中尉が指揮する「ラインハルト」中隊だ。
両中隊二百名は歩兵操典通りに互いに援護と前進とを交代しつつ渡河した土手を登り北に降りた。
そこはアルム南の郊外。
広大なキビ畑の中に集落と言えるほどの農家が点在している、帝国の南の地方と同じような風景が広がる土地だった。キビは背が高く、前進する突撃部隊の姿をおあつらえ向きに隠してくれた。
ヤヨイたちがここを渡河地点に選んだのには川の流れが緩やかであることの他にこの集落の存在があった。
今までヤヨイたちは「守る」戦いをした。前進をせず、拠点に拠り、防衛に専念する戦いだ。
実際の戦闘ではありえないが、もし戦力が全く等しい部隊同士が戦った場合、攻撃側よりも守備側の方が圧倒的に有利だ。「三倍の原則」というものがあるからだ。攻撃側は守備側の三倍の兵力を必要とするという意味である。
守備側は塹壕やタコツボの中に身を潜め、胸壁を盾にし身を守ることが出来る。突撃してくる全く無防備な攻撃側に対し、安全にこれを迎え撃つことが出来るからである。
攻撃側が守備側よりも多くの兵力を必要とするという原則は、実は相当に古くからある。あまりにも古くからあり過ぎてテキストの選定に迷うほどだ。
千年前の旧文明の終末からさらに遡ること三百年。
それまで剣や槍が主役だったいくさが変わった。戦闘に銃が登場したのである。
当時の銃は初期の先込め式であった。筒先から先に火薬を入れ、長い棒で突き固め、その後に丸い鉛の弾を込める。15世紀から16世紀にかけて発明されたいわゆる「火縄銃」は火皿の火薬の発火を薬室の火薬に延焼させて爆発させるものだったが、それが「雷管式」になって幾分装填時間が短縮された。それでも一発撃つと次弾装填までかなりの時間がかかる。敵味方ともこれだったから、ある程度まで接近し、一発撃つと銃の先に着けた剣、「銃剣」での「突撃」ということになる。
「戦列歩兵」という戦闘形態がそれである。
戦場に横一列に布陣した守備側に対し、攻撃側が接近する。その接近の仕方ははるかな後代に生きるヤヨイたち帝国人からみても滑稽で、恐ろしいほどにシンプルだった。
当時の兵隊はもう兜や甲冑などは着けていなかった。守備側も攻撃側も双方、これからパーティーにでも出かけるかのごとく華麗な軍装に身を包んでいる。敵を威嚇するためである。
指揮官が先頭に立つ。兵たちはその後ろに弾を装填した銃を持ち整然と隊列を組む。
「全隊、前へ!」
指揮官の号令と共に軽快な小太鼓が打ち鳴らされ明るい笛がマーチを奏でる。その「ブリティッシュ・グレナーディアーズ」に合わせ、兵たちは整然と敵に向かって「歩いて」進撃を開始するのである。
刻々と敵陣が近づく。もう、敵の指揮官や兵たちの華麗な軍装や顔まで視認できる距離まで接近する。と、敵の指揮官の号令が敵国語で放たれる。
横一線の敵陣に白い煙がパッと咲き、一瞬敵陣が掻き消える。それから、
ズダダーンッ!
一斉射撃の銃声が聞こえるとともに、隊列を組んで行進していた攻撃側の兵たちの何人かがバタバタと倒れる。だが、誰も取り乱さない。みだりに戦列を離れると死刑になる。「戦列歩兵」とはかように過酷なものだった。
それからさらに敵陣に接近するまでに、攻撃側は幾度かの斉射を受けねばならない。その度にバタバタと倒れる兵。接近するほどに命中率は上がり次第にその数が増える。
そして、一気に敵陣に殺到できる距離まで詰め寄った後、
「全隊、突撃!」
ウワアアアアーッ!
と、なるのである。
その後は見るもおぞましい銃剣同士の突き合い、切り合い、殺し合いが繰り広げられる。
であるから、戦闘の勝敗はこの「ウワアアアアーッ!」までの間に攻撃側の兵力がどれほど残っているかで決まる。攻撃側が守備側より上回っていれば攻撃側の勝ち。そうでない場合は守備側の勝ちとなる。
殺される兵たちを思えばあまりにも悲惨過ぎてとても「長閑(のどか)」などという言葉は使えない。
弾が元込めになり、槓桿をスライドさせて装填する薬莢式の銃が戦場に登場すると戦闘形態は「散兵」に変わった。
兵は大中小に組織され、小隊毎に運動するようになった。華麗な軍服は消え、なるべく目立たない軍装に変わった。守備側の砲撃から身を守るため守備側の小銃の射程ギリギリのところまで塹壕を掘り進み突撃陣地を構築して命令を待つ。
「全隊、突撃!」
隊長の命令一下、兵たちは一斉に塹壕を出て敵陣に殺到する。
守備側も塹壕を掘ったり土嚢を積み上げて胸壁にしたりしている。しかも敵味方とも「戦列歩兵」のころに比べ射程も命中精度も飛躍的に向上している銃を持っている。連続して銃弾をばらまく「機関銃」も登場している。
小隊長に率いられて突撃する攻撃側の被害は相当なものであった。
そして戦闘の勝敗は、攻撃側が敵陣に到達すれば攻撃側の勝利。あまりの被害に到達を断念し、
「小隊、退却!」
攻撃側が諦めれば守備側の勝ちである。
それが何度か繰り返される。大抵は後備兵力を豊富に持っているほうが勝つ。
二十世紀の初頭、ヤーパンが超大国ロシアを打ち破った旅順要塞の攻防戦や遼陽、奉天の会戦はこのようにして行われた。膨大な負傷者戦死者を出して、ヤーパンは辛くも勝利を得た。後備兵力がほぼ皆無であった割りにヤーパンが善戦したことは世界中を驚かせた。「三倍の原則」はそれほどまでに絶対視されていたのである。
そして、ヤヨイたちである。
守るのではなく攻める。しかも、兵力は乏しすぎた。
このような場合、セオリーとしては一度ハデに砲撃をしてからのほうが前進しやすい。だが敵は総兵力2万の大部隊。橋を包囲したどの地点にも増援できる予備の部隊も豊富に持っている。敵を上回る「三倍の原則」に忠実に6万の兵力があるなら話は別だが、なまじ砲火を激しくすると増援が送られてきて厄介になる。
ヤヨイたちの目的は敵陣地の攻略ではなく、敵陣を一時的に撃破し血路を開いて敵陣の向こうにある会合地点に到達し、「大工」と合流後は再び渡河地点まで撤収、逃げることにある。
今なら攻撃目標の敵南の陣地はせいぜい5、6百程度だった。敵の大部隊が集結してしまう前に事を終わらせるには、悠長に砲撃をしてその効果を待つ時間はない。速攻するにしくはなかった。
そのために、身を隠しながら敵陣に近づくのを容易にする民家の群れが魅力的だったのだ。
ヤヨイたちはキビの畑の際、降りて来た土手に続く畑と民家を望む高台にほぼ横一線に散開した。
双眼鏡を覗いた。かなり遠目ではあるがキビ畑と部落の向こうにある敵の南陣地の様子がわかる。兵たちが忙しく動き回っている。アタフタしているようにも見えた。無防備だった彼らの後方に土嚢を積み替え、手押しの貨車を移動させたりしているのが見えた。
敵はヤヨイたちの渡河を許した。当然に南からの攻撃を予想して今まで彼らの北の「大工」に向けていた陣地を転換しようとしているのだろう。今がチャンスだ。敵が動揺しているうちに敵に迫り、蹴散らしてしまうことだ。そのためにはさらに敵に接近してしまうに限る。
ヤヨイは舌を出して乾いた唇を舐めた。
「ヴォルフガング!」
小声で「マルス」のグラナトヴェルファーの名射手の名を呼び、顎をしゃくった。
殺れ!
という意味だ。「マルス」小隊を率いてナイグンの橋を守り、「覗き魔」の丘を死守し、今はもうこの「学者」大隊を事実上率いて危険な敵前渡河を敢行、成功させた。この「天空を舞うブリュンヒルデの化身」「マルスの娘」の、指揮官としての貫禄に、兵たちは崇拝とも言えるほどの気持ちさえ抱いていた。
ヴォルフガングは無言で頷き、彼の分隊に向かい左手を上げて前に倒した。攻撃開始が下令された。
ズバババンッ!
数門の迫撃砲が、火を噴いた。
弾頭たちは放物線を描いて敵陣手前の集落に着弾した。パンッ、パパパンッ! ハデな煙のわりに可愛らしい音を立てて弾頭が炸裂した。
グラナトヴェルファーの弾頭の炸薬は通常の五分の一に減らしてあった。
戦争だから民間人にも被害が及ぶことはやむを得ない。だが、無益な殺戮をする必要はない。ヤヨイたちがやろうとしていることはアルムの占領ではなく、敵中に孤立した友軍を救出し、逃げることなのだ。集落の住民たちが全て逃げ出してくれているとうまいのだが、仮に残っていた人々もこの爆発で逃げてくれることを祈った。
弾頭の爆発煙も消えないうちに、ヤヨイは号令した。
「中隊ーィ、前進!」
リーズルが、グレイ曹長が、フリッツが、ヴォルフガングが、カールが、ミシェルが、クリスティーナまでもが。フォルカー、ビアンカたち、マルスの兵たちを従えてキビ畑の中に突撃していった。マルスと共に鍛冶屋とでぶの小隊も集落に向かっていった。ヤヨイもまた通信機を背負ったグレタと共に高台を降り、集落へ向かった。
そのヤヨイたちを高台に残ったラインハルト隊が援護した。
敵の不意を襲って敵の陣地に風穴を開けるのが作戦だったが、万が一、敵が強力に反撃して来た場合を考え、ラインハルト隊は援護に回っていたのだ。ヤヨイ隊が退却した場合の備えとして、である。チャンスは一回こっきりだった。ヤヨイたちはそれほどに慎重に作戦を進めていた。
ウェーゲナー中尉も双眼鏡を構えていた。もし集落に敵兵が潜んでいたりすれば前進するマルスに通報するためだ。集落から逃げ出してアルムの市街の方角に逃げて行くわずかな人々の姿が双眼鏡に映った。部落はしんと静まり返っているように見える。人っ子一人見えなかった。
「・・・こちら、マルス・・・」
通信機からヤヨイの声が響いた。
「ウェーゲナーだ」
「部落の最初の家に取りつきました。これから部落を実力で制圧します!」
「了解。貴官の連絡を待ってこちらも進発する。ヤヨイ! 気を付けろ」
「了解。神々のご加護を」
謙虚で、可愛い女だと思う。それに並の男よりもはるかに頼もしい。ウェーゲナーは思った。神々などに頼らずとも、彼女はやるだろうに、と。なにしろ、彼女自身が「神」なのだから。
共にあの「覗き魔の丘」を死守して以来、彼はヤヨイを信頼し、畏敬し、彼女に惚れていた。彼女といると自然に勇気が湧いてくる。この作戦が終わって本国に帰ったらデートに誘ってみよう。応じてくれるかどうかは、わからないけれど。
「ヤヨイが部落に到達した。部落制圧が完了したら我々も行くぞ!」
傍らの士官や下士官たちに伝えると、ウェーゲナー中尉は再び双眼鏡に戻った。
「ハーゲンドルフ少尉は右から、オットー少尉は左からね。残敵と住民に気を付けて。わたしは真ん中を行く」
「了解」
最初に取りついた民家の確認を終えると、ヤヨイは中隊をさらに三つに分けた。小隊毎に集落の家を注意深く一軒一軒、虱潰しにチェックし制圧していった。リーズルが銃を構え警戒する。フリッツが前進し家の軒に背中を張りつかせドアを蹴破り、ビアンカがドアの中に銃を向け、リーズルが中をチェックする。そんな具合に。近衛軍団の訓練所での市街戦訓練が役に立った。
住民たちは皆あらかた逃げ出してしまったらしく、どの家ももぬけの殻だった。家の奥で怯えている住民も、ナイグンであったようなゲリラの潜伏している気配も、タオのような、遺棄された50ミリ砲をぶっ放してくる恐ろしい子供の姿もなかった。
敵陣との距離は最も近い家から400メートルほどしかない。当然だがヤヨイたちの出現は南を監視していた敵兵の注意を引き、散発的ながら小銃を撃って来た。
ピュンッ!
ピチューンッ!
中隊の兵たちは皆制圧した家々の中に隠れ身を伏せた。ヤヨイも家の土壁に背を着け声を張り上げた。
「中隊、射撃開始! グレタ、ラインハルト隊に連絡。『我、部落制圧完了せり』。オットー少尉!」
ちょうど東側の家々を制圧して来たオットー少尉の隊が開け放したドアの向こうに見えた。
「ヤヨイ!」
「少尉、バンドルー中佐に座標を伝達してください。敵の陣地はギリギリ射程内のはずです」
「了解!」
「あとは予定通り、グラナトヴェルファーと砲弾で敵を攪乱、ラインハルト隊の到着を待って突撃します」
「わかった。それまで各個に狙撃して少しでも敵の戦力を削ぐ」
ヤヨイはうむ、と頷いた。
続いて西の家々を抑えて来た「鍛冶屋」のハーゲンドルフ少尉にも同様の指示を出し、「ヤヨイ」中隊は敵陣からの攻撃に本格的に応戦を開始した。
兵たちは部落の最北端のいくつかの家々を前哨陣地にし、家の持ち主には申し訳ないが窓を壊し壁を崩して銃眼を穿ち、応戦を始めた。あの「覗き魔」の古墳でもそうだったが、ここでもリーズルやレベッカ、ミシェルたち女性兵が活躍し最も多く敵兵を狙撃、屠っていった。
そして。
ヒュルルル・・・、
ドグワーンッ!
東南の川向うから「黒騎士」の戦車と野砲の援護射撃が始まった。
敵の野砲の陣地転換は間に合わなかったらしい。最初のグデーリアン中尉の陽動作戦、そしてヤヨイたちの迅速果敢な渡河とそれに続いた間髪入れない進撃に対応することができなかったのだ。
敵はたった二個中隊で殴り込みをかけるヤヨイたちよりもはるかに大きな兵力を持っている。だが、旧文明が近世から近代に移るころにいくさをしていた「戦列歩兵」並みとは言わないが、アイホーやナイグンのミン軍と違い、チナ本国軍はどうも末端兵士の創意工夫とか戦意に乏しい、やる気がないみたいに思えた。
いいぞ、いいぞっ!
自ら銃を執り敵兵を狙いつつ、ヤヨイは体内で次第に増大するアドレナリンの分泌を抑えかねていた。
だがこの時、ヤヨイは忘れていた。
圧倒的な敵の攻勢を前にしてもタコツボの上に仁王立ちになって干し肉を齧りつつ、
「思ったよりも手こずりそうだな」
とか、
「どうやら峠は越したな」
などとつまらなそうに呟いていたレオン少尉のことを。
指揮官とは、いつ、いかなる状況にあっても常に冷静沈着であらねばならないのを。
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