遠すぎた橋 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 3】 -初めての負け戦 マーケットガーデン作戦ー

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71 ヤヨイ、チナの傭兵を屠る

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 命からがら湿地帯を抜け、やや後戻り気味に山に向かい二度ほど尾根を越えて沢を渡った辺りで日が暮れた。

 雨は上がったが曇天の空の下、山の中はほとんど真っ暗闇である。

 辛うじて西のアルムの市街を取り囲む城壁が周囲に充満しているチナの守備隊の篝火に浮き上がって見え、城壁の中にもそこはかとない街の明かりがあり、それを頼りに山肌にへばりついている細い頼りなげなけもの道を一列になって馬を曳いていた。

 ヘルムートは自らの短慮と胆力の無さとによって部隊を危険に晒したことを深く恥じていた。

 度量が大きいのか、どうせ敵兵が充満する地帯を突破するなど無理筋だと思っているのかは知らないが、アイゼナウ大尉も、

「まあ、致し方あるまい。他の道を探そう」

 笑って許してくれたのだが。

 しかし、もうすぐ日付が変わる。

 朝がくれば、全てが終わってしまうのだ。

 こんな暗い山道をあてどもなく歩いているばかりでは何のためにここまでやってきたのかわからない。

「空挺騎兵」隊長ならずとも、隊員たちも皆、「アイゼネス・クロイツの思い人」のためだけに参加したヘルムートなどは特に、焦りの色が深かった。そのせいなのか、つい速足気味になり、彼に手綱を引かれている馬が怖がってぶるるるっと鼻を鳴らした。

「ヘルムート。気持ちはわかるが、焦るな。みんなと歩調を合わせろ。前の馬の尻から目を離すな」

 面倒見の良い兵長が彼を気遣い声をかけてくれる。

 麓で出会った機甲部隊が貸してくれた無線機を背負った通信兵がすぐ前にいた。

 ヘルムートたちが迷子になって右往左往している間に「大工」の大部分と救助に向かった「学者」のほとんどが脱出に成功し川を渡って帰還したこともそれで知った。そして、まだ一部の兵がアルムの市街に取り残されていることも、彼らの脱出を支援するためにもうすぐ機甲部隊がアルムの橋に総攻撃をかけることも知った。

「第一小隊1号車から4号車、配置に着いた」

「第六砲兵小隊、攻撃準備完了!」

「各隊、現状のまま攻撃待機!」

 無線機から刻々と入って来る機甲部隊の様子がさらに「空挺騎兵」たちの焦りを募らせた。だが彼らが目標としている肝心の施設の明かりがまだ見えない。

 本来夜間の、しかも山岳地帯の行軍は危険で、自殺行為に等しい。しかも発見されるのを恐れてカンテラも点けていない。道はさらに狭く落石だらけで歩きにくいことこの上ない。うっかり乗り上げたり躓いたりすればバランスを崩して谷底に落ちる。

 ついにヘルムートの馬が怖がってしまったのか手綱を引いても動かなくなってしまった。

「おい、頼むから歩いてくれよ!」

 力任せに引っ張るが、体重が数百キロはある馬が動かないと決めてしまえば人力では到底動かせない。

 実は馬は怖がって動かなくなったのではなくヘルムートを信用しなくなってしまったのだったが、「にわか騎兵」である彼にはそれがわからなかった。

「歩け! 歩けったら、歩くんだコンチクショウ!」

 乱暴に引っ張られて驚いた馬が嘶いて足踏みし、首をブルンブルンと振った。

 で、後ろ足を踏み外した。

「危ないっ、ヘルムート、手綱を離せっ」

「え?」

 馬の背には銃や携帯火器が積んである。ヘルムートにしてみればそれを失えば何をしに来たのかわからなくなってしまうのだ。その一瞬の躊躇が、仇になった。

「うわ、うわーっ!」

 崖を転がり落ちてゆく馬が信じられなかったが、腕に巻き付けた手綱にグイと引かれ、ヘルムートもまた馬と一緒に深淵の暗闇に落ちて行くのが実感できた。出来たところでもう彼にはどうすることもできない。彼の前後にいた兵たちも、面倒見の良い兵長にも、それは同じだった。

 谷底に落下してゆく刹那、ヘルムートには「これでもう死ぬのか」と自覚している間すらなかった。暗闇の底に落ちて行く。その自分の今置かれている状況全てが信じられなかった。


 


 

「時間だ」

 戦闘指揮車の中に備えられている時計を見たバンドルーは静かに呟いた。

 ハッチの上によじ登って縁に腰をひっかけ、暗闇の向こうに僅かに明かりの灯る敵陣を見据えつつヘッドセットに向かって命令した。

「第一中隊全車、全砲門、攻撃開始!」

 ズドドドーンッ!

 アルムの南を東西に流れる川に架かる唯一の石の橋。その橋を東からの攻勢から防衛するように布陣しているチナの陣地に対し、10両の戦車と10数門の野砲が一斉に砲撃を開始した。

 数秒の後、激しい爆発音が立て続けに起こった。

 陽のあるうちに正確に測量したバンドルーらの攻撃は正確無比。しかも薬莢を使用しているからチナの砲兵が一発撃つ間に数発以上も砲弾を叩き込むことが出来た。爆発は間断なく起こり、当然にアルムの南や東に布陣したチナ軍の注意を引き、対応を余儀なくされた。

「アルム橋防衛隊より報告! 敵帝国軍、数万規模の攻略部隊を動員し東南より来襲しつつあり! 至急、援軍を乞う!」

 バンドルーたちは知らなかったが、守るチナ軍はそのように感じ、首都へ早馬の伝令を送っていた。たった一個中隊の戦車と野砲の攻撃がそのように印象されたのだ。暗闇が「猟犬」に幸いした。


 


 

 遠い砲声に続き、東南の方向に眩い爆発が立て続けに起こった。

 それはアルム市街の西、市街を見下ろすように取り囲む城壁の上からも良く見えた。

「また帝国の奴らか。昼間逃げて行ったくせに、なんだってまたやってきたんだ。おい、下に行って様子を聞いてこい」

 その見張りの頭は傍にいた手下に命じた。だが、返事がなかった。

「おい、聞いてるのか。下に行って状況を聞いて来いと言ってるんだ」

 城壁の上のかがり火の明かりのおかげで、彼の手下が胸を矢で射抜かれて横たわっているのがわかった。大声で城壁の外にいる兵たちに異変を伝えようとしたのだが、彼もまた音もなく飛んで来た矢に額を射抜かれて瞬時に絶命した。

 と。

 城壁のすぐ内側に立っている倉庫の二階屋の屋根の上から黒い影がサッと飛んできて彼の死体の傍に着地した。影は辺りを見回して他に人影が無いのを確かめると白い手を伸ばして二人の頸動脈に触れた。それらはもう死体になっていた。

 ヒュイ! と短く指笛を鳴らした。

 かがり火の明かりに影の横顔が照らされた。

 ヘルメットの代わりにブルネットの額を黒い布で巻いたヤヨイは、城内の壁に梯子が立てかけられたのを確認するや反対側の城壁の外の下にいる敵兵の人数を数えた。

 かがり火に揺れ動いて見える敵兵は4、5人といったところだ。城壁の高さは5メートルほど。あの奇妙な山の麓の落下傘の訓練所で飛び降りた高さくらいのものだ。

 これなら銃は必要ない、かもしれない。

 が、梯子を上って来たリーズルやビアンカを含む小銃隊十数名が城壁の上の胸壁の陰に散開して身を潜めた。銃声は響く。うかつに発砲すれば聞きつけた敵兵が群がって来るかもしれない。そうなるといささか手こずる。できれば銃は使わずに済ませたかったが「万一に備えて」の配慮は必要だったのだ。

 兵の配置を確認したリーズルがヤヨイに無言で頷いた。

 下の敵兵がチナ語で呼びあげてくるのが聞こえた。

「シャオユー! そろそろ交替だろ。いつもなら早めに降りてくるくせに。今晩は悠長なんだな!」

 見張りの交代どころか、呼びかけた同僚兵士がすでにあの世に行ってしまったのも知らず、のん気に軽口を叩く兵。返事がないのをいぶかしんで、

「おい、シャオユー! 聞いてるのか」

 さらに声を上げたチナ兵のの背後にサッと飛び降りたヤヨイは、相手が振り向く余裕も与えずに顎をグイと掴みミリタリーナイフで喉を掻き切った。血が流れるのは苦手だが、ここは、ガマンした。一瞬で絶命した兵の鮮血がほとばしる前にすぐ近くにいた兵に躍りかかって首に手刀を見舞い即死させた。

「こ、こいつっ!」

 異変を知ってとっさに銃を構えようとした他の2人の兵の一人の懐に飛び込み、得意の回し蹴りで倒し、ナイフで胸を一突き。もう一人の持っていた銃を蹴り上げて弾き飛ばし、これまた懐に飛び込んで、

「はあっ!」

 胸を正拳突き。敵兵は反動で身体をくの字に曲げ、一瞬であばらを砕かれ心臓を破裂させた。

 立ったまま骸となった敵兵の身体がドサッと倒れる前に地に跪き、ヤヨイは辺りを警戒した。

 ひとまずの敵影は全て排除した。

 ヒュイ!

 再び指笛を鳴らした。

 幾本かのロープが垂れてきてハーベ少佐以下ウェーゲナー、通信機を背負ったグレタ、クリスティーナやマックス、そして「大工」の兵たちの半ばがそれを伝って降りて来てヤヨイの側に寄り、城壁を背にして西と南北とに警戒した。

「少尉、ご苦労! 初めて間近で見たが、噂にたがわぬ、いい腕だな!」

 ハーベ少佐がヤヨイを労った。

「ありがとうございます! さあ、急ぎましょう!」

 そして城壁を見上げておおきく手を振り警戒部隊の降下を促した。

「みんな降りたわ。あたしたちも降りるわよ!」

 リーズルはビアンカたちの肩を叩いた。

 が、ヤヨイにお灸をすえられた大柄な少年はもちろん、フェイロンはじめ10人の少年たちは半ば言葉を失い、呆けたように下を見下ろしていた。

 無理もない。

 ヤヨイという、一見華奢で可愛らしい女性がたった一人で銃も使わず一瞬のうちに4人ものチナ兵の息の根を止め、屠ったのである。その間、たったの10秒ほどしかかかっていない。

 あらためて、自分たちはとんでもない魔人のようなひとを揶揄いの対象にしていたのだと知った。しかもドブネズミのような自分たちに気さくに話しかけて来てくれた、あの「大工の棟梁」は、そんなとんでもないひとから仰がれている、言わば「魔人の大親分」だったのだ、と。

「あんたたち、驚くのはわかるけどさモタモタしてると置いてくわよ。

 ホラ、回れ右して。見納めになるかもだから、あんたたちの街にサヨナラしなさい。何ていうの? シェーシェー?」

 市街の反対側、東の城壁の外には機甲部隊の放つ砲弾が炸裂し赤々とした爆発がいくつも轟いていて、暗い市街をシルエットのように浮かび上がらせ、遠い爆発音が続いていた。

 帝国語がわからないながらも、リーズルのジェスチャーを交えた言葉に、全員爆発の火炎に浮かび上がる市街の方を向き、一斉に首を垂れた。

 あばよ。俺たちを容れてくれなかったふるさと。

 俺たちは強大な帝国に行ってカネ持ちになる。お前らなんか、勝手に朽ち果てろ。

 街の東で起こっている遠い爆発の明かりに照らされた少年たちのどの顔にも、そんな思いが浮かんでいた。

 そうして故郷に別れを告げた少年たちもまた、帝国へのエクソダスへつながるロープを握り、城壁の外に降りていった。

 これでアルムで頑張っていた帝国の空挺部隊は誰もいなくなった。15日の満月に降下してから、13日経っていた。

「全員揃ったわね。では、出発!」

 ヤヨイの号令一下、40名ほどの空挺部隊員たちと10人のチナ人の少年たちは、南を目指し歩き出した。

 グレタが背負った無線機で報告した。

「『渡り鳥の子どもたち』より『猟犬』へ。アルム市街を脱出完了。死傷者なし。これより南に向かう」

 


 

 紅軍軍監第二補佐の職を得たばかりのグンは、職と共に与えられた駿馬にうち跨り、新たに付けられた部下2名を伴ってアルム市街を取り囲む各500ずつの「子隊」を回って紅軍司令部の命令を伝達していた。

「川の東の陣営地に敵の新たな攻勢が始まった。各部隊は兵を割いて増援を寄越せ」

 司令部の方針を伝達するためであった。

 アルムを取り囲むどの部隊も士気という面においては最低に近かった。

 歩哨も置かず、焚火を取り囲んで酒盛りをし、バクチに興じる兵たち。そしてそれを諫めもしない上官。

 ほんの少し前まで、彼は「あちら側」にいた。

 親に捨てられ浮浪児としてピングーの街をうろつき、ゴロツキの配下に入って盗みを繰り返して大人になった。そして傭兵となり、もう数年経つ。

 毎日が。「テキトー」。

 テキトーにやることさえやっていれば、その日が過ぎ、終わる。上には逆らわず、下を正すこともなく、ただその日一日を安穏と過ごしてきた。あくせく働かずに済むお気楽な日々。そんな毎日を送っていれば、誰でも怠惰になる。

 グンは知らなかったが、千年前のこの地を治めていたシンの帝国も、その末期は人々の怠惰につけ込んだイギリスというヨーロッパの島国にアヘンという麻薬を与えられ、人々は廃人と化して富は奪われ、最も富んだ港であったホンコンを奪われ、蔑んでいた東の「夷」の国であるヤーパンにもいくさで破れ、属国のチョーセンを手放し、ベイジンの目と鼻の先のリョートウ半島まで獲られ、「ギワダン」というヤクザの反乱まで勃発し、宮廷は乱れ、ついには国が滅んだ。

 その古い歴史の残り香が、千年を経たこのチナにもやってきているのを肌で、感覚でわかるようになっていた。

 だが・・・。

 帝国の兵たちがあの空飛ぶ船に乗って大挙して空から舞い降りて来たあの日から、彼は「こちら側」になった。

 給与は倍増し、馬格の大きな馬を貸し与えられ手下まで付与された。

 自分はもう酒浸りになってトバクに興じる「ドブネズミ」ではない!

 エリートだ!

 体制につけ込んで怠惰を貪り私利を得る側から、体制を守る側に、グンは変わった。その自覚が、彼をして「正義」に目覚めさせた。

「軍士長どの!」

 先を行くカンテラを翳した部下の声が上がった。彼は馬を止めた。

 数名の傭兵の死体がカンテラに照らされていた。

「なんだ、これは・・・」

「わかりません」

「きっと、あの帝国の『空から来た野蛮人』の仕業では?」

 部下のもう一人の言葉は偶然にも正鵠を射ていた。

 にわか「エリート」のグンは、特に深く思慮することもなく、その憶測に乗った。

「この辺りは『鶏』部隊の管轄だったな。やつらは一体何をしていたのだ!」

 逃げてゆくならそのまままに放っておけばいいものを。

 アルムの城壁を取り囲む、やる気のないどの部隊も等しく感じているその思い。だが、すでに「エリート」となったグンには届かなかった。

「いったい何をしていたんだ! この部隊の頭はどこだ!」

 すぐ近くに松明に照らされた幕舎を見つけた。馬を乗り付け、づかづかと幕舎に近づき、入り口を守る、というよりは入口付近で銃を抱えて居眠りしている兵の横面を思いっきり張り、文字通り叩き起こした。

「おいっ! 『鶏』隊の頭の幕舎であるか」

 寝ているところを叩き起こされた兵は驚いて頷いた。

 荒々しく幕舎の幕を払った。「鶏」隊の頭が数人の幕僚と思われる下士官たちと卓を囲んで酒を飲み、サイコロ賭博をしていたのを見た。

「何だお前は! 無礼者めが」

 頭はグンを睨みつけてそう毒づいた。

「紅軍司令部の軍士長、グンである! 貴官は『鶏』隊の頭であるか」

「・・・だったら、どうした」

 軍務中に言い訳の出来ない場を見られたことで腹が立ったのか、頭はなおも酒焼けの顔を赤らませて盃を煽りふてぶてしく開き直った。

「貴官は自隊の兵が惨殺されているにもかかわらず悠長にバクチに興じるのか」

「・・・なんだと?」

「この先の城壁の際に2、3名の死体がある。明らかに帝国の残党の仕業である。しかるに貴官は職を放棄しバクチと酒にうつつを抜かし、みすみす敵の残党を取り逃がした。この罪は重いぞ、頭」

 頭は卓の下士官たちに、行って見て来いとでもいうように目配せし、二人の兵が慌ただしくグンの脇をすり抜けて出ていった。

 グンの目的は東の帝国軍の再来襲に備え各隊に兵を割いて増援を寄越せという触れを伝えることだったのだが、残敵捜索が優先される状況であることは誰の目にも明らかだった。しかも、この地区の警備を担当する「鶏」隊が率先して捜索に当たる義務がある。

 グンは幕舎の外を指して一喝した。

「すぐに残党を追うのだ! 」

 頭は小うるさいハエでも追うかのようにヒラヒラと掌を空に漂わせ、首筋を掻いた。歳若の、同じ傭兵上がりのくせに小生意気な、司令部の幹部に素直に従うのが癪に障るのだろう。

「頭、見張りに出ていたリャンペイらが殺されています! 4人もです。首を掻き切られていたり、首を折られていたり! しかもまだ身体が温かい。ありゃ、プロの仕事ですぜ」

 出ていった下士官が戻ってきて報告した。それでも頭は動かなかった。

「わかったろう? すぐに捜索に向かうのだ。まだそう遠くまでは逃げてはいないはず。急ぐのだ、頭!」

 急かされてやっと頭は重い腰を上げた。そして幕舎の隅に立てかけていた銃を執っておもむろに構え、あろうことか司令部の使者に筒先を向けた。

「行きゃあいいんだろ、行きゃあ」

 至近距離で、撃った。

 軍の幹部に昇進したばかりの若者は、哀れ一撃で胸を撃たれて即死した。

「そいつらも殺れ! 司令部に通報されると、面倒だ」

 チナの銃は帝国兵の正式銃と違い連発出来ない。一発撃つごとに遊底を開いて弾込めをしなけらばならないのだ。それがグンの部下たちに幸いした。

 部下たちは慌てて幕舎を飛び出して乗って来た馬に跨り東へ、司令部へ逃げた。

 頭の部下たちも銃を執って逃げた2人を狙ったが、相手は馬で、さらに真っ暗闇。しかも部下たちも頭同様にしたたか酔っていた。狙いが覚束なくなるのは当たり前だった。頭自身が酔いで気が大きくなり軽率にも安易に司令部の使者を撃ち殺してしまったのだ。上が上なら配下も配下であった。

「仕方ねえ。おい、てめえら。ズラかるぞ。もう長居は無用だ」

 帝国軍でもチナ軍でも無断で戦線離脱を図れば抗命罪とみなされ死刑に該当する。しかも職務を疎かにしてヤヨイたちの脱出を察知することすらできず、司令部の使者、軍監補佐という要職にある者を惨殺までしてしまった。ここに居ればその責を問われ死は免れまい。 

 彼ら「鶏」隊は傭兵であった。しかも皆チナ本国ではなくミンやドンと同じ西の豪族の支配地の出身。本国軍の傭兵になったのは「地元の豪族の下にいるよりも稼げるから」その一点のみだったのだ。彼らにチナの本国に忠誠を捧げる理由も原理もなかったのである。

 チナの本国軍30万の実態はおしなべてこんな体たらくだった。

 彼ら「鶏」隊はヤヨイたちの捜索ではなく故郷に逃げるために急遽陣を畳み始めた。

 それで終わればヤヨイたちにはトクだった。だが、逃げたグンの部下二人が命からがら司令部に帰り着き事の次第を紅軍の高官たちに報告したから事情は変わった。

「帝国軍の残党を探せ! そして司令部の使者を殺めた『鶏』隊を捕捉せよ! 東の戦車隊への反撃も一層強化するのだ!」

 紅軍司令官は俄かに忙しくなってしまった。いや、本当に忙しくなったのは躍起になってしまった司令官の命令を実施するために奔走せねばならなくなった司令部要員達だったかも知れない。


 

 バンドルーたち機甲部隊の「陽動」総攻撃。それに乗じたヤヨイたちのアルムからの脱出。チナ本国軍である「紅軍」の支離滅裂な軍令と軍事行動。

 それらが全て同時に起こっていた。

 そしてもう一つ。

 落下傘連隊「空挺騎兵隊」の行動がそれに重なった。
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