ぼくのともだち 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 番外編 その1】 北の野蛮人の息子、帝都に立つ

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10 そして、クラスのみんなの前でスピーチする

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 あれからエイブは大人しくなった。

 ぼくに嫌がらせやちょっかいをかけてくることがなくなったばかりじゃない。ぼくと顔を合わせると目を背けるようになった。

 同じクラスはもちろん、上級生や下級生からも声を掛けられることが増えた。あのエイブとのPK戦で、エイブが取り巻きのルーベルトにズルをするように仕掛けたのはまるわかりだったし、それにもかかわらずぼくが鮮やかなシュートで勝負を決めたのをみんな知ってくれていたからだと思う。

 エイブたちは、そんなみんなの目に耐えられなくなったんだ。つくづく、バカなやつらだと思った。あんなヤツらにマトモに立ち向かわなくて本当によかった。

 タオは皇宮での演奏会に向けていよいよ総仕上げにかかっていて、ピアノに向かう姿にも緊張感が漂ってさえいた。

 そんな中、ぼくはスピーチの日を迎えた。

 


 

 午前中の4時間目、最後の授業にそれは来た。

 その日ぼくは朝から緊張しまくってた。

 アンネリーザ先生がタオの隣のぼくの席に座り、ぼくはいつも先生が立つ教壇に立った。教卓の上にメモを置き、一度深呼吸した。そして、

「で、では、こっ、これから、先日行われたぼっ、ぼくたち北の、留学生の遠足の様子について、すっ、スピーチを、おっ、行います・・・」

「がんばれ、ミーシャ!」

 タオが声を張り上げて励ましてくれた。胸のつかえが一つ、降りた。

 ぼくはもう一度話しはじめた。

 だけど。

 そのとたんに教室のドアがガチャ、と開いて金の月桂樹を着けたカーキ色の軍服を着た人が入って来た。

「・・・」

 見事にハゲ上がった頭の左右と後ろに白い髪を持っているでっぷりと太ったおじいさんは、そのからだに似合わない大きなかわいい目をクリクリさせながら、わたしに構わず続けなさい、というようにぼくに片手を上げ、アンネリーザ先生に会釈をし、開いた椅子の一つに巨体を落ち着けてぼくに注目した。

 それは、校長先生だった。たちまちのうちに、ぼくはまた緊張してきてしまった。

「ぼ、ぼ、ぼくは、てっ、てっ、ていく、帝都のはるか北・・・、」


 


 

 帝国には数多くの小学校がある。

 遠足の時に会ったヤン閣下も言っていたけれど、帝国全土の1年生から6年生までの小学生は約200万人。帝都だけでも10万人はいる。

 義務教育といって、小学校だけは帝国人の全子弟が通っている。それなのに、一つの小学校は6学年合わせても200人以下の人数しかいない。各学年は一クラスずつというのがキマリなのだ。だから帝都だけでも七つの丘の内と外に500以上の小学校がある。

 ぼくが通うクィリナリスの丘の中腹にある小学校の名前は、

「第24クィリナリス小学校」

 というのだが、その「24」と「クィリナリス」の間には人の名前が入ることになっている。その名前はその時の校長先生の名前になる。だから、ぼくの通っている小学校の正式名は、

「第24ウルリッヒ・シュナイザー クィリナリス小学校」

 というものになるのだ。

 帝国の軍人にはテイネン? というのがある。兵や下士官、佐官までの士官は50歳になるとタイエキする。ちなみにビッテンフェルト男爵のように准将以上の将官にはテイネンはない。自ら退役するか死ぬまで将軍であり続けるかは自由だった。だけど将官ともなれば数千の兵士の頂点となる旅団長以上の要職。国に一大事が起きれば満足に眠るのもままならない激務になる。とてもヨボヨボのおじいちゃんに務まるものではないということだ。

 佐官の最上級の大佐でテイネンを迎えてしまうとそれ以上には進級できないことになるのだけれど、そういう軍人には退役後に別の『メイヨショク』? が用意されている。

 小学校の校長がその一つで、退役大佐の全員がなれるのではないこともメイヨさに重みを加えていた。きほん退役後も軍服を着るのはダメらしいんだけど、小学校の校長に限り許されてるみたいだ。階級章も着けていいらしい。子どもたちにとっては「校長先生」だけど、先生たちは校長先生を「大佐」と呼ぶ。

 各学年が1クラスだけだから競争がないのではと思うのは大きな間違いで、サッカーもほかのスポーツももちろん勉強も常に他の小学校と競いあっている。リセにどれだけの子供を進学させることができるかで小学校の、校長のヒョウカが上がったり下がったりする。だから校長はつねに先生たちを督励? している。

 そして、校長退任後は校庭に胸像を立てることが許される。

 しかも、毎年年末になると行われる「元老院の廷吏と警吏選考」で自分の小学校から廷吏や皇帝の権票であるリクトルを捧げ持つ警吏を出した小学校は非常な名誉とされ、例えば、胸像の名前の下に在職年と「ルディー7年度元老院廷吏ロベルト何某輩出」みたいに刻むことができるのだ。去年、ぼくの「第24ウルリッヒ・シュナイザー クィリナリス小学校」からは元老院の登院や儀式のときに皇帝陛下にリクトルを捧げ持って付き従う警吏が一人、選ばれていた。めっちゃ、メイヨなことだという。


 


 

「ぼ、ぼ、ぼくは、帝都のはるか北、北駅から出る鉄道で特急でも丸一日かかる終点駅のシュバルツバルト・シュタットよりもさらに北、馬車で一日かかる国境の川の向こう、北の里にある村から来ました・・・」

「ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは・・・」

「てっ、てっ、テイトの・・・」

 エイブの取り巻きのPK合戦でキーパーをしたルーベルトやヒンケルというヤツらがそんなふうにぼくをからかって笑った。

 ・・・アタマにきた。

 どうもぼくは、アタマにくるとキモが座るたちらしいのを、この時に実感した。ドモリも消えた。

「北の奥の山の中の小さな村でしかないぼくの故郷と帝国は全てが違いました。言葉も風景も大きさも何もかも。見るもの聞くもの触るもの会う人、全てが初めてのケイケンで、ぼくたち北の留学生はみんな目をまん丸にして、今にも飛び出しそうな目を抑え、抜けてしまいそうな腰を擦っていなければなりませんでした」

「わははは・・・」

 おだやかな笑いを取るのに成功した。これでますます自信をもらった。

 最初に書いたメモを何度も書き直して付け加えたのは帝国とぼくの村とのタイヒ? という形で話を進めたことだ。それで、体験したことにぼくがどれだけ驚いたか、感動したかがより分かりやすくなったと思う。

 遠足での、海軍や陸軍の演習のことだけではなくて、ぼくたちの面倒を見てくれたアレックスのことやイリアのことも加えた。帝国とのいくさでホリョとなったのに、一時はドレイにされたのに、今はフツーの帝国人として働いてちゃんとゼイキンも払っている。それに比べてぼくたちの北の里では部族同士しょっちゅう小競り合いをしている。敵のホリョになると殺される。ぼくたちに比べ、帝国はすごく懐が深い、と。だから帝国はいくさの度に強く、大きくなる。と。

 首を切られたり皮を剥がされたりするのは言わなかった。ちょっとショッキング過ぎると思ったのだ。言わなくても十分に伝わるし全てを話すことだけがいいとは限らない。

 そこで、またドアが開いた。

 なんと、ヤン閣下が来た!

 今度は軍服姿ではなく、真っ白なテュニカに真っ白なトーガを着けていた。

 金持ちや身分の高い男はみんな意匠を凝らしたトーガを身に着けている。これを着るとより重厚?に、イゲンがあるように見せることができる。色もたくさんあるのだが、なかでも元老院議員はみんな真っ白なトーガを着る。

 ヤン閣下は、びっくりして黙ってしまったぼくに校長先生と同じようにそのまま続けて、の仕草をした。校長先生やアンネリーザ先生に会釈し、タオを挟んでアンネリーザ先生の反対側に座った。

 当然にまたまた緊張のムシが騒ぎ出したのだけれど、ヤン閣下の穏やかな顔と「さあ、話してくれ!」とでもいうような小首をやや傾げた仕草を見てなんとか心を落ち着かせ、話を続けた。

 そうして。

 ぼくはスピーチをこう結んだ。

「なにもかも、驚くことばかりの遠足だったのですが、帝国の本当の強さを知ることができた貴重なタイケンになりました。

 帝国には様々な人がいる。肌の色も、言葉も、信じる神も違う。そんな人々が帝国にはたくさんいる。そして、みんな仲良く自由に伸び伸びと穏やかに暮らしている。

 戦車や大砲や飛行船や戦艦の強さにも驚きましたが、戦って負かした敵や、いくさで親を失った子や傷ついた人々に手を差し伸べ、いつの間にか自分たちと同じ『帝国人』にしてしまう。この懐の深さ。この寛容? さが帝国の本当の強さだ。

 この遠足でそれを知ったのがぼくにとって一番大きかったと思います。

 そして、ぼくは、その『帝国の本当の強さ』というものをしっかり学んでいきたいと思いました。

 以上でぼくのスピーチを終わります。

 ありがとうございました」

 し~ん・・・。

 あら、なんかマズいこと言ったかな。

 そう思っていると、ヤン閣下が立ち上がってぱんぱんと拍手し始めた。

 すると、校長先生やアンネリーザ先生も、クラスのみんなも一斉に立ち上がって拍手してくれた。

「素晴らしい!」

 ヤン閣下は言ってくれた。

「まだ帝国に来てそう月日も経っていないというのに。よく勉強したね。とてもいいスピーチだった。カンドーしたよ、ミハイル!」

「あ、ありがとうございます!」

 校長先生もアンネリーザ先生もクラスのみんなが駆け寄ってきてくれて握手してくれた。

 ヤン閣下と校長先生が教室を出て行くとみんな席についた。そしてぼくと入れ替わりに教壇に立ったアンネリーザ先生はこう言った。

「校長先生や皇帝陛下のご子息のヤン議員が来たりしてちょっとびっくりしたわね。

 でも、本当に素晴らしいスピーチでした。ミハイル、頑張ったわね。

 みんな、もう一度ミハイルに拍手を」

 パチパチパチ・・・。

 ぼくは嬉しかった。とても誇らしい気持ちになった。帝国に来て、今日がいちばん嬉しい日になった。

「さて、ここでみんなに宿題を出します。今日のミハイルのスピーチを聞いた感想を200語程度でレポートしなさい。

 とくに、今から名前を挙げる人は明日までに必ず提出すること。

 ルーベルト、ヒンケル、アルマ、そして、エイブ。

 みんな、どうしてか、わかるわね?」

 アンネリーザ先生はその4人の名前を一人ひとり見つめながら口にした。教室は、しん、となった。

「レポートの提出が遅れたり、その内容によっては落第の対象になりますからね。あなたがた4人は他の教科の成績も芳しくありません。挽回するつもりで必死になって頑張りなさい。特にエイブ、アーブラハム、」

 と、先生は言った。

「あなたは今度落第すると3回目になるわね。わかっているとおもうけど、今度は落第じゃなくて退学になりますよ。頑張りなさい。いいですね?」

 怖・・・。

 もちろん、後ろの席を振り返って彼らの顔を見たりはしなかった。

 先生はちゃんと見ていてくれたのだ。そのことを、ぼくは知った。
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