24 / 24
最終回 エピローグ 「ぼくの名前は、ミハイルです!」
しおりを挟むあれから10年近い時が流れた。
つい、先日。
あの渓流で一緒にお城を作り、一緒にタオのピアノを聴いた、おませで可愛いリタとクララが相次いで結婚したという知らせを奥様からの手紙で知った。
ああ、あの子たちもいつの間にかそんな歳になっていたんだなあ、と急に懐かしい気持ちになった。
クララの母でリタの姉であるコニー、コンスタンツェは、その後二度目の結婚にも失敗してしまい、三度目にようやく落ち着いて今に至っている。
「もうこれ以上は許しませんよ! 出戻ってきても家に入れませんからね!」
奥様ももう相当なお歳になられたと思うが、未だに心配をさせられどおしの次女のお陰でおちおち歳も取ってられないわ。手紙でそうグチっていらしたのには笑ってしまった。
ビッテンフェルト男爵は中将で陸軍を退役し、今は帝都を離れた農場で晴耕雨読、悠々自適の日々を送っておられるらしい。時折思い出したように農場で採れるオレンジを送ってくれる。
「良いのが出来たので送る。元気でやっておるか、ミハイル」
箱にはいつもキアイの籠った手紙が添えられていて、ぼくは家族と共に美味しいオレンジを食べつつ、かくしゃくとした男爵を想像して頬を緩ませている。
タオの音楽会で初めて会った皇帝陛下がお亡くなりになってだいぶ経つ。帝国の年号も新しくなり、今の陛下は「共和政の衣を纏った実質的な帝政」になってから八代目の皇帝になる。
でも、ヤン閣下ではない。
閣下は、思うところおありになったのか、御父上の崩御に伴って元老院議員も辞職し、軍籍からも身を引いて予備役となり、今は内閣府のすぐ近くのバカロレアで政治学の教鞭を執っていらっしゃる。
そして、元老院の証言のために「個人授業」をしてくれたぼくの女神、マーサさんは、ヤン閣下の引退と同時になんと士官学校に入り、今は卒業して統合参謀本部に大尉として勤務し、貴族議員として元老院議員にもなっている。
里に帰ってから、ぼくは年に数回ほど元老院での報告のために帝都に赴くことになったのだが、彼女とはその度に会っている。
何年かぶりで再会を果たした時、カーキ色の軍服に身を包んだマーサさんは、金髪を靡かせた美しさにますます磨きがかかっていた。そしてぼくを見上げてこう言ったものだ。
「大きくなったわねー。ますますお父さんに似て来たわよ」と。
きっと彼女は帝国初の女帝、「カイゼリン」になるに違いない。今からぼくは密かに予想しているのだが、果たしてどうなるだろうか。
そしてぼくは、というと。
一緒に来た10人の仲間のうちで一番最初にリセに入学したぼくだったのだが、みんなより一足早く、卒業を待たずして帰郷せねばならなくなってしまったのだ。
ヤン閣下が予想した通り、ぼくのシビル族は周辺の北の諸部族から「裏切り者」扱いされ、ぼくがリセに学び始めたころからそうした諸部族との小競り合いが増えていた。
あの元老院で批准された同盟の通り、ぼくの村の隣に帝国軍の前進基地が置かれ、帝国軍との協同作戦でその都度敵の襲撃を撃退してきていたのだが、その小さくない、しかも幾度にもわたる武力衝突の中で、尊敬し頼りにしていた一つ上の兄、ボリスが戦死したのだ。
兄はまだ、肌も青く染めていなかった。ぼくが16、ボリスはまだ17になったばかりの年だった。
父は帝都にいたぼくを呼び戻した。父もまた同じ戦闘で傷つき、もはや戦場で指揮を執ることが困難な身体になっていたのだ。
悲しみに浸ってばかりも居られなかった。父を援けねば!
そうしてぼくは北のシビルの里に帰って来た。今は族長補佐ともいうべき立場にいて、父を援けながら、やがて次々と戻って来たヨーゼフやゲオルギーやドミートリーたち、第一次の留学生たちと共に作物の品種改良に精をだし、帝国軍の軍事教練に汗をかき、子供たちに帝国語を教える日々の中にいる。
四年前、ぼくは妻を娶った。
名前をコンスタンツェという、父も母もドイツ系の、生粋の帝国女だ。
あのビッテンフェルト家のコニーと同じ名を持つ彼女と出会ったのは、彼女がぼくの村に隣接する「第13軍団第38連隊所属独立第7中隊」の一小隊長として赴任してきてからだ。ぼくは里に戻って3年目の18歳。コンスタンツェは士官学校を卒業したばかりの20歳。ぼくよりふたつ年上の、「姉さん女房」というヤツである。
赴任のあいさつでぼくの村に来た彼女が、
「第二小隊のコンスタンツェ・シュターデン少尉です!」
と名乗ったとき、ぼくはビッテンフェルト家のバツ2のコニーを思い出し、失礼にもフッと鼻で笑ってしまったのだ。
「何がおかしいのよ」
気が強くて男勝りなのはマーサさんに似ていて、おっぱいとお尻がデカいのは名前が同じなせいなのかなんとなくビッテンフェルト家のコニーを思い出させた。くすんだ金髪を肩までの短さに切っていて、向こう気の強そうな目と、ツンとした鼻が印象的な女の子だった。
思えばそれが、馴れ初めというヤツになる。
リセに入る前に男爵から教わったように、ぼくもある程度のケイケンはしていた。だから彼女のそんな向こう気の強さをヨユーで揶揄いつつも、ぼくらは徐々にお互いの距離を詰めていった。
ぼくの村と帝国との同盟締結時から恒例となっていた、前進基地とシビル族の現況報告のために、コンスタンツェと度々帝都行きを共にする間に、いつの間にか「シュターデン少尉」が「コンスタンツェさん」になり、やがて「コニー」になって、男と女の関係になるのに半年かからなかった、と思う。
「ねえ、ミーシャ。あんたと結婚するのには条件があるわ」
結婚の直前、コニーとの愛の確認行為の後に、彼女はこんなことを言った。
「どんな?」
「いくさに出て10人の敵を倒しても肌を青く染めないこと」
「・・・それだけ?」
「たくさん産んであげるから、奥さんはあたしだけにすること。ウワキ厳禁!」
「うん。・・・他には?」
「いくさに出ても、絶対に、死なないこと」
「・・・うん。約束するよ」
「最後にもう一つ」
「まだあるの?」
やがて妻となる帝国女の、グラマーで柔らかくてまだ汗ばんでいる素肌の感触を愉しみつつ、ぼくは尋ねた。
ぼくのヨメは、甘いキスとともに、こう言った。
「あたしより先に死んじゃダメ。あたしのほうが、2つ年上なんだから。わかった? ミーシャ・・・」
そんな風にして、ぼくは「いつもはツンツンしてるくせにぼくと二人きりになると急にデレデレしてくる可愛い」ニョーボというものを貰った。かつてのリタやクララのような可愛い子供も生まれ、家族が増え、今に至っている。
この昔話も、そろそろ終わりに近づいた。
そもそも。
こんな長い昔話を始めたのは、つい先日帝都で久しぶりにぼくの大親友のタオに会ったからだ。
元老院で、ぼくの妻となったコニーの後任として前進基地にやって来た新任の少尉と共に報告を済ませた後、立ち寄ったスブッラの街角で、偶然にも、そして幸運にも、
「第7回ナイエス・ローム交響楽団定期演奏会」のポスターを見た。
ナイエス・ローム。
「新しきローマ」というのは、ぼくがまだリセにいたころに変った、帝国と帝都の名前だ。
実はこの「国号変更問題」に絡んで帝国全土だけでなくまわりの国も震え上がらせた大事件があったんだけど、ぼくもタオもなんとか巻き込まれずに済んだ。
で、この事件の解決に、またまたタオのお母さん、「マルスの娘」が活躍したんだけど、そのことはまた別の機会に。
大事件が解決し、国名と都の名が新しくなったことを記念して帝都に交響楽団が設立されたんだけど、その首席ピアニストにタオが就任したことは手紙で知っていた。あの少年の日の約束通り、ぼくたちは今も手紙のやり取りを続けていて、お互いの近況を知らせ合っていた。
ただ、タオは、帝都にいるのが年にふた月もない。帝国中を、時には遠く東のノールの首都や、帝国の保護国となって久しい西のドンの首都ピングーまで演奏旅行に出かけることもある。
それに、ぼくはぼくで、年に3回か4回の元老院出張の時しか北の里の村を出られない。ぼくが不在中に周辺の部族たちの来襲があるのは避けたかったからだ。
だから、そのポスターを見かけたときには、もしや神々の贈りものか、とさえ思ったほどだ。
一緒に来た独立第7中隊の少尉と別れた後、ぼくは、スブッラと官庁街を隔てるフォルム街の一角を改装した公会堂へ出かけて行った。
夜のしじまを破り、重厚なオーケストラの響きが石だらけの官庁街の壁に反響し、恐らくはタオのだろう、華麗なピアノの調べが、星の瞬きとともに帝都の夜空から舞い落ちて来ていた。
公会堂の周りにいたキップ屋からチケットを買い、公会堂に入った。
そこは屋根のない元老院の議場のような「すり鉢をタテに半分に切ったような」ところで、すり鉢の底のほうに舞台があり、そこにオーケストラがズラリと並んでいて、そのど真ん中に黒光りのする机のような、あの少年の日に皇宮で見たのと同じピアノが置いてあった。
ピアノに向かって一心不乱に美しい音を奏でていたのは、黒い髪の東洋人の風貌を持った凛々しい青年。でもそれは紛れもなく、少年の日に共に小学校に通った良き友、タオの面影を残した姿だった。
「あははは。やってるなあ、タオ・・・」
すり鉢の上らへんに立っていたぼくは、ふりむいた目の前のオーディエンスから、
「シィーッ!」
と、叱られた。彼の熱烈なファンらしいその女性には、大変申し訳なかったと思う。
彼が、タオが手が小さいのを嘆いていたのも、今ではもう懐かしい笑い話だ。彼は、まるで鬼神のようにピアノと一体になっていた。音楽の神ミューズのしもべ、というよりも、ミューズそのものが、そこにいた。
その名前のわからない華麗なピアノ協奏曲が今夜のプログラム最後の曲だったらしく、鳴りやまない盛大な拍手の中一度舞台袖に引き上げたタオは、アンコールの求めに応じて再び現れた。再び盛大な拍手が帝都の、ナイエス・ロームの都の夜空に沸き起こり、広がった。
アンコール曲はもちろん、あのラフマニノフだった。それならぼくにも名前がわかる。
《10の前奏曲 作品23》第4番ニ長調、アンダンテ・カンタービレ。
タオが名付けた「ふるさとの夕陽」だ。
ぼくの心は瞬時に時空を飛び越え、あの少年の日の帝都の夏を感じていた。
夏休みも半ばに差し掛かった7月の終わり、ぼくがリセ入学準備のため予習に忙殺されていた日の朝のことだ。
ぼくがお世話になっていたビッテンフェルト家に朝の挨拶もそこそこに、息せき切ったタオが駆けこんで来た。
「ミーシャ! ちょっと来てくれる? おね・・・、お母さんが帰って来たんだよ!」
ぼくの心は、とたんに高鳴った。
タオの母。あの噂に高い、帝国軍人に与えられる最高の栄誉「アイゼネス・クロイツ」受章の女性将校。いつもタオから話だけは聞いていて、是非いつか会ってみたいものだと胸をときめかせていた、その女の人に会える!
「わかった、行こう!」
ぼくとタオはライヒェンバッハ家に急いだ。
ぼくたちがその瀟洒な貴族の屋敷に着いた時、彼女はアトリウムにいた。草花にじょうろで水遣りしているカーキ色の軍服の後姿。その華々しい武功と軍歴から想像していたのよりははるかに華奢な、その時まだ11歳だったぼくほどしかない小さな背丈と美しいブルネット。
「おねえちゃん! 前に話した、ともだちを連れて来たよ!」
タオは自分のお母さんを未だに「おねえちゃん」と呼んでいた。
「お早うございます。初めまして」
ぼくの声に振り向いた碧眼の美しさは、それから10年経った今でも鮮明に覚えている。ぼくは、言った。
「ぼくは、ミハイルです!
ぼくは、タオのともだちです!」
了
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
妹の仇 兄の復讐
MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。
僕、寺内勇人は高校三年生。妹の茜は高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。
その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる