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第一章 潜伏
艦名・人名について
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ここで本作「戦艦ミカサを奪還せよ」で登場する軍艦名や人名の所以、言われ、うんちくを記したいと思います。といってもウィキペディアの域を出るものではないので、大した記述はできません。ですが、記すことでこの作品を取り巻く雰囲気を感じていただければと思いました。
まず帝国海軍第一艦隊ミカサ、ビスマルク、エンタープライズ、ヴィクトリー。
「ミカサ」は、言うまでもなく日露戦争時、連合艦隊旗艦として司令長官東郷平八郎中将(当時)の座上艦となり、日本海海戦で当時の世界最強のロシア・バルチック艦隊を破り、戦争を勝利に導いた最高殊勲艦であります。終戦後何故か弾薬庫の爆発事故を起こし晴れの戦勝観艦式の旗艦ではなくなりましたが、現在横須賀の三笠公園に係留されて大切に保存されています。
「ビスマルク」は第二次大戦で英国海軍との戦闘で撃沈された38センチ主砲八門搭載基準排水量4万トンのドイツ海軍最大の戦艦にちなんだ、というよりは、かつてプロイセン王国の宰相にしてドイツを統一に導いた偉大なるオットー・エドゥアルト・レオポルト・フォン・ビスマルク=シェーンハウゼン(1815-1898)にちなんだ、と帝国の人々は思っていると思います。
「エンタープライズ」は「ビッグE」の愛称を持つアメリカ海軍の最高殊勲艦です。その艦名を付けた船の歴史は長く、初代は18世紀の帆船でしかもイギリス海軍のフリゲート艦でした。以来イギリスで14代、アメリカ海軍で8代続く由緒ある艦名となっています。日本人としては、世界初の原子力航空母艦(CVN-65)が最も記憶に新しいところですが、大東亜戦争におけるミッドウェー海戦で同型艦のヨークタウン、ホーネットと共に日本海軍の第一航空艦隊四隻の空母を全滅させた七代目(CV-6)も有名です。9代目の最新型が排水量10万トン、ジェラルド・R・フォード級の3番艦として2027年就役予定で現在建造中だそうです。
「ヴィクトリー」はそのエピソードを作品中でも紹介しました。イギリス海軍の殊勲艦中の殊勲艦です。なにぶんあまりにも古すぎてボコボコにされすぎ、現在保存されているのは有志による寄付金で再建造されたレプリカです。ですが、その偉業は司令官のネルソン提督の名と共に大英帝国の歴史上永久不滅の輝きを維持しています。
「リュッツオー」は第二次世界大戦中のドイツ海軍アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦、というよりも、プロイセン王国の軍人でナポレオン戦争において義勇軍を率いて戦ったルードヴィヒ・アドルフ・ヴィルヘルム・フォン・リュッツオウ男爵にちなんだ、というほうが本作の帝国海軍軍人は喜ぶでしょう。彼はあまたの戦場で何度も重傷を負いつつ、その都度立ち上がって祖国プロイセンのために一生をささげた誇り高い軍人でした。この物語の小兵の「リュッツオー」がどのような活躍をするのか、乞う、ご期待です。
人名について
バカロレアの先生たちの名前は、我が家のトイレの壁に貼ってある元素周期表を見て適当につけました。筆者の子供たちが少しでも科学に興味を持てばと張っておいたのですが、自分がハマりました。「キュリー助手」「ナガオカ先生」「アインシュタイン先生」「ボーア先生」も全てその延長です。
「フェルミ先生」のエンリコ・フェルミ(1901-1954)は、世界初の黒鉛型原子炉を作った人です。東部アイビーリーグのどこだかの大学のバスケットコートに黒鉛ブロックを積み上げて作ったそうですから、その大学のバスケット選手は被曝については大丈夫だったのか心配になりました。
ウリル少将、イマム先生、ワワン中将
筆者はいささかインドネシアに縁があり、これらはすべて友人や知人の名前を拝借しました。「ウリル」はインドネシア語でリーダー、指導者。「イマム」は導師、師匠。「ワワン」はジャワ語で、戦士、の意味だそうです。ちなみに、インドネシアの人には姓がありません。初代大統領のスカルノさんの名前は「スカルノ」だけなのは有名な話ですし、「リーダーにして高潔な誇り高い男で誰からも愛され尊敬され幸せな一生を送る幸運な人」直訳するとそんな長い名前を持つ人もいます。赤ちゃんの幸せを願って名付けをする親御さんの気持ちが伝わって来るような名前ですね。
カトー少将
1905年、日本海海戦時の連合艦隊司令部参謀長加藤友三郎から取りました、というよりは、古代ローマ共和制時代の大カトー、そして共和制末期の小カトーをイメージしていただくほうがいいかもしれません。前者はハンニバルを撃退した英雄スキピオ・アフリカヌスの政治的ライヴァル。後者は実質的に帝政を創始したユリウス・カエサルのそれでした。スキピオもカエサルも朗らかで外交的な人柄の人で男性にも女性にも好感を持たれる、今風に言えば「リア充」タイプの人ですが、大も小もカトーという人はそれとはまるきり正反対の、陰気で細かく内向的な性格の人で政敵の枝葉末節ごとをネチネチ虐めてくる性格のひとだったらしいです。物語では艦隊司令長官ワワン中将の腹心としてルメイを目の敵にしている、といった役柄ですが、さてどうなるでしょうか。
フレッチャー少将
西洋系の海軍軍人の名前を考えていて真っ先にこの名前が浮かびました。アメリカ海軍で「フレッチャー提督」と言えば二人います。日本人になじみの深い方はフランク・ジャック・フレッチャー(Frank Jack Fletcher, 1885-1973)でしょう。ミッドウェーではスプルーアンス少将指揮のエンタープライズ、ホーネットと共に空母ヨークタウンを旗艦とする部隊を指揮、ヨークタウンもやられますが日本の航空母艦赤城、加賀、蒼龍、飛竜を撃破します。後のスプルーアンス級駆逐艦のフレッチャー (USS Fletcher, DD-992) は、この人に因んで命名されました。
もう一人の「フレッチャー提督」はフランク・フライデー・フレッチャー(Frank Friday Fletcher, 1855-1928)です。なんと、「ジャック」さんのおじさんにあたります。メキシコとの戦争で功績をあげ、第二次世界大戦でも多数建造され活躍したフレッチャー級駆逐艦のフレッチャー (USS Fletcher DD-445) は、この人に因んで命名されました。一族で二人も軍艦に名前が使われるなんて、すごいですね。
この稿では「猛将」という設定のフレッチャーですが、猛将と言えばアメリカ海軍なら「ハルゼー」という名前の方がすぐに浮かびそうです。ウィリアム・フレデリック・ハルゼー・ジュニア(William Frederick Halsey, Jr.1882-1959)はミッドウェーの時にはちょうど皮膚病にかかっていて自分の艦隊を指揮できませんでした。彼が代理として推薦した航空艦隊を指揮した経験のない慎重派のスプルーアンス少将が大勝利を収めたわけですが、もし猪突猛進型のハルゼーが指揮を執っていたらあれほどの勝利はなかったのではないだろうかという人もいます。彼よりは、珊瑚海海戦ではやはり旗艦のサラトガをやられ、中破してなんとか修復しミッドウェーに参加したヨークタウンもやられ、それでもなんとか作戦目的を達成したフレッチャーのほうに人間味を感じました。
ヨードル曹長
第二次世界大戦でドイツの降伏文書に署名したアルフレート・ヨーゼフ・フェルディナント・ヨードル上級大将から取りました。彼は職業軍人の子として生まれましたが周囲の反対を押し切って貴族の令嬢と結婚し第一次大戦に従軍します。ドイツの敗戦後にアドルフ・ヒトラーに心酔しそこから軍の上層部に取り立てられてゆきます。しかし純粋な軍人であった彼は昇進とともにヒトラーの軍事に対する無知への反感を募らせついに対立します。が、敗戦を迎え、ナチスの軍部高官であったことを理由にニュールンベルク裁判で死刑の判決を受け絞首刑にされます。死刑執行の間際に理髪師に母親に抱かれる自分の赤子の頃の写真について聞かれ、「あの頃に死んでしまわなかったのが残念だな。こんな悲哀を味わわずにすんだのに」と語ったそうです。作品中のヨードルが貴族の家を出奔した原因もそのあたりのことと重なるのかもしれません。これからその辺が描かれるのかどうかは、まだわかりません。
カーティス・ルメイ
大東亜戦争において、何の罪もない東京に住む人々の上に焼夷弾の雨を降らせ数十万人を死傷虐殺したアメリカの軍人、カーチス・エマーソン・ルメイという人の名前から取りました。彼は京都への原爆の投下には賛成しませんでしたが広島への投下命令書にはあっさりサインしたみたいです。戦後すぐの記者会見では「ソ連の参戦がなくても原爆の投下がなくても戦争は終わっていた」と言ったそうですが、その後だいぶ経って発言を訂正し「原爆投下は戦争を終わらせるためには必要不可欠だった」と言い直しています。所詮、宮仕えの人だったのでしょう。ベトナム戦争でも「ベトナム人を石器時代に戻してやる」と発言し有名な「北爆」の指揮を取りました。戦後日本の政府は勲章欲しさに言葉を変える程度のこの人に勲章をあげたそうですから、お前らアホかと言われるのは日本人かもしれませんね。でも、日本からもらった勲章よりも英国首相チャーチルからもらった勲章を大事にして死んだそうです。
まず帝国海軍第一艦隊ミカサ、ビスマルク、エンタープライズ、ヴィクトリー。
「ミカサ」は、言うまでもなく日露戦争時、連合艦隊旗艦として司令長官東郷平八郎中将(当時)の座上艦となり、日本海海戦で当時の世界最強のロシア・バルチック艦隊を破り、戦争を勝利に導いた最高殊勲艦であります。終戦後何故か弾薬庫の爆発事故を起こし晴れの戦勝観艦式の旗艦ではなくなりましたが、現在横須賀の三笠公園に係留されて大切に保存されています。
「ビスマルク」は第二次大戦で英国海軍との戦闘で撃沈された38センチ主砲八門搭載基準排水量4万トンのドイツ海軍最大の戦艦にちなんだ、というよりは、かつてプロイセン王国の宰相にしてドイツを統一に導いた偉大なるオットー・エドゥアルト・レオポルト・フォン・ビスマルク=シェーンハウゼン(1815-1898)にちなんだ、と帝国の人々は思っていると思います。
「エンタープライズ」は「ビッグE」の愛称を持つアメリカ海軍の最高殊勲艦です。その艦名を付けた船の歴史は長く、初代は18世紀の帆船でしかもイギリス海軍のフリゲート艦でした。以来イギリスで14代、アメリカ海軍で8代続く由緒ある艦名となっています。日本人としては、世界初の原子力航空母艦(CVN-65)が最も記憶に新しいところですが、大東亜戦争におけるミッドウェー海戦で同型艦のヨークタウン、ホーネットと共に日本海軍の第一航空艦隊四隻の空母を全滅させた七代目(CV-6)も有名です。9代目の最新型が排水量10万トン、ジェラルド・R・フォード級の3番艦として2027年就役予定で現在建造中だそうです。
「ヴィクトリー」はそのエピソードを作品中でも紹介しました。イギリス海軍の殊勲艦中の殊勲艦です。なにぶんあまりにも古すぎてボコボコにされすぎ、現在保存されているのは有志による寄付金で再建造されたレプリカです。ですが、その偉業は司令官のネルソン提督の名と共に大英帝国の歴史上永久不滅の輝きを維持しています。
「リュッツオー」は第二次世界大戦中のドイツ海軍アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦、というよりも、プロイセン王国の軍人でナポレオン戦争において義勇軍を率いて戦ったルードヴィヒ・アドルフ・ヴィルヘルム・フォン・リュッツオウ男爵にちなんだ、というほうが本作の帝国海軍軍人は喜ぶでしょう。彼はあまたの戦場で何度も重傷を負いつつ、その都度立ち上がって祖国プロイセンのために一生をささげた誇り高い軍人でした。この物語の小兵の「リュッツオー」がどのような活躍をするのか、乞う、ご期待です。
人名について
バカロレアの先生たちの名前は、我が家のトイレの壁に貼ってある元素周期表を見て適当につけました。筆者の子供たちが少しでも科学に興味を持てばと張っておいたのですが、自分がハマりました。「キュリー助手」「ナガオカ先生」「アインシュタイン先生」「ボーア先生」も全てその延長です。
「フェルミ先生」のエンリコ・フェルミ(1901-1954)は、世界初の黒鉛型原子炉を作った人です。東部アイビーリーグのどこだかの大学のバスケットコートに黒鉛ブロックを積み上げて作ったそうですから、その大学のバスケット選手は被曝については大丈夫だったのか心配になりました。
ウリル少将、イマム先生、ワワン中将
筆者はいささかインドネシアに縁があり、これらはすべて友人や知人の名前を拝借しました。「ウリル」はインドネシア語でリーダー、指導者。「イマム」は導師、師匠。「ワワン」はジャワ語で、戦士、の意味だそうです。ちなみに、インドネシアの人には姓がありません。初代大統領のスカルノさんの名前は「スカルノ」だけなのは有名な話ですし、「リーダーにして高潔な誇り高い男で誰からも愛され尊敬され幸せな一生を送る幸運な人」直訳するとそんな長い名前を持つ人もいます。赤ちゃんの幸せを願って名付けをする親御さんの気持ちが伝わって来るような名前ですね。
カトー少将
1905年、日本海海戦時の連合艦隊司令部参謀長加藤友三郎から取りました、というよりは、古代ローマ共和制時代の大カトー、そして共和制末期の小カトーをイメージしていただくほうがいいかもしれません。前者はハンニバルを撃退した英雄スキピオ・アフリカヌスの政治的ライヴァル。後者は実質的に帝政を創始したユリウス・カエサルのそれでした。スキピオもカエサルも朗らかで外交的な人柄の人で男性にも女性にも好感を持たれる、今風に言えば「リア充」タイプの人ですが、大も小もカトーという人はそれとはまるきり正反対の、陰気で細かく内向的な性格の人で政敵の枝葉末節ごとをネチネチ虐めてくる性格のひとだったらしいです。物語では艦隊司令長官ワワン中将の腹心としてルメイを目の敵にしている、といった役柄ですが、さてどうなるでしょうか。
フレッチャー少将
西洋系の海軍軍人の名前を考えていて真っ先にこの名前が浮かびました。アメリカ海軍で「フレッチャー提督」と言えば二人います。日本人になじみの深い方はフランク・ジャック・フレッチャー(Frank Jack Fletcher, 1885-1973)でしょう。ミッドウェーではスプルーアンス少将指揮のエンタープライズ、ホーネットと共に空母ヨークタウンを旗艦とする部隊を指揮、ヨークタウンもやられますが日本の航空母艦赤城、加賀、蒼龍、飛竜を撃破します。後のスプルーアンス級駆逐艦のフレッチャー (USS Fletcher, DD-992) は、この人に因んで命名されました。
もう一人の「フレッチャー提督」はフランク・フライデー・フレッチャー(Frank Friday Fletcher, 1855-1928)です。なんと、「ジャック」さんのおじさんにあたります。メキシコとの戦争で功績をあげ、第二次世界大戦でも多数建造され活躍したフレッチャー級駆逐艦のフレッチャー (USS Fletcher DD-445) は、この人に因んで命名されました。一族で二人も軍艦に名前が使われるなんて、すごいですね。
この稿では「猛将」という設定のフレッチャーですが、猛将と言えばアメリカ海軍なら「ハルゼー」という名前の方がすぐに浮かびそうです。ウィリアム・フレデリック・ハルゼー・ジュニア(William Frederick Halsey, Jr.1882-1959)はミッドウェーの時にはちょうど皮膚病にかかっていて自分の艦隊を指揮できませんでした。彼が代理として推薦した航空艦隊を指揮した経験のない慎重派のスプルーアンス少将が大勝利を収めたわけですが、もし猪突猛進型のハルゼーが指揮を執っていたらあれほどの勝利はなかったのではないだろうかという人もいます。彼よりは、珊瑚海海戦ではやはり旗艦のサラトガをやられ、中破してなんとか修復しミッドウェーに参加したヨークタウンもやられ、それでもなんとか作戦目的を達成したフレッチャーのほうに人間味を感じました。
ヨードル曹長
第二次世界大戦でドイツの降伏文書に署名したアルフレート・ヨーゼフ・フェルディナント・ヨードル上級大将から取りました。彼は職業軍人の子として生まれましたが周囲の反対を押し切って貴族の令嬢と結婚し第一次大戦に従軍します。ドイツの敗戦後にアドルフ・ヒトラーに心酔しそこから軍の上層部に取り立てられてゆきます。しかし純粋な軍人であった彼は昇進とともにヒトラーの軍事に対する無知への反感を募らせついに対立します。が、敗戦を迎え、ナチスの軍部高官であったことを理由にニュールンベルク裁判で死刑の判決を受け絞首刑にされます。死刑執行の間際に理髪師に母親に抱かれる自分の赤子の頃の写真について聞かれ、「あの頃に死んでしまわなかったのが残念だな。こんな悲哀を味わわずにすんだのに」と語ったそうです。作品中のヨードルが貴族の家を出奔した原因もそのあたりのことと重なるのかもしれません。これからその辺が描かれるのかどうかは、まだわかりません。
カーティス・ルメイ
大東亜戦争において、何の罪もない東京に住む人々の上に焼夷弾の雨を降らせ数十万人を死傷虐殺したアメリカの軍人、カーチス・エマーソン・ルメイという人の名前から取りました。彼は京都への原爆の投下には賛成しませんでしたが広島への投下命令書にはあっさりサインしたみたいです。戦後すぐの記者会見では「ソ連の参戦がなくても原爆の投下がなくても戦争は終わっていた」と言ったそうですが、その後だいぶ経って発言を訂正し「原爆投下は戦争を終わらせるためには必要不可欠だった」と言い直しています。所詮、宮仕えの人だったのでしょう。ベトナム戦争でも「ベトナム人を石器時代に戻してやる」と発言し有名な「北爆」の指揮を取りました。戦後日本の政府は勲章欲しさに言葉を変える程度のこの人に勲章をあげたそうですから、お前らアホかと言われるのは日本人かもしれませんね。でも、日本からもらった勲章よりも英国首相チャーチルからもらった勲章を大事にして死んだそうです。
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