セピア色の恋 ~封印されていた秘め事~

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43 Nearer, my God, to Thee 主よ御許に近づかん 2021 楓の決意

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 ばあばの家を追い出されて、部屋で不貞腐れていたら駿からLINEが入った。

(さっきは、ごめん)

(ちょっと、ビックリしちゃってさ)

(考えたんだけどやっぱナツコさんとの結婚はムリだな。だっておれがハタチでナツコさんは42。おれが四十ならもうナツコさんは六十・・・)

 アホかっ!

 楓はスマホを放り投げた。男ってガキ。そしてアホ。自分が目の前のエロい年上女に狂っていたのに今ごろ気づいたらしい。

 あーあ。

 ベッドに寝転がり、ふとポケットの写真に気付いた。それを取り出し、しげしげと眺めた。

 「セピア色の思い出」、か・・・。

 ちがうな。

 「セピア色の恋」、だな。

 ばあばは、亡くなったじいじに出会うまでにどんな恋をしていたのかな。

 どんな恋をすれば、ばあばみたいになれるかな。

 そもそも楓がばあばの家の蔵に興味を持ったのは、カッコイイばあばの人となりに少しでも触れたかったから、だった。そこに入るとばあ場みたいになれるような気がしたんだ。ばあばは、絶対にリア充してた。

 でも、リア充って、なんだろう。

 リアルは現実。現実に充実してるのが、リア充。

 ばあばの家の蔵の中に入ってばあばのリア充を漁ってる自分。それはリア充じゃない。

 現実に向き合わず、過去の、それもばあばの過去に執着してるのもリア充とは言えない。

 そんなことでばあばのようなリア充には、なれない。なれそうもない。

 駿は、現実の、生身の熟女であるナツコおばさんに「手解き」してもらってた。少なくとも蔵の中に入り浸ってるあたしよりは「リア充」。

 沙也加との対決なんて、ジツは、どーでもいいんだ。

 勝っても負けても、元々、意味なんてないんだ。そんなもの、競うもんじゃないし、ましてや、他人にひけらかすもんでもない。この際、他人なんか、どーでもいい。

「リア充」に、価値なんてないんだ。

 現実の、例えば目の前の、駿。

 沙也加とか関係なく、自分は本当に駿が欲しいのか。駿とラブラブしたいのか。エッチしたいのか。自分だけのものにしたいのか。

 それが一番、大事なんだ。

 またスマホが鳴った。

(なあ、カエデ・・・。今から行っても、いいかな。オレ・・・)

 キュン・・・。

 じゅん・・・。

 楓はやっと気づいた。

 これだよ、と。

 駿は、沙也加とのくだらない対決の道具なんかじゃない。

 駿は、あたしの大事な幼馴染。

 そして、大事な、オトコ、だ。

 楓はガバッと飛び起きた。

 引き出しを漁ってかわいい封筒を選ぶと写真をその中に入れ、部屋を飛び出した。

「ちょっと、ばあばんちに忘れ物したー」

 言いながら、家を飛び出した。

 もうご飯なのよ! 

 母の怒った声を背後に聞きながら、楓は、走った。


 

 ガラッ!

 玄関の引き戸が開いたような気がしました。

「カエデ? カエデなの?」

 急いで行ってみると、玄関にはもう、誰もいませんでした。かまちの上に、可愛い封筒が一通、置かれていました。

「ばあば。勝手に持ってきちゃってた。ゴメンなさい」

 封筒には鉛筆でそう、書かれていました。

 中を見ると、なんとあのワシオ君とのツーショット。ヤマギシ君の最高傑作の一枚が、入っていました。

「カエデったら・・・」

 本当に、溜息が出るほど困った孫娘です。


 

 あのレッド・ツェッペリンさんが今どこでどうしているかはわかりません。

 彼は工業大学の学生さんだったらしく、ヤマギシ君の遺品であるカメラのボディーに複雑に食い込んでいた地雷の破片を綺麗に完璧に取り除いてくれていました。

 でも、これも、もう・・・。

 家の西側に、おもちを蒸かすときに使う竈用の薪を積んであったのを二三本取ってきて、家のゴミと一緒にして焚火をしました。火を起こしている間に、戸棚に隠しておいた手紙と、楓がわざわざ返してくれたあのヤマギシ君の最高傑作を丁寧に火にくべ、燃やしました。


 

 今年、年が明けてすぐ、わたしはガンを宣告されました。

 少し体調を崩して病院に行くとすぐに精密検査をされて、わかったのです。新陳代謝がいいと進行が早いのだそうですね。まだ若いと調子にのっていたら知らないうちに転移が広がっていたのです。自覚症状もほとんどなかったので、油断していました。

「手術して患部を摘出しても五年後の生存率は五十パーセントぐらい」

 と、お医者さんから聞きました。

「しなければ?」

「そうねえ・・・。このスピードだと、持って半年から十か月、一年くらいかなあ・・・」

 おじいさんもお世話になったその先生は、そんな風に気さくに事実を、真実を教えてくれました。

「そうなんだ・・・。本当のこと言ってくれて、ありがとね、先生・・・」

 娘たちには黙っていたのですが、薬でわかってしまうものなのですね。今のところ奈津子と塔子はこのことを知っていて、でも、奈津子は表立っては何も言いません。塔子だけがなにくれとなく、今日の様に気を遣ってなかなか病院に行こうとしないわたしを引っ張って連れて行ってくれます。今のところ東京にいる三女と四女には黙っててくれているみたいです。

 わたしのガンを知って何も言わない奈津子も、世話を焼きたがる塔子も、どちらも優しさゆえなのを十分に知っています。本当に、いい娘たちに囲まれて、わたしは幸せ者だと思うのです。


 

 先週、先生の紹介でとあるホスピスを訪ね見学させていただきました。終末期の患者さんを面倒見てくれる施設です。痛みや苦しさを和らげる緩和ケアというのをしてくれて、亡くなるまで見守ってくれるところらしいです。

 ホスピスには患者有志による聖歌隊があり、ちょうどその美しい合唱を聴くことができ、束の間の、素晴らしいひと時を過ごすことができました。


 

 Nearer, my God, to thee, nearer to thee!

 E'en though it be a cross that raiseth me,

 Still all my song shall be, nearer, my God, to thee.

 Nearer, my God, to thee, nearer to thee!


 

 主よ御許に近づかん

 いかなる苦難が待ち受けようとも

 汝の為に我が歌を捧げん

 主よ御許に近づかん


 

 この歌を美しいと思えるようにしてくれたのは、間違いなく、音楽への扉を開いてくれた、あの初恋のワシオ君でしたでしょう。


 

 でも、さすがにそこに入るときには娘たちにも言わねばならないでしょう。できれば四人の娘全員に納得してもらって行きたいのです。

 そのために今、どんな言い訳をしようかと考えているところなのです。

「仮に手術しても半分の確率だし、仮に生きられたとしても、また病気に怯えながら生きなくちゃいけなくなる。そんなのはイヤなのよ。病気がそんなに偉いのかしらねえ。何様のつもりなのかしらね。失礼しちゃうわよね。それよりは、もうここらで、ね?

『人生100年時代』って言うけどね。70で死んでも100で死んでも変わんないわよ。まだ歩けるうちに死ぬか、ヨボヨボになって寝たきりになって身体じゅう管だらけになって死ぬかの違いだから。それにもう、バレーだって出来やしないんだしねえ・・・。

 わたしは若いころもう何も悔いがないってくらいにたっぷり遊んだし、結婚してからも「不幸って何?」ってくらい、幸せだった。幸せすぎた。あんたたちも立派に育てられたし、おじいさんもしっかり見送れたし・・・。

 何歳まで生きたいかなんて人それぞれだけど、わたしはもう、いいの。

 充分に生きたわ。

 したいことして、生きたいだけ生きた。

 あんたたちもね、ただ長生きするんじゃなくて、いい人生を生きなさい。バーチャルじゃなくて、かりそめの、じゃなくて、本当の、手触りのある、いい人生を生きなさい・・・」

 そんな感じでしょうか。ちなみに、手本にしたのは、母の最期の言葉です。

 どうでしょうか。これで、あの子たちは納得してくれるでしょうか・・・。


 

 最後の写真が燃え尽きました。ヤマギシ君が撮った、彼の最高傑作の、ワシオ君との写真も、燃えて無くなりました。楓が見つけてくれて、返してくれて、助かりました。わたしと一緒にあの世に持って行きたいのですが、お棺の中に入れてもらうわけにはいきませんからね。死んでから人目に触れさすのはイヤだったのです。動ける今のうちに全部処分してしまうのが一番いいのです。

 すべてが燃え尽き、灰に水をかけてやれやれと家に入ると座卓の上にカメラが残っていました。

「これ、どうしようかしら。これは燃えないゴミになっちゃうよねえ・・・」

 一人、カメラを手にして呟いてしまいました。

「これぐらいは残してもいいかしらね?」

 おじいさんの遺影に尋ねてみましたが、もちろん、返事はありませんでした。きっとやきもち妬いて怒ってるのだと思います。

 まったく。死んでからも大人気ないひとだと思いました。
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