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しおりを挟む伊織は食事中の星川を横目に、カウンターに持ってきた箱を広げると、ホールの女性スタッフたちが集まってきて中を覗き込む。
「やったー、これ明後日からの新作? 何ですか?」
「カボチャと生キャラメルのムース」
「わあ、秋メニューって感じ。美味しそう」
今日の一番の目的は新メニューの動きとクオリティチェックだが、スタッフの試食用に新作スイーツを持ってきていた。
デザート系は、専門のスタッフが各店舗の分をまとめて工房で作っている。
土台はココアのクランブル。セルクルに絞ったカボチャのムースの中に、トロトロのペースト状の生キャラメルが仕込んである。仕上げは生クリームをサントノーレで絞ってチョコレートの飾りを乗せただけのシンプルなケーキだが、ムースの舌触りや、ムースを割ると出てくる生キャラメルのとろみ感が絶妙だ。
順番に試食をしたスタッフからも好評だ。
「遠田さん、ケーキ余りそうですよね?」とスタッフのひとりが嬉々として提案した。
「折角だし、星川さんにも試食してもらいましょうよ。最近よく来てくれるし、もう常連さんと言っていいですよ」
「……お客さまに試食してもらうのはいい考えだとは思うけど」
あわよくば接触する機会を増やそうという魂胆が見え見えだ。伊織に胡乱な目で見られて、スタッフが慌てて弁解する。
「や、そんなんじゃないですよ! ……あっ、じゃあ遠田さん持って行ってください!」
さも名案とばかりに、彼女が弾ける笑顔を見せた。
「それならみんな、文句言わないと思うし。ね?」
「……仕方ないな」
嘆息して不承不承引き受けると、キャッと女性スタッフから歓声が上がった。
ランチタイムとティータイムの間の時間で、店内の客は疎らだ。
試食を持っていくタイミングとしてもバッチリだった。食後のコーヒー(今日はホットだ)といっしょに、伊織は新作のケーキを運んだ。
星川は熱心に手元に目を落としていた。気配に気付いたのだろう、星川が顔を上げたタイミングで伊織は人好きのする笑みを浮かべた。
「甘いものはお好きですか?」
「え? ええ、まあ……」
星川は目を瞬き、戸惑いながらもそう答え、手にしていた文庫本を閉じた。革のブックカバーがかかっていて何を読んでいるかわからないが、この美麗な男が読書家というのは意外に思った。
「明後日からの新メニューなんです。うちのスタッフが是非試食していただきたいって聞かなくて。よかったら」
近くのテーブルに他のお客はいないが、念のため周囲に配慮したボリュームでこっそりと告げる。
困惑した表情を浮かべていたのは一瞬で、すぐに「そうでしたか」と笑顔を見せた。すこし、困ったような、そして照れくさそうな。彼女たちの好意は、すでに本人の知るところだったらしい。
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