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第25話 再教育とは何か? ジリア、譲れぬ信念
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更生班の取り組みが徐々に軌道に乗りつつあったある日。
湿気のこもる雑用室。割れかけた窓から差し込む薄明かりが、掲示板の紙を照らしている。
そこに立っているのは俺──眞嶋隼人と、D棟のリーダー格である男、ジリアだった。
「囚人に“読書会”と“討論”? ……それが再教育かよ、隼人」
低く押し殺した声に、鋭い眼差し。ジリアの目は、まるで抜き身の刃だった。
「知識を得ることで視野が広がる。それは更生の第一歩になるはずだ」
俺はまっすぐに言い返す。だがジリアは鼻で笑った。
「……その“はず”が通じるのは、お前の元いた“平和な世界”だけだ」
彼は掲示板を指差した。紙に並ぶ更生プログラム案が揺れる。
一、職業訓練の導入(調理・清掃・修繕)
二、読書と報告書の提出
三、反省文・討論会の実施
「ジリア、お前だって本を読んでたじゃないか」
「あれは……暇つぶしだ。現実を変えるのは、力だ。貫く意志の強さだ」
ジリアは静かに呟いたが、その声には確かな重みがあった。
──ジリア、本名不明。元暗殺者。正確には、帝国がかつて秘密裏に運用していた影の処刑部隊“黒の烙印ブラックブランド”出身とも噂されている。
“黒の烙印”──帝国の裏側で存在していた闇の部隊。主に貴族の反乱分子や政治的に邪魔となった人物を抹消するため、非公開で任務を遂行していた。構成員は孤児や囚人、または裏社会の住人から選ばれ、幼少期より感情を排除する訓練を受けたとされる。彼らの任務には“証拠を残さないこと”“正体を悟らせないこと”“命令には絶対服従すること”が含まれていた。
ジリアはその中でも“最も静かに、最も確実に標的を葬る”として暗黒界では“沈黙の刃”と呼ばれていた過去を持つという噂がある。
収監理由も記録が抹消されており、彼の過去を知る者はいない。だがD棟の囚人たちは皆、自然と彼を中心に動く。
冷静沈着で非情な判断を下す一方で、弱き者を守る姿も目撃されており、その矛盾した存在感が“静かな支配者”としての威光を放っていた。
ジリアと俺──眞嶋隼人の違いは、まさにその人生の出発点にある。
俺は日本という国で刑務官として育ち、“更生”の理念を学び、囚人にも未来があると信じて生きてきた。
一方のジリアは、生まれてすぐに“黒の烙印”に組み込まれ、裏切りと死の中で“信じる”という行為自体を否定して育った。
俺は人の中にある善性を信じ、時間をかけてでも対話を重ねるべきだと考える。
ジリアは、力と恐怖こそが人を支配する手段であり、それこそが現実だと言う。
「更生とは“社会復帰の準備”だ。言葉で意思を伝え、違いを認め合う訓練が必要なんだ」
「ここは戦場だ。ルールも礼節も通じねえ奴らが這いずり回ってる。その前提が違う」
壁に寄りかかるジリアの姿は、まるで疲弊した軍人のようだった。
「……でも、あんたは俺の言葉を聞いてくれてる」
「俺は“判断してる”だけだ。信じてるわけじゃない」
言葉の端々に刺がある。だが、その奥にある感情は……信じたい、という迷いだった。
そのとき、調理場の扉が軋んで開き、ナナ・ユリエルが顔を覗かせた。
「話し合い、進んでますか? メルクたち、もう準備できてるみたいです」
ナナは中性的な顔立ちをしており、華奢な体つきもあいまって女性と誤解されることが多いが、れっきとした男性だ。その口調も穏やかで、どこか空気の流れを和らげる不思議な力があった。
その声音はどこか不安げで、それがまた俺の背中を押してくれた。
「……チッ。“討論会”ってのがどんなもんか、見せてもらおうか。ただし、無駄だと感じた瞬間に切る」
ジリアはそう言って、掲示板を一瞥し、足音を立てずに歩き出す。
俺は彼の背中を見つめながら、小さく呟いた。
「再教育ってのは、方法の押しつけじゃない。信じる気持ちの積み重ねだ」
掲示板に一枚の紙を貼り付ける。
『第一回更生討論会 テーマ:「人は本当に変われるのか?」』
薄明かりの下、その紙がわずかに揺れた。嵐の前の、静けさのように。
湿気のこもる雑用室。割れかけた窓から差し込む薄明かりが、掲示板の紙を照らしている。
そこに立っているのは俺──眞嶋隼人と、D棟のリーダー格である男、ジリアだった。
「囚人に“読書会”と“討論”? ……それが再教育かよ、隼人」
低く押し殺した声に、鋭い眼差し。ジリアの目は、まるで抜き身の刃だった。
「知識を得ることで視野が広がる。それは更生の第一歩になるはずだ」
俺はまっすぐに言い返す。だがジリアは鼻で笑った。
「……その“はず”が通じるのは、お前の元いた“平和な世界”だけだ」
彼は掲示板を指差した。紙に並ぶ更生プログラム案が揺れる。
一、職業訓練の導入(調理・清掃・修繕)
二、読書と報告書の提出
三、反省文・討論会の実施
「ジリア、お前だって本を読んでたじゃないか」
「あれは……暇つぶしだ。現実を変えるのは、力だ。貫く意志の強さだ」
ジリアは静かに呟いたが、その声には確かな重みがあった。
──ジリア、本名不明。元暗殺者。正確には、帝国がかつて秘密裏に運用していた影の処刑部隊“黒の烙印ブラックブランド”出身とも噂されている。
“黒の烙印”──帝国の裏側で存在していた闇の部隊。主に貴族の反乱分子や政治的に邪魔となった人物を抹消するため、非公開で任務を遂行していた。構成員は孤児や囚人、または裏社会の住人から選ばれ、幼少期より感情を排除する訓練を受けたとされる。彼らの任務には“証拠を残さないこと”“正体を悟らせないこと”“命令には絶対服従すること”が含まれていた。
ジリアはその中でも“最も静かに、最も確実に標的を葬る”として暗黒界では“沈黙の刃”と呼ばれていた過去を持つという噂がある。
収監理由も記録が抹消されており、彼の過去を知る者はいない。だがD棟の囚人たちは皆、自然と彼を中心に動く。
冷静沈着で非情な判断を下す一方で、弱き者を守る姿も目撃されており、その矛盾した存在感が“静かな支配者”としての威光を放っていた。
ジリアと俺──眞嶋隼人の違いは、まさにその人生の出発点にある。
俺は日本という国で刑務官として育ち、“更生”の理念を学び、囚人にも未来があると信じて生きてきた。
一方のジリアは、生まれてすぐに“黒の烙印”に組み込まれ、裏切りと死の中で“信じる”という行為自体を否定して育った。
俺は人の中にある善性を信じ、時間をかけてでも対話を重ねるべきだと考える。
ジリアは、力と恐怖こそが人を支配する手段であり、それこそが現実だと言う。
「更生とは“社会復帰の準備”だ。言葉で意思を伝え、違いを認め合う訓練が必要なんだ」
「ここは戦場だ。ルールも礼節も通じねえ奴らが這いずり回ってる。その前提が違う」
壁に寄りかかるジリアの姿は、まるで疲弊した軍人のようだった。
「……でも、あんたは俺の言葉を聞いてくれてる」
「俺は“判断してる”だけだ。信じてるわけじゃない」
言葉の端々に刺がある。だが、その奥にある感情は……信じたい、という迷いだった。
そのとき、調理場の扉が軋んで開き、ナナ・ユリエルが顔を覗かせた。
「話し合い、進んでますか? メルクたち、もう準備できてるみたいです」
ナナは中性的な顔立ちをしており、華奢な体つきもあいまって女性と誤解されることが多いが、れっきとした男性だ。その口調も穏やかで、どこか空気の流れを和らげる不思議な力があった。
その声音はどこか不安げで、それがまた俺の背中を押してくれた。
「……チッ。“討論会”ってのがどんなもんか、見せてもらおうか。ただし、無駄だと感じた瞬間に切る」
ジリアはそう言って、掲示板を一瞥し、足音を立てずに歩き出す。
俺は彼の背中を見つめながら、小さく呟いた。
「再教育ってのは、方法の押しつけじゃない。信じる気持ちの積み重ねだ」
掲示板に一枚の紙を貼り付ける。
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