完結 元エリート刑務官、転移先は異世界のブラック監獄!? 下っ端スタートから囚人たちと更生改革します!』

カトラス

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第四章『廃都の聖女と、滅びの影──帝都潜入作戦』 第41話『帝都よりの報せ──炎に包まれた街』

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 俺は査察が終了し帝都からの結果が届く日の事を思い出していた。

 あ、あの日から運命の歯車が狂いだしたからだ。



 その日、監獄島ガランツァの空は異様な緊張感に包まれていた。

 朝焼けも霞むほど、遠くの空に黒い煙が立ち上っていたのを、俺たちは確認していた。



 管理棟に招集された看守と囚人代表たちの前に、帝都の情勢を受けて緊急会議を招集したクルス・ミラージュが姿を現した。



 冷酷無比な査察官として知られる彼の顔には、いつもの氷の仮面ではなく、うっすらと疲労と焦燥の色が滲んでいた。



「……帝都が、陥落した」



 静まり返った空間に、クルスの低い声が落とされる。



「信じ難いと思うが、これは事実だ。三日前、帝都周辺の集落に突如として魔物が出現。最初は野犬程度のウルフ、スライム、ガストなどだったが……やがて知性ある統率を持った魔物軍が現れた。王宮も沈黙し、現在、生死不明」



 騒然とする空気。

 それを押しとどめるように、俺は手を挙げた。



「どこからその情報を?」



 クルスはわずかに目を伏せた。



「帝都に派遣していた視察団のうち、数名が王宮の地下経路を使って脱出し、近隣の砦を経由して現地の連絡員を通じ、私のもとへ報が届いた。今朝、確認が取れた」



 その語り口には、どこか自嘲と、悔しさが滲んでいた。

 クルスがこんな表情をするのを、俺は初めて見た。



 沈黙が支配するなか、視察官のひとり──カラムが手を挙げた。



「今回の事態において、帝国が生き残るには、各地に散る“戦力”を結集せねばなりません。貴施設──ガランツァにも、要請があるのです」



「要請……?」



 ナナが目を細める。



 その答えをクルスが引き取った。



「勇者が、必要だ。お前たちが封印を解いたあの“レオン”──彼が、再び立ち上がるなら、帝国再建の光となり得る」



 

 あの日確かにクルスは俺に助けを求めていた。少しの間だったが粗利が合わない奴だと思っていた矢先のの出来事。

 

 俺とレオンは顔を見合わせた。

 あの封印された英雄に、再び剣を取れというのか。



 レオンはやれやれと頭をかき、低く呟いた。



「……火の粉が飛んでくるな、とは思ってたがよ」



 彼の眼差しは、燃える帝都の残像を見ているようだった。



「聞こうじゃねえか。いま、何が起こってるのかを」



 そして、全員が再びクルスの方へ視線を向けた。



 そのときだった。

 管理棟の扉が音を立てて開かれた。



「──お待たせしました。帝都聖庁より、代理聖女として参りました。綾瀬美優と申します」



 柔らかな声と共に、ひとりの少女が姿を現した。

 肩まで流れる栗色の髪と、静かで澄んだ瞳。白銀の神官衣に包まれたその姿は、かつての病棟で見た清廉さを思わせた。



「……美優?」



 俺の口から、思わずその名前がこぼれた。



 彼女は確かに、俺と同じ“日本”から来た転移者だった。

 元・看護師。

 今や帝国における“癒しの聖女”として、民衆から信仰を集める存在。



 その美優が、ガランツァに来た──それは、帝都が完全に希望を失いかけている証だった。



「隼人さん……無事で、よかった」



 小さく微笑む彼女の姿に、俺は言葉を失っていた。



 かつて同じ世界にいた者として、そしてこの絶望の世界で再会した者として──俺たちの間に、新たな運命の歯車が、静かに動き始めた。



 会議の後、俺はふと、数週間前の記憶を思い出していた。

 クルスがガランツァに現れた、あの日のことだ。



 あの時、帝都から視察団を迎える準備の話があった。だが、クルス自身は「しばらくはここに常駐する」と言って、監獄島に留まり続けていた。



 今になってみれば、それは偶然ではなかった。

 帝都の不穏な兆候を、彼はすでに察知していたのかもしれない。



 そして今日、彼は監獄島内で緊急会議を招集した──帝都陥落の報を受けた直後に、冷静に状況をまとめ、対処すべく動いていたのだ。



 彼が「逃げてきた」のではない。あくまでも、ここに留まり、備えていた。



 その事実を、俺は胸の中で改めて噛みしめていた。



 ──そして、美優。



 夜勤明けの空気は、いつだって妙に肌寒い。



 廊下を歩く足音と蛍光灯の微かな唸り。それが俺の耳に染みついた、看守としての日常の音だった。



 あの日も、いつも通り受刑者の付き添いで、隣の附属病院に来ていた。持病持ちの高齢囚人が、深夜に急な発作を起こしたせいだった。



 搬送を終えてナースステーションの前に立っていた俺に、缶コーヒーを差し出した女がいた。



「……お疲れさまです。眞嶋さんですよね」



 そう言って微笑んだ彼女の顔を、今も忘れたことはない。



 綾瀬美優。



 その名札が、胸元で小さく揺れていた。



「ああ……お前、看護師か?」



「はい。今夜は夜勤です。って言っても、こっちは暴れる人は来ないですけどね」



 その一言に思わず吹き出しそうになった。受刑者との格闘なんて、日常茶飯事。俺の肩にはその痕跡がまだ残っていた。



「……ありがとな」



「ブラックでよかったですか? いつも“左上の黒いの”選んでたから」



「……見てたのかよ」



「ええ。結構、見てますよ。刑務官さんたち、皆さん無愛想だけど、意外と律儀なんです」



 それからだった。病院の付き添い任務のたびに、彼女と言葉を交わすようになったのは。



 ほんの数分、缶コーヒーのあいだだけの会話。

 けれどその時間は、張り詰めた日常のなかで、俺にとって不思議と心が緩むひとときだった。



 ある晩、誰もいない廊下で彼女がふと口を開いた。



「眞嶋さんは、怖くないんですか?」



「……何がだ」



「囚人の人たち。暴れることもあるって言ってましたよね」



「……怖くないわけじゃない。でも、それでも俺たちは向き合わなきゃならない。逃げるのは簡単だ。でも逃げたら、その人間は二度と戻ってこられない」



「……」



「俺は信じたいんだよ。更生って言葉の意味を。人は変われるって……そう、信じたいだけだ」



 静かにうなずいた彼女の目に、少しだけ涙の光がにじんだ気がした。

 その夜が、彼女と最後に交わした夜勤だった。



 あのあと、彼女は病棟を異動になり、自然と会う機会もなくなった。

 それでも、俺の中に彼女の声はずっと残ってた。



 冷たい缶コーヒーの感触と、優しい笑顔と、誰かを支えようとする小さな意志。



――まさか、この世界で再会するなんてな。



 異世界の監獄で、白銀の神官衣を纏った“癒しの聖女”として立っていた綾瀬美優。

 あのときの静かな強さは、いまも彼女の中に確かにあった。



「隼人さん……無事で、よかった」



 その声を聞いた瞬間、俺の中の時間が一瞬だけ止まった気がした。



 きっとこの再会は、運命なんて軽い言葉じゃ語れない。



──俺は、もう一度彼女と並んで、誰かを救う道を選ぶことになるのかもしれない。







 巡り巡って再会した今、俺たちがこの世界で果たすべき役割が、確かに重なり合い始めていると感じていた。
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