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第十九話「魔女の策略」
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翌朝、まだ薄靄の残る城内。私は王女の私室の窓際に腰掛け、冷めかけた茶を指先で弄びながら、黒猫の姿のニールを見下ろした。
「ニール、城内に昨晩のことをどれだけ知っている者がいるか、仕事の合間に調べてきなさい」
低く抑えた声だったが、その奥に鋭い棘を潜ませる。私の命令は、もはや仲間にではなく使い魔へのものだ。ニールは尻尾を一度だけゆらりと揺らし、口元をわずかに緩めた。
「承知しました、我が主」
私は視線を窓の外へと移し、遠くの中庭を見つめる。あの部屋にはまだ生々しい血痕が残っている。もし知っているのがゴリアテだけなら、時間は稼げる。だが、この国の王、レオポルト三世の耳に届けば厄介だ。彼は以前から王女を他国と婚姻させたいと考えていたが、王女が筋金入りの異性嫌いであるため、半ば諦めていたという。それでも帝国主義者として領土拡大に強い執着を持ち、隣国に王女を政略結婚させることで国益を得ようとする思惑は捨てていない。
“あの時”の悲鳴や震えを再現する自信はある。しかし、あの男の目は侮れない――。
やがて、扉の隙間から軽やかな足音が戻ってきた。黒猫の姿のままのニールが、音もなく部屋に入る。
「報告です、殿下。女官長と新人が姿を消したことで、城中で様々な憶測が飛び交っています。さらに、ゴリアテが死体を運び出す姿を衛兵に見られていたようです」
私は眉をわずかにひそめた。「……ということは、いずれ発覚するのは時間の問題、というわけね」
「ええ。静かに腐る果実のように、噂は熟していきます。甘くも毒を孕んだ形で」
その詩的な言い回しに、私は唇の端をわずかに上げる。どうやら次の一手を考える時が来たようだ。
夕方前の淡い光が王女の私室に差し込み、重厚なカーテンの縁を黄金色に縁取っていた。外では城壁に沿って渡る風が木々を揺らし、乾いた葉擦れの音が微かに届く。燭台にはまだ火が入れられておらず、部屋は柔らかな日差しと影が織り成す静けさに包まれていた。
――ヴァルデンシュタイン王国。
私が生まれ育ったその国は、表向きは華麗な宮廷文化を誇りながらも、実態は腐臭漂う封建社会だった。貴族が富と権力を握りしめ、民は重税と労働に喘ぎ、飢えと病に倒れていく。街には孤児が溢れ、農村では明日を生きられぬ者が数えきれないほどいた。私もまた、そうした犠牲の一人に過ぎなかった。
“二度と、同じ悲劇は繰り返させない。”
腐りきった根を絶つには、内部から抉るしかない。最も近道なのは、第一王子フリードリヒ=リヴィエラの王妃となり、王位継承権に直結する座を得ることだ。
今の私は、この国の王女の顔をしている。まずは、この国の王、レオポルト三世を思惑通りに動かさねばならない。彼は領土拡大を望む帝国主義者であり、隣国との政略結婚に強い関心を寄せている。この欲を利用することこそ、私の道を開く鍵だ。
幸い、元の王女は筋金入りの異性嫌いで縁談を拒んできた。だが今や王女は私。従順さを演じ、王の望みに沿えば、フリードリヒとの婚姻話は加速するはずだ。
窓辺に立ち、自分の映るガラスを覗き込む。そこにいるのは、かつて虐げられた農家の娘ではなく、冷たい決意と野望を纏った女の姿。背後から黒猫のニールが静かに歩み寄り、黄金の瞳で私を見上げた。
「ご主人様、何やら愉快な未来を思い描いておられるようで」
「ええ……ここからが本当の幕開けよ」
私の声は、夕刻の光を裂くように低く響き、胸の奥で冷たい炎が確かに広がっていった。
夕暮れ前の城内は、廊下の窓から差し込む橙色の光が石床に長い影を落とし、空気にはゆるやかな緊張感が漂っていた。王女の部屋の奥、私は黒猫となったニールを膝に抱きながら椅子に腰掛け、指先でその柔らかな毛並みを撫でていた。
「ニール、あのゴリアテ……お前はどう思う?」
ニールは黄金の瞳を細め、口角をわずかに上げて答えた。
「あいつか? 図体はでかいし、怖ぇってのが評判です。それに……何を考えてるか分からねぇってのも、もっぱらの噂で」
私は顎に手を添え、わずかに目を細める。――あの日、血の匂いの中で死体処理を任せたのは彼だった。その無表情の奥にあるものが、今後の計画に影を落とすか、それとも道を切り拓くか……。
「場合によっては、消すことも視野に入れるべきかもね」
その言葉に、ニールは尻尾を一度だけ揺らした。
「逆に使える存在なら?」
「護衛として置いてもいいし、復讐の駒としても価値があるわ。どちらにせよ、内面を知る必要がある」
夕陽が壁に血のような色を落とす中、私はニールを抱き直し、ゆったりと立ち上がった。扉へ歩み寄り、柔らかな笑みを作って、甘く響く声で呼びかける。
「ゴリアテ……こちらへ」
扉の向こうから、重々しい足音が近づいてくる。やがて響くその音は、私が仕掛ける次の一手の幕開けを告げていた。
扉の外に呼びかけると、しばしの沈黙ののち、重い足音が等間隔に近づいてきた。金具が鳴り、扉が半ばだけ開き、影が室内へ滑り込む。
ゴリアテは、私の正面に仏頂面のまま立った。夕暮れの光が斜めに差し、巨体の輪郭だけが琥珀色に縁取られる。壁際の甲冑よりも分厚く、動かぬ岩のように寡黙だ。
――なるほど。ニールが言った通り、“何を考えているのか分からない男”。
額から頬、顎へと流れるいくつもの傷跡。古いものは銀糸のように光り、新しいものはまだ赤黒く、皮膚の下で炎がくすぶっている。頬の縫合痕は、皮膚を粗く引き寄せた糸目がそのまま残り、“生き延びた証”をその顔に刻み込んでいた。
私は左眼ネクロサイトを静かに開き、ゴリアテの瞳へと視線を重ねた。世界の色がすっと褪せ、代わりに闇の幕に浮かぶ彼の記憶が、ひとつ、またひとつと形を成していく。
じめついた路地裏の空気。まだ背丈も小さい幼いゴリアテが、破れた服のまま泥にまみれて蹲っている。母は娼婦で、父の存在は影もなく、ある日、彼は母の手から無造作に別の男の手へと渡された。そこから彼の世界は、ひたすら冷たく残酷な色を帯びていく。
少年時代は諸国をさすらう日々。言葉を覚える機会も与えられず、無口であるがゆえに行く先々で異物として嘲笑され、殴られた。買われた先では、喧嘩を強要され、賭け事の駒として血と泥の中に立たされた。細い腕で拳を振るい、骨が軋み、皮膚が裂けるたび、新しい傷が顔と体に刻み込まれていく。
やがて青年となった彼は、限界を超えて飼い主を殺害し、夜の闇へと逃げ出した。だが飢えと寒さは逃げ場を与えず、辿り着いたのは闘技場だった。鉄檻の中、獣や同じ境遇の人間と命を奪い合う日々。牙で肉を裂かれ、刃で骨を断たれ、幾度も死の淵に立ちながらも、生き延びた。その戦いの中で頭部に深い傷を負い、多くの言葉を失い、今のように片言でしか話せなくなった。
それでも巨躯を揺るがせず立ち続けるその姿は、やがて現王の目に留まった。王はその力を見込み、ゴリアテを王女の近衛へと引き抜いた――そのすべての壮絶な軌跡が、私の左眼に焼き付いた。
私はひとつ息を整え、彼の瞳をまっすぐに見つめた。
「ゴリアテ。お前は、昨晩のことをどこまで知っている?」
低く問いかけると、彼はしばらく黙し、やがて片言で答えた。
「……全部。王女……ちがう。王女じゃない」
胸の奥が一瞬、冷たく締めつけられる。やはり見抜いていたのか。だが、声色も表情も崩さず、私は問いを重ねた。
「なら、どうする?」
ゴリアテはわずかに眉を寄せ、淡々とした声で返す。
「……命令、あれば。守る。消す。なんでも」
その言葉に、私は確信する。彼にとって世界は、従うべき声と排すべき対象、それだけでできているのだ。
私は黒猫のニールを抱き直し、唇の端をわずかに上げた。
「いいわ、ゴリアテ。ひざまずけ」
巨体がきしむように屈み、膝が床に沈む。私はゆっくりと右手を差し出した。
「この瞬間から、お前は私の剣であり盾。忠誠を誓い、その証として、この手に口づけを」
ゴリアテはためらいなく私の手を取り、荒れた唇でそっと触れた。その仕草は粗野でありながら、不思議と儀礼的だった。
「……誓う」
その声を聞き、私は心の奥で静かにほくそ笑んだ。これで彼の“世界”は、もう半分は私の色に染まった。
ゴリアテを私室から返した後、部屋には私とニールだけが残った。窓から差し込む夕陽が、床に長く赤い影を落としている。黒猫の姿をしたニールは、机の上で尻尾をゆっくりと揺らしながら、主である私を見上げていた。
「ニール。今後お前は、その姿のままでいなさい」
「……その姿、ですか」
「ええ。王女が飼っている“可愛いペット”として人目をごまかすのよ」
黒猫の耳がぴくりと動く。反論を探しているような視線を向けてきたが、私は微笑ひとつ崩さず続けた。
「警備はゴリアテに任せるけれど、肝心なことは分かっているわね」
「……本当の守護は、俺がする、ということ」
「そうよ。お前は私の使い魔であり、私だけの本当の守護者。姿形はどうあれ、私の傍を離れることは許さない。これは命令よ」
ニールは金色の瞳を細め、低く頷いた。その瞳にわずかに宿る光は、忠誠の証にも見えた。
「……命令、承知しました。ご主人様」
「いい子ね」
私は立ち上がり、窓の外の城中庭に目をやった。これから向かう先を思えば、胸奥が冷たく引き締まる。
「さあ、ニール。王に一芝居うちに行くわよ。主の傍を離れることは許さないわ」
「承知しました、主様」
猫の爪が床を軽く叩く音が響く。私は黒猫を抱き上げ、ドレスの裾を翻しながら部屋を後にした。夕陽の赤が、私たちの影を長く引き延ばしていた。
「ニール、城内に昨晩のことをどれだけ知っている者がいるか、仕事の合間に調べてきなさい」
低く抑えた声だったが、その奥に鋭い棘を潜ませる。私の命令は、もはや仲間にではなく使い魔へのものだ。ニールは尻尾を一度だけゆらりと揺らし、口元をわずかに緩めた。
「承知しました、我が主」
私は視線を窓の外へと移し、遠くの中庭を見つめる。あの部屋にはまだ生々しい血痕が残っている。もし知っているのがゴリアテだけなら、時間は稼げる。だが、この国の王、レオポルト三世の耳に届けば厄介だ。彼は以前から王女を他国と婚姻させたいと考えていたが、王女が筋金入りの異性嫌いであるため、半ば諦めていたという。それでも帝国主義者として領土拡大に強い執着を持ち、隣国に王女を政略結婚させることで国益を得ようとする思惑は捨てていない。
“あの時”の悲鳴や震えを再現する自信はある。しかし、あの男の目は侮れない――。
やがて、扉の隙間から軽やかな足音が戻ってきた。黒猫の姿のままのニールが、音もなく部屋に入る。
「報告です、殿下。女官長と新人が姿を消したことで、城中で様々な憶測が飛び交っています。さらに、ゴリアテが死体を運び出す姿を衛兵に見られていたようです」
私は眉をわずかにひそめた。「……ということは、いずれ発覚するのは時間の問題、というわけね」
「ええ。静かに腐る果実のように、噂は熟していきます。甘くも毒を孕んだ形で」
その詩的な言い回しに、私は唇の端をわずかに上げる。どうやら次の一手を考える時が来たようだ。
夕方前の淡い光が王女の私室に差し込み、重厚なカーテンの縁を黄金色に縁取っていた。外では城壁に沿って渡る風が木々を揺らし、乾いた葉擦れの音が微かに届く。燭台にはまだ火が入れられておらず、部屋は柔らかな日差しと影が織り成す静けさに包まれていた。
――ヴァルデンシュタイン王国。
私が生まれ育ったその国は、表向きは華麗な宮廷文化を誇りながらも、実態は腐臭漂う封建社会だった。貴族が富と権力を握りしめ、民は重税と労働に喘ぎ、飢えと病に倒れていく。街には孤児が溢れ、農村では明日を生きられぬ者が数えきれないほどいた。私もまた、そうした犠牲の一人に過ぎなかった。
“二度と、同じ悲劇は繰り返させない。”
腐りきった根を絶つには、内部から抉るしかない。最も近道なのは、第一王子フリードリヒ=リヴィエラの王妃となり、王位継承権に直結する座を得ることだ。
今の私は、この国の王女の顔をしている。まずは、この国の王、レオポルト三世を思惑通りに動かさねばならない。彼は領土拡大を望む帝国主義者であり、隣国との政略結婚に強い関心を寄せている。この欲を利用することこそ、私の道を開く鍵だ。
幸い、元の王女は筋金入りの異性嫌いで縁談を拒んできた。だが今や王女は私。従順さを演じ、王の望みに沿えば、フリードリヒとの婚姻話は加速するはずだ。
窓辺に立ち、自分の映るガラスを覗き込む。そこにいるのは、かつて虐げられた農家の娘ではなく、冷たい決意と野望を纏った女の姿。背後から黒猫のニールが静かに歩み寄り、黄金の瞳で私を見上げた。
「ご主人様、何やら愉快な未来を思い描いておられるようで」
「ええ……ここからが本当の幕開けよ」
私の声は、夕刻の光を裂くように低く響き、胸の奥で冷たい炎が確かに広がっていった。
夕暮れ前の城内は、廊下の窓から差し込む橙色の光が石床に長い影を落とし、空気にはゆるやかな緊張感が漂っていた。王女の部屋の奥、私は黒猫となったニールを膝に抱きながら椅子に腰掛け、指先でその柔らかな毛並みを撫でていた。
「ニール、あのゴリアテ……お前はどう思う?」
ニールは黄金の瞳を細め、口角をわずかに上げて答えた。
「あいつか? 図体はでかいし、怖ぇってのが評判です。それに……何を考えてるか分からねぇってのも、もっぱらの噂で」
私は顎に手を添え、わずかに目を細める。――あの日、血の匂いの中で死体処理を任せたのは彼だった。その無表情の奥にあるものが、今後の計画に影を落とすか、それとも道を切り拓くか……。
「場合によっては、消すことも視野に入れるべきかもね」
その言葉に、ニールは尻尾を一度だけ揺らした。
「逆に使える存在なら?」
「護衛として置いてもいいし、復讐の駒としても価値があるわ。どちらにせよ、内面を知る必要がある」
夕陽が壁に血のような色を落とす中、私はニールを抱き直し、ゆったりと立ち上がった。扉へ歩み寄り、柔らかな笑みを作って、甘く響く声で呼びかける。
「ゴリアテ……こちらへ」
扉の向こうから、重々しい足音が近づいてくる。やがて響くその音は、私が仕掛ける次の一手の幕開けを告げていた。
扉の外に呼びかけると、しばしの沈黙ののち、重い足音が等間隔に近づいてきた。金具が鳴り、扉が半ばだけ開き、影が室内へ滑り込む。
ゴリアテは、私の正面に仏頂面のまま立った。夕暮れの光が斜めに差し、巨体の輪郭だけが琥珀色に縁取られる。壁際の甲冑よりも分厚く、動かぬ岩のように寡黙だ。
――なるほど。ニールが言った通り、“何を考えているのか分からない男”。
額から頬、顎へと流れるいくつもの傷跡。古いものは銀糸のように光り、新しいものはまだ赤黒く、皮膚の下で炎がくすぶっている。頬の縫合痕は、皮膚を粗く引き寄せた糸目がそのまま残り、“生き延びた証”をその顔に刻み込んでいた。
私は左眼ネクロサイトを静かに開き、ゴリアテの瞳へと視線を重ねた。世界の色がすっと褪せ、代わりに闇の幕に浮かぶ彼の記憶が、ひとつ、またひとつと形を成していく。
じめついた路地裏の空気。まだ背丈も小さい幼いゴリアテが、破れた服のまま泥にまみれて蹲っている。母は娼婦で、父の存在は影もなく、ある日、彼は母の手から無造作に別の男の手へと渡された。そこから彼の世界は、ひたすら冷たく残酷な色を帯びていく。
少年時代は諸国をさすらう日々。言葉を覚える機会も与えられず、無口であるがゆえに行く先々で異物として嘲笑され、殴られた。買われた先では、喧嘩を強要され、賭け事の駒として血と泥の中に立たされた。細い腕で拳を振るい、骨が軋み、皮膚が裂けるたび、新しい傷が顔と体に刻み込まれていく。
やがて青年となった彼は、限界を超えて飼い主を殺害し、夜の闇へと逃げ出した。だが飢えと寒さは逃げ場を与えず、辿り着いたのは闘技場だった。鉄檻の中、獣や同じ境遇の人間と命を奪い合う日々。牙で肉を裂かれ、刃で骨を断たれ、幾度も死の淵に立ちながらも、生き延びた。その戦いの中で頭部に深い傷を負い、多くの言葉を失い、今のように片言でしか話せなくなった。
それでも巨躯を揺るがせず立ち続けるその姿は、やがて現王の目に留まった。王はその力を見込み、ゴリアテを王女の近衛へと引き抜いた――そのすべての壮絶な軌跡が、私の左眼に焼き付いた。
私はひとつ息を整え、彼の瞳をまっすぐに見つめた。
「ゴリアテ。お前は、昨晩のことをどこまで知っている?」
低く問いかけると、彼はしばらく黙し、やがて片言で答えた。
「……全部。王女……ちがう。王女じゃない」
胸の奥が一瞬、冷たく締めつけられる。やはり見抜いていたのか。だが、声色も表情も崩さず、私は問いを重ねた。
「なら、どうする?」
ゴリアテはわずかに眉を寄せ、淡々とした声で返す。
「……命令、あれば。守る。消す。なんでも」
その言葉に、私は確信する。彼にとって世界は、従うべき声と排すべき対象、それだけでできているのだ。
私は黒猫のニールを抱き直し、唇の端をわずかに上げた。
「いいわ、ゴリアテ。ひざまずけ」
巨体がきしむように屈み、膝が床に沈む。私はゆっくりと右手を差し出した。
「この瞬間から、お前は私の剣であり盾。忠誠を誓い、その証として、この手に口づけを」
ゴリアテはためらいなく私の手を取り、荒れた唇でそっと触れた。その仕草は粗野でありながら、不思議と儀礼的だった。
「……誓う」
その声を聞き、私は心の奥で静かにほくそ笑んだ。これで彼の“世界”は、もう半分は私の色に染まった。
ゴリアテを私室から返した後、部屋には私とニールだけが残った。窓から差し込む夕陽が、床に長く赤い影を落としている。黒猫の姿をしたニールは、机の上で尻尾をゆっくりと揺らしながら、主である私を見上げていた。
「ニール。今後お前は、その姿のままでいなさい」
「……その姿、ですか」
「ええ。王女が飼っている“可愛いペット”として人目をごまかすのよ」
黒猫の耳がぴくりと動く。反論を探しているような視線を向けてきたが、私は微笑ひとつ崩さず続けた。
「警備はゴリアテに任せるけれど、肝心なことは分かっているわね」
「……本当の守護は、俺がする、ということ」
「そうよ。お前は私の使い魔であり、私だけの本当の守護者。姿形はどうあれ、私の傍を離れることは許さない。これは命令よ」
ニールは金色の瞳を細め、低く頷いた。その瞳にわずかに宿る光は、忠誠の証にも見えた。
「……命令、承知しました。ご主人様」
「いい子ね」
私は立ち上がり、窓の外の城中庭に目をやった。これから向かう先を思えば、胸奥が冷たく引き締まる。
「さあ、ニール。王に一芝居うちに行くわよ。主の傍を離れることは許さないわ」
「承知しました、主様」
猫の爪が床を軽く叩く音が響く。私は黒猫を抱き上げ、ドレスの裾を翻しながら部屋を後にした。夕陽の赤が、私たちの影を長く引き延ばしていた。
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