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第四十七話『公開処刑 PART1』
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公開処刑当日。
処刑は午後十三時の予定だというのに、闘技場の前はすでに午前中から人で溢れ返っていた。冬の冷たい空気を切り裂くように、群衆のざわめきが響く。吐く息は白く、しかしその頬は紅潮し、瞳は興奮でぎらついている。子供を肩車する父親、酒瓶を片手に笑う女、荷籠を背負いながら足を止める商人――誰もがこれから繰り広げられる“死”の饗宴を心待ちにしていた。
日々搾取され苦しめられてきた庶民にとって、権力者が断罪される瞬間は、最高の娯楽であり、鬱屈を解き放つ祭りだ。
馬車の窓からその光景を眺め、私は口元をゆっくりと歪めた。門前には長蛇の列。押し合い、叫び合い、誰もが少しでも早く闘技場へ入ろうと躍起になっている。
「マグダレーナ。」
名を呼ぶと、隣に座る彼女が即座に身を寄せた。「はい、殿下。」
「開門時間を十時に早めなさい。」
マグダレーナの瞳がわずかに揺れる。「三時間も早く……でございますか?」
「そう。あれだけ集まっているのに待たせれば、熱が冷めてしまう。それに――」私は列の先頭を見やった。老人も若者も、飢えを忘れた獣のように重い扉を睨みつけている。「この熱を冷まさぬうちに、さらに煽るのよ。」
マグダレーナは迷いなく頷き、「直ちに手配いたします」と低く答えると、馬車の小窓から伝令に素早く指示を飛ばした。
軋む車輪の音、押し寄せる群衆の歓声――まるでまだ鐘も鳴らぬうちから、処刑の幕が上がったかのように、闘技場は狂騒の渦に包まれていた。
闘技場の中に足を踏み入れた瞬間、空気がどこか歪んでいるように感じられた。広がる土のグラウンド、その中央には四方それぞれに太い杭が打ち込まれている。そして、その杭ごとに角の立派な闘牛がロープで繋がれ、のんきに餌を食んでいた。
その光景は、血なまぐさい処刑の場とは程遠く、むしろ牧場の一幕のようですらあった。しかし、私にはその裏に隠された意図がはっきりと見えていた。
「いやぁ、ご主人様。意気の良い闘牛を四頭揃えるのは、なかなか骨が折れたのですよ。」
隣に立つニールが、どこか誇らしげに胸を張る。その声音は、まるで褒められたくて仕方ない使い魔のようだった。
「それはご苦労さま。でも、あの子たちは随分と落ち着いているわね。」
「ふふ、それはですね……餌に干し草と一緒に刻んだニンニクを混ぜておいたのですよ。」
ニールは口元を歪めて笑う。「処刑が始まる頃には、きっと興奮して暴れ回るでしょうねぇ。」
私は視線を闘牛から横へと移す。そこには、見覚えのある無骨な木製の拘束台が据えられていた。ザンゲリアに頼んで用意させた、レオンハルト専用の処刑用具だ。四肢と首を突き出す形で立たせたまま拘束できる、拷問にも使われる代物――これで逃げ場はない。
観客席には続々と庶民たちが流れ込み、グラウンドの光景に目を奪われていた。牛と拘束台という組み合わせに、彼らは首を傾げ、互いに顔を見合わせながら、口々に憶測を飛ばし合っている。
「牛で何をするつもりなんだ?」
「まさか……引き裂く気じゃ……」
「いや、見世物に決まってる。」
そのざわめきは熱を帯び、やがて処刑という名の祭りの開幕を待つ期待へと変わっていった。私は静かにその中心に立ち、胸の奥で微かな笑みを深めた。
時刻は過ぎ、処刑開始三十分前。
闘技場の観客席は、すでに昼の饗宴と化していた。あちらでは煙の上がる串焼き、こちらでは切り分けられるチーズの塊。焼きたてのパンの香りと、甘酸っぱい果実の香りが冷たい冬の空気に混じり、白い吐息とともに漂っていく。木の椅子に腰掛けた老夫婦が仲睦まじくパンを分け合い、若者たちは大声で笑いながら肉を頬張る。その熱気は、冬の空をも押し上げるようだった。
私の計らいで、全員に無料の飲み物が配られている。琥珀色の泡を立てるエールは、喉を鳴らして飲むたび群衆の頬を赤らめ、搾りたての果汁や冷たい水は、酒を飲まぬ者や子供の喉を潤していた。木製カップを掲げ、口々に感謝を告げる人々。その笑顔と歓声は、この国の支配者が誰であるかを、深く心に刻みつけるだろう。
これはただの施しではない。ここに集った全ての者の記憶に、私の存在を焼き付けるための演出だ。
私はゆるやかに観客席を見渡し、唇の端を上げる。
「……あまり食べ過ぎたり飲み過ぎたりすると、その後で吐くことになるのに。」
囁く声は冬風に紛れ、冷えた空気が頬を撫でる。やがて鐘が鳴れば、この穏やかな光景は瞬く間に血の匂いと叫びで満ちる。群衆はまだ知らない——今はただ、前菜のような静かな幸福を味わっているだけだということを。
いよいよ、惨劇の幕が上がろうとしていた。
闘技場の中央に立つトランペット奏者が、高らかなファンファーレを響かせる。その金属的で張りのある音色は、冬の冷気を震わせ、観客席の隅々にまで突き刺さるように広がっていった。続いて、近衛の者が朗々とした声で宣言する。
「王女様のおなり——!」
その一言は、この場に集まった群衆に、これから始まる処刑という名の宴を告げると同時に、この国の支配者が誰であるかを改めて示すものだった。群衆のざわめきは一瞬にして沸騰し、あちこちから歓声と拍手が巻き起こる。
私はゆっくりと姿を現し、群衆の「王女様!」という呼び声に応えるように、軽く片手を上げた。その小さな仕草だけで、歓声はさらに高まり、空気が熱を帯びていくのが分かる。
王族専用の席へと向かう。豪奢な赤い絨毯が敷かれた階段を上り、その最上段に設けられた特等席へ腰を下ろした。王族専用席といっても、今ここに座るのは私一人だけだ。フリードリヒは老い衰え、歩くことすらままならず、寝室で静かに死を待つ身。王は既に毒殺され、この世にいない。王妃は——あくまで世間には——自ら命を絶ったことになっている。
だが、完全な孤独ではなかった。王族席の脇には、ニールとマグダレーナが控えていた。ニールはどこか得意げに口元を歪め、マグダレーナは無言のまま、鋭い視線で闘技場全体を見渡している。その存在は、広すぎる席に漂う空虚さを埋め、背中を支える影のようだった。
眼下に広がる群衆は、歓声と熱気で波打ち、私の存在を全身で受け止めている。これから始まるのは、私が主催する最後の舞台——そして、復讐の終着点だ。
近衛の一人が、重厚な鎧をきらめかせながら闘技場の中央へ進み出た。その足取りに合わせ、場内のざわめきが次第に収まり、冷たい冬の空気が緊張で張り詰めていく。近衛は銀の飾りが施された巻物をゆっくりと広げ、鋭い眼差しで観客席を一望すると、朗々と声を響かせた。
「これより罪人、レオンハルト=フォン=リヴィエラ並びにイザベラ=ヴァン=グランディールの罪状を申し渡す!」
その宣告の響きは、石壁を伝い、観客たちの胸を震わせた。最前列の者は身を乗り出し、後方の者までが息を呑む。
「レオンハルト=フォン=リヴィエラ、その罪、一つ——王を毒殺したる主謀者であること。一つ——王女殿下に脅迫文を送り、暗殺を画策したこと。この証拠として押収された日記の一部を読み上げる!」
近衛は、日焼けした紙片を高く掲げ、鋭く刻まれた文字をなぞるように読み上げた。
『あの女の微笑みが、我が未来を阻む。必ずや闇に葬る』
次いで、脅迫文の一節が響き渡る。
『王女よ、次の舞踏会が貴様の最後の日となる』
その瞬間、観客席は憤怒の渦と化した。「下衆め!」「恥知らず!」と叫ぶ声、罵声とともに飛ぶ唾が冬の空気を裂く。
「また、レオンハルトは多くのメイドを冒涜し、己の欲望の捌け口とし、その尊厳を踏みにじった。よって、国家反逆罪および重罪により、ここに処刑を執行する!」
近衛は間を置き、次の罪人の名を響かせた。
「イザベラ=ヴァン=グランディール。その罪——レオンハルトと結託し、次女マリーベルと共に王の毒殺を実行したこと。なお、妹マリーベルは獄中にて既に死亡している」
群衆から「あの一家は地獄へ堕ちろ!」という怒号が轟く。
「さらに、イザベラはレオンハルトの欲望を満たすため、屋敷のメイドや女中を女衒し、売り渡した罪がある」
怒声と罵詈雑言が波のように押し寄せ、観客の顔には正義の名を借りた激情が浮かぶ。闘技場全体が憎悪の熱に包まれ、その視線は獲物を逃さぬ猛禽のように、二人の罪人を射抜いていた。
処刑は午後十三時の予定だというのに、闘技場の前はすでに午前中から人で溢れ返っていた。冬の冷たい空気を切り裂くように、群衆のざわめきが響く。吐く息は白く、しかしその頬は紅潮し、瞳は興奮でぎらついている。子供を肩車する父親、酒瓶を片手に笑う女、荷籠を背負いながら足を止める商人――誰もがこれから繰り広げられる“死”の饗宴を心待ちにしていた。
日々搾取され苦しめられてきた庶民にとって、権力者が断罪される瞬間は、最高の娯楽であり、鬱屈を解き放つ祭りだ。
馬車の窓からその光景を眺め、私は口元をゆっくりと歪めた。門前には長蛇の列。押し合い、叫び合い、誰もが少しでも早く闘技場へ入ろうと躍起になっている。
「マグダレーナ。」
名を呼ぶと、隣に座る彼女が即座に身を寄せた。「はい、殿下。」
「開門時間を十時に早めなさい。」
マグダレーナの瞳がわずかに揺れる。「三時間も早く……でございますか?」
「そう。あれだけ集まっているのに待たせれば、熱が冷めてしまう。それに――」私は列の先頭を見やった。老人も若者も、飢えを忘れた獣のように重い扉を睨みつけている。「この熱を冷まさぬうちに、さらに煽るのよ。」
マグダレーナは迷いなく頷き、「直ちに手配いたします」と低く答えると、馬車の小窓から伝令に素早く指示を飛ばした。
軋む車輪の音、押し寄せる群衆の歓声――まるでまだ鐘も鳴らぬうちから、処刑の幕が上がったかのように、闘技場は狂騒の渦に包まれていた。
闘技場の中に足を踏み入れた瞬間、空気がどこか歪んでいるように感じられた。広がる土のグラウンド、その中央には四方それぞれに太い杭が打ち込まれている。そして、その杭ごとに角の立派な闘牛がロープで繋がれ、のんきに餌を食んでいた。
その光景は、血なまぐさい処刑の場とは程遠く、むしろ牧場の一幕のようですらあった。しかし、私にはその裏に隠された意図がはっきりと見えていた。
「いやぁ、ご主人様。意気の良い闘牛を四頭揃えるのは、なかなか骨が折れたのですよ。」
隣に立つニールが、どこか誇らしげに胸を張る。その声音は、まるで褒められたくて仕方ない使い魔のようだった。
「それはご苦労さま。でも、あの子たちは随分と落ち着いているわね。」
「ふふ、それはですね……餌に干し草と一緒に刻んだニンニクを混ぜておいたのですよ。」
ニールは口元を歪めて笑う。「処刑が始まる頃には、きっと興奮して暴れ回るでしょうねぇ。」
私は視線を闘牛から横へと移す。そこには、見覚えのある無骨な木製の拘束台が据えられていた。ザンゲリアに頼んで用意させた、レオンハルト専用の処刑用具だ。四肢と首を突き出す形で立たせたまま拘束できる、拷問にも使われる代物――これで逃げ場はない。
観客席には続々と庶民たちが流れ込み、グラウンドの光景に目を奪われていた。牛と拘束台という組み合わせに、彼らは首を傾げ、互いに顔を見合わせながら、口々に憶測を飛ばし合っている。
「牛で何をするつもりなんだ?」
「まさか……引き裂く気じゃ……」
「いや、見世物に決まってる。」
そのざわめきは熱を帯び、やがて処刑という名の祭りの開幕を待つ期待へと変わっていった。私は静かにその中心に立ち、胸の奥で微かな笑みを深めた。
時刻は過ぎ、処刑開始三十分前。
闘技場の観客席は、すでに昼の饗宴と化していた。あちらでは煙の上がる串焼き、こちらでは切り分けられるチーズの塊。焼きたてのパンの香りと、甘酸っぱい果実の香りが冷たい冬の空気に混じり、白い吐息とともに漂っていく。木の椅子に腰掛けた老夫婦が仲睦まじくパンを分け合い、若者たちは大声で笑いながら肉を頬張る。その熱気は、冬の空をも押し上げるようだった。
私の計らいで、全員に無料の飲み物が配られている。琥珀色の泡を立てるエールは、喉を鳴らして飲むたび群衆の頬を赤らめ、搾りたての果汁や冷たい水は、酒を飲まぬ者や子供の喉を潤していた。木製カップを掲げ、口々に感謝を告げる人々。その笑顔と歓声は、この国の支配者が誰であるかを、深く心に刻みつけるだろう。
これはただの施しではない。ここに集った全ての者の記憶に、私の存在を焼き付けるための演出だ。
私はゆるやかに観客席を見渡し、唇の端を上げる。
「……あまり食べ過ぎたり飲み過ぎたりすると、その後で吐くことになるのに。」
囁く声は冬風に紛れ、冷えた空気が頬を撫でる。やがて鐘が鳴れば、この穏やかな光景は瞬く間に血の匂いと叫びで満ちる。群衆はまだ知らない——今はただ、前菜のような静かな幸福を味わっているだけだということを。
いよいよ、惨劇の幕が上がろうとしていた。
闘技場の中央に立つトランペット奏者が、高らかなファンファーレを響かせる。その金属的で張りのある音色は、冬の冷気を震わせ、観客席の隅々にまで突き刺さるように広がっていった。続いて、近衛の者が朗々とした声で宣言する。
「王女様のおなり——!」
その一言は、この場に集まった群衆に、これから始まる処刑という名の宴を告げると同時に、この国の支配者が誰であるかを改めて示すものだった。群衆のざわめきは一瞬にして沸騰し、あちこちから歓声と拍手が巻き起こる。
私はゆっくりと姿を現し、群衆の「王女様!」という呼び声に応えるように、軽く片手を上げた。その小さな仕草だけで、歓声はさらに高まり、空気が熱を帯びていくのが分かる。
王族専用の席へと向かう。豪奢な赤い絨毯が敷かれた階段を上り、その最上段に設けられた特等席へ腰を下ろした。王族専用席といっても、今ここに座るのは私一人だけだ。フリードリヒは老い衰え、歩くことすらままならず、寝室で静かに死を待つ身。王は既に毒殺され、この世にいない。王妃は——あくまで世間には——自ら命を絶ったことになっている。
だが、完全な孤独ではなかった。王族席の脇には、ニールとマグダレーナが控えていた。ニールはどこか得意げに口元を歪め、マグダレーナは無言のまま、鋭い視線で闘技場全体を見渡している。その存在は、広すぎる席に漂う空虚さを埋め、背中を支える影のようだった。
眼下に広がる群衆は、歓声と熱気で波打ち、私の存在を全身で受け止めている。これから始まるのは、私が主催する最後の舞台——そして、復讐の終着点だ。
近衛の一人が、重厚な鎧をきらめかせながら闘技場の中央へ進み出た。その足取りに合わせ、場内のざわめきが次第に収まり、冷たい冬の空気が緊張で張り詰めていく。近衛は銀の飾りが施された巻物をゆっくりと広げ、鋭い眼差しで観客席を一望すると、朗々と声を響かせた。
「これより罪人、レオンハルト=フォン=リヴィエラ並びにイザベラ=ヴァン=グランディールの罪状を申し渡す!」
その宣告の響きは、石壁を伝い、観客たちの胸を震わせた。最前列の者は身を乗り出し、後方の者までが息を呑む。
「レオンハルト=フォン=リヴィエラ、その罪、一つ——王を毒殺したる主謀者であること。一つ——王女殿下に脅迫文を送り、暗殺を画策したこと。この証拠として押収された日記の一部を読み上げる!」
近衛は、日焼けした紙片を高く掲げ、鋭く刻まれた文字をなぞるように読み上げた。
『あの女の微笑みが、我が未来を阻む。必ずや闇に葬る』
次いで、脅迫文の一節が響き渡る。
『王女よ、次の舞踏会が貴様の最後の日となる』
その瞬間、観客席は憤怒の渦と化した。「下衆め!」「恥知らず!」と叫ぶ声、罵声とともに飛ぶ唾が冬の空気を裂く。
「また、レオンハルトは多くのメイドを冒涜し、己の欲望の捌け口とし、その尊厳を踏みにじった。よって、国家反逆罪および重罪により、ここに処刑を執行する!」
近衛は間を置き、次の罪人の名を響かせた。
「イザベラ=ヴァン=グランディール。その罪——レオンハルトと結託し、次女マリーベルと共に王の毒殺を実行したこと。なお、妹マリーベルは獄中にて既に死亡している」
群衆から「あの一家は地獄へ堕ちろ!」という怒号が轟く。
「さらに、イザベラはレオンハルトの欲望を満たすため、屋敷のメイドや女中を女衒し、売り渡した罪がある」
怒声と罵詈雑言が波のように押し寄せ、観客の顔には正義の名を借りた激情が浮かぶ。闘技場全体が憎悪の熱に包まれ、その視線は獲物を逃さぬ猛禽のように、二人の罪人を射抜いていた。
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