20 / 55
【第20話】『食欲と祈り──怪物として、生きる』
しおりを挟む
──セイガン本部・旧医療棟、地下第弐手術室。
薄暗い室内に、機械の駆動音と生体モニターの不規則な警告音が交差していた。ベッドに拘束されているのは、かつて“セイガンブルー”と呼ばれた男──レン。だが今、その眼差しにはもう、光は宿っていない。
「……本当に、いいのかね?」
執刀医、九頭が手術台の傍らに立ち、金属製の器具を指で弄びながら訊いた。
レンは躊躇いなく、震えた声で答えた。
「もう、走れないんだ。守れないんだ……。このままじゃ、サクラを……。だから……お願いだ……“兵器”にしてくれ」
九頭はその言葉を聞いて、満足げに嗤った。
「いいだろう。君の覚悟に、応えてやろう」
手術灯が白く点灯し、機械アームが唸りを上げて稼働を始める。冷たい麻酔液が静脈に注がれると、レンの視界が一瞬にして歪んだ。
「さあ、レン君。君の新しい“疾走”は、ここから始まる……地獄の第一歩だ」
──次の瞬間、彼の意識は奈落に落ちた。
目覚めは、惨劇だった。
視界は赤黒く滲み、耳鳴りが金属音のように頭蓋に響く。痛みはない。ただ──“飢え”だけがあった。
視線を下に向けたレンは、自身の身体の変貌に凍りついた。
腕部には無数の管とケーブルが這い、青く脈打つ動脈が露出している。胸部には装甲が組み込まれ、かつての人間らしい曲線は消えていた。
足は、義足にも似た構造物に差し替えられていた。それは“走る”ための脚などではない──“追い詰めて殺す”ための武器だった。
「……何だ、これは……」
呻くように呟いたレンに、九頭の声が響く。
「成功だよ。生体エネルギー反応は安定している。適合率も高い。まるで、君の身体がそれを待っていたかのようだ」
レンは、自らの胸元に目を落とす。
そこには──赤黒い瘤のような“器官”が、脈動していた。
「その器官は、ゲロスのDNAをベースに構築した“生体吸収コア”だ。生きた人間の血液か、骨髄を直接吸収することでエネルギーを得る」
吐き気が込み上げる。だが吐けるものは、もう血液でも胃液でもない。すべてが“燃料”に変換されていた。
「サクラにもゲロスのDNAをサービスしておいたよ」
「俺も……ゲロスやサクラと……同じに……?」
九頭は淡々と、カルテに記録を書きつけながら言った。
「君たちは対なんだよ。サクラは吸血種に近い設計。君は“強襲兵装型”。ふたりでなら、どんな敵でも排除できる──完璧なツインユニットだ」
レンの手が震える。もう、血も涙もない身体でも、心はまだ残っていた。
「……俺は……ヒーローだったんだ……」
「過去の栄光に縋るな、レン君。君は今や、“ネメシスに喰われた英雄”だよ」
冷笑と共に、九頭は背を向けた。
孤独な実験室の片隅で、レンはひとり、誰にも気づかれず、ゆっくりと泣いた。涙ではなく、ただ赤い体液を流しながら。
──かつての“ブルー”は死んだ。
生まれたのは、“生体強襲兵装型戦闘兵・レン=コード:Blue-R”。
彼が再び戦場に出る時、それはもう、誰かを守るためではない。
それは──人であることの最後の誇りを、喰い破る戦いだった。
そして、レンはセイガンの戦闘兵器と化した己を試すかのように初陣に立つ。
──セイガン本部・地下討伐区画 第7収容層。
サイレンが鳴り響いていた。
「警告。危険個体“スローター・ギブズ”収容違反。速やかに戦闘対応を──」
その怪人は、本来なら処分予定だった旧世代の失敗作。暴走と共に、看守8名、研究者4名を瞬く間に切り裂いた。
機関部の通路には、頭部のない白衣、内臓の露出した警備兵が無残に転がる。
生存者ゼロ。完全封鎖不能。
──そこに、ひとりの“兵器”が送り込まれた。
《戦闘記録開始──認証コード:Blue-R》
黒光りする戦闘義足で鉄の床を蹴り、レンは影のように通路を駆ける。その体躯はもはや“人”のそれではない。スーツではなく、身体そのものが戦闘装備だった。
血の臭いが、鼻腔を灼いた。
そして──現れた。
「グアアアアアアアアァァアア!!」
スローター・ギブズ。
全身を剥き出しの筋肉で覆われ、四本の腕には回転する骨刃が埋め込まれている。口元は人間の頭蓋で歯列が形成されており、目はない。だが、殺意だけは圧倒的に濃かった。
ギブズが突進した。
レンは一瞬、背中にあるブレードユニットを起動。刃が展開し、右腕に装着される。
──瞬間、斬った。
ズバァッ!
ギブズの右前腕が、断面から爆ぜた血と共に吹き飛ぶ。
だが怪人は怯まない。傷口から飛び出した筋線維がムチのように襲いかかってくる。
「遅い……!」
レンはそのまま逆回転で左脚を振り上げ、骨刃付きの踵でギブズの膝をへし折った。
悲鳴と同時に、ギブズが体勢を崩す。
そこに、レンは跳びかかった。
両腕を十字に組み──背中のコアが露出する。
ギュギュギュギュィィィン……!!
──咬みついた。
吸収器官がギブズの胸部を穿ち、直接心臓に管を差し込む。
「グアア……や……やめ……グ、グブ……!」
ギブズの筋肉が痙攣し、目のない顔が引き攣る。
吸収は止まらない。骨が砕け、内臓が圧縮され、血液が逆流し、ギブズの体は“干からびて”いった。
ボキッ……バキ……ジュルジュル……ギャァァァァ──……ッ
わずか十数秒後。
そこに残っていたのは、ミイラのように干からびた肉塊と、血で濡れた床だけだった。
──《戦闘終了。対象排除完了》
無機質な自動アナウンスが響く。
呼吸を整えながら、レンは静かに血の滴る掌を見つめた。
その手が、かつて“仲間を守るためのもの”だったことを、誰が信じるだろうか。
通路の先で、戦闘支援員が震えながら現れる。
「……お、お疲れ様で、す……ブルーさん……」
レンはその声に答えず、ただフードを深く被り、背を向けた。
脇腹からは、吸収器官がうっすらと脈打っている。
まるで、次の“餌”を待っているかのように。
──これが、“生き延びるための初陣”だった。
そして、ここからが“血にまみれた英雄譚”の始まりでもあった。
──セイガン本部・隔離観察室。
レンは鏡を見ていた。
蒼白の肌、青く光る瞳、うっすらと浮かび上がる神経配線。
“それ”はもう、かつて自分が知っていた“レン”ではなかった。
腕の血管に沿うように走る金属管が、時折ぴくりと脈を打つ。
それが、自分が“まだ動ける”という唯一の証明だった。
──サクラを守るためだった。
自分は弱かった。
ゲロスに敗れ、彼女を支えきれず、何もできなかった。
そして今……自分はその“怪物の遺伝子”で生きている。
「これで、本当に……良かったのか……?」
呟きは虚空に溶ける。
──その夜、セイガン本部・西側監視塔。
パトロール中の隊員が、突如叫び声を上げた。
「うああああああっ!!」
駆け寄った先にあったのは、壁に叩きつけられた衛兵の死体。
顔面は圧壊し、腹部は大きく裂かれ、そこからは何かを引き裂いたような肉片が床に散っていた。
その中央に、血まみれの男が立っていた。
──レンだった。
フードを深く被ったその姿は、まるで人を喰らう野獣のようで。
「……まただ……くそ……っ」
目の焦点が定まらない。
血の匂いが脳を焼き、骨の芯から身体が痺れていた。
気がついた時には、警棒を握る衛兵を壁に叩きつけていた。
「やめろ……やめろ……俺は……こんなはずじゃ……!」
脳裏に、ゲロスの咆哮が響く。
──強者を喰らえ、血を啜れ。それがお前の本能だ。
目の奥で、青い光が赤に染まりかけていた。
その時──。
「レン……!」
鋭く、しかし震えた声が、闇を裂いた。
振り返ると、そこにはサクラがいた。
虚ろな瞳のまま、彼女はレンに駆け寄る。
「レン……もう、やめて……お願い……あなたまで、化け物にならないで……」
──その声が。
彼の心に、かろうじて残っていた“人間”を呼び戻した。
「……サクラ……」
震える手で、レンは自分の顔を覆った。
爪が食い込み、血が滲む。
──そうだ、俺は。
俺は、誰かを守りたくてここまで来たんだ。
守るために、怪物になったんじゃない。
誰かを喰らうために、戦ったわけじゃない。
やっとの思いで、レンはその場に膝をついた。
「俺は……サクラを……これ以上……傷つけたくない……」
その声は、泣いているように聞こえた。
──後日、レンは一時的な任務停止処分を受けた。
だが、サクラだけは、彼の手を取った。
「……人間として戻れないなら、せめて、怪物にならないように……」
その言葉は、レンの心に静かに、深く染みこんだ。
夜の風が、ふたりの影を長く伸ばしていた。
いつしか“正義”の色だった青は、
深く、迷いの“夜”の色に沈んでいった。
──セイガン本部・旧医療棟 地下格納庫。
ひと気のない深夜、鉄の扉が軋みを立てて閉じた。冷たい蛍光灯の下、裸足の少女がゆらりと歩く。
白衣の下に着ていた制服は血に染まり、彼女──サクラの頬はこけ、青白い肌に赤い瞳だけが異様に輝いていた。
「……また、食べちゃった……」
彼女の手から滴るのは、まだ温かい血液。手のひらを見つめ、震える指でそれを拭ったが、拭っても拭っても渇きは消えなかった。
「わかってるのに……止まらない……止まれない……」
ゲロスの遺伝子を組み込まれた改造手術の影響で、サクラは今や“人間”としての限界を越えた存在だった。
水も、栄養も、人工血液すら意味を成さない。
──必要なのは“生きた人間”の血肉。
彼女の体内では、ゲロスの遺伝子が夜ごとに疼き、渇きを訴えた。
──同時刻、セイガン本部 第三研究棟・小会議室。
「……四人目、だな。ミイラ化した変死体」
レンの声は低く、重い。
目の前には数人の医療部隊士官が集まっていた。
「全員、サクラと勤務中に接触していた医療スタッフだった」
「吸血された……ってことか?」
スタッフの問いに、誰も明言はしなかった。ただ、全員が沈黙の中で頷いた。
「……あのとき、彼女を助けたのは間違いじゃなかったと思いたい」
レンの言葉には自責の色がにじむ。
「でも、これ以上犠牲が出るなら……いずれ、彼女自身も壊れる」
「九頭ドクターは何か言ってるのか?」
「“最高機密”の一点張りだ。明らかに、何かを隠している」
部屋の空気がさらに重くなる。
サクラが怪物になりつつある──それは確実だった。
──その夜、旧医療棟・屋上。
夜風に髪を揺らしながら、サクラは屋上の手すりに寄りかかっていた。
遠くに見える街の灯りをぼんやり眺める。
「……怖いよ、レン……ほんとは、わたし、もう人間じゃないんだよね」
隣に立つレンは、黙って彼女の冷えた手を握る。
「でも……医療スタッフさんがね……“おかえり”って言ってくれたの」
その言葉だけが、怪物になりかけた少女を人間に留めていた。
「ううん……もう、わたし、人の血を吸わなきゃ生きられないのに……」
ぽつりと落ちた言葉と共に、頬に涙が流れる。
祈るように、すがるように。
──それでも、私は人間でいたい。
それが、サクラが毎夜繰り返す“祈り”だった。
月の光が、彼女の紅い瞳を静かに照らしていた。
※※
皆さま、いつも本作『戦隊ヒーロー追放された俺、なぜか敵の幹部になって世界を変えていた件』を読んでくださって本当にありがとうございます!
この物語、地味に100話超えを視野に入れた長編構成となっておりまして、毎回ド派手に爆破したり、元仲間をざまぁしたり、怪人が溶かしたり、ヒーローがトラウマになったりと、作者の精神力をゴリゴリに削る重労働でございます(愛ゆえに)。
ですが、そんな深夜テンションで戦っている私を救ってくれるのが――そう、あなたの「お気に入り登録」や「感想」なんです!
お気に入りボタンを押す→作者のやる気ゲージが1本回復!
感想を送る→作者、涙を流しながら紅茶をすする!
皆さまの反応が、この物語を完走させる最大の燃料です!
書籍化も夢見つつ、今日もキーボードをカタカタ鳴らしながら、戦隊と怪人と陰謀を混ぜまくったストーリーを全力で執筆中。
今後も「まさかの展開」「読者の予想を裏切るキャラの掘り下げ」「怪人の無駄にグロい手術シーン」など盛りだくさんでお届け予定ですので、どうぞ応援よろしくお願いします!
どうか……どうかお気に入りを……
(作者、そっと正座)
薄暗い室内に、機械の駆動音と生体モニターの不規則な警告音が交差していた。ベッドに拘束されているのは、かつて“セイガンブルー”と呼ばれた男──レン。だが今、その眼差しにはもう、光は宿っていない。
「……本当に、いいのかね?」
執刀医、九頭が手術台の傍らに立ち、金属製の器具を指で弄びながら訊いた。
レンは躊躇いなく、震えた声で答えた。
「もう、走れないんだ。守れないんだ……。このままじゃ、サクラを……。だから……お願いだ……“兵器”にしてくれ」
九頭はその言葉を聞いて、満足げに嗤った。
「いいだろう。君の覚悟に、応えてやろう」
手術灯が白く点灯し、機械アームが唸りを上げて稼働を始める。冷たい麻酔液が静脈に注がれると、レンの視界が一瞬にして歪んだ。
「さあ、レン君。君の新しい“疾走”は、ここから始まる……地獄の第一歩だ」
──次の瞬間、彼の意識は奈落に落ちた。
目覚めは、惨劇だった。
視界は赤黒く滲み、耳鳴りが金属音のように頭蓋に響く。痛みはない。ただ──“飢え”だけがあった。
視線を下に向けたレンは、自身の身体の変貌に凍りついた。
腕部には無数の管とケーブルが這い、青く脈打つ動脈が露出している。胸部には装甲が組み込まれ、かつての人間らしい曲線は消えていた。
足は、義足にも似た構造物に差し替えられていた。それは“走る”ための脚などではない──“追い詰めて殺す”ための武器だった。
「……何だ、これは……」
呻くように呟いたレンに、九頭の声が響く。
「成功だよ。生体エネルギー反応は安定している。適合率も高い。まるで、君の身体がそれを待っていたかのようだ」
レンは、自らの胸元に目を落とす。
そこには──赤黒い瘤のような“器官”が、脈動していた。
「その器官は、ゲロスのDNAをベースに構築した“生体吸収コア”だ。生きた人間の血液か、骨髄を直接吸収することでエネルギーを得る」
吐き気が込み上げる。だが吐けるものは、もう血液でも胃液でもない。すべてが“燃料”に変換されていた。
「サクラにもゲロスのDNAをサービスしておいたよ」
「俺も……ゲロスやサクラと……同じに……?」
九頭は淡々と、カルテに記録を書きつけながら言った。
「君たちは対なんだよ。サクラは吸血種に近い設計。君は“強襲兵装型”。ふたりでなら、どんな敵でも排除できる──完璧なツインユニットだ」
レンの手が震える。もう、血も涙もない身体でも、心はまだ残っていた。
「……俺は……ヒーローだったんだ……」
「過去の栄光に縋るな、レン君。君は今や、“ネメシスに喰われた英雄”だよ」
冷笑と共に、九頭は背を向けた。
孤独な実験室の片隅で、レンはひとり、誰にも気づかれず、ゆっくりと泣いた。涙ではなく、ただ赤い体液を流しながら。
──かつての“ブルー”は死んだ。
生まれたのは、“生体強襲兵装型戦闘兵・レン=コード:Blue-R”。
彼が再び戦場に出る時、それはもう、誰かを守るためではない。
それは──人であることの最後の誇りを、喰い破る戦いだった。
そして、レンはセイガンの戦闘兵器と化した己を試すかのように初陣に立つ。
──セイガン本部・地下討伐区画 第7収容層。
サイレンが鳴り響いていた。
「警告。危険個体“スローター・ギブズ”収容違反。速やかに戦闘対応を──」
その怪人は、本来なら処分予定だった旧世代の失敗作。暴走と共に、看守8名、研究者4名を瞬く間に切り裂いた。
機関部の通路には、頭部のない白衣、内臓の露出した警備兵が無残に転がる。
生存者ゼロ。完全封鎖不能。
──そこに、ひとりの“兵器”が送り込まれた。
《戦闘記録開始──認証コード:Blue-R》
黒光りする戦闘義足で鉄の床を蹴り、レンは影のように通路を駆ける。その体躯はもはや“人”のそれではない。スーツではなく、身体そのものが戦闘装備だった。
血の臭いが、鼻腔を灼いた。
そして──現れた。
「グアアアアアアアアァァアア!!」
スローター・ギブズ。
全身を剥き出しの筋肉で覆われ、四本の腕には回転する骨刃が埋め込まれている。口元は人間の頭蓋で歯列が形成されており、目はない。だが、殺意だけは圧倒的に濃かった。
ギブズが突進した。
レンは一瞬、背中にあるブレードユニットを起動。刃が展開し、右腕に装着される。
──瞬間、斬った。
ズバァッ!
ギブズの右前腕が、断面から爆ぜた血と共に吹き飛ぶ。
だが怪人は怯まない。傷口から飛び出した筋線維がムチのように襲いかかってくる。
「遅い……!」
レンはそのまま逆回転で左脚を振り上げ、骨刃付きの踵でギブズの膝をへし折った。
悲鳴と同時に、ギブズが体勢を崩す。
そこに、レンは跳びかかった。
両腕を十字に組み──背中のコアが露出する。
ギュギュギュギュィィィン……!!
──咬みついた。
吸収器官がギブズの胸部を穿ち、直接心臓に管を差し込む。
「グアア……や……やめ……グ、グブ……!」
ギブズの筋肉が痙攣し、目のない顔が引き攣る。
吸収は止まらない。骨が砕け、内臓が圧縮され、血液が逆流し、ギブズの体は“干からびて”いった。
ボキッ……バキ……ジュルジュル……ギャァァァァ──……ッ
わずか十数秒後。
そこに残っていたのは、ミイラのように干からびた肉塊と、血で濡れた床だけだった。
──《戦闘終了。対象排除完了》
無機質な自動アナウンスが響く。
呼吸を整えながら、レンは静かに血の滴る掌を見つめた。
その手が、かつて“仲間を守るためのもの”だったことを、誰が信じるだろうか。
通路の先で、戦闘支援員が震えながら現れる。
「……お、お疲れ様で、す……ブルーさん……」
レンはその声に答えず、ただフードを深く被り、背を向けた。
脇腹からは、吸収器官がうっすらと脈打っている。
まるで、次の“餌”を待っているかのように。
──これが、“生き延びるための初陣”だった。
そして、ここからが“血にまみれた英雄譚”の始まりでもあった。
──セイガン本部・隔離観察室。
レンは鏡を見ていた。
蒼白の肌、青く光る瞳、うっすらと浮かび上がる神経配線。
“それ”はもう、かつて自分が知っていた“レン”ではなかった。
腕の血管に沿うように走る金属管が、時折ぴくりと脈を打つ。
それが、自分が“まだ動ける”という唯一の証明だった。
──サクラを守るためだった。
自分は弱かった。
ゲロスに敗れ、彼女を支えきれず、何もできなかった。
そして今……自分はその“怪物の遺伝子”で生きている。
「これで、本当に……良かったのか……?」
呟きは虚空に溶ける。
──その夜、セイガン本部・西側監視塔。
パトロール中の隊員が、突如叫び声を上げた。
「うああああああっ!!」
駆け寄った先にあったのは、壁に叩きつけられた衛兵の死体。
顔面は圧壊し、腹部は大きく裂かれ、そこからは何かを引き裂いたような肉片が床に散っていた。
その中央に、血まみれの男が立っていた。
──レンだった。
フードを深く被ったその姿は、まるで人を喰らう野獣のようで。
「……まただ……くそ……っ」
目の焦点が定まらない。
血の匂いが脳を焼き、骨の芯から身体が痺れていた。
気がついた時には、警棒を握る衛兵を壁に叩きつけていた。
「やめろ……やめろ……俺は……こんなはずじゃ……!」
脳裏に、ゲロスの咆哮が響く。
──強者を喰らえ、血を啜れ。それがお前の本能だ。
目の奥で、青い光が赤に染まりかけていた。
その時──。
「レン……!」
鋭く、しかし震えた声が、闇を裂いた。
振り返ると、そこにはサクラがいた。
虚ろな瞳のまま、彼女はレンに駆け寄る。
「レン……もう、やめて……お願い……あなたまで、化け物にならないで……」
──その声が。
彼の心に、かろうじて残っていた“人間”を呼び戻した。
「……サクラ……」
震える手で、レンは自分の顔を覆った。
爪が食い込み、血が滲む。
──そうだ、俺は。
俺は、誰かを守りたくてここまで来たんだ。
守るために、怪物になったんじゃない。
誰かを喰らうために、戦ったわけじゃない。
やっとの思いで、レンはその場に膝をついた。
「俺は……サクラを……これ以上……傷つけたくない……」
その声は、泣いているように聞こえた。
──後日、レンは一時的な任務停止処分を受けた。
だが、サクラだけは、彼の手を取った。
「……人間として戻れないなら、せめて、怪物にならないように……」
その言葉は、レンの心に静かに、深く染みこんだ。
夜の風が、ふたりの影を長く伸ばしていた。
いつしか“正義”の色だった青は、
深く、迷いの“夜”の色に沈んでいった。
──セイガン本部・旧医療棟 地下格納庫。
ひと気のない深夜、鉄の扉が軋みを立てて閉じた。冷たい蛍光灯の下、裸足の少女がゆらりと歩く。
白衣の下に着ていた制服は血に染まり、彼女──サクラの頬はこけ、青白い肌に赤い瞳だけが異様に輝いていた。
「……また、食べちゃった……」
彼女の手から滴るのは、まだ温かい血液。手のひらを見つめ、震える指でそれを拭ったが、拭っても拭っても渇きは消えなかった。
「わかってるのに……止まらない……止まれない……」
ゲロスの遺伝子を組み込まれた改造手術の影響で、サクラは今や“人間”としての限界を越えた存在だった。
水も、栄養も、人工血液すら意味を成さない。
──必要なのは“生きた人間”の血肉。
彼女の体内では、ゲロスの遺伝子が夜ごとに疼き、渇きを訴えた。
──同時刻、セイガン本部 第三研究棟・小会議室。
「……四人目、だな。ミイラ化した変死体」
レンの声は低く、重い。
目の前には数人の医療部隊士官が集まっていた。
「全員、サクラと勤務中に接触していた医療スタッフだった」
「吸血された……ってことか?」
スタッフの問いに、誰も明言はしなかった。ただ、全員が沈黙の中で頷いた。
「……あのとき、彼女を助けたのは間違いじゃなかったと思いたい」
レンの言葉には自責の色がにじむ。
「でも、これ以上犠牲が出るなら……いずれ、彼女自身も壊れる」
「九頭ドクターは何か言ってるのか?」
「“最高機密”の一点張りだ。明らかに、何かを隠している」
部屋の空気がさらに重くなる。
サクラが怪物になりつつある──それは確実だった。
──その夜、旧医療棟・屋上。
夜風に髪を揺らしながら、サクラは屋上の手すりに寄りかかっていた。
遠くに見える街の灯りをぼんやり眺める。
「……怖いよ、レン……ほんとは、わたし、もう人間じゃないんだよね」
隣に立つレンは、黙って彼女の冷えた手を握る。
「でも……医療スタッフさんがね……“おかえり”って言ってくれたの」
その言葉だけが、怪物になりかけた少女を人間に留めていた。
「ううん……もう、わたし、人の血を吸わなきゃ生きられないのに……」
ぽつりと落ちた言葉と共に、頬に涙が流れる。
祈るように、すがるように。
──それでも、私は人間でいたい。
それが、サクラが毎夜繰り返す“祈り”だった。
月の光が、彼女の紅い瞳を静かに照らしていた。
※※
皆さま、いつも本作『戦隊ヒーロー追放された俺、なぜか敵の幹部になって世界を変えていた件』を読んでくださって本当にありがとうございます!
この物語、地味に100話超えを視野に入れた長編構成となっておりまして、毎回ド派手に爆破したり、元仲間をざまぁしたり、怪人が溶かしたり、ヒーローがトラウマになったりと、作者の精神力をゴリゴリに削る重労働でございます(愛ゆえに)。
ですが、そんな深夜テンションで戦っている私を救ってくれるのが――そう、あなたの「お気に入り登録」や「感想」なんです!
お気に入りボタンを押す→作者のやる気ゲージが1本回復!
感想を送る→作者、涙を流しながら紅茶をすする!
皆さまの反応が、この物語を完走させる最大の燃料です!
書籍化も夢見つつ、今日もキーボードをカタカタ鳴らしながら、戦隊と怪人と陰謀を混ぜまくったストーリーを全力で執筆中。
今後も「まさかの展開」「読者の予想を裏切るキャラの掘り下げ」「怪人の無駄にグロい手術シーン」など盛りだくさんでお届け予定ですので、どうぞ応援よろしくお願いします!
どうか……どうかお気に入りを……
(作者、そっと正座)
0
あなたにおすすめの小説
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる
静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】
【複数サイトでランキング入り】
追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語
主人公フライ。
仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。
フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。
外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。
しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。
そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。
「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」
最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。
仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
イラスト 卯月凪沙様より
さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。
ヒツキノドカ
ファンタジー
誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。
そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。
しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。
身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。
そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。
姿は美しい白髪の少女に。
伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。
最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。
ーーーーーー
ーーー
閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります!
※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる 「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?
あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】
世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。
「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。
・神話級ドラゴン
⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺)
・深淵の邪神
⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決)
・次元の裂け目
⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い)
「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」
本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……?
「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー!
【免責事項】
この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
※こちらの作品は、カクヨムと小説家になろうでも公開しています。
チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?
桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」
その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。
影響するステータスは『運』。
聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。
第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。
すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。
より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!
真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。
【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる