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【第26話】 『コード:L-Disaster起動──怪人計画、最終段階へ』
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──手術開始。
冷却された手術室には、機械音だけが響いていた。
照明の下、横たわるのは瀕死の男。ネメシス粛清部隊・ブラックエイドの指揮官《レイヴン》。イツキとラミアによって半壊した肉体は、ドクトル・メディアスの手により再構築されつつあった。
「さあ、もう少しで“君”は人間を卒業する……素晴らしいことだと思わないか?」
ドクトルが言葉を漏らすたびに、銀色の義肢が肉を貫き、神経を接続していく。
その痛みと刺激が、朽ちかけた記憶の扉をこじ開けていった。
──赤い空、瓦礫の街、ヒーローの咆哮。
誰かが叫んでいる。
『行け! 俺たちが最後まで止める! お前は生きろ!』
聞き覚えのある声。それは確かに──日向イツキだった。
思い出す。自分の名は、かつて《ユウジ》だった。
セイガンブラック──イツキとともに戦っていた戦隊ヒーロー。
最前線で重装甲の盾として戦い、怪人の爆発に巻き込まれたあの日。
自分は死んだと思っていた。だが──
「君は運が良かった。奇跡的に脳幹が機能していた。それを私が拾って“再生”させた」
ドクトルの声が遠くに聞こえる。
「君は忘れてしまっていい。過去も、名前も、仲間も」
だが、その声と裏腹に、ユウジ──いや、レイヴンの記憶は鮮明に戻ってくる。
イツキの笑顔。
仲間たちの声。
そして──裏切り。
自分が戦隊から“消された”のは、死んだからではない。
彼らにとって「使い物にならなくなった」からだった。
無音の怒りが、レイヴンの胸を焼く。
メディアスの手術が終わる頃、彼の眼に宿る光は、かつての“ヒーロー”のものではなかった。
「──任務、再開。コードネーム:レイヴン MkⅡ」
彼はもうユウジではない。
そして、かつての仲間イツキは“粛清対象”として脳内に刻まれていた。
再構築された彼の肉体は、もはや人のものではなかった。筋肉の間に仕込まれた擬態ナノマトリクスは、周囲の景色や温度を読み取り“風景に溶ける”能力を与えた。息を殺し、物音ひとつ立てずに近づくその戦闘スタイルは、まるで暗殺者──いや、忍の如き怪人。
記憶の再生と共に、破壊の命令が重なる。
皮肉なことに、それこそが“ネメシスの英雄”に課せられた、第二の生だった。
ネメシス研究棟・第零階層。常時冷却された空間は、まるで巨大な死体安置所のように静かだった。
天井からぶら下がるパイプから白い蒸気が漏れ、床に散らばるケーブルの隙間を、うねるような人工光が照らしている。中央手術台の上で、ドクトル・メディアスが実験体の胸元にメスを滑らせた。
「さあ、今日が“災厄”の誕生日ですよ。おめでとうございます、No.49」
実験体はすでに半身を改造されており、皮膚の下で透明な卵嚢がうごめいていた。メディアスが銀の注射器で注入したのは、ゲロスの再構成DNAと寄生性群体“人喰い蟲”の幼体だった。
男の体がびくりと跳ね、背骨を這う蟲が神経を侵し、視神経を犯し、脳幹に突き進む。直後、モニターが警告を鳴らす。
「脳神経伝達オーバーロード。皮膚破裂率、増大中。抑制不能」
膨れ上がった筋肉が裂け、そこから蟲の幼体が這い出してくる。その凄惨な光景を、ラボの観察室からイツキとラミアが見つめていた。
イツキの両拳が震えていた。喉の奥で怒りと嫌悪がせめぎ合い、言葉が絞り出される。
「これが……L-Disaster……」
ラミアは黙ったまま画面を凝視していた。その瞳は深く濁り、何かを押し殺している。
「……私も、こんな風に作られたの」
「……ラミア……」
「違いは、喰う側だったか、喰われる側だったか。それだけ」
イツキは彼女の横顔を見たまま、何も言えなかった。
「でも……あんたといるうちに、思い出してしまった。忘れたかったことが、ちゃんと見えるようになったの。怖くても、知りたいって思えるようになった。人間って、そういうものだよね?」
自嘲気味な笑いの中に、確かな意志が宿っていた。イツキは静かにうなずく。
「ああ。だから、俺たちが止める。こんな地獄を、“当たり前”にさせるもんか」
その頃、セイガン地下医療室では、サクラがベッドの上で身を丸め、震えていた。指先が震え、シーツに爪を立てる。
「……私……また、吸っちゃった……」
声はかすれ、涙に濡れていた。
「助けてって言ってたの……私の手を握ってたのに……」
レンはそばに座っていたが、何も言えなかった。サクラの赤い瞳がレンを見つめる。
「その人、もう……いないのに……私、血の味しか覚えてない……」
「サクラ……」
レンが手を伸ばそうとした瞬間、サクラは顔を背けた。
「やめて……触らないで……あなたの匂い、甘すぎるの……今、私……あなたの首、噛みたい……」
空中で止まった手。レンの指先が震えた。
「でも……でも……お願い、捨てないで……!」
その声は、崩れ落ちるような嗚咽に変わった。
地上からは見えない軌道上の衛星《アークセイバー》。
ゼクスは無言でモニターを見つめていた。
「L-Disaster、覚醒を確認。寄生型群体による制御不能を確認。制御率は、現時点で5%未満」
「都市圏に出現する可能性は?」
「高い確率で、48時間以内に市街地侵入」
ゼクスは一瞬だけ視線を落とし、静かに告げる。
「……構わん。進行を許可する」
その背後、無言のまま立っていた機械の男──レイヴンMk-IIが、ゆっくりと目を開けた。
かつて人だった存在は、もはやそこにはいない。
観察室を出たイツキとラミアは、無言で歩いていた。
「ラミア」
「……なに?」
「もしあいつが動き出したら、真っ先に俺たちが行く。止められるのは……俺たちしかいない」
「当然。私たちが、ケリをつける」
ふたりの影が、冷たい蛍光灯の下を並んで進んでいった。
その奥で、災厄は静かに呼吸を始めていた。名前を持たない“怪物”、世界の終わりの名を──L-Disaster。
その胎動は、すでに始まっていた。
■
ネメシス研究棟の封印区画、その最奥にある"0号室"。
その夜、誰にも告げずラミアはそこを訪れていた。
滅多に使われることのない区域。警報も照明も最小限に抑えられ、白く沈んだ空間がただ静かに眠っている。
彼女が立っている扉には、かすれた識別番号が刻まれていた。
「L-Lamia/No.00」
手をかざすと、生体認証が作動し、ロックが解除される。
ゆっくりと開いた扉の向こうにあったのは、金属の手術台。そして無数の観察モニター。赤茶けた染みが床に残っていた。
その部屋は、彼女が"怪物"として生まれた場所だった。
ラミアはゆっくりと足を踏み入れ、手術台に触れた。
冷たい感触に、古い記憶が蘇る。
――それは、とても隙のある記憶だった。
自分は、最初から人間じゃなかった。そう教えられた。
人工子宮から摘出され、最初に聞いたのは機械の音と培養液の泡立つ音。
でも、それも作られた記憶。
私は街で生きて暮らしていた記憶もあるから……。
「こちら、No.00。L-Lamia、呼吸反応正常」
「兄弟体No.01との神経同期も問題なし」
姉妹。
その響きだけは、唯一温かかった。互いに名前ではなく、番号で呼ばれながらも、指先を握り合った。
あの子の手は、ほんの少し小さかった。
「ねえ、お姉ちゃん。人間って、優しいのかな?」
「痛くないのかな?」
その問いに、ラミア――当時は名前すらなかった彼女は、何も答えられなかった。
ある日、実験が始まると告げられた。
小さな手を、引き剥がされた。
次に見た姉妹の顔は、透明な培養カプセルの中で、激しく痙攣していた。
「拒絶反応、強すぎます。No.01、排除を」
排除。つまり、処分。
人間だったら、死んだと表現されるだろう。
ラミアは命令された。
「栄養供給のため、No.01の脊髄液を吸収せよ」
拒否すれば、待っていたのは自分の"廃棄"だった。
だから――彼女は従った。
喰ったのだ、あの子を。
思い出したくない記憶。
けれど、あの怪物──L-Disasterの覚醒を見た今、忘れていてはいけないと思った。
ラミアは金属台の端にそっと腰を下ろし、膝を抱えた。
「もし、あの時私が叫んでいたら、変わってたのかな」
誰にも聞こえない問い。
「私だって……人間になりたかったんだ」
その背後で、足音が鳴った。
ゆっくりと扉が開き、イツキの姿が現れる。
「……来たのか」
「悪い。つい気になって」
イツキは室内を見回す。かつて彼女が生まれた場所、というにはあまりに無機質で、冷たい。
「……ここが、お前の始まりか」
「うん。でも、ここで生まれたのは"ラミア"じゃなくて、"L-Lamia"っていう兵器だった」
彼女は笑ってみせたが、その声は少し震えていた。
「でもね、今はあんたがいる。だから、ちゃんとここに来られた」
「……そうか」
イツキは隣に座り、無言で彼女の肩に手を置いた。
「お前は今、人間だよ。少なくとも、俺にはそう見える」
ラミアは、わずかに目を伏せ、そっとイツキの手を握り返した。
「ありがと。……あの子の分も、私は人間として、生きるよ」
0号室に灯ったのは、冷たい記憶ではなく、確かな“ぬくもり”だった。
■
深夜、雨が降りしきる工業都市〈ヴォルガノス第7区域〉。
封鎖されたはずの旧街区に、異様な“音”が響き渡った。壁を這うような、湿った無数の足音。
それは虫ではない──いや、虫だった“何か”の蠢き。
ガコン、と防護シャッターが開く。
そこから歩み出てきたのは、人の形を保ちながらも、その皮膚の下から蠢く蟲の群体を抱える異形。
口元から黒い繊維状の触手がゆらりと揺れ、眼は人間らしいはずの瞳孔をしていながら、どこか乾いていた。
「コード名──“ネファリウム”。起動、完了」
ドクトル・メディアスの声が、傍らの通信端末から響いた。
「任務は単純明快。逃亡したL系列素体──L-013を確保。そして、区域内の“抵抗組織”を“清掃”してくれたまえ」
ネファリウムは言葉を返さない。
その背にある膨張した脊髄嚢が脈打ち、次の瞬間──
ズシャアアアアッ!
背中が裂け、中から無数の“蟲”が噴き出した。透明な体に鋭い顎、わずか数秒で半径20メートルの空間が悲鳴と肉塊に変わる。
近くに潜伏していた抵抗組織の青年兵が銃を構えるも、蟲の一体が一瞬で喉を食い破った。
その顔はまだ叫びの途中で止まっていた。
ネファリウムは歩を止めず、血と煙に包まれた廃街を踏みしめる。
ゆっくりと、だが確実に、周囲の“生”を喰らいながら進んでいく。
通信の向こう、ドクトルが呟く。
「美しい……実に、完璧だ。ゲロスとは違う。“理性ある災厄”……まさにL-Disasterの完成形だよ」
その言葉を背に、ネファリウムはひとつ、ゆっくりと首を傾げた。
まるで──“感情”を模倣しようとするかのように。
しかしその瞬間、想定外の挙動が発生した。
指令とは異なる方向へ視線を向け、喰い残しの兵士へ再び蟲を向けたネファリウム。すでに絶命していると確認された死体に執拗に喰らいつく蟲たち。
そして、その口元から漏れるように発された音声。
「……もっと……喰いたい」
わずかに、だが確かに発された“欲望の声”。
指揮モニターの前で、ドクトルの笑みが微かに凍った。
「……ふむ。刺激が強すぎたか。次回は、抑制因子の調整が必要かもしれんな……」
だが、その目にはどこか“期待”の色も混ざっていた。
理性と暴走の境界──その絶妙なバランスこそが、彼にとって“芸術”だった。
街の灯りが一つ、また一つと消えていく。
それは、夜に咲いた黒き災厄の花。
ネファリウム──それは“災厄の第一号”として、静かにその名を刻み始めていた。
そして今、密かに“自我という毒”が芽吹き始めていた。
冷却された手術室には、機械音だけが響いていた。
照明の下、横たわるのは瀕死の男。ネメシス粛清部隊・ブラックエイドの指揮官《レイヴン》。イツキとラミアによって半壊した肉体は、ドクトル・メディアスの手により再構築されつつあった。
「さあ、もう少しで“君”は人間を卒業する……素晴らしいことだと思わないか?」
ドクトルが言葉を漏らすたびに、銀色の義肢が肉を貫き、神経を接続していく。
その痛みと刺激が、朽ちかけた記憶の扉をこじ開けていった。
──赤い空、瓦礫の街、ヒーローの咆哮。
誰かが叫んでいる。
『行け! 俺たちが最後まで止める! お前は生きろ!』
聞き覚えのある声。それは確かに──日向イツキだった。
思い出す。自分の名は、かつて《ユウジ》だった。
セイガンブラック──イツキとともに戦っていた戦隊ヒーロー。
最前線で重装甲の盾として戦い、怪人の爆発に巻き込まれたあの日。
自分は死んだと思っていた。だが──
「君は運が良かった。奇跡的に脳幹が機能していた。それを私が拾って“再生”させた」
ドクトルの声が遠くに聞こえる。
「君は忘れてしまっていい。過去も、名前も、仲間も」
だが、その声と裏腹に、ユウジ──いや、レイヴンの記憶は鮮明に戻ってくる。
イツキの笑顔。
仲間たちの声。
そして──裏切り。
自分が戦隊から“消された”のは、死んだからではない。
彼らにとって「使い物にならなくなった」からだった。
無音の怒りが、レイヴンの胸を焼く。
メディアスの手術が終わる頃、彼の眼に宿る光は、かつての“ヒーロー”のものではなかった。
「──任務、再開。コードネーム:レイヴン MkⅡ」
彼はもうユウジではない。
そして、かつての仲間イツキは“粛清対象”として脳内に刻まれていた。
再構築された彼の肉体は、もはや人のものではなかった。筋肉の間に仕込まれた擬態ナノマトリクスは、周囲の景色や温度を読み取り“風景に溶ける”能力を与えた。息を殺し、物音ひとつ立てずに近づくその戦闘スタイルは、まるで暗殺者──いや、忍の如き怪人。
記憶の再生と共に、破壊の命令が重なる。
皮肉なことに、それこそが“ネメシスの英雄”に課せられた、第二の生だった。
ネメシス研究棟・第零階層。常時冷却された空間は、まるで巨大な死体安置所のように静かだった。
天井からぶら下がるパイプから白い蒸気が漏れ、床に散らばるケーブルの隙間を、うねるような人工光が照らしている。中央手術台の上で、ドクトル・メディアスが実験体の胸元にメスを滑らせた。
「さあ、今日が“災厄”の誕生日ですよ。おめでとうございます、No.49」
実験体はすでに半身を改造されており、皮膚の下で透明な卵嚢がうごめいていた。メディアスが銀の注射器で注入したのは、ゲロスの再構成DNAと寄生性群体“人喰い蟲”の幼体だった。
男の体がびくりと跳ね、背骨を這う蟲が神経を侵し、視神経を犯し、脳幹に突き進む。直後、モニターが警告を鳴らす。
「脳神経伝達オーバーロード。皮膚破裂率、増大中。抑制不能」
膨れ上がった筋肉が裂け、そこから蟲の幼体が這い出してくる。その凄惨な光景を、ラボの観察室からイツキとラミアが見つめていた。
イツキの両拳が震えていた。喉の奥で怒りと嫌悪がせめぎ合い、言葉が絞り出される。
「これが……L-Disaster……」
ラミアは黙ったまま画面を凝視していた。その瞳は深く濁り、何かを押し殺している。
「……私も、こんな風に作られたの」
「……ラミア……」
「違いは、喰う側だったか、喰われる側だったか。それだけ」
イツキは彼女の横顔を見たまま、何も言えなかった。
「でも……あんたといるうちに、思い出してしまった。忘れたかったことが、ちゃんと見えるようになったの。怖くても、知りたいって思えるようになった。人間って、そういうものだよね?」
自嘲気味な笑いの中に、確かな意志が宿っていた。イツキは静かにうなずく。
「ああ。だから、俺たちが止める。こんな地獄を、“当たり前”にさせるもんか」
その頃、セイガン地下医療室では、サクラがベッドの上で身を丸め、震えていた。指先が震え、シーツに爪を立てる。
「……私……また、吸っちゃった……」
声はかすれ、涙に濡れていた。
「助けてって言ってたの……私の手を握ってたのに……」
レンはそばに座っていたが、何も言えなかった。サクラの赤い瞳がレンを見つめる。
「その人、もう……いないのに……私、血の味しか覚えてない……」
「サクラ……」
レンが手を伸ばそうとした瞬間、サクラは顔を背けた。
「やめて……触らないで……あなたの匂い、甘すぎるの……今、私……あなたの首、噛みたい……」
空中で止まった手。レンの指先が震えた。
「でも……でも……お願い、捨てないで……!」
その声は、崩れ落ちるような嗚咽に変わった。
地上からは見えない軌道上の衛星《アークセイバー》。
ゼクスは無言でモニターを見つめていた。
「L-Disaster、覚醒を確認。寄生型群体による制御不能を確認。制御率は、現時点で5%未満」
「都市圏に出現する可能性は?」
「高い確率で、48時間以内に市街地侵入」
ゼクスは一瞬だけ視線を落とし、静かに告げる。
「……構わん。進行を許可する」
その背後、無言のまま立っていた機械の男──レイヴンMk-IIが、ゆっくりと目を開けた。
かつて人だった存在は、もはやそこにはいない。
観察室を出たイツキとラミアは、無言で歩いていた。
「ラミア」
「……なに?」
「もしあいつが動き出したら、真っ先に俺たちが行く。止められるのは……俺たちしかいない」
「当然。私たちが、ケリをつける」
ふたりの影が、冷たい蛍光灯の下を並んで進んでいった。
その奥で、災厄は静かに呼吸を始めていた。名前を持たない“怪物”、世界の終わりの名を──L-Disaster。
その胎動は、すでに始まっていた。
■
ネメシス研究棟の封印区画、その最奥にある"0号室"。
その夜、誰にも告げずラミアはそこを訪れていた。
滅多に使われることのない区域。警報も照明も最小限に抑えられ、白く沈んだ空間がただ静かに眠っている。
彼女が立っている扉には、かすれた識別番号が刻まれていた。
「L-Lamia/No.00」
手をかざすと、生体認証が作動し、ロックが解除される。
ゆっくりと開いた扉の向こうにあったのは、金属の手術台。そして無数の観察モニター。赤茶けた染みが床に残っていた。
その部屋は、彼女が"怪物"として生まれた場所だった。
ラミアはゆっくりと足を踏み入れ、手術台に触れた。
冷たい感触に、古い記憶が蘇る。
――それは、とても隙のある記憶だった。
自分は、最初から人間じゃなかった。そう教えられた。
人工子宮から摘出され、最初に聞いたのは機械の音と培養液の泡立つ音。
でも、それも作られた記憶。
私は街で生きて暮らしていた記憶もあるから……。
「こちら、No.00。L-Lamia、呼吸反応正常」
「兄弟体No.01との神経同期も問題なし」
姉妹。
その響きだけは、唯一温かかった。互いに名前ではなく、番号で呼ばれながらも、指先を握り合った。
あの子の手は、ほんの少し小さかった。
「ねえ、お姉ちゃん。人間って、優しいのかな?」
「痛くないのかな?」
その問いに、ラミア――当時は名前すらなかった彼女は、何も答えられなかった。
ある日、実験が始まると告げられた。
小さな手を、引き剥がされた。
次に見た姉妹の顔は、透明な培養カプセルの中で、激しく痙攣していた。
「拒絶反応、強すぎます。No.01、排除を」
排除。つまり、処分。
人間だったら、死んだと表現されるだろう。
ラミアは命令された。
「栄養供給のため、No.01の脊髄液を吸収せよ」
拒否すれば、待っていたのは自分の"廃棄"だった。
だから――彼女は従った。
喰ったのだ、あの子を。
思い出したくない記憶。
けれど、あの怪物──L-Disasterの覚醒を見た今、忘れていてはいけないと思った。
ラミアは金属台の端にそっと腰を下ろし、膝を抱えた。
「もし、あの時私が叫んでいたら、変わってたのかな」
誰にも聞こえない問い。
「私だって……人間になりたかったんだ」
その背後で、足音が鳴った。
ゆっくりと扉が開き、イツキの姿が現れる。
「……来たのか」
「悪い。つい気になって」
イツキは室内を見回す。かつて彼女が生まれた場所、というにはあまりに無機質で、冷たい。
「……ここが、お前の始まりか」
「うん。でも、ここで生まれたのは"ラミア"じゃなくて、"L-Lamia"っていう兵器だった」
彼女は笑ってみせたが、その声は少し震えていた。
「でもね、今はあんたがいる。だから、ちゃんとここに来られた」
「……そうか」
イツキは隣に座り、無言で彼女の肩に手を置いた。
「お前は今、人間だよ。少なくとも、俺にはそう見える」
ラミアは、わずかに目を伏せ、そっとイツキの手を握り返した。
「ありがと。……あの子の分も、私は人間として、生きるよ」
0号室に灯ったのは、冷たい記憶ではなく、確かな“ぬくもり”だった。
■
深夜、雨が降りしきる工業都市〈ヴォルガノス第7区域〉。
封鎖されたはずの旧街区に、異様な“音”が響き渡った。壁を這うような、湿った無数の足音。
それは虫ではない──いや、虫だった“何か”の蠢き。
ガコン、と防護シャッターが開く。
そこから歩み出てきたのは、人の形を保ちながらも、その皮膚の下から蠢く蟲の群体を抱える異形。
口元から黒い繊維状の触手がゆらりと揺れ、眼は人間らしいはずの瞳孔をしていながら、どこか乾いていた。
「コード名──“ネファリウム”。起動、完了」
ドクトル・メディアスの声が、傍らの通信端末から響いた。
「任務は単純明快。逃亡したL系列素体──L-013を確保。そして、区域内の“抵抗組織”を“清掃”してくれたまえ」
ネファリウムは言葉を返さない。
その背にある膨張した脊髄嚢が脈打ち、次の瞬間──
ズシャアアアアッ!
背中が裂け、中から無数の“蟲”が噴き出した。透明な体に鋭い顎、わずか数秒で半径20メートルの空間が悲鳴と肉塊に変わる。
近くに潜伏していた抵抗組織の青年兵が銃を構えるも、蟲の一体が一瞬で喉を食い破った。
その顔はまだ叫びの途中で止まっていた。
ネファリウムは歩を止めず、血と煙に包まれた廃街を踏みしめる。
ゆっくりと、だが確実に、周囲の“生”を喰らいながら進んでいく。
通信の向こう、ドクトルが呟く。
「美しい……実に、完璧だ。ゲロスとは違う。“理性ある災厄”……まさにL-Disasterの完成形だよ」
その言葉を背に、ネファリウムはひとつ、ゆっくりと首を傾げた。
まるで──“感情”を模倣しようとするかのように。
しかしその瞬間、想定外の挙動が発生した。
指令とは異なる方向へ視線を向け、喰い残しの兵士へ再び蟲を向けたネファリウム。すでに絶命していると確認された死体に執拗に喰らいつく蟲たち。
そして、その口元から漏れるように発された音声。
「……もっと……喰いたい」
わずかに、だが確かに発された“欲望の声”。
指揮モニターの前で、ドクトルの笑みが微かに凍った。
「……ふむ。刺激が強すぎたか。次回は、抑制因子の調整が必要かもしれんな……」
だが、その目にはどこか“期待”の色も混ざっていた。
理性と暴走の境界──その絶妙なバランスこそが、彼にとって“芸術”だった。
街の灯りが一つ、また一つと消えていく。
それは、夜に咲いた黒き災厄の花。
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伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。
最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。
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※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
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