26 / 55
【第25話】 『セイガン偽旗作戦──暴動の裏に潜む罠』
しおりを挟む
ネメシス第零研究棟──
無菌処理された鉄扉の先、冷気と薬品の臭いが混じり合う生体実験室の奥に、無数の培養槽が並んでいた。
その中心に据えられたオペレーションベッド。そこには“素材”とされた男が拘束されている。かつては兵士だった名残を残す逞しい肉体も、今では内臓の大半を摘出され、人工管で辛うじて生命を維持している状態だった。
ドクトル・メディアスは手術台の傍らで、音楽を口ずさみながら器具を選んでいた。
「さてさて──今回は新しい培養種を使いますよ。コード:E-Melgroth、通称“人喰い蟲”。食欲旺盛で、神経組織に優しく寄生するんですよ、ふふ……」
アシスタントが台車を押してくる。透明なガラス容器の中で、濁った黄緑色の液体に浮かぶ異形の生物──
無数の足、半透明の外殻、そして目玉のような突起が、ぷくぷくと脈動しながら人間の形を模して蠢いていた。
「この蟲たちはですね、ただ喰うだけじゃありません。生体エネルギーを“共喰い”で成長し、宿主の意思を超えて進化する……! まさに“怪人のその先”です」
男の胸が切り開かれる。心臓の脇に直結するように、小さな器官を移植。そこに蟲を一匹、ゆっくりと挿入する。
「さぁ、お入りなさい──あなたの“新しい家”です」
ぬるり、と蠢く蟲が肉の中に潜り込み、内部を這うように移動していく。背骨に沿って侵蝕し、脳幹付近に接触した瞬間、男の身体がガクンと跳ねた。
「ギィ……ィィィイ……ィィィ……!」
声にならぬ呻き。脳波が一時的に停止し、数秒の沈黙を経て、再び脈拍が急上昇。
「ふふ、来ました来ました……脳皮質の再構成、成功……! ああ、これが“怪人ではない存在”の誕生だ!!」
皮膚の下を這い回る蟲の動きが視認できる。肩、腹、脚……あらゆる部位の神経と筋肉が異常に肥大し、皮膚が裂け、中から透明な卵嚢が膨張する。
卵嚢が破裂し、中からは指先ほどの小さな“人喰い蟲”が無数に這い出した。研究員のひとりが反射的に後退するが、メディアスは笑う。
「安心してください。この子たちはまだ飼い主から離れません。……ほら、見てください」
人喰い蟲たちは天井へと這い上がると、指示もなく人間の形をなぞるように密集し、擬態的に“顔”を形づくった。
それは、ゲロスですら見せなかった“群体としての知能”の兆しだった。
「これが──L-Disaster計画の最終段階。単体ではなく、群体。力ではなく、増殖。意思ではなく、本能。これこそが“進化”なのです……!!」
ベッドの上、男の瞼が開かれる。
そこにはもう、人間の理性はなかった。
虹彩は黄色く濁り、瞳孔は縦に割れている。全身を覆う蟲の鱗片が、今にも破裂しそうに膨張していた。
メディアスがそっと耳元で囁く。
「さぁ、歩き出しましょう。“災厄”くん。あなたがこの世界を、喰い尽くすのですよ──」
■
地下回廊C-17区画。灯りの切れた廃通路に、湿気と硝煙の匂いがこもる。
金属を踏み鳴らすブーツ音──現れたのは、ネメシス秘密粛清部隊《ブラックエイド》。
漆黒の装甲、銀のライン、無表情の仮面。その中心、指揮官レイヴンが静かに手を上げる。
「反逆者・日向イツキ、及び共謀者・ラミア。即時排除対象。戦闘開始」
数秒後、通路が爆発するような衝撃に包まれた。
「ラミア、右!」
「了解。カバーに入る──3秒だけ稼いで」
ラミアの義肢から射出されたブレードが音もなく宙を駆け、側面から突撃してきた粛清兵の関節部を断ち切る。間髪入れず、イツキが跳躍し、両手のブレードを交差させながら突進。
「邪魔だッ!」
粛清兵の胸元に交差斬りを叩き込み、火花と内臓パーツが飛び散る。敵が反応する前に、すでに別の戦闘員が背後から薙ぎ払われていた。
「三体排除。まだ八体」
「どんどんくるな……さすがにしつこい」
ラミアは壁を蹴って後方に跳び、瞬時にエネルギーブレードを二刀に分裂。
光の斬撃が空を切り裂き、さらなる敵を地に伏せさせた。
「ゲロスを討った俺たちを、なめるなよ……」
イツキの目が光を帯びる。全身のスーツが高出力モードに移行し、足元から空気が震えるように振動を起こす。
「残り、任せた」
「“いつもの”やるか」
イツキとラミアは、無言でうなずき合うと、互いの背中を預ける。
「行くぞ──クロス・バースト!」
爆発的な速度で回転しながら、ふたりの斬撃が前後左右に広がり、周囲の粛清兵たちを一瞬で切り裂いた。
5秒後、通路には倒れた粛清兵の残骸だけが残った。
■
金属音。残るは──ただ一人。
レイヴンが、無言のまま剣を抜いた。
全身の装甲から青白い電流が迸る。
「戦闘モード、最大出力。対象:ゲロス討伐経験者。優先殲滅──起動」
「来るぞ!」
レイヴンの剣が閃き、瞬間的にイツキのブレードを弾いた。カウンターで返したイツキの蹴りも、読まれたかのように受け止められる。
「っ……こいつ、速ぇ!」
ラミアが援護に回ろうと跳びかかるが、レイヴンは逆に彼女の義肢を掴み、壁に叩きつける。
「対象:ラミア──排除優先。過去因縁確認。リスク高──制圧推奨」
「言ってろ……ッ!」
イツキが横から飛び込んでラミアを庇い、レイヴンの剣を受け止める。全身に衝撃が走るが、彼は笑った。
「こいつはオーバースペックだ。だが、だからって負けるかよ──!」
ラミアが体勢を立て直し、背後からレイヴンの首筋にブレードを叩き込む。わずかに装甲が割れ、火花が散る。
「決めろ、イツキ!」
「──喰らえ!」
イツキの全力の回転斬りが、レイヴンの腹部を切り裂く。
レイヴンは仰け反るも、倒れない。だがその瞳の光が揺れる。
「……致命傷確認……システム、維持困難……」
その場に崩れ落ちる。
装甲が焼け、内部構造が剥き出しとなった姿で、レイヴンは動かなくなった。
翌朝──
ネメシス中央統制室。
ゼクスの前に立つ部下が、無表情で報告する。
「第17粛清作戦──失敗。ブラックエイド壊滅。指揮官レイヴン、瀕死の重傷」
ゼクスの手が止まる。
「……運ばせろ。あれを“修理”する」
ネメシス第零医務区──ドクトル・メディアスの実験室。
鉄のベッドに横たわるレイヴンの躯体。酸素供給と冷却処理が同時に施され、もはや“人間”の痕跡はない。
「いやはや、ボロボロですねぇ。でもまあ──これで好きに“魔改造”できる」
ドクトルは楽しげに笑うと、手術用アームを起動させた。
「もういっそ人間に戻す必要もない。機械でも怪人でもない、“戦闘存在”にしちゃいましょうか。名前は……そう、“レイヴンMk-II”とかどうです?」
鋭いメスが皮膚を裂き、金属が骨に接続されていく。
死にかけた粛清者は、新たな“怪物”として目覚めようとしていた。
■
都市部第9区画──。
コンクリートの隙間から噴き出す蒸気、割れた街灯の火花、夕闇の帳がじわじわと街を呑み込むなか、突如として響いた轟音が静寂を裂いた。
炎を上げる車両、粉塵にまみれた路面、逃げ惑う市民たちの悲鳴が街に満ちる。
「逃げろ! こっちだ! 子供を先に──!」
瓦礫の山から手を伸ばす老人。転んだ女性を引きずる若者。その向こうから、異形の影がじわじわと姿を現す。
肌の剥がれた人型。膨れ上がった筋肉。叫びながら暴れる旧型怪人。
そのとき、空を切り裂いて降り立ったのは──
「こちらセイガン・ブルー、現場に到着。敵性反応──多数。全機、交戦開始」
戦隊用の戦術音声がヘッドセットから流れ、青のスーツが風を裂いた。地面に叩きつけるように着地したレンは、無感情に剣を抜いた。
その目に、かつての優しさはない。
「セイガン・ピンク、突入。排除行動を開始するわ」
ピンクのスーツを纏ったサクラが、地面に着地すると同時に前方へと跳躍する。手にしたナノブレードは、既に血を吸い始めていた。
ブレードの先が怪人の体を貫き、エネルギーを吸い上げる。その瞬間、彼女の目が淡く赤く光る。
「吸収率、正常。任務続行」
彼女はただ、それだけを言って笑った。
「任務完了率、現在65%。マスコミの回収部隊、投入開始。映像は“英雄の活躍”のみ選別」
上空では、ドローンが旋回し、鮮明なカットだけを選び撮影する。人々を守る“英雄たち”──そんな構図だけが切り取られ、流される。
「さあ、もっと血を流して……正義の舞台はこれからよ」
一方、その作戦を地下のモニター室で見下ろす男がいた。
「……これは、完全に出来上がってるな。プロパガンダとしては、理想的すぎる」
日向イツキはモニターの前で腕を組み、苦々しい表情を浮かべていた。
隣では、情報局の元技官・ハリーがタブレットを叩く。
「第9区画の怪人は全て旧式。ネメシスが3年前に“実験不適格”として廃棄した個体群。その多くは神経処理に難があって、命令すら聞けないはずだった」
「なのに、今はちゃんと“ヒーローの敵”を演じてる……まるで芝居だ」
イツキはふっと息をついた。
「……偽旗作戦、か。敵も味方も舞台装置にして、正義を演出する……まさに“ホワイトジャスティス”だな」
「おい、これ見ろよ。ピンクの吸収率、上がってる。完全に“依存”始まってるぞ」
イツキはサクラの映像を食い入るように見た。
吸収のたびに微笑む彼女の表情。
それはかつての仲間──いや、“人間”としての彼女ではなかった。
「……サクラ。お前、もう限界なんじゃねぇか」
画面越しの仲間に、声は届かない。
イツキは耳元の小型通信機に手を当てた。
「ラミア。応答、ラミア」
『聞こえてる。……何を見た?』
「第9区画、やっぱり“仕組まれてる”。ブラックエイドが一枚噛んでるかもしれん。セイガンが使われてる」
『知ってる。……でも、それを今暴いたら、お前が危ない』
「知ってるよ。だが、やる」
しばしの沈黙の後、ラミアの冷たい声が返る。
『内部監視ルート、開いておく。最短で動け』
「恩に着る」
■
その頃──
統制室でモニターを見つめていたゼクスは、静かに指先を組んでいた。
映像には、見事に演出された“英雄劇”が流れ続ける。
燃える街。悲鳴。そこに降り立つヒーロー。 その構図は完璧だった。
「……コードネーム《ホワイトジャスティス》。市民の信頼回復には十分」
部下の報告を受けながらも、ゼクスの目は別の一点を見つめていた。
セイガン・ブルーの不自然な沈黙。
セイガン・ピンクの“過剰適応”。
そして──イツキの不在。
「……イツキ。君は、どこまで読み取っている?」
窓の外、遠く第9区画の空が赤く染まっていた。
市民の歓声が響く。
「ヒーローが来た!」「助かった!」「セイガン万歳!」
その裏で、捨てられた命があることを、誰も知らない。
あの怪人たちは、本当に“悪”だったのか?
あのヒーローたちは、本当に“正義”なのか?
だが、誰もそれを問わない。
なぜなら──
“正義の物語”は、美しくなければならないのだから。
そしてその闇に、一つの反逆の火が、また静かに燃え上がっていた──。
無菌処理された鉄扉の先、冷気と薬品の臭いが混じり合う生体実験室の奥に、無数の培養槽が並んでいた。
その中心に据えられたオペレーションベッド。そこには“素材”とされた男が拘束されている。かつては兵士だった名残を残す逞しい肉体も、今では内臓の大半を摘出され、人工管で辛うじて生命を維持している状態だった。
ドクトル・メディアスは手術台の傍らで、音楽を口ずさみながら器具を選んでいた。
「さてさて──今回は新しい培養種を使いますよ。コード:E-Melgroth、通称“人喰い蟲”。食欲旺盛で、神経組織に優しく寄生するんですよ、ふふ……」
アシスタントが台車を押してくる。透明なガラス容器の中で、濁った黄緑色の液体に浮かぶ異形の生物──
無数の足、半透明の外殻、そして目玉のような突起が、ぷくぷくと脈動しながら人間の形を模して蠢いていた。
「この蟲たちはですね、ただ喰うだけじゃありません。生体エネルギーを“共喰い”で成長し、宿主の意思を超えて進化する……! まさに“怪人のその先”です」
男の胸が切り開かれる。心臓の脇に直結するように、小さな器官を移植。そこに蟲を一匹、ゆっくりと挿入する。
「さぁ、お入りなさい──あなたの“新しい家”です」
ぬるり、と蠢く蟲が肉の中に潜り込み、内部を這うように移動していく。背骨に沿って侵蝕し、脳幹付近に接触した瞬間、男の身体がガクンと跳ねた。
「ギィ……ィィィイ……ィィィ……!」
声にならぬ呻き。脳波が一時的に停止し、数秒の沈黙を経て、再び脈拍が急上昇。
「ふふ、来ました来ました……脳皮質の再構成、成功……! ああ、これが“怪人ではない存在”の誕生だ!!」
皮膚の下を這い回る蟲の動きが視認できる。肩、腹、脚……あらゆる部位の神経と筋肉が異常に肥大し、皮膚が裂け、中から透明な卵嚢が膨張する。
卵嚢が破裂し、中からは指先ほどの小さな“人喰い蟲”が無数に這い出した。研究員のひとりが反射的に後退するが、メディアスは笑う。
「安心してください。この子たちはまだ飼い主から離れません。……ほら、見てください」
人喰い蟲たちは天井へと這い上がると、指示もなく人間の形をなぞるように密集し、擬態的に“顔”を形づくった。
それは、ゲロスですら見せなかった“群体としての知能”の兆しだった。
「これが──L-Disaster計画の最終段階。単体ではなく、群体。力ではなく、増殖。意思ではなく、本能。これこそが“進化”なのです……!!」
ベッドの上、男の瞼が開かれる。
そこにはもう、人間の理性はなかった。
虹彩は黄色く濁り、瞳孔は縦に割れている。全身を覆う蟲の鱗片が、今にも破裂しそうに膨張していた。
メディアスがそっと耳元で囁く。
「さぁ、歩き出しましょう。“災厄”くん。あなたがこの世界を、喰い尽くすのですよ──」
■
地下回廊C-17区画。灯りの切れた廃通路に、湿気と硝煙の匂いがこもる。
金属を踏み鳴らすブーツ音──現れたのは、ネメシス秘密粛清部隊《ブラックエイド》。
漆黒の装甲、銀のライン、無表情の仮面。その中心、指揮官レイヴンが静かに手を上げる。
「反逆者・日向イツキ、及び共謀者・ラミア。即時排除対象。戦闘開始」
数秒後、通路が爆発するような衝撃に包まれた。
「ラミア、右!」
「了解。カバーに入る──3秒だけ稼いで」
ラミアの義肢から射出されたブレードが音もなく宙を駆け、側面から突撃してきた粛清兵の関節部を断ち切る。間髪入れず、イツキが跳躍し、両手のブレードを交差させながら突進。
「邪魔だッ!」
粛清兵の胸元に交差斬りを叩き込み、火花と内臓パーツが飛び散る。敵が反応する前に、すでに別の戦闘員が背後から薙ぎ払われていた。
「三体排除。まだ八体」
「どんどんくるな……さすがにしつこい」
ラミアは壁を蹴って後方に跳び、瞬時にエネルギーブレードを二刀に分裂。
光の斬撃が空を切り裂き、さらなる敵を地に伏せさせた。
「ゲロスを討った俺たちを、なめるなよ……」
イツキの目が光を帯びる。全身のスーツが高出力モードに移行し、足元から空気が震えるように振動を起こす。
「残り、任せた」
「“いつもの”やるか」
イツキとラミアは、無言でうなずき合うと、互いの背中を預ける。
「行くぞ──クロス・バースト!」
爆発的な速度で回転しながら、ふたりの斬撃が前後左右に広がり、周囲の粛清兵たちを一瞬で切り裂いた。
5秒後、通路には倒れた粛清兵の残骸だけが残った。
■
金属音。残るは──ただ一人。
レイヴンが、無言のまま剣を抜いた。
全身の装甲から青白い電流が迸る。
「戦闘モード、最大出力。対象:ゲロス討伐経験者。優先殲滅──起動」
「来るぞ!」
レイヴンの剣が閃き、瞬間的にイツキのブレードを弾いた。カウンターで返したイツキの蹴りも、読まれたかのように受け止められる。
「っ……こいつ、速ぇ!」
ラミアが援護に回ろうと跳びかかるが、レイヴンは逆に彼女の義肢を掴み、壁に叩きつける。
「対象:ラミア──排除優先。過去因縁確認。リスク高──制圧推奨」
「言ってろ……ッ!」
イツキが横から飛び込んでラミアを庇い、レイヴンの剣を受け止める。全身に衝撃が走るが、彼は笑った。
「こいつはオーバースペックだ。だが、だからって負けるかよ──!」
ラミアが体勢を立て直し、背後からレイヴンの首筋にブレードを叩き込む。わずかに装甲が割れ、火花が散る。
「決めろ、イツキ!」
「──喰らえ!」
イツキの全力の回転斬りが、レイヴンの腹部を切り裂く。
レイヴンは仰け反るも、倒れない。だがその瞳の光が揺れる。
「……致命傷確認……システム、維持困難……」
その場に崩れ落ちる。
装甲が焼け、内部構造が剥き出しとなった姿で、レイヴンは動かなくなった。
翌朝──
ネメシス中央統制室。
ゼクスの前に立つ部下が、無表情で報告する。
「第17粛清作戦──失敗。ブラックエイド壊滅。指揮官レイヴン、瀕死の重傷」
ゼクスの手が止まる。
「……運ばせろ。あれを“修理”する」
ネメシス第零医務区──ドクトル・メディアスの実験室。
鉄のベッドに横たわるレイヴンの躯体。酸素供給と冷却処理が同時に施され、もはや“人間”の痕跡はない。
「いやはや、ボロボロですねぇ。でもまあ──これで好きに“魔改造”できる」
ドクトルは楽しげに笑うと、手術用アームを起動させた。
「もういっそ人間に戻す必要もない。機械でも怪人でもない、“戦闘存在”にしちゃいましょうか。名前は……そう、“レイヴンMk-II”とかどうです?」
鋭いメスが皮膚を裂き、金属が骨に接続されていく。
死にかけた粛清者は、新たな“怪物”として目覚めようとしていた。
■
都市部第9区画──。
コンクリートの隙間から噴き出す蒸気、割れた街灯の火花、夕闇の帳がじわじわと街を呑み込むなか、突如として響いた轟音が静寂を裂いた。
炎を上げる車両、粉塵にまみれた路面、逃げ惑う市民たちの悲鳴が街に満ちる。
「逃げろ! こっちだ! 子供を先に──!」
瓦礫の山から手を伸ばす老人。転んだ女性を引きずる若者。その向こうから、異形の影がじわじわと姿を現す。
肌の剥がれた人型。膨れ上がった筋肉。叫びながら暴れる旧型怪人。
そのとき、空を切り裂いて降り立ったのは──
「こちらセイガン・ブルー、現場に到着。敵性反応──多数。全機、交戦開始」
戦隊用の戦術音声がヘッドセットから流れ、青のスーツが風を裂いた。地面に叩きつけるように着地したレンは、無感情に剣を抜いた。
その目に、かつての優しさはない。
「セイガン・ピンク、突入。排除行動を開始するわ」
ピンクのスーツを纏ったサクラが、地面に着地すると同時に前方へと跳躍する。手にしたナノブレードは、既に血を吸い始めていた。
ブレードの先が怪人の体を貫き、エネルギーを吸い上げる。その瞬間、彼女の目が淡く赤く光る。
「吸収率、正常。任務続行」
彼女はただ、それだけを言って笑った。
「任務完了率、現在65%。マスコミの回収部隊、投入開始。映像は“英雄の活躍”のみ選別」
上空では、ドローンが旋回し、鮮明なカットだけを選び撮影する。人々を守る“英雄たち”──そんな構図だけが切り取られ、流される。
「さあ、もっと血を流して……正義の舞台はこれからよ」
一方、その作戦を地下のモニター室で見下ろす男がいた。
「……これは、完全に出来上がってるな。プロパガンダとしては、理想的すぎる」
日向イツキはモニターの前で腕を組み、苦々しい表情を浮かべていた。
隣では、情報局の元技官・ハリーがタブレットを叩く。
「第9区画の怪人は全て旧式。ネメシスが3年前に“実験不適格”として廃棄した個体群。その多くは神経処理に難があって、命令すら聞けないはずだった」
「なのに、今はちゃんと“ヒーローの敵”を演じてる……まるで芝居だ」
イツキはふっと息をついた。
「……偽旗作戦、か。敵も味方も舞台装置にして、正義を演出する……まさに“ホワイトジャスティス”だな」
「おい、これ見ろよ。ピンクの吸収率、上がってる。完全に“依存”始まってるぞ」
イツキはサクラの映像を食い入るように見た。
吸収のたびに微笑む彼女の表情。
それはかつての仲間──いや、“人間”としての彼女ではなかった。
「……サクラ。お前、もう限界なんじゃねぇか」
画面越しの仲間に、声は届かない。
イツキは耳元の小型通信機に手を当てた。
「ラミア。応答、ラミア」
『聞こえてる。……何を見た?』
「第9区画、やっぱり“仕組まれてる”。ブラックエイドが一枚噛んでるかもしれん。セイガンが使われてる」
『知ってる。……でも、それを今暴いたら、お前が危ない』
「知ってるよ。だが、やる」
しばしの沈黙の後、ラミアの冷たい声が返る。
『内部監視ルート、開いておく。最短で動け』
「恩に着る」
■
その頃──
統制室でモニターを見つめていたゼクスは、静かに指先を組んでいた。
映像には、見事に演出された“英雄劇”が流れ続ける。
燃える街。悲鳴。そこに降り立つヒーロー。 その構図は完璧だった。
「……コードネーム《ホワイトジャスティス》。市民の信頼回復には十分」
部下の報告を受けながらも、ゼクスの目は別の一点を見つめていた。
セイガン・ブルーの不自然な沈黙。
セイガン・ピンクの“過剰適応”。
そして──イツキの不在。
「……イツキ。君は、どこまで読み取っている?」
窓の外、遠く第9区画の空が赤く染まっていた。
市民の歓声が響く。
「ヒーローが来た!」「助かった!」「セイガン万歳!」
その裏で、捨てられた命があることを、誰も知らない。
あの怪人たちは、本当に“悪”だったのか?
あのヒーローたちは、本当に“正義”なのか?
だが、誰もそれを問わない。
なぜなら──
“正義の物語”は、美しくなければならないのだから。
そしてその闇に、一つの反逆の火が、また静かに燃え上がっていた──。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】元ゼネコンなおっさん大賢者の、スローなもふもふ秘密基地ライフ(神獣付き)~異世界の大賢者になったのになぜか土方ばかりしてるんだがぁ?
嘉神かろ
ファンタジー
【Hotランキング3位】
ゼネコンで働くアラフォーのおっさん、多田野雄三は、ある日気がつくと、異世界にいた。
見覚えのあるその世界は、雄三が大学時代にやり込んだVR型MMOアクションRPGの世界で、当時のキャラの能力をそのまま使えるらしい。
大賢者という最高位職にある彼のやりたいことは、ただ一つ。スローライフ!
神獣たちや気がついたらできていた弟子たちと共に、おっさんは異世界で好き勝手に暮らす。
「なんだか妙に忙しい気もするねぇ。まあ、楽しいからいいんだけど」
スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる 「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?
あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】
世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。
「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。
・神話級ドラゴン
⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺)
・深淵の邪神
⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決)
・次元の裂け目
⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い)
「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」
本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……?
「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー!
【免責事項】
この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
※こちらの作品は、カクヨムと小説家になろうでも公開しています。
~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる
静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】
【複数サイトでランキング入り】
追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語
主人公フライ。
仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。
フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。
外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。
しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。
そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。
「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」
最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。
仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
イラスト 卯月凪沙様より
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。
ヒツキノドカ
ファンタジー
誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。
そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。
しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。
身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。
そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。
姿は美しい白髪の少女に。
伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。
最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。
ーーーーーー
ーーー
閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります!
※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる