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【第24話】 『傷跡に灯る革命の火──ネメシス改革会議、始動』
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ネメシス中枢塔・最上階、統制室。
夜。高層ビル群の灯が眼下に広がり、外の世界の静寂とは裏腹に、内部は張りつめた空気で満ちていた。
黒曜石のように磨かれた床に、二人の影が並ぶ。
日向イツキと、ゼクス。
昇格から三週間。正式に幹部となったイツキは、初めて“最高幹部”との個別面談に臨んでいた。
「……少しはネメシスという組織に馴染んだか?」
ゼクスが背後の窓から外を見下ろしながら、低い声で問いかける。
「馴染んだ、とは言えねえな。未だに全身が拒否反応起こしてる。ただ──」
イツキはわずかに笑った。
「“中にいるからこそ”見えてくるものもある。正義も、悪も、正面からじゃ本当の姿は見えねぇ」
ゼクスが振り返る。鋭い目がイツキを見据えた。
「では、問おう。貴様は──このネメシスを、どうしたい?」
その瞬間、空気が変わる。幹部昇格者への儀式的な問い……ではない。 本気の、試すような問いだった。
イツキは、迷わなかった。
「“守るために戦う組織”にしたい」
ゼクスの眉がわずかに動く。
「戦うだけじゃねぇ。潰すだけでもねぇ。必要なのは、恐怖じゃなく“希望”だ。敵が誰だろうと、守る価値のあるもののために動く。それが本来の戦隊の形だった。……ネメシスにだって、変われる余地はある」
「……希望?」
ゼクスが呟くように繰り返す。
「そうだ。力は使い方次第だ。……ブラックエイドの粛清だって、正義の皮を被った暴力にしか見えねえ」
イツキの瞳は真っ直ぐだった。偽りのない信念がそこにはあった。
だが、ゼクスの胸には別のものが渦巻く。
「甘いな、イツキ。理想だけでは“毒”は浄化できん。腐った組織に、希望を注げばどうなる?」
「腐ったまま放っときゃ、全部死ぬ。だったら、治すしかない」
「“治療”に必要なのは、外科手術──時に切除だ」
「俺は切りたくねぇ。“繋ぎなおす”って選択肢が、あるならそっちを選ぶ」
沈黙。
どこかで端末のノイズが鳴ったが、誰も反応しなかった。
やがてゼクスが、静かに椅子に腰を下ろす。
「……君の考えは、危険だ」
「そう思うか?」
「この組織の骨まで染みた毒を、“善意”で抜けると本気で信じているのなら、それこそが反逆の芽だ」
「……俺は、信じてる。変えられるって。……それが“理想”ってもんだろ」
ゼクスは、ゆっくりと目を閉じた。
(だから君は……危うい)
(だが、眩しすぎるほどに──美しい)
理想とは毒だ。だが、それを口にする者は、いつだって強く、脆い。
「……この会話の記録は残さない。いいな」
「へぇ、随分と慎重だな」
「いや。……私が、君の理想に“ほだされかけた”記録を、残したくないだけだ」
イツキは、珍しく言葉を失った。
そしてその夜。
ゼクスは静かに決断を下す。
(この男を、殺さねばならない)
だが心の底では、まだ僅かな希望が残っていた。
(あるいは──殺されても、いいのかもしれない)
ネメシス本部・最高幹部室。
分厚い防音扉が閉じられたその空間は、まるで異界のように静まり返っていた。机の上には無数のモニターが並び、あらゆる幹部の動向、部隊の配置、研究施設の監視映像が映し出されている。
中央の一枚──そこに映るのは、日向イツキ。
彼が幹部会議で密かに交渉を重ねる様子、同志を募る影、ラミアと肩を並べて歩く背中。
ゼクスは椅子にもたれながら、その映像を黙って見つめていた。目元は冷徹だが、わずかに揺れる指先が、その胸中の葛藤を物語っている。
「……見えてきたな。君の“構図”が」
ゼクスはかつて、理想を信じていた。ネメシスという組織が、いずれ“真の平和”のために変われると。
そのために必要なのは、“痛み”だと理解していた。改革とは、血を流す行為。だからこそ彼は、粛清部隊《ブラックエイド》を創設した。無慈悲さの裏に、合理性を隠しながら。
だが──
イツキは、あまりに“感情的”だった。正義を語り、仲間を守り、希望を捨てない。そんな男は、ネメシスのような怪物の器には収まらない。
「君の“正義”は、やがてこの組織を壊す」
ゼクスは知っている。イツキの理想は美しい。だが、美しすぎる理想は、腐った根から芽吹いたものにとって毒でしかない。
「──ゆえに、切除する」
彼は粛清コードを自ら入力した。対象:イツキ。理由:組織の秩序を脅かす反逆性。
だが。
その手は、ほんの僅かに躊躇した。
思い出すのは、ゲロス討伐直後のあの夜。
血まみれのラボで、意識を失ったラミアを背負いながら、イツキがゼクスに告げた言葉。
「──あんたが変えられないなら、俺が変える」
その瞳には、怒りも希望もなかった。ただ、信念だけがあった。
ゼクスはその瞬間、ほんの一瞬だけ“未来”を託してみたいという衝動に駆られた。
だが──それは、甘えだった。
ネメシスは感情では変わらない。
変革とは、信念を切り捨てる行為だ。
だからこそ、彼は自らの手でイツキを“反逆者”として粛清対象に認定した。
それが、ゼクスの決意。
たとえ心の奥で、微かにイツキの勝利を願っていたとしても。
「……証明してみろ、イツキ。感情が、合理を凌駕するというなら」
ゼクスは再び椅子に深く身を沈め、モニターから目を逸らさなかった。
粛清は始まる。
それでも──彼は、理想を捨ててなどいなかった。
目を開ける。光彩が起動パターンに従い、視界を補正する。仮面の内側で思考は静かに、しかし確実に整列していく。
『任務コードNo.0017──日向イツキおよび共謀者、排除』
音声入力、ゼクス。
「対象は現在、地下層C-24にて非公式会合を主導。反逆性高。従来の演算では処理不能とされたが──今なら、排除可能だ」
レイヴンは無言で頷く。
任務に“疑問”という概念は必要ない。だが、演算中、ひとつのノイズが走る。
──イツキ。
その名を聞いた瞬間、記憶制限領域の奥から微かな熱が昇る。
“かつての名”が、胸の奥で疼いた。
排除対象・日向イツキ。元セイガンレッド。
何故、これほどまでに記録が重複する? なぜ“視覚ログ”が過剰反応する?
レイヴンのAIは、未知の干渉を“エラー”として処理しようとした。
だが、ゼクスはそれを止めた。
「記憶制限、30分間だけ解除しろ」
「……理由」
「任務遂行効率の向上。それに……お前の中の“それ”が、どう反応するかを見てみたい」
記録開始──とAIがささやく。
レイヴンの中で、“それ”が目を覚ました。
■
地下層C-24。
レイヴンは無言のまま通路を進む。背後には粛清部隊の影。無駄な命令は不要。敵は“裏切り者”。削除すべきだけの存在。
しかし、通路の奥。爆発の光と共に現れたあの男の姿を目にしたとき──
何かが、違った。
「来たか、ブラックエイド……!」
ブレードを抜き、こちらに構えるイツキ。
その声、目つき、身のこなし。
記憶にないはずの“既視感”が、レイヴンの脳裏に焼き付く。
──お前は……俺と、戦ったことがある。
いや、違う。
共に、戦ったことがある──
脳裏に閃く、赤いマントの記憶。戦場で背中を預け合う記録の断片。名前を呼ばれた感覚。誰かが言った──「ユウジ、背中は任せる」
「……ユウジ」
思わず、仮面の奥でその名を呟いた。
イツキの動きが、一瞬止まる。
「……今、なんて言った?」
答えられなかった。
その一言は、粛清者としての全てを、揺るがすほどに深かった。
「対象:イツキ──危険度、再計算。新たなプロファイル──“制御不能”と認定」
AIが冷たく告げる中、レイヴンは自らの中の何かが、確実に壊れていくのを感じていた。
■
任務は、失敗だった。
イツキは逃した。いや──逃したのではない。
あの瞬間、レイヴンのブレードは……わずかに、軌道をずらした。
それを誰も気づかなかった。だが、ゼクスだけは分かっていた。
「……記憶制限、再適用」
ゼクスの声が再び指示を飛ばす。
レイヴンの視界が暗転する。
機械としての仮面が、また感情を封じる。
だが、仮面の奥。
ほんの小さな“温度”が、まだ残っていた。
──お前は、誰だ?
その問いだけが、ノイズのように胸の奥で、消えずに残っていた。
あれは思考が見せた幻覚だったのだろうか?
何にしろ、ゼクスの指令は絶対だ。
日向イツキ、お前が何者であろうとも、粛清する。
今度こそ、迷いはないはずだ。
■
鉄の扉が、鈍く重たい音を立てて閉じられた。
空気は湿り気を帯び、壁には薄暗い配管が走っている。ネメシス本部地下の最深層──存在自体が隠蔽された旧研究棟の奥、かつて生体実験に使われていた廃棄区画。灯りは裸電球一つ、青白く明滅するその光に照らされ、会議室とも呼べぬ狭い空間に五人の影が浮かび上がっていた。
「全員、揃ったな」
イツキが低く呟くと、誰もが無言でうなずいた。
彼の左隣には、義肢の左腕を静かに机に添えるラミアの姿。長い黒髪を一つに結い、冷ややかな双眸で周囲の反応を測っていた。
「……ずいぶん懐かしい場所を選んだな」
そう呟いたのは、痩せた初老の男。異端研究員と呼ばれたかつての科学責任者、ハル=ロゼン。
「ここなら盗聴も記録も不可能。死んだ人間の声を、誰も聞く気はないからな」
イツキの言葉に、別の若い男が口を開いた。
「呼び出されたときは処刑かと思ったが……“改革”とは、驚いた」
「信じがたい話だが、あんたがゲロスを討ったって話……あれが嘘なら、俺は今ここにいない」
イツキは静かに頷くと、一歩前へ出た。
「俺はネメシスの幹部だ。だが、それは“外”に見せるための仮面にすぎない。本当の目的は、この組織を内側から変えること。化け物の巣を──正義の顔をした腐敗の中枢を、解体することだ」
その言葉に、場が凍りついた。
「言葉だけでは信じられない。それがこの場所の現実だ」
誰かが低く呟いた。
しかし、ラミアが静かに席を立ち、全員に目を向けた。
「……必要なのは、希望じゃない。必要なのは、“恐怖を超える意志”。私はそれを持っている」
「ふん……一度死にかけた身だ。今さら誰に遠慮がいる?」
やがて、一人、また一人と立ち上がり、頷き合う。
そのときだった。
低く、重たい警報音が天井から鳴り響いた。赤い非常灯が回り、壁に影を映す。
「警告──セキュリティコードβ-2、侵入反応。戦闘ユニット接近中」
端末の警報に、イツキの顔が緊張に染まる。
「密告か……!」
遠くから、金属が床を踏みしめる規則的な足音が迫る。どす黒い気配が、回廊を満たし始めた。
「来たか……ブラックエイド」
漆黒の装甲に身を包み、無表情の仮面を被った人影が姿を現した。その中央に立つ、一際巨大な装甲兵が冷たく宣言する。
「粛清対象──日向イツキ、および共謀者複数名。即時排除を実行する」
ラミアの義肢が音を立てて変形し、光を帯びたブレードが展開される。イツキもまた腰の剣を静かに抜いた。
「全員、退避しろ。ここは俺とラミアで抑える!」
「イツキ──死ぬ気か!」
「違う。革命の火を消させねえために、ここで止めるだけだ」
次の瞬間、轟音が地下を揺るがした。青白い閃光と衝突の火花。鉄の叫びと骨の軋む音。
イツキは敵の装甲を滑るように駆け抜け、斬撃を叩き込む。ラミアは流れるような身のこなしで敵の背後に回り、無音の一閃でその頭部を切り裂いた。
それでも敵は止まらない。
「対象:イツキ──危険度、再計算。プロファイル更新:制御不能。粛清優先順位──上方修正」
レイヴンの無機質な声が響く。
イツキは、傷口から滲む血を拭いもせず、不敵に笑った。
「“制御不能”──上等だ」
その背に浮かんだのは、かつて背負っていた赤の戦隊マントではない。闇に染まりながらも、なお燃える“反逆”の旗印だった。
「お前たちが“正義の処刑人”を名乗るなら──俺は、“反逆のヒーロー”を名乗らせてもらう!」
地下を覆う火花の雨。
血に濡れ、鉄に包まれた世界の中で、確かに火は灯った。
それはネメシスという怪物の中で芽生えた、唯一無二の“革命の炎”。
決して希望とは呼べぬこの一歩が、やがて世界の形を変えていく──その始まりだった。
夜。高層ビル群の灯が眼下に広がり、外の世界の静寂とは裏腹に、内部は張りつめた空気で満ちていた。
黒曜石のように磨かれた床に、二人の影が並ぶ。
日向イツキと、ゼクス。
昇格から三週間。正式に幹部となったイツキは、初めて“最高幹部”との個別面談に臨んでいた。
「……少しはネメシスという組織に馴染んだか?」
ゼクスが背後の窓から外を見下ろしながら、低い声で問いかける。
「馴染んだ、とは言えねえな。未だに全身が拒否反応起こしてる。ただ──」
イツキはわずかに笑った。
「“中にいるからこそ”見えてくるものもある。正義も、悪も、正面からじゃ本当の姿は見えねぇ」
ゼクスが振り返る。鋭い目がイツキを見据えた。
「では、問おう。貴様は──このネメシスを、どうしたい?」
その瞬間、空気が変わる。幹部昇格者への儀式的な問い……ではない。 本気の、試すような問いだった。
イツキは、迷わなかった。
「“守るために戦う組織”にしたい」
ゼクスの眉がわずかに動く。
「戦うだけじゃねぇ。潰すだけでもねぇ。必要なのは、恐怖じゃなく“希望”だ。敵が誰だろうと、守る価値のあるもののために動く。それが本来の戦隊の形だった。……ネメシスにだって、変われる余地はある」
「……希望?」
ゼクスが呟くように繰り返す。
「そうだ。力は使い方次第だ。……ブラックエイドの粛清だって、正義の皮を被った暴力にしか見えねえ」
イツキの瞳は真っ直ぐだった。偽りのない信念がそこにはあった。
だが、ゼクスの胸には別のものが渦巻く。
「甘いな、イツキ。理想だけでは“毒”は浄化できん。腐った組織に、希望を注げばどうなる?」
「腐ったまま放っときゃ、全部死ぬ。だったら、治すしかない」
「“治療”に必要なのは、外科手術──時に切除だ」
「俺は切りたくねぇ。“繋ぎなおす”って選択肢が、あるならそっちを選ぶ」
沈黙。
どこかで端末のノイズが鳴ったが、誰も反応しなかった。
やがてゼクスが、静かに椅子に腰を下ろす。
「……君の考えは、危険だ」
「そう思うか?」
「この組織の骨まで染みた毒を、“善意”で抜けると本気で信じているのなら、それこそが反逆の芽だ」
「……俺は、信じてる。変えられるって。……それが“理想”ってもんだろ」
ゼクスは、ゆっくりと目を閉じた。
(だから君は……危うい)
(だが、眩しすぎるほどに──美しい)
理想とは毒だ。だが、それを口にする者は、いつだって強く、脆い。
「……この会話の記録は残さない。いいな」
「へぇ、随分と慎重だな」
「いや。……私が、君の理想に“ほだされかけた”記録を、残したくないだけだ」
イツキは、珍しく言葉を失った。
そしてその夜。
ゼクスは静かに決断を下す。
(この男を、殺さねばならない)
だが心の底では、まだ僅かな希望が残っていた。
(あるいは──殺されても、いいのかもしれない)
ネメシス本部・最高幹部室。
分厚い防音扉が閉じられたその空間は、まるで異界のように静まり返っていた。机の上には無数のモニターが並び、あらゆる幹部の動向、部隊の配置、研究施設の監視映像が映し出されている。
中央の一枚──そこに映るのは、日向イツキ。
彼が幹部会議で密かに交渉を重ねる様子、同志を募る影、ラミアと肩を並べて歩く背中。
ゼクスは椅子にもたれながら、その映像を黙って見つめていた。目元は冷徹だが、わずかに揺れる指先が、その胸中の葛藤を物語っている。
「……見えてきたな。君の“構図”が」
ゼクスはかつて、理想を信じていた。ネメシスという組織が、いずれ“真の平和”のために変われると。
そのために必要なのは、“痛み”だと理解していた。改革とは、血を流す行為。だからこそ彼は、粛清部隊《ブラックエイド》を創設した。無慈悲さの裏に、合理性を隠しながら。
だが──
イツキは、あまりに“感情的”だった。正義を語り、仲間を守り、希望を捨てない。そんな男は、ネメシスのような怪物の器には収まらない。
「君の“正義”は、やがてこの組織を壊す」
ゼクスは知っている。イツキの理想は美しい。だが、美しすぎる理想は、腐った根から芽吹いたものにとって毒でしかない。
「──ゆえに、切除する」
彼は粛清コードを自ら入力した。対象:イツキ。理由:組織の秩序を脅かす反逆性。
だが。
その手は、ほんの僅かに躊躇した。
思い出すのは、ゲロス討伐直後のあの夜。
血まみれのラボで、意識を失ったラミアを背負いながら、イツキがゼクスに告げた言葉。
「──あんたが変えられないなら、俺が変える」
その瞳には、怒りも希望もなかった。ただ、信念だけがあった。
ゼクスはその瞬間、ほんの一瞬だけ“未来”を託してみたいという衝動に駆られた。
だが──それは、甘えだった。
ネメシスは感情では変わらない。
変革とは、信念を切り捨てる行為だ。
だからこそ、彼は自らの手でイツキを“反逆者”として粛清対象に認定した。
それが、ゼクスの決意。
たとえ心の奥で、微かにイツキの勝利を願っていたとしても。
「……証明してみろ、イツキ。感情が、合理を凌駕するというなら」
ゼクスは再び椅子に深く身を沈め、モニターから目を逸らさなかった。
粛清は始まる。
それでも──彼は、理想を捨ててなどいなかった。
目を開ける。光彩が起動パターンに従い、視界を補正する。仮面の内側で思考は静かに、しかし確実に整列していく。
『任務コードNo.0017──日向イツキおよび共謀者、排除』
音声入力、ゼクス。
「対象は現在、地下層C-24にて非公式会合を主導。反逆性高。従来の演算では処理不能とされたが──今なら、排除可能だ」
レイヴンは無言で頷く。
任務に“疑問”という概念は必要ない。だが、演算中、ひとつのノイズが走る。
──イツキ。
その名を聞いた瞬間、記憶制限領域の奥から微かな熱が昇る。
“かつての名”が、胸の奥で疼いた。
排除対象・日向イツキ。元セイガンレッド。
何故、これほどまでに記録が重複する? なぜ“視覚ログ”が過剰反応する?
レイヴンのAIは、未知の干渉を“エラー”として処理しようとした。
だが、ゼクスはそれを止めた。
「記憶制限、30分間だけ解除しろ」
「……理由」
「任務遂行効率の向上。それに……お前の中の“それ”が、どう反応するかを見てみたい」
記録開始──とAIがささやく。
レイヴンの中で、“それ”が目を覚ました。
■
地下層C-24。
レイヴンは無言のまま通路を進む。背後には粛清部隊の影。無駄な命令は不要。敵は“裏切り者”。削除すべきだけの存在。
しかし、通路の奥。爆発の光と共に現れたあの男の姿を目にしたとき──
何かが、違った。
「来たか、ブラックエイド……!」
ブレードを抜き、こちらに構えるイツキ。
その声、目つき、身のこなし。
記憶にないはずの“既視感”が、レイヴンの脳裏に焼き付く。
──お前は……俺と、戦ったことがある。
いや、違う。
共に、戦ったことがある──
脳裏に閃く、赤いマントの記憶。戦場で背中を預け合う記録の断片。名前を呼ばれた感覚。誰かが言った──「ユウジ、背中は任せる」
「……ユウジ」
思わず、仮面の奥でその名を呟いた。
イツキの動きが、一瞬止まる。
「……今、なんて言った?」
答えられなかった。
その一言は、粛清者としての全てを、揺るがすほどに深かった。
「対象:イツキ──危険度、再計算。新たなプロファイル──“制御不能”と認定」
AIが冷たく告げる中、レイヴンは自らの中の何かが、確実に壊れていくのを感じていた。
■
任務は、失敗だった。
イツキは逃した。いや──逃したのではない。
あの瞬間、レイヴンのブレードは……わずかに、軌道をずらした。
それを誰も気づかなかった。だが、ゼクスだけは分かっていた。
「……記憶制限、再適用」
ゼクスの声が再び指示を飛ばす。
レイヴンの視界が暗転する。
機械としての仮面が、また感情を封じる。
だが、仮面の奥。
ほんの小さな“温度”が、まだ残っていた。
──お前は、誰だ?
その問いだけが、ノイズのように胸の奥で、消えずに残っていた。
あれは思考が見せた幻覚だったのだろうか?
何にしろ、ゼクスの指令は絶対だ。
日向イツキ、お前が何者であろうとも、粛清する。
今度こそ、迷いはないはずだ。
■
鉄の扉が、鈍く重たい音を立てて閉じられた。
空気は湿り気を帯び、壁には薄暗い配管が走っている。ネメシス本部地下の最深層──存在自体が隠蔽された旧研究棟の奥、かつて生体実験に使われていた廃棄区画。灯りは裸電球一つ、青白く明滅するその光に照らされ、会議室とも呼べぬ狭い空間に五人の影が浮かび上がっていた。
「全員、揃ったな」
イツキが低く呟くと、誰もが無言でうなずいた。
彼の左隣には、義肢の左腕を静かに机に添えるラミアの姿。長い黒髪を一つに結い、冷ややかな双眸で周囲の反応を測っていた。
「……ずいぶん懐かしい場所を選んだな」
そう呟いたのは、痩せた初老の男。異端研究員と呼ばれたかつての科学責任者、ハル=ロゼン。
「ここなら盗聴も記録も不可能。死んだ人間の声を、誰も聞く気はないからな」
イツキの言葉に、別の若い男が口を開いた。
「呼び出されたときは処刑かと思ったが……“改革”とは、驚いた」
「信じがたい話だが、あんたがゲロスを討ったって話……あれが嘘なら、俺は今ここにいない」
イツキは静かに頷くと、一歩前へ出た。
「俺はネメシスの幹部だ。だが、それは“外”に見せるための仮面にすぎない。本当の目的は、この組織を内側から変えること。化け物の巣を──正義の顔をした腐敗の中枢を、解体することだ」
その言葉に、場が凍りついた。
「言葉だけでは信じられない。それがこの場所の現実だ」
誰かが低く呟いた。
しかし、ラミアが静かに席を立ち、全員に目を向けた。
「……必要なのは、希望じゃない。必要なのは、“恐怖を超える意志”。私はそれを持っている」
「ふん……一度死にかけた身だ。今さら誰に遠慮がいる?」
やがて、一人、また一人と立ち上がり、頷き合う。
そのときだった。
低く、重たい警報音が天井から鳴り響いた。赤い非常灯が回り、壁に影を映す。
「警告──セキュリティコードβ-2、侵入反応。戦闘ユニット接近中」
端末の警報に、イツキの顔が緊張に染まる。
「密告か……!」
遠くから、金属が床を踏みしめる規則的な足音が迫る。どす黒い気配が、回廊を満たし始めた。
「来たか……ブラックエイド」
漆黒の装甲に身を包み、無表情の仮面を被った人影が姿を現した。その中央に立つ、一際巨大な装甲兵が冷たく宣言する。
「粛清対象──日向イツキ、および共謀者複数名。即時排除を実行する」
ラミアの義肢が音を立てて変形し、光を帯びたブレードが展開される。イツキもまた腰の剣を静かに抜いた。
「全員、退避しろ。ここは俺とラミアで抑える!」
「イツキ──死ぬ気か!」
「違う。革命の火を消させねえために、ここで止めるだけだ」
次の瞬間、轟音が地下を揺るがした。青白い閃光と衝突の火花。鉄の叫びと骨の軋む音。
イツキは敵の装甲を滑るように駆け抜け、斬撃を叩き込む。ラミアは流れるような身のこなしで敵の背後に回り、無音の一閃でその頭部を切り裂いた。
それでも敵は止まらない。
「対象:イツキ──危険度、再計算。プロファイル更新:制御不能。粛清優先順位──上方修正」
レイヴンの無機質な声が響く。
イツキは、傷口から滲む血を拭いもせず、不敵に笑った。
「“制御不能”──上等だ」
その背に浮かんだのは、かつて背負っていた赤の戦隊マントではない。闇に染まりながらも、なお燃える“反逆”の旗印だった。
「お前たちが“正義の処刑人”を名乗るなら──俺は、“反逆のヒーロー”を名乗らせてもらう!」
地下を覆う火花の雨。
血に濡れ、鉄に包まれた世界の中で、確かに火は灯った。
それはネメシスという怪物の中で芽生えた、唯一無二の“革命の炎”。
決して希望とは呼べぬこの一歩が、やがて世界の形を変えていく──その始まりだった。
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この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
※こちらの作品は、カクヨムと小説家になろうでも公開しています。
~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる
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【カクヨムコン最終選考進出】
【複数サイトでランキング入り】
追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語
主人公フライ。
仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。
フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。
外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。
しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。
そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。
「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」
最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。
仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
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だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。
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【簡単な流れ】
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【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
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